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【古典落語】木乃伊(みいら)取り あらすじ・オチ・解説 | 吉原に送り込まれた救出隊が全員沼落ちする衝撃事件

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話芸の殿堂-古典落語-木乃伊取り
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木乃伊(みいら)取り

3行でわかるあらすじ

大店の若旦那が吉原の角海老に居続けして帰らないため、店から番頭、鳶の頭、飯炊きを次々と迎えに送る。
しかし送られた者たちは皆、角海老の雰囲気と花魁に魅せられて帰らなくなってしまう。
最後の飯炊き清蔵も酒と花魁に骨抜きにされ「おらもう二、三日ここにいるだよ」と言って居座ってしまう。

10行でわかるあらすじとオチ

大店の道楽息子である若旦那が吉原の角海老に居続けして帰らないため、大旦那が番頭の佐兵衛を迎えに送る。
しかし佐兵衛も「木乃伊取りが木乃伊になって」角海老で遊んで5日も帰らない。
今度は鳶の頭を送るが、途中で幇間の一八に絡まれながらも角海老に乗り込む。
頭も若旦那との交渉の最中に一八が現れてドガチャガになり、結局7日経っても帰らない。
大旦那夫婦が夫婦喧嘩を始めると、飯炊きの清蔵が「おらが迎えに行ってみるべえ」と名乗り出る。
清蔵は「首に縄をつけても連れ帰る」と意気込んで角海老に乗り込み、若い衆を脅しつけて座敷に上がる。
番頭と頭を叱りつけ、お袋が渡した巾着を見せて泣き落としを試みるが、若旦那は冷たく暇を出そうとする。
怒った清蔵が腕づくで連れて帰ると脅すと、若旦那が機嫌直しに酒を勧め、なじみの花魁「かしく」をつける。
清蔵はかしくに酌をされてしなだれかかられ、すっかり骨抜きになってグデングデンに酔っ払う。
若旦那が「そろそろ引き上げよう」と言うと、清蔵は「おらもう二、三日ここにいるだよ」と答えて居座る。

解説

「木乃伊取り」は古典落語の廓噺(くるわばなし)の代表的な演目で、滑稽噺と人情噺の要素を併せ持つ名作です。現在でもよく使われる「木乃伊取りが木乃伊になる」という慣用句の語源となった落語でもあります。

この慣用句は、元々アラビアやエジプトでミイラの防腐剤として使われていた物質を採取しに行った人が、砂漠で死んでミイラになってしまい、本来の目的を果たせなくなったという故事に由来します。転じて「人を迎えに行った者が、その場の誘惑に負けて帰らなくなる」という意味で使われるようになりました。

この演目の舞台である吉原の「角海老」は実在した妓楼で、古い演出では「佐野槌」と呼ばれていましたが、五代目圓生が「角海老」に改めて定着しました。実際の角海老は明治10年(1877年)に仲之町角の京町角に移転し、正式に「角海老楼」となりました。

この話の魅力は、番頭から鳶の頭、そして飯炊きまで、身分や性格の異なる登場人物が皆同じように遊郭の魅力に屈してしまう人間の弱さをユーモラスに描いている点にあります。特に最後の清蔵は、最も意外な人物でありながら、結局は他の者と同じ結末を迎えるという構成の妙が光ります。

四代目三遊亭圓生の十八番として有名で、立川談志や古今亭志ん生なども得意演目としていました。江戸時代の遊郭文化を背景にした人情噺として、現代でも多くの落語家によって演じ継がれている古典落語の秀作です。

あらすじ

大店の一人息子で道楽者の若旦那が吉原へ遊びに行ったきり帰らない。
あちこちと探して見ると角海老に居続けしているという。

大旦那は連れ戻すために番頭の佐兵衛を吉原へやるが「木乃伊取りが木乃伊になって」、一緒に遊んで五日も帰って来ない。

今度は鳶の頭(かしら)に頼む。「腕の一本くらい叩き折っても連れて帰る」と威勢よく店を出る。
途中の日本堤で幇間の一八につかまり、吉原へ遊びに行くのかと勘違いされ、しつこく取り巻くのを振り切って角海老へ乗り込む。
若旦那に「どうかあっしの顔を立てて」と掛け合っているところへ一八が「よっ、頭、どうも先ほどは」と入って来た。
あとはドガチャガで、番頭も角海老の虜(とりこ)になってこれも七日経っても未だ帰還せず「木乃伊2号」の誕生だ。

大旦那夫婦はあんな道楽者になったのはお前のせいだとなすりつけ夫婦喧嘩を始める始末だ。
そこに現れたのが飯炊きの清蔵。「おらが迎えに行ってみるべえ」と言いだす。「お前は飯が焦げないようにしてりゃいいんだ」と叱っても、「もしも泥棒が入って旦那がおっ殺されるちゅうとき、台所でつくばってる分けには行かなかんべえ」となるほど正論だ。
清蔵は「首に縄をつけても連れ帰る」と、なり振り構わず吉原へ突進だ。

角海老へやって来た清蔵は止める若い衆を張り倒すと脅しつけ、座敷に乗り込んだ。
番頭と頭をどやしつけ、お袋さんが出掛けにそっと渡した金の入った巾着を見せ、寝ないで泣いて若旦那の帰りを待っていると、泣き落としにかかったが、若旦那は巾着だけ置いて帰れとつれなく薄情だ。

清蔵があんまりしつこいので若旦那は、「親父に成り代わって暇をやるから帰れ」と啖呵を切った。
怒った清蔵は「暇が出たら主人でも家来でもねえ。腕づくでもしょっ引いて行く」と毛むくじゃらな太腕をまくり上げた。

こんな場所で使用人と喧嘩沙汰とは野暮なこと、若旦那は「分かった帰る」と一歩引いて、まあ機嫌直しに一杯と清蔵に酒を勧める。
帰ると聞いて喜んだ清蔵、酒は嫌いではない。
美味そうに一杯、また一杯。
若旦那はなじみの花魁の「かしく」を清蔵の今日の敵娼(あいかた)にする。

かしくからお酌をされ、しなだれかかられ、もうデレデレの骨抜き、すっかりご満悦。
グデングデンに酔っ払って、完全にだらけてしまった。
もう潮時と、

若旦那 「おいおい、清蔵、そろそろ引き上げよう」

清蔵 「あぁ 帰(けえ)るって? 勝手に帰るがいいだ。おらもう二、三日ここにいるだよ」


落語用語解説

この演目に登場する落語ならではの言葉や、江戸時代の吉原文化について解説します。

  1. 木乃伊取りが木乃伊になる(みいらとりがみいらになる):人を迎えに行った者が、その場の誘惑に負けて自分も帰らなくなることの慣用句。この落語が語源とされる。
  2. 居続け(いつづけ):吉原で遊客が連日泊まり込んで遊び続けること。金銭的にも社会的にも余裕がある者だけができた豪遊。
  3. 角海老(かどえび):江戸の吉原に実在した高級妓楼。京町二丁目にあり、明治10年に仲之町角の京町角に移転して「角海老楼」となった。
  4. 廓噺(くるわばなし):吉原などの遊郭を舞台にした落語の総称。人情噺と滑稽噺の要素を併せ持つことが多い。
  5. 花魁(おいらん):吉原の遊女の最高位。教養と美貌を兼ね備え、客を選ぶ権利も持っていた。この噺では「かしく」という花魁が登場。
  6. 鳶の頭(とびのかしら):鳶職人の親方。江戸の町火消しや土木工事を担当し、気風が良く腕っぷしも強いことで知られた。
  7. 幇間(ほうかん):宴席で客を楽しませる職業芸人。太鼓持ちとも呼ばれ、この噺では「一八」という幇間が登場して騒ぎを大きくする。
  8. 日本堤(にほんづつみ):浅草から吉原へ向かう途中にある堤。山谷堀に沿った道で、吉原遊びの道中として知られた。
  9. 敵娼(あいかた):遊郭で客の相手をする遊女のこと。「相方」と同じ意味だが、廓言葉として「敵娼」の字を当てる。
  10. 巾着(きんちゃく):小銭や小物を入れる袋。この噺では母親が息子への思いを込めて渡した金入りの巾着が重要な小道具となる。

よくある質問 FAQ

Q1: なぜ番頭も鳶の頭も帰らなくなったのですか?

A: 吉原の角海老は江戸でも有数の高級妓楼で、雰囲気、料理、酒、そして何より花魁たちの魅力が格別でした。番頭は真面目な性格ながら、鳶の頭は気風の良い職人気質で、それぞれの人物像は異なりますが、いずれも角海老の居心地の良さと花魁の魅力に抗えなかったのです。人間の弱さを象徴しています。

Q2: 幇間の一八はどんな役割を果たしていますか?

A: 一八は鳶の頭を吉原遊びの客だと勘違いして付きまとい、角海老での若旦那との交渉中にも乱入して場を混乱させます。この騒動によって頭も若旦那を連れ帰る目的を見失い、結局7日間も角海老に留まることになります。混乱を生む触媒的な存在です。

Q3: 清蔵が「首に縄をつけても」と言ったのはなぜですか?

A: 飯炊きという下働きの清蔵にとって、若旦那は雲の上の存在です。しかし主家への忠義と、泣いている奥様への同情から「どんな手を使ってでも連れて帰る」という強い決意を表現しました。実際に角海老では若い衆を脅しつけ、番頭や頭を叱りつけるなど、普段とは違う強気な態度を見せています。

Q4: お袋さんの巾着を見せた「泣き落とし」はなぜ効かなかったのですか?

A: 若旦那は吉原での遊びに没頭しており、母親の思いよりも目の前の快楽を優先していました。また道楽息子の性格として、親の心配を深刻に受け止める余裕がなかったのです。「巾着だけ置いて帰れ」という冷たい態度は、若旦那の堕落ぶりを表現しています。

Q5: なぜ若旦那は清蔵に酒と花魁をつけたのですか?

A: 清蔵が「腕づくで連れて帰る」と迫ったため、喧嘩沙汰になるのを避けようとしました。同時に、これまで番頭や鳶の頭が帰らなくなったのと同じ手口で、清蔵も角海老の虜にしてしまおうという計算もあったでしょう。結果的にその目論見は見事に成功します。

Q6: 「おらもう二、三日ここにいるだよ」というオチの意味は?

A: 最も質素で真面目な飯炊きの清蔵さえも、花魁かしくの魅力と酒によって完全に骨抜きにされ、若旦那を連れ帰るという本来の目的を忘れて居座ることを宣言したのです。「木乃伊取りが木乃伊になる」の典型例であり、人間の意志の弱さをユーモラスに表現した秀逸なオチです。

名演者による口演

この演目は多くの名人によって演じられてきました。

  1. 三遊亭圓生(四代目・六代目):圓生一門の十八番で、特に四代目の口演が名高く、六代目も継承して角海老の雰囲気描写が秀逸。
  2. 古今亭志ん生(五代目):清蔵の田舎訛りと、酔っ払って骨抜きになる様子の描写が絶品。人間の弱さを愛おしく演じた。
  3. 柳家小さん(五代目):番頭、鳶の頭、清蔵の性格を明確に演じ分け、それぞれが屈していく過程を丁寧に描いた。
  4. 立川談志:吉原の雰囲気と花魁の魅力を現代的な視点で再解釈し、清蔵の変貌を鮮やかに表現した演出。
  5. 柳家喬太郎:幇間一八のキャラクターを際立たせ、騒動の場面に独特のテンポを持たせた現代的な解釈。

関連する落語演目

吉原や遊郭を舞台にした演目、また道楽息子を描いた噺をご紹介します。

https://wagei.deci.jp/wordpress/kuruwadaigaku/
吉原での遊び方を教える廓噺。吉原の文化や風俗を知る上で参考になる演目です。

https://wagei.deci.jp/wordpress/shibahama/
夫婦の情愛を描いた人情噺。家族の絆という対照的なテーマを持つ名作です。

https://wagei.deci.jp/wordpress/tenshiki/
親子の絆を描いた噺。家族への思いという共通のテーマがあります。

https://wagei.deci.jp/wordpress/shamisenkurige/
遊郭を舞台にした滑稽噺。廓噺のジャンルで関連性があります。

https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/
人間の思い込みと勘違いを描いた噺。コミカルな展開が共通しています。

この噺の魅力と現代への示唆

「木乃伊取り」の最大の魅力は、身分や性格の異なる三人の登場人物が、全員同じ結末を迎えるという構成の妙にあります。真面目な番頭、気風の良い鳶の頭、質素な飯炊きと、それぞれが異なる個性を持ちながら、角海老の魅力の前では等しく無力であることが示されます。

特に清蔵の変貌は見事です。冒頭では「首に縄をつけても連れ帰る」と豪語し、実際に角海老では若い衆を脅しつけ、番頭や頭を叱りつける強気な態度を見せます。母親の巾着を使った泣き落としも試み、若旦那に暇を出されると腕づくで連れ帰ると迫る徹底ぶりです。しかし花魁かしくに酌をされてしなだれかかられると、あっという間にデレデレの骨抜きになってしまいます。

この落語は「木乃伊取りが木乃伊になる」という慣用句の語源として知られていますが、単なる言葉遊びではありません。人を説得しに行った者が逆に相手に感化されてしまう、改心させようとした者が逆に堕落してしまうという人間の弱さと矛盾を、ユーモラスかつ普遍的に描いた名作です。

現代社会でも、問題解決のために送られた担当者が現地の事情に取り込まれてしまう、改革のために派遣された者が既存の慣習に染まってしまうといった事例は少なくありません。この噺は、人間の意志の脆さと環境の影響力の強さを、笑いと共に教えてくれる作品と言えるでしょう。

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