目薬
3行でわかるあらすじ
目を患った職人の熊さんが目薬を買ってもらうが、説明書を誤読して「めじりにつけべし」を「女しりにつけべし」と読んでしまう。
かみさんに尻をまくらせて目薬をつけようとするが、かみさんが力んでしまい大きなおならをしてしまう。
目薬の粉がおならの風力で熊さんの顔を直撃し、結果的に目に薬がついて熊さんは満足する。
10行でわかるあらすじとオチ
職人の熊さんが目を患って仕事に出られず、夫婦でさつま芋ばかり食べて暮らしている。
かみさんがおばさんから金を借りて角の薬屋で粉薬の目薬を買ってくる。
熊さんが説明書を読もうとするが、「めじり」の「め」の字が読めずに悩んでしまう。
かみさんが湯屋の看板の「女湯」の字と似ていることに気づき、「め」を「女」と教える。
熊さんは「このくすりは耳かきいっぱい 女しりにつけべし」と読み間違えてしまう。
説明書通りにやろうと、かみさんに尻をまくらせて目薬をつけようとする準備をする。
耳かきで薬をすくってかみさんの尻につけようとするが、くすぐったがるかみさんが動き回る。
かみさんが力んでしまい、大音響とともに大きなおならをしてしまう。
芋ばかり食べているため強力な風力で、目薬の粉と一緒に熊さんの顔を直撃する。
熊さんは「やっぱり薬はこうやってつけるもんだ」と言って、結果的に目に薬がついたと満足する。
解説
「目薬」は古典落語の艶笑話(えんしょうばなし)の演目の一つで、江戸時代の識字率の低さを背景にした滑稽噺です。当時は職人階級を中心に文字が読めない人が多く、特にお職人の中には字が読めないのが当たり前という時代でした。
この演目の最大の面白さは、文字の誤読による勘違いから生じる珍騒動にあります。「めじり」の「め」の字を「女」と読み間違えることで「女しりにつけべし」となり、本来「目尻につけるべし」という意味の薬の説明書が全く違う意味に変わってしまいます。この誤読が引き起こす夫婦の愛情あふれる珍騒動が笑いのツボです。
オチの仕組みも秀逸で、最後のおならによって目薬の粉が熊さんの顔に飛び散ることで、結果的に目に薬がついたという「怪我の功名」的な落ちになっています。偶然による解決という古典落語によくあるパターンを、下品ながらも愛嬌のある形で表現しています。
この噺は、江戸庶民の暮らしぶりや当時の医療事情、夫婦の情愛などを含んだ人情噺的な要素も持ち合わせており、笑いの中に江戸時代の生活感が色濃く反映された古典落語の代表的な滑稽話として親しまれています。
あらすじ
職人の熊さん、目を患って仕事に出られず米を買う金もなくなって、夫婦そろってさつま芋ばかり食べている。
かみさんはおばさんの所で金を借りて角の薬屋で目薬を買って来る。
熊さん 「こりゃ、おめえ粉の薬じゃねえか。
どうやって使うんだ?・・・ああ、袋の裏に能書きが書いてがある。
ひらがなだから何とか読めそうだ。
こ・の・く・す・り・は・み・み・か・き・い・つ・は・い・・・、うん、このくすりはみみかきいっぱい。・・・だめだ次の字が読めねえ。その次は、し・り・へ・つ・け・べ・し・・・なんだいこりゃ、しりへつけべし・・・おい、おっかあ、この字よめるか」
かみさん 「あたしゃ字は読めないよ。読めるくらいならおまいさんのとこなんぞに嫁に来やしないよ」
熊さん 「どっこかで見たような字なんだが・・・ちょっと見てみろよ」
かみさん 「・・・あれっ、あたしもどっかで見たような気がする。・・・ああ、お湯屋さんの入口の戸と、暖簾に書いてある、"男湯・女湯"」の女って字よ、これ」、なるほど"め"は"女"に似ている。
熊さん 「ああ、そうかなるほど、これは女っていう字だ。さすがおめえは女だけのことはあらぁね」
かみさん 「へんなほめ方だねえ」
熊さん 「するとこれは、"このくすりは、みみかきいっぱい、女しりにつけべし"、うむ、なんだこりゃ。・・・ああ、そういうことか。おい、かかあ、表と裏閉めて心張りかって来い。・・・閉めたらこっちへ来てくるっと着物をまくってケツを出してみな」
かみさん 「まあ、いやだよこんなまっ昼間から、そんなこと」
熊さん 「馬鹿、なにを勘違えしてるんだ。そうやって目薬をつけるのよ」
かみさん 「・・・だって変だよ、目が悪いのはおまえさんだよ。なのになんであたしがお尻をまくんなきゃなんないの?」
熊さん 「だけどここにそう書いてあるんだからしょうがねえだろ」
かみさん 「どうしてもやんなきゃだめかい。変な薬買って来ちゃったよ」、かみさんは亭主の目のためならと渋々と尻をまくった。
熊さん 「おい、耳かきどこにある?」
かみさん 「馬鹿だねえ、そんなことお尻まくる前に言ったらどうなんだよ。まったく」
熊さん 「よしよし、これに一杯だな。・・・でもこんなでけえケツのどこにつけたらいいんだ?・・・」と、撫で回すもんだから、かみさんはくすぐったくてしょうがない。
薬もこぼれてしまって今度は山盛りにして再挑戦。
かみさんは動いちゃいけない、笑っちゃいけないと思うからじっと我慢に我慢だが、つい下腹に力が入り過ぎて、思わず大音響とともに、「ブゥーッ」、芋ばかり食っているからすごい風力で、目薬の粉とともに熊さんの顔を直撃、
熊さん 「ああっ、おっかあ、やるならやると言っとくれよ。
もろにくらっちまったじゃねえか。あーあ、方々に薬も散っちまって・・・うむ、こりゃあ、なるほど、おっかあ、やっぱり薬はこうやってつけるもんだ」
落語用語解説
- 目を患う(めをわずらう): 目の病気になること。熊さんが目の病気で仕事に出られなくなった。
- 粉薬(こなぐすり): 粉末状の薬。江戸時代の目薬は粉末が一般的だった。
- めじり: 目尻。目の外側の端のこと。「めじりにつけべし」が正しい使用法。
- 女しり: 熊さんの誤読。「めじり」を「女」と「しり」に分けて読んでしまった。
- 能書き(のうがき): 薬の説明書。袋の裏に書かれた使用方法の説明。
- 耳かき(みみかき): 薬の分量を量る道具。「耳かき一杯」が使用量として指定されていた。
- 湯屋(ゆや): 銭湯。入口に「男湯・女湯」の文字があり、かみさんがこの「女」の字を覚えていた。
- 心張り棒(しんばりぼう): 戸や戸棚の内側から突っ張らせて外から開けられないようにする棒。
- さつま芋: サツマイモ。貧しい熊さん夫婦が米の代わりに食べていた食べ物。おならの原因となる。
- 艶笑話(えんしょうばなし): 性的な笑いを含む落語の演目。この噺もその一つ。
- 職人(しょくにん): 手に職を持つ労働者。熊さんも職人だが字が読めない設定。
- 怪我の功名(けがのこうみょう): 偶然によって良い結果を得ること。おならで結果的に目に薬がついた。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ熊さんは字が読めなかったのですか?
A1: 江戸時代の職人階級は識字率が低く、特に職人の中には字が読めないのが当たり前という状況でした。寺子屋教育が普及していましたが、全ての人が教育を受けられたわけではありませんでした。
Q2: なぜかみさんは「女」の字を知っていたのですか?
A2: 湯屋(銭湯)の入口に書いてある「男湯・女湯」の文字を日常的に見ていたからです。文字は読めなくても、自分に関係する文字は視覚的に覚えていたという設定です。
Q3: 本当に尻に目薬をつける薬はあったのですか?
A3: いいえ、これは完全な誤読です。正しくは「めじり(目尻)につけべし」ですが、熊さんが「女しりにつけべし」と読み間違えました。
Q4: なぜさつま芋ばかり食べていたのですか?
A4: 熊さんが目を患って仕事に出られず、米を買う金もなくなったため、安価なさつま芋で生活していました。これが後のおならの伏線となっています。
Q5: 最後のおならで本当に目に薬がついたのですか?
A5: 落語的な誇張表現ですが、強力なおならの風力で目薬の粉が飛び散り、結果的に熊さんの顔や目に薬がついたという設定です。偶然による解決を面白おかしく描いています。
Q6: この噺の教訓は何ですか?
A6: 表面的には文字の読み書きの重要性を示していますが、むしろ夫婦の愛情と庶民の生活の逞しさを温かく描いた作品です。また、結果オーライという江戸庶民の楽観的な生き方も表現しています。
名演者による口演
この噺を得意とした落語家には以下の名人がいます:
- 三遊亭圓生(六代目): 夫婦の情愛を丁寧に描き、下品になりすぎない品格を保ちながら笑いを取る名演で知られる。
- 古今亭志ん生(五代目): 熊さんの愚直さとかみさんの献身的な愛情を軽妙に表現し、オチの場面を大げさに演じた。
- 柳家小さん(五代目): 江戸の職人夫婦の生活感を活き活きと描き、文字の誤読場面を丁寧に語った。
- 柳家小三治: 夫婦の心理描写を繊細に表現し、下品さと愛情のバランスを見事に保った演出が特徴。
- 桂米朝(三代目): 上方版では関西弁の味わいを活かし、夫婦の掛け合いをより軽妙に演じた。
関連する落語演目
夫婦や読み間違い、職人をテーマにした演目:
- 芝浜 – 夫婦の情愛を描いた人情噺の名作
https://wagei.deci.jp/wordpress/shibahama/ - 転失気 – 知ったかぶりで失敗する言葉遊びの噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/tenshiki/ - 千早振る – 百人一首の読み間違いを使った噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/chihayafuru/ - 松曳き – 読み間違いが引き起こす騒動
https://wagei.deci.jp/wordpress/matsuhiki/ - 時そば – 職人を主人公にした江戸落語の名作
https://wagei.deci.jp/wordpress/tokisoba/ - 粗忽長屋 – 勘違いが引き起こす騒動
https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/ - 豆屋 – 与太郎が詐欺師に騙される商売噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/mameya/
この噺の魅力と現代への示唆
「目薬」の最大の魅力は、文字の誤読から始まる夫婦の珍騒動を温かく描いている点にあります。「めじり」を「女しり」と読み間違える熊さんの愚直さと、夫のために渋々と尻をまくるかみさんの献身的な愛情が、笑いの中に人間味を感じさせます。
特に秀逸なのは、江戸時代の庶民の生活感が色濃く反映されている点です。目を患って仕事に出られず、さつま芋ばかり食べている貧しい夫婦の姿は、当時の労働者階級の厳しい生活を象徴しています。しかし、その中でも夫婦が助け合い、笑いながら生きていく逞しさが描かれています。
オチのおならによる「怪我の功名」も見事です。下品な笑いではありますが、結果的に目に薬がついたという偶然による解決は、江戸庶民の楽観的な生き方を表現しています。深刻にならず、何とかなるさという前向きな姿勢が感じられます。
現代社会においても、この噺が描くテーマは重要な示唆を含んでいます。文字の読み書きができることの重要性は、現代でも変わりません。また、夫婦が困難な状況でも助け合って生きていく姿は、普遍的な家族愛を示しています。
さつま芋ばかり食べているという設定も、現代の食糧問題や貧困問題とも重なります。しかし、この噺はそれを悲観的に描くのではなく、笑いに変える力を持っています。困難な状況でも笑いを忘れない庶民の強さが、この噺の魅力と言えるでしょう。
江戸庶民の生活の厳しさと逞しさ、夫婦の愛情、そして笑いの力を描いた「目薬」は、時代を超えて共感を呼ぶ古典落語の代表作と言えるでしょう。
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