眼鏡屋盗人(めがね泥)
3行でわかるあらすじ
三人の泥棒(頭、子分、新米)が眼鏡屋に押し入ろうとして節穴から中を覗く。
店の賢い丁稚が望遠鏡、将門眼鏡、逆さ望遠鏡を使って次々と錯覚を起こさせる。
最後は逆さ望遠鏡で家が巨大に見えたため、頭が「奥へ行くまでに夜が明ける」と諦める。
10行でわかるあらすじとオチ
泥棒の頭、子分、新米の三人が押し入る家を探しているが、新米の提案はどれも不適切。
頭が目をつけた眼鏡屋に忍び込もうと、節穴から中を覗くことにする。
眼鏡屋の丁稚は夜中に習字の稽古をしていたが、外の話し声で泥棒の存在に気づく。
新米が覗くと、丁稚は望遠鏡を節穴に差し込み、髭を描いて猫を持って大入道に化ける。
子分が覗く番になると、丁稚は将門眼鏡(物が七つに見える眼鏡)に付け替える。
子分には丁稚が七人並んで習字をし、それぞれに猫が付いているように見える。
頭が覗く時は、丁稚は望遠鏡を逆さまにして節穴にあてがう。
頭には家の中が異常に小さく(実際は逆で巨大に)見える。
時計が三時を打つのを聞いた頭が「ここの家へは入れない」と言う。
「奥へ行くまでに夜が明ける」という理由で、泥棒たちは諦めて去っていくオチ。
解説
「眼鏡屋盗人」は古典落語の中でも特に科学的な知識と庶民の機転を組み合わせた独特な作品です。江戸時代後期から明治にかけて、光学器具が庶民の生活にも浸透してきた時代背景を反映した、いわば「科学落語」の先駆けとも言える作品です。
この噺の技巧的な見どころは、三段構えの光学トリックにあります。望遠鏡による拡大効果、将門眼鏡による多重像、そして逆さ望遠鏡による縮小効果と、それぞれ異なる光学原理を使い分けているところが巧妙です。これらの器具は当時実際に存在したもので、特に「将門眼鏡」は平将門の影武者伝説にちなんだ名称で、プリズムを使って像を複数に見せる仕掛けでした。
最大の笑いどころは最後のオチです。逆さ望遠鏡で家の中が異常に小さく見えた頭が、それを「家が巨大すぎる」と解釈して「奥へ行くまでに夜が明ける」と言う発想の転換は見事です。これは単なる錯覚の話を超えて、人間の認識の曖昧さを笑いに変えた高度な技法と言えます。
また、この噺は勧善懲悪の要素も含んでおり、悪事を働こうとする泥棒が知恵のある善良な丁稚に敗れるという構図は、聞き手に爽快感を与えます。現代でも科学技術を悪用から守る知恵として通用する普遍的なテーマを含んだ、古典落語の傑作です。
あらすじ
落語に登場する泥棒はどれも似たような者ばかりで、
子分 「頭(かしら)、今日はこの新米連れて行きまんのか?」
頭 「そや、こいつこの町内詳しいっちゅうこと聞いたんでな。そやろ新米?」
新米 「へぇ、わてなぁ、この隣りの町内に長いこと住んでましたんでな、この町内のことやったら、詳しおます」
頭 「この町内で金のある家はどこじゃい?」
新米 「そらもぉ斉藤さんとこですわ。
あすこはもお金だらけですわ。土間入ったとっから金が散らばったる」、「それなんの商売何や?」
新米 「古金屋でんねん。自転車の壊れたやつとか、鉄屑やとか・・・」
頭 「そんな古金を盗んでどないするっちゅうねん。
金言うたら銭のこっちゃ。財産家はどこや」
新米 「あぁ、それなら田中はんですわ。
お爺さんの代からのこの辺一帯の大金持でな。地所も持ってるし、借家も何十軒もおまんねや」
頭 「商売は何をしてんねん?」
新米 「その家賃やとかな、地代の上がりで商売なんかせんと裕福に暮らしてはりますわいな。息子はんが柔道に凝ってしもて道場こしらえてなぁ、いつも腕っ節の強い若い衆が十人ぐらいゴロゴロしてまんなぁ」
頭 「そんなとこへ入れ るかアホ。三人だけやないかい、もっと弱いとこないのんかい?」
新米 「弱い者いじめは立派な泥棒のすることではおまへん」
頭 「何を偉そうなこと抜かしやがって、強いとこ入ったらすぐに捕まってしまうがな」
新米 「へぇ、弱いとこやったら、寺田はんでんなぁ。七十越したお爺さんとお婆さんと二人だけでんねん」
頭 「で、金はあんのんかい?」
新米 「何でも、町内の人が何ぼかずつ出 し合おて養うてるっちゅうことは聞いてまんねん」
頭 「アホか、お前わ、頼りにならんやっちゃ。仕方ないよってわしが目星つけた家に入ろう」
子分 「どこでんねん?」
頭 「実はこの前の眼鏡屋や。
今こないして雨戸締めてるけどな。
こういう家は案外金持ってんねや。
主人夫婦と子どもが一人と、丁稚が一人ぐらいしかおらへん。・・・ちょうどえぇ、ここに節穴が開いてるわい。おい新米、こっからガミはれ」
新米 「へぇ?この節穴に紙貼りまんのん?」
頭 「アホ、盗人の符丁じゃ、中を覗き込んで調べる、偵察をするんじゃ、これを"ガミはる"ちゅうねや、 覚えとけ」
新米 「ほんだらこっから覗いたらよろしいんで?」
一方、眼鏡屋の中の丁稚さん、これが感心な小僧で、家の者が寝てから小さな灯りをとぼして一生懸命に習字の稽古をしている。
表でゴソゴソ話し声が聞こえるもので様子を伺っていると、泥棒仲間が忍び込もうとしてる。
知恵を働かせた小僧さん、遠眼鏡、遠くの物が近くに見える望遠鏡を節穴に突っ込んで顔に筆で髭(ひげ)を書いて、そばで寝てた猫をつかんで節穴の前に立ち上がった」
頭 「早よ、覗いてみぃ、新米」
新米 「・・・か、頭!髭もじゃの大入道が、虎つかんで立ってまっせ」
頭 「何を寝ぼけてけつかんねん。お前替わってガミはれ」
手下 「どけ、アホ・・・」、小僧さん今度は眼鏡を物が七つに見える将門眼鏡に付け替えた。
平将門が七人の影武者を従えていたことから"将門眼鏡"というやつだ。
こんどは小僧さんは真面目な顔して習字を始めた。
手下 「何やこれ、こんな夜中に子どもが七人並んで寺子屋みたいに手習いしてまっせ、あれ、そばに一匹ずつ猫が付いてまんねん・・・ おかしな猫やなぁ、一匹が背伸びしたら、みな揃ろうて背伸びしてまっせ」
頭 「お前ら、何を寝ぼけてんねん、そこどけっ、今度は俺がガミはったる・・・」、小僧さん頭が来たなと察知して、今度は遠眼鏡を逆さまにして節穴にあてがった。
新米 「どおです頭、化けもん屋敷だっしゃろ?」
手下 「頭、子どもが七人、手習いしてまっしゃろ?」
頭 「いやぁ~、今、 何時ぐらいやろなぁ?」
手下 「最前どっかの時計が三時を打ちましたがなぁ 」
頭 「三時? ここの家へは入れんわい」
手下 「何でだんねん?」
頭 「奥へ行くまでに、夜が明けるわい」
落語用語解説
- 眼鏡屋(めがねや): 眼鏡を販売・製造する店。江戸時代後期から光学器具を扱う専門店として存在した。
- 丁稚(でっち): 商家に住み込みで働く少年。この噺では賢い丁稚が光学器具を使って泥棒を撃退する。
- 望遠鏡(ぼうえんきょう): 遠くのものを拡大して見る光学器具。丁稚が節穴に差し込んで大入道に化ける道具として使用。
- 将門眼鏡(まさかどめがね): 物が七つに見える眼鏡。平将門が七人の影武者を従えていた伝説にちなむ名称。プリズムを使った光学器具。
- 逆さ望遠鏡: 望遠鏡を逆向きに使うと、物が小さく見える効果。頭がこれで家が巨大だと勘違いする。
- 節穴(ふしあな): 木の板の節が抜けてできた穴。泥棒が中を覗くために使う穴。
- ガミはる: 泥棒の符丁で、節穴から中を覗いて偵察すること。「紙を貼る」と勘違いする新米のやり取りが笑いどころ。
- 頭(かしら): 泥棒の親分。経験豊富だが最後は丁稚に騙される。
- 子分(こぶん): 泥棒の仲間。頭の下で働く中堅の泥棒。
- 新米(しんまい): 泥棒の新人。町内に詳しいが不適切な家ばかり提案して頭を困らせる。
- 大入道(おおにゅうどう): 大きな坊主頭の怪物。丁稚が望遠鏡と髭と猫で大入道に化ける。
- 手習い(てならい): 習字の稽古。丁稚が夜中に一生懸命手習いをしている姿が描かれる。
よくある質問 FAQ
Q1: 丁稚はどうやって泥棒の存在に気づいたのですか?
A1: 夜中に習字の稽古をしていた丁稚が、表でゴソゴソと話し声が聞こえることに気づき、泥棒が忍び込もうとしていることを察知しました。感心な小僧だからこそ、周囲の異変に敏感だったのです。
Q2: 将門眼鏡とは実際にあったものですか?
A2: はい、江戸時代に実際に存在した光学器具です。プリズムを使って像を複数に見せる仕掛けで、平将門が七人の影武者を従えていた伝説にちなんで「将門眼鏡」と呼ばれました。
Q3: なぜ頭は「奥へ行くまでに夜が明ける」と言ったのですか?
A3: 逆さ望遠鏡で家の中が異常に小さく見えたため、頭はそれを「家が巨大すぎる」と解釈しました。三時に覗いて家が巨大に見えたので、奥に行くまでに時間がかかりすぎて夜が明けてしまうと考えたのです。
Q4: 新米が提案した家はなぜどれも不適切だったのですか?
A4: 古金屋は価値のない鉄屑しかない、田中家は柔道家で腕っ節の強い若者がいる、寺田家は貧しくて町内で養われているという具合に、泥棒に入る条件として全く適していませんでした。新米の無能さを示す場面です。
Q5: この噺は科学落語と呼ばれるのはなぜですか?
A5: 望遠鏡、将門眼鏡、逆さ望遠鏡という光学原理を使った器具が重要な役割を果たすからです。江戸時代後期から明治にかけて、光学器具が庶民にも普及した時代背景を反映した、科学的知識を題材にした珍しい落語です。
Q6: この噺の教訓は何ですか?
A6: 悪事を働こうとする者は知恵のある善良な者に敗れるという勧善懲悪の教訓と、科学技術を正しく使えば身を守ることができるという知恵の重要性を示しています。また、丁稚の勤勉さと機転の良さも称賛されています。
名演者による口演
この噺を得意とした落語家には以下の名人がいます:
- 桂米朝(三代目): 上方落語の正統派として、光学器具の説明を丁寧に語り、丁稚の機転を活き活きと表現した名演で知られる。
- 桂枝雀(二代目): 泥棒三人の個性を明確に演じ分け、特に新米の間抜けぶりと頭の驚きを大げさに表現した演出が人気。
- 桂ざこば(二代目): 関西弁の味わいを活かし、泥棒の符丁「ガミはる」などの言葉遊びを軽妙に演じた。
- 桂南光(三代目): 丁稚の賢さと泥棒の滑稽さのコントラストを鮮やかに描き、オチまでのテンポが見事。
- 桂文枝(六代目): 光学トリックの場面を視覚的にわかりやすく語り、観客を引き込む技術に優れていた。
関連する落語演目
泥棒や機転をテーマにした演目:
- 芝浜 – 夢と現実が入り混じる人情噺の名作
https://wagei.deci.jp/wordpress/shibahama/ - 転失気 – 知恵を使って困難を切り抜ける噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/tenshiki/ - 時そば – 言葉の機転で騙す噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/tokisoba/ - 饅頭こわい – 策略を使って饅頭を手に入れる噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/manjukowai/ - 豆屋 – 与太郎が詐欺師に騙される商売噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/mameya/ - 粗忽長屋 – 勘違いが引き起こす騒動
https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/ - 千早振る – 言葉遊びを使った噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/chihayafuru/
この噺の魅力と現代への示唆
「眼鏡屋盗人」の最大の魅力は、光学器具という科学技術を巧みに使った三段構えのトリックにあります。望遠鏡による拡大効果、将門眼鏡による多重像、逆さ望遠鏡による縮小効果と、それぞれ異なる光学原理を使い分ける展開は、古典落語としては珍しい科学的要素を含んでいます。
特に秀逸なのは、逆さ望遠鏡で家の中が小さく見えたのを、頭が「家が巨大すぎる」と解釈する発想の転換です。「奥へ行くまでに夜が明ける」という結論は、錯覚を逆手に取った見事なオチで、人間の認識の曖昧さを笑いに変えた高度な技法と言えます。
また、この噺は勧善懲悪の要素も含んでいます。悪事を働こうとする泥棒が、勤勉で知恵のある丁稚に敗れるという構図は、聞き手に爽快感を与えます。丁稚が夜中に習字の稽古をしているという設定は、江戸時代の商家の教育制度と、勤勉な若者の美徳を象徴しています。
現代社会においても、この噺が描くテーマは重要な示唆を含んでいます。科学技術を悪用から守る知恵という点では、現代のサイバーセキュリティにも通じるテーマです。また、泥棒が提案する家がどれも不適切だという新米の無能さは、情報収集の重要性と、適切な判断力の必要性を示しています。
光学器具という当時の最新技術を使って身を守るという設定は、技術を正しく理解し活用することの重要性を教えています。江戸時代後期から明治にかけて、光学器具が庶民の生活にも浸透してきた時代背景を反映した、いわば「科学落語」の先駆けとも言える作品です。
勤勉さ、機転の良さ、そして科学技術の活用という三つの要素を兼ね備えた「眼鏡屋盗人」は、時代を超えて共感を呼ぶ古典落語の傑作と言えるでしょう。
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