万病円
3行でわかるあらすじ
長屋の嫌われ者の浪人が湯屋・餅屋・古着屋で次々と騒動を起こして店主たちを困らせる。
最後に薬屋で万病円という薬を見つけ、病気は四百四病しかないのに万もあるはずがないと因縁をつける。
店主が疝気・産前産後・腸満などの病名を数字の洒落で数え上げ、最終的に兆万まで達して浪人を圧倒する。
10行でわかるあらすじとオチ
長屋に住む威張りんぼうの浪人は町内の嫌われ者で、今日も湯屋で湯船の中で褌を洗って客を怒らせる。
餅屋では「どれを食べても四文」の言葉尻を取って四つ食べても四文しか払わないと屁理屈をこねる。
古着屋では狐の顔の紋付や三角の座布団など存在しない品物ばかり注文して店主を困らせる。
古着屋の店主は「泥棒」「盗っ人」などの言葉を別の意味にすり替えて浪人をからかい返す。
最後に薬屋に入った浪人は万病円という薬を見つけて「病気は四百四病と決まっている」と文句をつける。
薬屋の主人は「百日咳」「肋膜と四十肩」「疝気に女の癪」など病名を数字に見立てて数え始める。
「産前産後」で三千三十五、さらに大きな数を出すと浪人も算盤を入れて数えるが追いつかない。
最後に薬屋が「一つでも腸満がございます」と言うと「腸満」は「兆万」と音が同じ。
これで天文学的な数字に達して浪人は完全に負けてしまう。
病名の音を数字に掛けた洒落で四百四病を遥かに上回る数を証明する痛快な数字遊びのオチとなる。
解説
「万病円」は江戸落語の代表的な滑稽噺で、横暴な人物が最後に言葉遊びで負かされる痛快さが特徴です。この噺の核心は「数の洒落」と呼ばれる言葉遊びで、病名と数字の音の類似を巧みに使った駄洒落の応酬です。
仏教用語の「四百四病」は人間がかかるすべての病気を指し、地・水・火・風の四大がそれぞれに百一病を起こすとする考えから来ています。これに対して「万病円」という薬名は誇大広告の典型として使われ、江戸時代から現代まで続く商売上の大げさな謳い文句を皮肉った設定です。
オチの「腸満」は「兆万」と音が同じで、腹部膨満感を起こす病気の名前でありながら、数としては最大級の「兆」と「万」を表現する見事な言葉遊びです。この演目は「侍の素見」とも呼ばれ、威張っているだけで実際には何の力もない人物が、庶民の知恵と機転によって打ち負かされるという江戸庶民の痛快感を表現した作品として親しまれています。
あらすじ
長屋に住んでいる浪人者、やたら威張っていて町内の嫌われ者だ。
浪人はそんなことは屁とも思っちゃおらず、今日も湯屋の湯舟でフンドシを洗っている。
客は頭に来たが何せ相手は侍、番台に文句を言って、湯銭を返して貰ってみんな出て行ってしまった。
一人でのうのうと湯舟入っている浪人に、湯の主人(あるじ)が、「湯舟の中で下帯を洗っては困ります」と言うと、「何故いかん?」、「だって、汚いでしょう。下帯は下(しも)の物を包むんですからね」、浪人「それなら、その汚い下の物を貴様の湯屋では、湯舟に入る前に外して番台に預けねばならんのか」と、無茶な理屈をこねて、「明日も来るぞ、洗うぞ」と、出て行った。
今度は小腹が減ったと餅屋に入った。
小僧をからかって、力持ち、癇癪持ち、気持ち、金持ちはあるかと、楽しんでいる。
小僧も負けてなく、杵でつくから”木餅”、お代を頂戴するから”カネ餅”と応戦だ。
鶯餅、桜餅、黄粉(きなこ)餅、よもぎ餅の値段を聞き、小僧が「どれを食べてもみな四文です」に、浪人は4つ、美味い美味いと食って四文置いて出て行こうとする。
小僧が「4つ食べたので十六文です」、浪人「どれを食べても四文と言ったではないか。・・・客を誑(たぶら)かして商売をするのか」と、誑かしているのは自分なのを棚に上げている。
次は古着屋だ。
狐の顔の紋付、三角の座布団、綿入りの蚊帳とか無い物ばかり並べて困らせて、「・・・それらが手に入ったら置(と)っておけ、また来るぞ」と、帰ろうとするのを、古着屋「・・・泥棒!」、「泥棒とはなんだ!」、「いえ、”どの方”へお帰りかと・・・へへへ、盗っ人・・・」、「こら、盗っ人とは何だ」、「”もそっと”と言ったんで、へえ・・・屁でも嗅ぎやがれ・・・」、浪人「こら、今何と申した!」、「”へい、お陰で・・・”って言ったんでさあ」と、口達者だ。
浪人も証拠がなく、言った言わないでは仕方ないので悔しいかな古着屋を後にした。
憤懣やるかたない浪人は、敵討ちに紙屋に入った。「風の神(紙)はあるか」、紙屋は扇子を出して「風の紙です」、なるほどと浪人、これくらい分かるセンス(扇子)はあるか。”福の神(紙)”に紙屋は便所で使う”拭くの紙”を出す。
紙は諦めた浪人、薬も置いてあるのに気づき、
浪人 「この薬は何という薬だ・・・」
紙屋 「万病円と申す、万病に効く薬です」
浪人 「なに、昔から病気は四百四病と決まっておる。病気が万もあるものか、不埒者め・・・」
紙屋 「それが、ございますんで、・・・」
浪人 「よーし、算盤(そろばん)入れるから数えてみろ、もし無かったらそこの銭箱貰って行くぞ」
紙屋 「へい、まず、百日咳。肋(六)膜と四十肩、男の疝(千)気に女の癪(百)・・・」
浪人 「まだ、千と二百四十六だ」
紙屋 「ご婦人に産前産後(三千三十五)」
浪人 「うむ、大口が出たがまだまだだ」
紙屋 「一つでも腸満(兆万)がございます」
落語用語解説
- 四百四病(しひゃくしびょう): 仏教用語で人間がかかるすべての病気を指す。地・水・火・風の四大がそれぞれ百一病を起こすという考えから404種の病気があるとされた。
- 万病円(まんびょうえん): 万病に効くと謳う薬。江戸時代から続く誇大広告の典型。実際には万もの病気はないはずという浪人の屁理屈の標的となる。
- 数の洒落(かずのしゃれ): 病名の音を数字に見立てる言葉遊び。「疝気」を「千」、「癪」を「百」、「腸満」を「兆万」と読み替える落語の技法。
- 疝気(せんき): 下腹部の激痛を伴う病気。音が「千」に通じることから数の洒落に使われる。
- 産前産後(さんぜんさんご): 妊娠前後の女性特有の体調不良。音が「三千三十五」に聞こえることから数の洒落として使用される。
- 腸満(ちょうまん): 腹部膨満感を起こす病気。音が「兆万」と同じで、数の洒落として最大級の数を表現する見事なオチとなる。
- 百日咳(ひゃくにちぜき): 長期間続く咳の病気。そのまま「百」の数字を表現する。
- 肋膜(ろくまく): 胸膜のこと。音が「六」に通じる。四十肩と組み合わせて「六と四十」として使われる。
- 褌(ふんどし): 江戸時代の男性の下着。湯船で洗うのは非常識とされた。浪人の無作法さを象徴する行為。
- 侍の素見(さむらいのひやかし): この演目の別名。威張るだけで金を使わない侍が店を冷やかす様子を描く。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ浪人は嫌われ者なのですか?
A1: 湯船で褌を洗う、餅屋で言葉尻を取って代金を値切る、古着屋で存在しない品物ばかり注文するなど、侍の身分を笠に着て町人を困らせる行為を繰り返すからです。江戸時代の武士と町人の力関係を背景にした設定です。
Q2: 「腸満」のオチの意味がよくわかりません
A2: 「腸満(ちょうまん)」は腹部膨満を起こす病気の名前ですが、音が「兆万」と同じです。数の洒落で病名を数え上げている中で、最後に天文学的な数字「兆万」を出すことで、四百四病を遥かに超える病気があることを証明し、浪人を完全に論破するオチです。
Q3: 餅屋の場面で「どれを食べても四文」の意味は?
A3: 餅屋の小僧が「どの種類の餅を食べても一つ四文です」という意味で言ったのを、浪人が「どれを何個食べても合計四文」と曲解して、四つ食べても四文しか払わないという屁理屈をこねた場面です。
Q4: 古着屋の「泥棒」「盗っ人」のやり取りは何ですか?
A4: 浪人が帰ろうとすると古着屋が「泥棒!」と呼ぶが、実は「どの方(へお帰り)」と言ったと誤魔化す。次に「盗っ人」と言ったのを「もそっと(もう少し)」と言い訳する。浪人をからかい返す古着屋の機転です。
Q5: この噺の教訓は何ですか?
A5: 威張っているだけで実際には何の力もない人物が、庶民の知恵と機転によって打ち負かされるという構図です。身分や肩書きではなく、知恵と教養が人を勝たせるという江戸庶民の価値観を表現しています。
Q6: なぜ薬屋ではなく紙屋に薬があるのですか?
A6: 江戸時代の小売店は多様な商品を扱うことが多く、紙屋が薬も置いていることは珍しくありませんでした。また、落語的には浪人が「風の紙」「福の紙」で散々からかわれた後、薬で最後の逆転を狙う展開を作るための設定です。
名演者による口演
この噺を得意とした落語家には以下の名人がいます:
- 三遊亭圓生(六代目): 浪人の横暴さと紙屋の機転を鮮やかに演じ分け、数の洒落の場面を明快なテンポで語った名人芸として知られる。
- 古今亭志ん生(五代目): 浪人の憎たらしさを際立たせつつ、庶民側の痛快な逆襲を強調した演出が特徴。
- 古今亭志ん朝(三代目): 数の洒落の部分を観客にわかりやすく、かつリズミカルに語る技術に優れていた。
- 柳家小三治: 浪人の愚かさと紙屋の知恵のコントラストを繊細に描き、現代的な解釈も加えた演出で人気。
- 桂米朝(三代目): 上方版の演出で、言葉遊びの部分により多くの病名を盛り込み、観客を楽しませた。
関連する落語演目
横暴な人物が逆襲される噺や、言葉遊びを中心とした演目:
- 粗忽長屋 – 長屋の人々の粗忽ぶりを描いた長屋噺の名作
https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/ - 三軒長屋 – 長屋での騒動を描いた長屋噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/sangennagaya/ - 転失気 – 知ったかぶりで失敗する言葉遊びの噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/tenshiki/ - 寝床 – 長屋の大家と店子たちの関係を描いた長屋噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/nedoko/ - 時そば – 計算の誤魔化しで蕎麦代を騙し取る言葉遊び
https://wagei.deci.jp/wordpress/tokisoba/ - 千早振る – 百人一首の言葉遊びを使った噺
https://wagei.deci.jp/wordpress/chihayafuru/
この噺の魅力と現代への示唆
「万病円」の最大の魅力は、数の洒落という言葉遊びの巧妙さにあります。「疝気」を「千」、「癪」を「百」、「産前産後」を「三千三十五」、そして最後に「腸満」を「兆万」と読み替える技法は、日本語の同音異義語の豊かさを活かした見事な言語芸術です。
特に秀逸なのは、横暴な浪人が各店で庶民を困らせる前半から、最後に紙屋の知恵によって完全に論破される後半への展開です。身分制度が厳格だった江戸時代において、武士に対して町人が知恵で勝つという構図は、庶民にとって痛快な娯楽でした。
現代社会においても、この噺が描くテーマは通用します。権威や肩書きを笠に着て横暴な態度を取る人物は今も存在し、そうした人物が専門知識や機転によって打ち負かされる展開は変わらぬカタルシスを与えます。
また、言葉遊びの部分は、日本語の豊かな表現力と柔軟性を象徴しています。同じ音を持つ言葉を巧みに使い分ける技法は、現代の言葉遊びやダジャレにも通じる普遍的な面白さです。
浪人が湯船で褌を洗う、餅を四つ食べて四文しか払わない、存在しない品物を注文するといった非常識な行動は、現代で言えば悪質なクレーマーやモンスターカスタマーに相当します。そうした人物に対して、庶民側が知恵と言葉の力で対抗し、最終的に勝利するという構図は、時代を超えて共感を呼ぶ普遍的なテーマと言えるでしょう。
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