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【古典落語】九段目 あらすじ・オチ・解説 | 目の悪い按摩医者が忠臣蔵で大失敗連発の素人芝居地獄絵図

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話芸の殿堂-古典落語-九段目
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九段目

3行でわかるあらすじ

町内の素人芝居で忠臣蔵九段目の加古川本蔵役に、目の悪い按摩医者・小泉熊山が急遽代役として抜擢される。
稽古では尺八の代わりに按摩笛を使いたがり、槍で突かれるのを嫌がり、目を開けと言われても白眼を向く始末。
本番では尺八を逆さに持って登場し鼻血を出し、血止めに煙草を使って客から指摘されると『手前切りで』と答える。

10行でわかるあらすじとオチ

町内の素人芝居で忠臣蔵九段目を上演することになったが、前夜に加古川本蔵役の小間物屋・清兵衛が倒れてしまう。
急遽代役に選ばれたのが医者で按摩もやっている目の悪い小泉熊山で、世話方が粗筋と段取りを説明し稽古をつける。
熊山は尺八が分からないので按摩の笛ではどうかと提案し、世話方は口元に当てて指を動かすだけでいいと説明。
槍で突かれる場面では本当に突かれると思って嫌がるが、真似事で血綿という仕掛けがあると聞いて安心する。
目を見開く演技では「眼はこれより開きません」と白眼を向き、台詞の稽古では力み過ぎておならを放つ始末。
本番では初舞台に舞い上がって失敗連発で、尺八を逆さに持って登場し、持ち直そうとして鼻を打って鼻血をたらす。
力弥に槍で突かれて血が出る場面になると、なぜか血止めに煙草を使い始める。
客席から「よう、本蔵、血止めの煙草は細かいぞ」と指摘される。
熊山は本蔵役として「なあに、手前切りで」と答える。
煙草の「手前切り」という言葉で、医者らしい専門用語を芝居の中で使ってしまうオチとなる。

解説

「九段目」は江戸時代の町内素人芝居を題材にした落語で、忠臣蔵という当時の人気演目を背景にしたコメディです。
忠臣蔵九段目は加古川本蔵が大星力弥に槍で突かれて死ぬ名場面で、江戸の庶民にとって非常に馴染み深い芝居でした。

この落語の面白さは、専門外の人が急遽代役を務める際の混乱と失敗を描いた点にあります。
小泉熊山というキャラクターは医者でありながら按摩もやっており、目が悪いという設定で、これらの特徴が全て芝居での失敗につながる構造になっています。

特に最後のオチ「手前切りで」は、煙草の切り方を表す言葉ですが、医者の専門用語のように聞こえ、芝居の最中に現実世界の職業が顔を出すという落語らしい言葉遊びです。
江戸時代の町内芝居の様子や、当時の医者の社会的地位、そして忠臣蔵の人気ぶりなど、江戸文化の様々な側面を反映した作品でもあります。

あらすじ

町内の素人芝居で忠臣蔵の九段目を演(やる)ることになったが、前の晩に加古川本蔵役の小間物屋の清兵衛さんが倒れてしまった。

代役に選ばれたのが医者の小泉熊山(ようざん)で、目が悪く按摩もやっている。
芝居の世話方が粗筋(あらすじ)と段取りを説明し、稽古をつける。

世話方 「・・・本蔵が鼠色の着物、手甲脚絆で、尺八を吹いて出て来る。・・・」

熊山 「尺八というものは心得がございませんので、夜分に出ます按摩の笛ではいかがなもので・・・」

世話方 「あなたがなにも本当に尺八を吹かなくてもよろしいわけで、口のところへただ尺八を当てて、指先をこうちょいちょいと動かします・・・」

世話方 「・・・力弥が駆け寄って来て、落ちた槍を取ってあなたをさっと突いてくるから・・・あなたの脇腹にぶつっと槍が通ります」

熊山 「これは折角ながら、槍で突かれるということでは、お引き受けできかねます」

世話方 「・・・ただ、突く真似事をするだけですから・・・」

熊山 「・・・真似事ならば血は出ないので・・・」

世話方 「槍がきたなと思ったら脇腹をちょいと探ればぼっちがあります。こいつを破ると中から血綿てえものが出てきます」

世話方 「”星をさいたる大星の言葉に本蔵・・・目を見開き・・・”、ここで、ぐーっと目を開くんです」

熊山 「それはご無体な、眼はこれよりは開きませんので」と白眼を向いた。

世話方 「いえ、本当に開かなくてもいいんです。あなたがここで正面を切れば、ここで拍子木が、ばたーんと入りますから、目を開いたように見えるというやつで」

世話方 「・・・主人のぉーうっぷん晴らさんとぉー・・・、下腹へぐっと力を入れてね」

熊山 「・・・主人のうっ・・・ブぅー」と力み過ぎておならを放った。
こんな調子だから世話人も大変だ。

さあ、役者の頭数だけは何とか揃って芝居の幕が開いた。
熊山先生、初舞台に舞い上がってしまってどじばかり。
尺八を逆様に持って登場し、持ち直そうとして鼻を打って、鼻血が舞台へたらたら。
力弥に槍で突かれて血が出る場面になると、血止めに煙草を使ったりしている。

客 「よう、本蔵、血止めの煙草は細かいぞ」

熊山(本蔵) 「なあに、手前切りで」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 九段目(くだんめ) – 仮名手本忠臣蔵の第九段のこと。加古川本蔵が大星力弥に槍で突かれて死ぬ名場面です。江戸時代から現代まで、忠臣蔵の中でも特に人気の高い段です。
  • 忠臣蔵(ちゅうしんぐら) – 赤穂事件を題材にした人形浄瑠璃・歌舞伎の演目「仮名手本忠臣蔵」の通称。江戸時代最大のヒット作で、当時の庶民なら誰でも知っていた物語です。
  • 加古川本蔵(かこがわほんぞう) – 忠臣蔵に登場する人物。敵役の塩冶判官の家臣で、主君の敵討ちのため自ら悪役を演じた忠臣という設定です。九段目で力弥に討たれます。
  • 大星力弥(おおぼしりきや) – 忠臣蔵の主人公・大星由良助の息子。九段目で本蔵を槍で突く役です。
  • 按摩(あんま) – マッサージ療法の一種。江戸時代には盲人が按摩を職業とすることが多く、夜に笛を吹きながら客を探して歩きました。
  • 按摩笛(あんまぶえ) – 按摩師が夜道を歩く際に吹く笛。「ピーヒャララ」という音で、按摩師の存在を知らせました。尺八とは全く違う楽器です。
  • 町内芝居(ちょうないしばい) – 町内の人々が行う素人芝居。江戸時代には祭礼や正月などに、町内の有志が集まって歌舞伎を真似た芝居を上演することがよくありました。
  • 血綿(ちわた) – 芝居で使う仕掛けの一つ。赤く染めた綿を袋に入れておき、槍で突かれる場面で破って血が出たように見せます。
  • 手甲脚絆(てっこうきゃはん) – 手甲は腕を保護する布、脚絆は脛を覆う布。旅装束の一部で、本蔵は旅姿で登場する設定です。
  • 手前切り(てまえぎり) – 煙草の切り方の一つ。煙草屋で切ってもらうのではなく、自分で刻むこと。医者の専門用語のように聞こえるのが、この噺のオチのポイントです。

よくある質問(FAQ)

Q: なぜ小泉熊山は代役に選ばれたのですか?
A: 前夜に本役の清兵衛が倒れてしまい、急遽代役が必要になったからです。町内芝居では人数が限られているため、医者であり按摩もやっている熊山が適任(?)と判断されました。ただし、目が悪いという致命的な欠点があります。

Q: 忠臣蔵の九段目とはどんな場面ですか?
A: 加古川本蔵が大星力弥に槍で突かれて死ぬ名場面です。本蔵は表面上は敵方の家臣ですが、実は主君の敵討ちのために悪役を演じた忠臣でした。九段目でその真実が明らかになり、力弥に討たれるという感動的な場面です。

Q: 按摩笛と尺八の違いは何ですか?
A: 按摩笛は按摩師が夜道で客を呼ぶために吹く小さな笛で、「ピーヒャララ」という単純な音が出ます。一方、尺八は竹製の縦笛で、複雑な音階を奏でる楽器です。まったく別物なので、熊山の提案は的外れです。

Q: なぜ熊山は尺八を逆さに持ったのですか?
A: 初舞台に舞い上がってしまい、緊張のあまり間違えたからです。目が悪いことも原因の一つでしょう。逆さに持って吹こうとしたため、鼻を打って鼻血が出てしまいました。

Q: 「手前切りで」というオチの意味は?
A: 「手前切り」は煙草を自分で刻むという意味ですが、医者の専門用語のように聞こえます。客から血止めに煙草を使うのは細かい(けちだ)と指摘され、熊山は本蔵役として答えているつもりですが、実は医者としての言葉を使ってしまっているというオチです。芝居の世界と現実が混ざった言葉遊びです。

Q: 町内芝居は実際にあったのですか?
A: はい、江戸時代から明治・大正時代にかけて、町内や村落で素人芝居が盛んに行われました。祭礼や正月などの行事で、町内の有志が歌舞伎の人気演目を真似て上演しました。忠臣蔵は特に人気が高く、よく演じられました。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の大名人。この噺でも熊山の不器用さと、稽古での失敗の数々をリアルに演じました。おならを放つ場面など、下品さを笑いに変える技術が光りました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。忠臣蔵九段目の名場面を知る観客に向けて、その場面が素人芝居でどう崩れていくかを丁寧に描きました。
  • 柳家小三治 – 現代の名人。熊山の真面目さと不器用さを対比させ、本人は真剣なのに周囲から見ると滑稽という状況を繊細に表現します。
  • 古今亭志ん朝(三代目) – 美声と端正な語り口で知られる名人。稽古の場面での世話方と熊山のやり取りをテンポ良く聞かせ、本番での失敗連発を見事に演じました。

関連する落語演目

同じく「素人芝居・芝居」がテーマの落語

「忠臣蔵」をネタにした落語

「医者・按摩」が登場する落語

「失敗・ドジ」がテーマの落語

この噺の魅力と現代への示唆

「九段目」の最大の魅力は、専門外の人が急遽代役を務める際の混乱と失敗を描いた点にあります。小泉熊山は医者であり按摩師ですが、芝居の経験はゼロ。しかも目が悪いという致命的な欠点を抱えています。そんな人物が忠臣蔵の名場面を演じることになるという設定自体が、すでに笑いを誘います。

現代社会でも、「急な代役」や「専門外の仕事を任される」という状況は頻繁に起こります。会社のプレゼンテーション、学校の発表会、地域のイベントなど、準備不足や経験不足のまま本番を迎えることは誰にでもあるでしょう。熊山の失敗連発は、そうした状況への共感を呼び起こします。

稽古の場面も秀逸です。世話方が丁寧に説明するのに、熊山は「按摩笛ではどうか」「槍で突かれるのは嫌だ」「目はこれより開きません」と的外れな反応を繰り返します。特に「目を見開く」という演技指示に対して、本当に目が悪いので物理的に開けないと答える場面は、コミュニケーションの齟齬を笑いに変えた名場面です。

忠臣蔵という江戸時代最大のヒット作を背景にしていることも重要です。当時の観客は忠臣蔵九段目の名場面を熟知しており、それがどう崩れていくかを楽しむことができました。現代で言えば、有名な映画やドラマの名シーンが素人芝居で滅茶苦茶になる様子を想像するようなものです。

最後のオチ「手前切りで」も見事です。客から「血止めに煙草を使うのはけちだ」と指摘され、熊山は本蔵役として答えているつもりですが、実は医者としての専門用語を使ってしまっています。「手前切り」は煙草を自分で刻むという意味ですが、医療用語のように聞こえるのがポイントです。芝居の世界と現実が混ざった瞬間を言葉遊びで表現しています。

鼻血を出して煙草で血止めをするという行動も興味深いです。当時は煙草の灰を血止めに使う民間療法がありましたが、芝居の最中に本当にやってしまうのは本末転倒です。熊山は医者なので反射的に血止めをしようとしたのでしょうが、それが芝居を台無しにしています。

町内芝居という文化も興味深いです。江戸時代から明治・大正時代にかけて、町内や村落で素人芝居が盛んに行われました。プロの役者を見るだけでなく、自分たちで演じることを楽しむという文化は、現代の学芸会や文化祭に通じるものがあります。

熊山の真面目さも魅力的です。本人は真剣に取り組んでいるのに、結果として大失敗してしまう。この「本人は真剣なのに周囲から見ると滑稽」という構図は、落語の基本パターンの一つです。悪意はないのに結果として笑いを生んでしまう人物像は、誰もが共感できるでしょう。

実際の高座では、演者が稽古の場面での熊山の的外れな反応をどう演じるか、本番での失敗連発をどう身体表現するかが見どころです。特におならを放つ場面や、尺八を逆さに持つ場面など、視覚的なギャグをどう表現するかで、この噺の印象が大きく変わります。ぜひ生の落語会や動画配信で、複数の落語家の演じる「九段目」を聴き比べて、その違いを楽しんでください。


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