孝行糖
3行でわかるあらすじ
親孝行で表彰された与太郎が褒美の五貫文で飴売り商売を始め、鉦太鼓で派手に「孝行糖」を売り歩く。
調子に乗って水戸様の屋敷前でも大音響で売り込みをして、門番に六尺棒でめった打ちにされる。
通りかかった人に「どこをぶたれた」と聞かれ「ここぉと〜(孝行糖)」と答えるダジャレオチで落とす。
10行でわかるあらすじとオチ
頭は弱いが親孝行な与太郎が奉行所から表彰され、褒美として青ざし五貫文を頂戴する。
長屋の大家や町内の人々が与太郎の身を立てるため、この金を元手に小商いをさせることを提案する。
昔流行った「璃寛糖」「芝翫糖」にあやかって「孝行糖」という飴を売らせることになる。
与太郎は派手な衣装を着て鉦太鼓を持ち、口上を覚えて「孝行糖」を売り歩き始める。
「孝行糖の本来は粳の小米に寒晒し」から始まる長い口上で、二十四孝の故事も織り込む。
この飴を食べると子供が親孝行になるという噂も加わって大評判となり商売は大成功する。
調子に乗った与太郎は江戸市中で最もやかましい水戸様の屋敷前でも鉦太鼓を鳴らし始める。
門番が「鳴物はならん」と制止するが与太郎は気づかず、六尺棒でめった打ちにされてしまう。
通りかかった人が事情を説明して与太郎を逃がし「どこをぶたれた」と心配して尋ねる。
与太郎が痛がりながら「ここぉと〜(孝行糖)」と答えて、商品名と「ここを」の音の類似でオチとなる。
解説
「孝行糖」は江戸落語の代表的な与太郎噺で、親孝行という美徳をテーマにしながらも与太郎の愚かさが際立つ滑稽噺です。元は上方落語でしたが、明治期に三代目三遊亭圓馬によって東京に移植され、与太郎のキャラクターが付与されました。
この噺の見どころは、与太郎が覚える長い口上と鉦太鼓の派手な演出です。実際の江戸時代にも「孝行糖」という飴を売る者がいたという記録があり、落語と当時の庶民文化が密接に関わっていることがわかります。
オチは「ここを」と「孝行糖(ここうとう)」の音の類似を利用したダジャレオチで、立川志らくが「数ある落語の中で他に類を見ないほど馬鹿馬鹿しいオチ」と評するほど単純明快です。しかし、この単純さこそが与太郎噺の魅力であり、聞き手の笑いを誘う要素となっています。
あらすじ
ちょっとお頭(おつむ)は弱いが、たいそう親孝行な与太郎さん。
褒美にお上から青ざし五貫文を頂戴した。
長屋の大家はこの金を元手にして、与太郎の身の立つように小商いでもさせたいと町内の衆に相談。
昔、大阪の役者の嵐璃寛と江戸の中村芝翫の顔合わせが評判を呼んだのを当て込んで、璃寛糖と芝翫糖という飴を売り出して流行ったことがある。
それを真似て与太郎に飴を売らせることになった。
早速、飴の名を「孝行糖」と名づけ、町内の連中が着物、頭巾から鉦(かね)、太鼓を揃えてくれた。
売り言葉、お囃しも与太郎さんに丸暗記させて、いざ孝行糖を売り歩くことになる。
鉦(カネ)太鼓で囃しながら、「チャンチキチ スケテンテン、孝行糖、孝行糖~。孝行糖の本来はうる(粳)の小米に寒晒し、かや(榧)~にぎんなん(銀杏)、ニキ(肉桂)にちょ~じ(丁子)、チャンチキチ スケテンテン、昔々唐土(もろこし)の、二十四孝のその中で、老莱子(ろうらいし)といえる人、親を大事にしようとて、こしらえ上げたる孝行糖、食べてみな、こりゃ、美味しいよ、また売れた、たら、嬉しいね」と、派手に陽気に売り回った。
この飴を買って食べさせるとあやかって子供が親孝行になるという噂も加わって大評判となった。
与太郎さんも張り合いが出て、商売が面白くてしょうがない。
今日も相変わらず「孝行糖、孝行糖・・・・チャンチキチ スケテンテン」と、鉦と太鼓で声を張り上げながら、江戸市中で一番やかましい水戸さまの屋敷前を通りかかる。
そんなことは知る由もない与太郎さん、「孝行糖の本来は、うるの小米に寒晒し・・・・」と、お構いなしだ。
門番 「妙な奴が来たな。通~れっ」
与太郎 「むかしむかし唐土の、二十四孝のその中で」
門番 「行けっ!」
与太郎 「食べてみな、おいしいよ」
門番 「ご門前じゃによって鳴物はあいならん」
与太郎 「♪チャンチキチン」
門番 「ならんと言うに」
与太郎 「♪スケテンテン」
門番 「こらっ!」
与太郎 「♪テンドコドン」、たちまち六尺棒でめった打ち。
通りかかった人が門番に謝って、与太郎さんを逃がし、痛がる与太郎さんに、
通行人 「どこをぶたれた」
与太郎 「ここぉと~(孝行糖)、ここぉと~」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 与太郎(よたろう) – 落語に登場する定番の愚か者キャラクター。頭は弱いが純朴で憎めない性格。落語の重要な役どころです。
- 青ざし(あおざし) – 紐を通していない銭。江戸時代、銭は紐で束ねて持ち運ぶのが一般的でしたが、青ざしは紐なしの状態を指します。
- 五貫文(ごかんもん) – 銭5000文のこと。江戸時代の貨幣単位で、現代の価値で約5-10万円程度に相当します。
- 璃寛糖(りかんとう) – 歌舞伎役者の嵐璃寛にちなんで名付けられた飴。役者の名を商品名にするのは当時の流行でした。
- 芝翫糖(しかんとう) – 中村芝翫にちなんだ飴。璃寛糖と並んで大流行しました。
- 二十四孝(にじゅうしこう) – 中国の儒教で称賛される24人の親孝行者の故事。老莱子もその一人です。
- 老莱子(ろうらいし) – 二十四孝の一人。70歳を過ぎても子供のように振る舞い、親を喜ばせたという故事で知られます。
- 鉦(かね)・太鼓 – 飴売りや物売りが使った楽器。派手な音で客を引き付けました。
- 六尺棒(ろくしゃくぼう) – 長さ六尺(約1.8メートル)の棒。門番が不審者を追い払うために使用しました。
- 水戸様(みとさま) – 水戸徳川家のこと。御三家の一つで、屋敷前での鳴物は厳しく禁止されていました。
よくある質問(FAQ)
Q: この噺は江戸落語ですか?上方落語ですか?
A: 元は上方落語でしたが、明治期に三代目三遊亭圓馬が東京に移植し、与太郎というキャラクターを加えて江戸落語の演目として定着しました。現在は江戸落語の与太郎噺の代表作となっています。
Q: 五貫文は現代でいくらくらいですか?
A: 江戸時代の銭5000文は、現代の価値で約5-10万円程度と推定されます。褒美としては決して多額ではありませんが、飴売りの商売を始めるには十分な元手でした。
Q: 実際に「孝行糖」という飴は存在したのですか?
A: はい、江戸時代に実際に「孝行糖」という名前の飴を売る者がいたという記録が残っています。役者の名前を冠した飴が流行した時代背景があり、落語はその風俗を題材にしています。
Q: なぜ水戸様の屋敷前で鳴物が禁止されていたのですか?
A: 水戸徳川家は御三家の一つで格式が高く、屋敷の威厳を保つために騒音を厳しく規制していました。「一番やかましい」というのは、そうした厳格さを表現しています。
Q: 「ここぉと〜」のオチはどういう意味ですか?
A: 「どこをぶたれた」という質問に対して「ここを」と答える際の「ここぉ」という発音が、「孝行糖(こうこうとう)」の発音と似ているというダジャレオチです。志らく師匠が「馬鹿馬鹿しいオチ」と評するほど単純ですが、それが与太郎噺らしい魅力となっています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 与太郎噺の名手。素朴で愛嬌のある与太郎を演じ、多くの聴衆を魅了しました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 父志ん生譲りの与太郎噺。口上の部分を流麗に語り、鉦太鼓の表現も見事でした。
- 立川志らく – この噺のオチを「馬鹿馬鹿しいオチ」と評しながらも、与太郎の純朴さを愛情込めて演じます。
- 柳家喬太郎 – 現代の若手の中でも与太郎噺に定評があり、独特の間で笑いを生み出します。
関連する落語演目
同じく「与太郎噺」の古典落語



親孝行がテーマの古典落語



ダジャレ・地口オチが秀逸な古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
「孝行糖」は、与太郎噺の中でも特に親孝行という普遍的なテーマを扱った作品です。頭は弱くても親を思う心は誰よりも真っ直ぐという与太郎の姿は、現代でも心を打つものがあります。
この噺の最大の魅力は、親孝行という美徳と与太郎の愚かさのコントラストにあります。奉行所から表彰されるほどの親孝行者でありながら、商売の成功に調子に乗って水戸様の屋敷前で大騒ぎしてしまう。この落差が笑いを生み、同時に与太郎というキャラクターの愛らしさを際立たせています。
「孝行糖の本来は粳の小米に寒晒し」から始まる長い口上は、この噺の聞かせ所の一つです。与太郎が一生懸命覚えた口上を得意げに唱える姿は、演者の技量の見せ所でもあります。志ん朝師匠の流麗な語り口、志ん生師匠の素朴な味わいなど、演者によって全く異なる表現が楽しめます。
最後の「ここぉと〜」というオチは、確かに志らく師匠が言うように「馬鹿馬鹿しい」のですが、それこそが与太郎噺の真骨頂です。複雑な仕掛けではなく、単純で分かりやすい笑いこそが、与太郎という愚か者を主人公にした噺にふさわしいオチなのです。
現代でも親孝行という価値観は変わらず大切にされていますが、方法や表現は時代とともに変化しています。しかし、親を思う純粋な心という本質は江戸時代から変わりません。与太郎の姿は、現代の私たちに親孝行の原点を思い出させてくれます。
実際の高座では、鉦太鼓の音を口で表現する「チャンチキチ スケテンテン」のリズム感も楽しみの一つです。ぜひ生の落語会や動画配信で、与太郎の純朴な親孝行と派手な口上をお楽しみください。


