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【古典落語】甲府い あらすじ・オチ・解説 | 豆腐売りの口調が抜けない男の郷里凱旋記

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話芸の殿堂-古典落語-甲府い
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甲府い

3行でわかるあらすじ

甲府出身の伝吉が江戸で一旗揚げようと出てきたが、巾着をすられて豆腐屋で奉公することになる。
真面目に働いて店主の娘と結婚し、豆腐屋を継いで成功を収める。
故郷に帰る時に近所の人に聞かれると、豆腐売りの口調で「甲府い〜 お参り〜」と答えてしまう。

10行でわかるあらすじとオチ

甲府出身の伝吉が身延山に願をかけて江戸に出てきたが、浅草で巾着をすられて無一文になる。
空腹に耐えかねて豆腐屋で卯の花を盗み食いし、店主に事情を話す。
店主は同じ法華宗の信徒で、お会式の日という縁を感じて伝吉を豆腐売りとして雇う。
伝吉は「豆腐い〜、胡麻入り〜、がんもどき〜」と声を張り上げて一生懸命働く。
三年間の真面目な働きぶりで店主夫婦の信頼を得て、娘のお花と結婚することになる。
店を継いだ伝吉は老夫婦に親孝行を尽くし、故郷の伯父夫婦へのお礼を申し出る。
身延山への願ほどきも兼ねて、夫婦で故郷へ旅立つことになる。
出発の朝、近所のおかみさんたちが珍しがって行き先を尋ねる。
伝吉は豆腐売りの口調が身についてしまっているため、普通に答えられない。
「甲府い〜 お参り〜、願ほどき〜」と豆腐売りの節回しで答えてしまうオチ。

解説

「甲府い」は江戸落語の中でも特に温かい人情と勤勉さを描いた名作として親しまれています。主人公の伝吉は典型的な地方出身者で、江戸での立身出世という当時の若者の夢を体現したキャラクターです。

この噺の技巧的な見どころは、伝吉の成長過程を時間の経過とともに丁寧に描いている点にあります。無一文から始まって、真面目な働きぶりで信頼を得て、最終的には店主の娘婿となって店を継ぐという成功物語の典型的なパターンを、説得力のある展開で描いています。

最大の特徴は、最後のオチにあります。「甲府い〜 お参り〜、願ほどき〜」という豆腐売りの口調で故郷を言うという言葉遊びは、職業が人格に与える影響を表現した秀逸なアイデアです。これは単なる言葉遊びにとどまらず、伝吉が豆腐売りとしてのアイデンティティを完全に身につけたことを示しており、江戸商人としての成長を象徴しています。

また、この噺は江戸時代の商業社会の実情も反映しており、奉公人から番頭、そして娘婿となって店を継ぐという商家の慣習や、地方出身者の江戸での立身出世という社会現象を背景にしています。現代でも「職業病」として共感を呼ぶ普遍的なテーマを含んだ作品として愛され続けています。

あらすじ

両親を早くになくし、伯父夫婦に育てられた甲府生まれの伝吉。
江戸へ出て奉公して一旗揚げようと決意。
身延山に願掛けをして江戸へ着いたが、浅草寺の仲見世の人混みで巾着をすられて無一文。
葭町の口入屋の千束屋を目指すうち、あまりの空腹さに耐え兼ねて豆腐屋の店先で卯の花を盗み喰い。
店の金公に殴られそうなところを、親方が止めて事情を聞く。

親方は伝吉と同じ法華宗の信徒で、今日はお会式の日というのも何かの因縁と、豆腐の売り子として奉公させることにする。
喜んだ伝吉は来る日も来る日も休まずたゆまず、荷をかついで美声を張り上げ、「豆腐ぃ~、胡麻(ゴマ)入りぃ~、がんもどき~」と売って回った。「先々の時計になれや小商人(こあきうど)」で、得意先も増え店は繁盛する。

三年が経ち伝吉の働きぶりと人柄に惚れ込んだ豆腐屋の親方夫婦は、伝吉を娘のお花の婿にした。
今まで以上に稼業に励み、隠居させた老夫婦に親孝行をつくす伝吉は、育ててくれた伯父夫婦へのお礼と、身延山に願ほどきに行きたいと申し出る。
むろん老夫婦に異存はない。
喜んで旅支度してやり、ついでに二人であちこちと名所見物でもして、美味い物を食べて来いと小遣いをごっそりと渡した。

思い立ったが吉日と、若夫婦そろって翌朝出発する。
伝吉の売り子姿しか見たことがない近所のおかみさんたちは珍しがって、
「伝吉さん、おそろいでどちらへ?」

伝吉 「甲府ぃ~ お参りぃ~、願ほどき~」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 身延山(みのぶさん) – 山梨県にある日蓮宗の総本山。江戸時代には法華宗の信徒にとって重要な参詣地でした。願掛けや願ほどき(願が叶った後のお礼参り)で多くの人が訪れました。
  • 巾着(きんちゃく) – 江戸時代の財布。紐で口を絞める袋状のもので、懐に入れて持ち歩きました。人混みでのすり被害が頻発したため、「江戸名物」の一つに「巾着切り」が挙げられるほどでした。
  • 口入屋(くちいれや) – 江戸時代の職業紹介所。奉公人を求める商家と仕事を探す人を仲介する商売で、葭町の千束屋は実在した有名な口入屋でした。
  • 卯の花(うのはな) – おからのこと。豆腐を作る際に出る大豆の搾りかすで、庶民の食べ物として親しまれました。栄養価が高く、空腹を満たすのに適していました。
  • お会式(おえしき) – 日蓮宗で日蓮の命日(10月13日)に行われる法要。特に池上本門寺のお会式は江戸最大の祭礼の一つで、多くの信徒が集まりました。
  • 法華宗(ほっけしゅう) – 日蓮宗の別称。「法華経」を根本経典とする仏教宗派で、江戸時代には商人階層に多くの信徒がいました。
  • 先々の時計になれや小商人(さきざきのとけいになれやこあきうど) – 江戸時代の商売の格言。毎日決まった時間に来る行商人は、その地域の人々の時間の目安になるという意味。信頼を得る商売の基本を説いています。
  • 娘婿(むすめむこ) – 店主に男の子がいない場合、有能な奉公人を娘と結婚させて店を継がせる江戸商家の慣習。実力主義の商人社会を象徴する制度でした。

よくある質問(FAQ)

Q: 「甲府い」というタイトルはどういう意味ですか?
A: 豆腐売りの掛け声「豆腐い〜」の節回しで「甲府い〜」と言ってしまうことから付けられたタイトルです。職業が完全に身についてしまった様子を表す言葉遊びになっています。

Q: 伝吉はなぜ豆腐屋で成功できたのですか?
A: 毎日休まず真面目に働き、「先々の時計になれや小商人」の格言通り、決まった時間に豆腐を売り歩いたことで得意先の信頼を得たからです。江戸商人の勤勉さと誠実さを体現した働きぶりが評価されました。

Q: 実際に巾着切り(すり)は多かったのですか?
A: はい、江戸時代の浅草寺周辺は人混みが多く、巾着切りの被害が頻発していました。「江戸名物は伊勢屋稲荷に犬の糞、あとは夜鷹に巾着切り」という川柳があるほど、巾着切りは江戸の名物(悪名)でした。

Q: お会式の日に縁を感じて雇うというのは本当にあったのですか?
A: 江戸時代の人々、特に法華宗(日蓮宗)の信徒は信仰心が厚く、同じ宗派の者同士という縁を重視しました。お会式という重要な日に出会ったことを「何かの因縁」と感じて助けるというのは、当時の価値観として自然なことでした。

Q: この噺の時代設定はいつ頃ですか?
A: 明確な年代は設定されていませんが、江戸時代中期から後期(18世紀後半から19世紀前半)と考えられます。商業が発達し、地方から江戸へ出稼ぎに来る若者が多かった時代です。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 江戸っ子の人情を描くのが巧みで、この噺でも伝吉の純朴さと豆腐屋の親方の温かさを見事に表現しました。
  • 古今亭志ん朝(三代目) – 父・志ん生から受け継いだこの噺を、より洗練された語り口で演じました。豆腐売りの声の変化で時間の経過を表現する技術が秀逸でした。
  • 柳家小さん(五代目) – 丁寧な語り口で、伝吉の成長過程を説得力を持って描きました。人情噺としての温かさが際立つ高座でした。
  • 桂文楽(八代目) – 緻密な構成で知られ、この噺でも伝吉の成長を段階的に描き、最後のオチまで計算された演出を見せました。

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この噺の魅力と現代への示唆

「甲府い」のオチ「甲府ぃ~ お参りぃ~、願ほどき~」は、職業が人格に与える影響を見事に表現しています。現代でいう「職業病」ですが、これは単なる癖ではなく、伝吉が豆腐売りという仕事に全身全霊で取り組んだ証なのです。

真面目に働き続けることで信頼を得て、最終的には店主の娘婿となって店を継ぐという江戸商家の成功パターンは、現代のビジネスでも通用する普遍的な教訓です。「先々の時計になれや小商人」という格言は、現代でいえば「顧客との信頼関係構築」や「ブランディング」に通じる考え方でしょう。

また、巾着をすられて無一文になっても、卯の花を盗み食いするという最低限の行動しかせず、正直に事情を話した伝吉の誠実さが、豆腐屋の親方の心を動かしました。これは「誠実さが最大の資本」という普遍的な真理を示しています。

江戸時代には地方から江戸へ出て立身出世を目指す若者が数多くいました。現代でも地方から都会へ出て成功を目指す若者の姿と重なり、時代を超えた共感を呼ぶ作品です。

実際の高座では、豆腐売りの声の変化(最初は不慣れな声から、徐々に堂々とした職人の声へ)で時間の経過と伝吉の成長を表現する演者の技量が見どころです。ぜひ生の落語会や動画配信で、この温かい人情噺をお楽しみください。

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