小粒
3行でわかるあらすじ
背が低い男が友達にからかわれ隠居に相談すると、小さくても偉大な例(観音様、太閤秀吉、山椒など)を教えられる。
隠居の勧めで仁王様に身長を伸ばしてもらう願掛けをすると、夢で三寸身長を伸ばすとお告げがある。
翌朝足を伸ばすと布団から三寸はみ出しているが、実は布団を横向きに敷いて寝ていただけだった。
10行でわかるあらすじとオチ
背が低いことを友達にからかわれて悔しい思いをしている男が、隠居のところへ知恵を借りに行く。
隠居は「浅草の観音様は一寸八分でも大きなお堂に入っている」など小さくても偉大な例を多数教える。
男は意気込んで友達に言い返しに行くが、「一銭八厘」「ウドンの大木」などしどろもどろで失敗する。
友達に「小粒が落ちたぞ」と言われて「どこへ?」と探す始末で、ますます馬鹿にされてしまう。
隠居は今度は「芝山の仁王様に願掛けして身長を伸ばしてもらえ」と提案する。
男が仁王様に願掛けすると、その夜夢に仁王尊が現れ「三寸ほど身の丈を伸ばしてとらせる」とお告げする。
翌朝目覚めた男が足を伸ばしてみると、本当に布団から三寸ばかりはみ出している。
「やれ、ありがたい」と大喜びしてお礼参りに行こうと跳ね起きる。
しかし見ると、男は三布(みの)布団を横向きに敷いて寝ていたのだった。
身長が伸びたのではなく、布団の向きが間違っていただけという仕組みオチで落とす。
解説
「小粒」は江戸落語の代表的な与太郎噺で、背の低い男の勘違いを描いた仕組みオチの名作です。この噺の見どころは、隠居が教える「小さくても偉大」な例の数々と、それを覚えきれずに失敗する男の愚かさ、そして最後の布団のトリックです。
隠居が挙げる例は実に豊富で、浅草観音(一寸八分)、豊臣秀吉(五尺に足りない)、一寸法師、山椒の実など、聞き手にも馴染み深いものばかりです。特に「山椒は小粒でもぴりりと辛い」は現在でも使われる慣用句として有名です。
オチの仕組みは非常に巧妙で、男が「三寸身長が伸びた」と勘違いするのは、実際に布団から足が三寸はみ出しているからです。しかし実際は「三布(みの)布団」を横向きに敷いて寝ていたため、縦幅が短くなっていただけという仕掛けです。この「三寸」と「三布(みの)」の音の類似も含めて、計算し尽くされた構成となっています。
あらすじ
体が小さいのをいつも友達からからかわれている男。
悔しくてたまらず隠居の所へ知恵を借りに行く。
隠居「背が小さいのが、どうだって言うんだ。
浅草の観音さまを見ろ。
わずか一寸八分でも、十八間四面の大きなお堂に入っている。
仁王は大きくても門番だ。
大男総身に知恵が回りかね、ウドの大木じゃ。
箪笥長持ちは枕にならん、牛はでかいがネズミを取らん。
太閤さまは、五尺に足りない体でも、加藤だの、福島だのという家来を従えている。
一寸法師は小さな体で鬼退治だ。山椒は小粒でもぴりりと辛いぞ」と、言い返してやれとアドバイス。
喜んだ男はわざわざ友達の家に乗り込む。
男は隠居の受け売りで、「浅草の観音さまは・・・一銭八厘・・・、太閤さまは五尺に足りないから相撲取りにはなれねえ・・・、ウドンの・・・、山椒は、山椒は、・・・ぴりりと辛いぞ」、友達「おい、小粒が落ちたぞ」、
男「どこへ?」と探す始末だ。
男はまた隠居の所へ行って、上手く行かなかったと話す。
こうなりゃ大きくなるしかないと隠居「芝山の仁王さまに願を掛けて見ろ」と勧められた男。
早速、願掛けに行く。
その夜、男の枕元に仁王尊が立ち、「汝の信心の威徳によって、身の丈を三寸ほど伸ばしてとらせるぞ。夢々疑うことなかれ」とのお告げ。
目を覚ました男が本当に背が伸びたのかと、ぐいっと足を伸ばしてみると、ふとんから足が三寸ばかりはみ出した。「やれ、ありがたい」と喜んで、お礼参りに行こうとはね起きた男、見ると三布(みの)ぶとんを横に掛けて寝ておりました。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 小粒(こつぶ) – 小さい粒、転じて背が低い人を指す言葉。「小粒が落ちたぞ」と言って男を探させるのは、背の低い男を小粒に見立てた冗談です。
- 一寸八分(いっすんはっぷ) – 約5.5センチメートル。浅草寺の本尊・聖観音菩薩像の実際の大きさで、小さな仏像でも大きな信仰を集めることの例えとして使われます。
- 五尺(ごしゃく) – 約150センチメートル。江戸時代の男性の平均身長は155センチ前後だったため、五尺に足りないというのはかなり背が低いことを意味します。
- 太閤秀吉(たいこうひでよし) – 豊臣秀吉のこと。身長が低かったという伝承があり、「背が低くても偉大」の代表例として引き合いに出されます。
- 一寸法師(いっすんぼうし) – 御伽草子の主人公で、一寸(約3センチ)の身長から成長して立派な武士になった物語。小さくても偉大という教訓の象徴です。
- 山椒は小粒でもぴりりと辛い – 小さくても優れた力を持っているという意味の諺。この噺のテーマを端的に表す慣用句です。
- 三布(みの)布団 – 三幅の布を縫い合わせて作った布団。幅が狭いため、横向きに敷くと縦の長さが短くなります。
- 三寸(さんずん) – 約9センチメートル。この噺では「三布(みの)」と「三寸」の音の類似が仕掛けの一部になっています。
- 仁王様(におうさま) – 仏教寺院の山門に安置される金剛力士像。この噺では芝山(増上寺)の仁王様に願掛けする設定です。
- 与太郎噺(よたろうばなし) – 愚かで純朴な男(与太郎)を主人公とする落語のジャンル。この噺も与太郎噺の一つに分類されます。
よくある質問(FAQ)
Q: この噺の時代設定はいつですか?
A: 江戸時代後期が舞台です。浅草寺、増上寺(芝山)などの江戸の寺社が登場することや、隠居と男の関係性から、江戸の町人社会を背景にしていることがわかります。
Q: 江戸時代の人々の平均身長はどれくらいでしたか?
A: 江戸時代の男性の平均身長は約155センチメートル前後でした。現代の日本人男性の平均(約171センチ)と比べるとかなり低く、この噺の主人公はさらにそれより低いという設定です。
Q: 「三布(みの)布団」とは何ですか?
A: 三幅の布を縫い合わせて作った布団のことです。当時は布幅が狭かったため、複数の布を縫い合わせて布団を作りました。三布布団は幅が狭いため、横向きに敷くと縦の長さが通常より短くなります。
Q: なぜ男は布団を横向きに敷いて寝ていたのですか?
A: これは意図的ではなく、おそらく寝ている間に布団がずれたか、最初から間違えて敷いていたのでしょう。落語の仕掛けとして、男が気づかないうちに横向きに寝ていたという設定になっています。
Q: このオチは「仕組みオチ」と呼ばれるのですか?
A: はい、「仕組みオチ」です。最初から聞き手には見えない仕掛け(布団を横向きに敷いていた)があり、最後にそれが明かされることで笑いが生まれる構造です。推理小説のトリックのような構成が特徴です。
Q: 現代でもこの噺は演じられていますか?
A: はい、現代でも多くの落語家が演じています。身長に対するコンプレックスは時代を超えた普遍的なテーマであり、オチの仕掛けも分かりやすいため、初心者にもおすすめの演目です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の大名人。この噺でも男の愚かさを愛嬌たっぷりに演じ、隠居との会話のテンポが絶妙でした。
- 三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。格調高い語り口で、隠居が教える「小さくても偉大」な例を丁寧に聞かせました。
- 柳家小三治 – 現代の名人。男の純朴さと隠居の優しさを繊細に描き、単なる笑い話を超えた人間ドラマに仕立てます。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 美声と端正な語り口で知られる名人。この噺でも男が友達に言い返そうとして失敗する場面の演技が秀逸でした。
関連する落語演目
同じく「与太郎噺」の古典落語



「仕組みオチ」の落語



「隠居と与太郎」が登場する落語


「身長・体格」がテーマの落語


この噺の魅力と現代への示唆
「小粒」の最大の魅力は、「小さくても価値がある」というメッセージと、最後の仕組みオチの二段構えにあります。隠居が教える「小さくても偉大」な例の数々は、現代でも身長コンプレックスに悩む人々への励ましのメッセージとして通用します。
「山椒は小粒でもぴりりと辛い」という慣用句は、現代でも使われる言葉です。身長や体格は外見の一部に過ぎず、人間の価値は別のところにあるという普遍的なテーマを、この噺は笑いを通じて伝えています。
現代社会でも、外見に対するコンプレックスは多くの人が抱える悩みです。SNSの普及により、他人と自分を比較する機会が増え、身長、体重、容姿などに対する劣等感を持つ人も少なくありません。「小粒」は、そうした悩みに対して「小さくても価値がある」という前向きなメッセージを送っています。
隠居が挙げる例も秀逸です。浅草の観音様(一寸八分)、豊臣秀吉(五尺に足りない)、一寸法師、山椒など、どれも日本文化に根ざした身近な例です。特に豊臣秀吉は、農民出身から天下人にまで上り詰めた立身出世の象徴であり、背が低くても偉大な業績を残せることの証明です。
男が友達に言い返そうとして失敗する場面も面白いです。隠居から教わったことを覚えきれず、「一銭八厘」「ウドンの大木」などしどろもどろになる様子は、誰もが経験したことがある「覚えたてのことをうまく説明できない」状況を思い起こさせます。
最後の仕組みオチも見事です。男が「三寸身長が伸びた」と勘違いするのは、実際に布団から足が三寸はみ出しているからです。夢でのお告げ、目覚めたときの確認、大喜びという流れの後に、「三布(みの)布団を横に掛けて寝ていた」という種明かしが来る構成は、推理小説のトリックのような快感があります。
「三寸」と「三布(みの)」の音の類似も巧妙です。仁王様が「三寸身長を伸ばす」と言い、最後に「三布(みの)布団」が登場することで、言葉遊びの要素も加わっています。江戸落語らしい洒落た仕掛けです。
この噺は、「自分を受け入れること」の大切さも教えてくれます。男は最初は身長にコンプレックスを持っていましたが、隠居の教えで「小さくても偉大」という視点を得ます。その後、仁王様のお告げで「身長が伸びた」と勘違いしますが、実際は何も変わっていません。しかし、男は一時的にでも自信を持つことができました。
現代で言えば、自己啓発やポジティブシンキングの効果を描いているとも言えます。実際に何かが変わらなくても、考え方を変えることで自信を持つことができる。そして、そうした前向きな気持ちこそが、人生を変える第一歩になるのかもしれません。
実際の高座では、演者が男の純朴さをどう演じるか、隠居の優しさをどう表現するかが見どころです。特に最後の種明かしの瞬間、演者がどのタイミングで「三布(みの)布団を横に掛けて寝ていた」と明かすかで、笑いの大きさが変わります。ぜひ生の落語会や動画配信で、複数の落語家の演じる「小粒」を聴き比べて、その違いを楽しんでください。


