こり相撲
3行でわかるあらすじ
相撲観戦中の観客席で異常に長い頭の男、熱狂して帯を掴む観客、おにぎりを握りつぶす人、小便を酒瓶に済ます人などが大騒動。
特に小便を我慢できない男が酒瓶に済ませ、それを酔った客の元の場所に置いてしまう。
酔った客がその「酒」を飲んで『悔い酒だねどうも』とコメントし、正直さを称賛されるオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
相撲観戦中の観客席で様々なトラブルとカオスが繰り広げられる。
まず異常に長い頭の男が後ろの人たちの視界を遮り、頭を横に倒したり前に倒したりで大騒動。
次に熱狂した観客が相撲に夢中になり、前の人の帯を掴んで「前褌(まえみつ)を取って押せ」と応援して帯を切ってしまう。
一方でおにぎりを持って食べながら応援している観客が、熱が入っておにぎりを握りつぶしてしまう。
さらに小便を我慢できない男が、動けないほど溜まっているため、他の観客が酔った客の足元にある酒瓶を持ってきて済ませる。
用を足した男は、酔って居眠りしている客の元の場所にそっと瓶を置いておく。
しばらくして出方が寿司を持ってきた酔った客が、酒がないと思っていたら瓶があるのを発見。
それを酒だと思って飲んでしまい、「すげえあぶくだ」「鼻につ~んときて」「悔い酒だねどうも」とコメント。
事情を説明された酔った客は、「あんたは正直でえらい!江戸っ子はそうこなくっちゃ」と称賛してて寿司と酒を振る舞う。
江戸っ子の正直さを称賛するという皮肉なオチで終わる。
解説
「こり相撲」は相撲観戦の観客席で起こる様々な騒動を描いた群像劇的な構成の古典落語です。
「こり」とは「懲り」であり、相撲に熟中することを意味します。
この落語の特徴は、一つのメインストーリーではなく、複数の小さなエピソードを組み合わせたオムニバス形式であることです。
異常に長い頭の男のエピソードは身体的特徴を誇張したナンセンスコメディ、帯を掴んで応援する観客は熱狂しすぎて現実と相撲の区別がつかなくなる精神状態、おにぎりを握りつぶすエピソードは「本当の握り飯」というダジャレを含んだ言葉遊びとなっています。
最後の小便を酒と間違えて飲んでしまうエピソードは、現代ではショッキングな内容ですが、江戸時代の大らかさとユーモアの一面を示しています。
全体を通じて相撲というスポーツを通じて、江戸時代の庶民の生活や人間性をコミカルに描いた作品でもあります。
あらすじ
相撲は取る方も見る方も力が入る。
観客甲 「お~い、そこの前の人、帽子取ってくれ、土俵が見えないぞ。・・・あれ、帽子を取っても見えないよ。
えらく長い頭してやがる。お~い、頭を横に倒せ、もっと、もっと、・・・ようし、これで見えるようになった」、「そんな長い頭を横に倒したら、今度は後ろが八人見えなくなってしまう。前へ倒してください」で、長頭男は頭を前へ倒す羽目に、なんと土俵際の審判の後ろまで頭が伸びているが、可哀想に肝心の相撲が見えなくなってしまった」
観客甲 「ぶちかかまして前褌(まえみつ)取って、一気に出ろよ!前褌、前褌!ようし、押せ、押せ、前へ出ろ!」、自分も夢中になって前の人の帯つかんで押している。
観客乙 「こらぁ、帯離せ!」
観客甲 「前褌、離すなよ、離すなよ。・・・あぁ、離してしまった。馬鹿野郎!」
観客乙 「あんたも離すんだよ。・・・帯が切れてしまう、帯が・・・」
観客甲 「切れるような帯、どこで買った」
観客乙 「余計なお世話だ。浅草の帯善だ」、「安物買うな」
こっちでは両手におにぎりを持って食べながら振り回して応援している。
観客丙 「絶対勝てよ、俺がついてるぞ!・・・よっしゃ!、まわしをしっかり掴め、絶対離すなよ、グゥッと掴んだらしっかり握って前へ出ろ!」、手に力が入って思わずおにぎりを握りつぶしてしまった」、「あんた、おにぎり握りつぶして、指の間からぼろぼろこぼれていますよ」
観客丙 「かまうもんか、これがほんとの握り飯だ」
観客丙 「おい、どうしたさっきから青い顔して・・・気分でも悪くなったか?」
観客丁 「さっきからこの一番、この一番が終わってから行こうと思ってたんだが、もう小便我慢できない」
観客丙 「だったら早く行けよ」
観客丁 「溜まり過ぎて動いたら溢れ出しそうでもう立てない」
観客丙 「手間のかかるやっっちゃ・・・ちょっと待て、斜め前の酔っ払いの足元に酒の二合瓶が転がっているだろ。あれ持って来るから・・・さあ、この中に急いでやっちまえな」
観客丁 「そう、せかすなよ。せかすと止まっちゃうから」
観客丙 「こらぁ、横綱!取りこぼしはできないぞ!・・・おお、一本じゃ足らねえか、これにお替わりしちまえ」、小便男は出るもんだしてすっきりだが、
観客丁 「弱っちまうなこの小便瓶・・・酔っぱらって居眠りしてやがら・・・それじゃあ、元の所へそっと置いて・・・」と、無事解決。
一方の酔っ払いのところへ出方さんが寿司を持って来た。
酔った客 「・・・何でぇ?寿司?今頃持って来やがって、・・・いいよ置いてきな・・・おっとちょっと待て、酒が無え・・・ああ、あった、あった、黙って持ってきてくれたんだ、ご苦労さん」で、寿司をつまんで酒を飲もうとする。
酔った客 「・・・なんだこの酒、すげえあぶくだ。・・・鼻につ~んときて、目にしみやがる・・・目開いていられやしねえじゃねえか、悪い酒だねどうも・・・うぅっ・・・」、これじゃほんとに飲んでしまうと見かねて、
観客丙 「旦那、旦那・・・すいません、これはあすこにいる・・・」
酔った客 「えっ、これが、あなたのお友達のアレで・・・こちらこそよそ人の物を黙って飲もうとして相済まんこって」
観客丙 「とんでもない。謝るのはこっちで・・・」
酔った客 「えらい!あんたは正直でえらい!江戸っ子はそうこなくっちゃ。どこの生まれで?」
観客丙 「へい、神田の生まれで」
酔った客 「気に入った、寿司食いねえ、酒飲みねえ」
落語用語解説
こり(懲り): 何かに熱中すること、夢中になることを意味する江戸言葉。「こり性」「こり症」とも言い、一つのことに没頭する性質を指す。この噺では相撲観戦に熱中しすぎる観客たちの姿を描いている。
前褌(まえみつ): 相撲で相手の回しの前の部分を掴むこと。前褌を取ると攻めやすくなるため、重要な技術とされる。観客が熱狂するあまり、前の人の帯を前褌と見立てて掴んでしまうという笑いの仕掛け。
二合瓶(にごうびん): 二合(約360ml)の酒が入る瓶。江戸時代から昭和初期まで、庶民が酒を持ち歩く際によく使われた容器。この噺では小便を入れる容器として使われてしまう。
出方(でかた): 寄席や芝居小屋などで客に飲食物を運んだり世話をする係の人。現代の劇場スタッフや売り子に相当する。江戸時代の娯楽施設では欠かせない存在だった。
土俵際の審判: 相撲の行司や勝負検査役のこと。土俵のすぐ近くで試合を見守る役職。長頭の男の頭がそこまで届くという誇張表現が笑いを生んでいる。
よくある質問(FAQ)
Q: 「こり相撲」の「こり」とはどういう意味ですか?
A: 「こり」は「懲り」と書き、何かに熱中すること、夢中になることを意味する江戸言葉です。相撲観戦に熱中しすぎて、現実と区別がつかなくなるほど没頭する観客たちの姿を描いた噺なので、この題名がついています。
Q: 最後のオチの「悔い酒」にはどんな意味がありますか?
A: 「くい酒」という音に二つの意味が掛けられています。一つは「悔い酒」で後悔するような酒、もう一つは実際に小便という「くい(臭い)酒」という意味です。言葉遊びとブラックユーモアが組み合わさった上方落語らしいオチです。
Q: 江戸時代、実際に相撲観戦はこんなに混乱していたのですか?
A: 誇張はありますが、江戸時代の相撲興行は大変な人気で、観客席は混雑し熱狂的でした。特に勧進相撲(寺社の建設資金を集めるための興行)は庶民の娯楽の中心で、現代のスポーツ観戦以上に熱気があったと言われています。
Q: 「おにぎりを握りつぶして、これが本当の握り飯だ」というセリフの意味は?
A: これは言葉遊びです。「おにぎり」は「握り飯」とも呼ばれますが、普通は既に握られた状態のものを指します。しかし熱狂して「今まさに握っている」ので「本当の(今握っている)握り飯」という洒落になっています。
Q: この噺は上方落語ですか、江戸落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。江戸っ子の気質や江戸の相撲文化を反映した内容で、最後も「江戸っ子はそうこなくっちゃ」という台詞があることからも、江戸落語らしい作品と言えます。
名演者による口演
この噺は江戸落語の演目として、多くの落語家によって演じられてきました。
古今亭志ん朝: 江戸落語の名人として知られ、この噺でも観客たちのキャラクターを鮮やかに演じ分け、テンポの良い語り口で場面を次々と展開させる巧みな話術を見せました。
三遊亭円楽(五代目): 群像劇的な構成を活かし、各登場人物の個性を際立たせる演出が特徴。特に酔っぱらいの描写が秀逸でした。
柳家小三治: 人間観察に優れた小三治師匠は、観客一人一人の心理描写を丁寧に演じ、相撲に熱中する庶民の姿を愛情深く描きました。
立川談志: 毒のある語り口で知られる談志師匠は、この噺のブラックユーモア的な要素を強調し、江戸っ子の正直さを皮肉交じりに表現しました。
関連する落語演目
相撲を題材にした噺:
https://wagei.deci.jp/wordpress/shibahama/
観客席や見物人が主役の噺:
https://wagei.deci.jp/wordpress/hatsutenjin/
この噺の魅力と現代への示唆
「こり相撲」は、スポーツ観戦に熱中する人々の姿を描いた普遍的なテーマを持つ落語です。現代でもサッカーや野球の試合で熱狂的なファンが我を忘れて応援する姿は珍しくありません。江戸時代の相撲観戦も同じように、人々が日常を忘れて一体となって楽しむ娯楽だったことがよくわかります。
特に注目すべきは、複数の小さなエピソードを組み合わせたオムニバス形式の構成です。長い頭の男、帯を掴む観客、おにぎりを握りつぶす人、小便を我慢する人など、それぞれが独立した笑いを生みながら、全体として「相撲に熱中する観客席」という一つの世界を作り上げています。
最後の小便を酒と間違えて飲んでしまうエピソードは、現代ではかなりショッキングな内容ですが、これも江戸時代の大らかさとユーモアの表現です。「正直であればそれでよし」という江戸っ子の価値観を、極端な状況設定で描いているとも言えるでしょう。
この噺を通じて、娯楽に熱中する人間の普遍的な姿と、江戸時代の庶民文化の一端を楽しむことができます。実際の高座では、演者によって各キャラクターの描写や強調する場面が異なり、それぞれの個性が光る演目でもあります。


