誉田屋
3行でわかるあらすじ
京都の呉服商誉田屋の娘お花が病気で団子を食べたいと言い、食べている最中に窒息死してしまう。
手代の久七が埋葬された金を取り戻そうとして死体を動かすと、お花が奇跡的に蘇生する。
二人は江戸に駆け落ちして店を開き、巡礼中の両親と偶然再会して家族の絆を取り戻す。
10行でわかるあらすじとオチ
京都の呉服商誉田屋の一人娘お花が原因不明の病気で危篤状態になる。
最期の願いで糝粉屋の団子を食べたいと言い、両親が買ってきて食べさせる。
お花は団子を二つ食べたが、三つ目を食べている最中に喉に詰まらせて死んでしまう。
両親は娘を三百両の金と一緒に埋葬するが、手代の久七が金の処分を心配する。
久七が金を取り出そうと死体を動かすと、詰まっていた団子が取れてお花が蘇生する。
お花は世間体を気にして久七と江戸に駆け落ちし、三百両で「誉田屋」の店を開く。
両親は娘を失った悲しみで店を畳み、四国・西国を巡礼して江戸にやって来る。
浅草観音参拝後に商店街を歩いていると、「誉田屋」の暖簾を見つけて驚く。
店に招かれると久七とお花が出てきて、親子三人は感動の再会を果たす。
その夜、父親が「シラミも観音様のご利益」と言って庶民的なオチで締める。
解説
「誉田屋」は江戸落語の中でも特に完成度の高い人情噺として知られています。死と再生、別れと再会という人生の大きなテーマを扱いながら、最後は庶民的なユーモアで着地させる構成が秀逸です。
この噺の最大の特徴は、偶然の重なりが生み出すドラマ性にあります。久七の金銭的な心配から始まった行動が、結果的にお花の命を救い、さらには家族の絆を回復させるという連鎖反応が見事に描かれています。また、お花の蘇生という非現実的な出来事を、団子の詰まりという身近で具体的な原因で説明することで、聞き手の納得感を得ています。
技術的な見どころとしては、京都から江戸への舞台転換と、時間の経過を巧みに処理している点が挙げられます。両親の巡礼の旅という設定により、自然に江戸での再会を演出しています。
最後の「シラミも観音様のご利益」というオチは、それまでの感動的な展開から一転して庶民の日常に戻る効果があり、聞き手に親しみやすさを与えています。これは江戸落語特有の「泣かせて笑わせる」技法の典型例として評価されています。現代でも家族の絆や人生の巡り合わせをテーマにした作品として、多くの人に愛され続けています。
あらすじ
京都三条室町の呉服商の誉田屋(こんだや)の一人娘、今小町と近所で評判のお花が原因不明の病気になる。
医者もサジを投げ、もう長くは持つまいと言う。
両親が何か望みはないか尋ねると、お花は「四条新町の糝粉屋(しんこや)新兵衛の団子が食べたい」、容易いことと買って食べさせると、「おいしい、おいしい」と二つ食べ、三つ目を食べかけたところで、喉に詰まらせ死んでしまった。
両親は、お花の死体を焼くのは忍びないと、晴着を着せきれいに化粧し、三百両の金と一緒に土中に埋めた。
手代の久七は天下の通用金を埋めると罪になる、もし見てる人がいて訴えられたら旦那さんが捕らえられると、墓返しをする。
三百両を取り出そうと、お花の死体を動かすと喉につかえていた団子が取れて、お花は息を吹き返した。
びっくりして久七、「御両親はさぞかしお喜びになるでしょう。さあ帰りましょう」、お花は「一度は死んだ身、帰ったら世間ではあの娘はよみがえり者と言うでしょう。どうか久七あたしを連れて逃げておくれ・・・・」、二人は三百両を持って手に手を取って江戸へ向かった。
一方の両親、一人娘に先立たれ店を続けて行く気力も無くしてしまった。
店を人に譲って、四国、西国から坂東へと巡礼の旅に出た。
江戸に入って、前夜は木賃宿に泊まり、浅草の観音さまにお参りした後、商家が並んでいる通りに出た。
自分たちがやっていた店のことを思い出し、店々を見ながら歩いて行くと、「誉田屋」の暖簾が掛かっている店がある。
「呉服屋で同じ名で字まで一緒のお店・・・」と、懐かしそうに二人が店の中を覗いていると、奥に座っていた店の主人(あるじ)が小僧の定吉にに、「あのお二人をちょっとお寄りくださいませと言って、丁寧にお迎えして来い」と申しつける。
けげんそうな顔で奥へ通された二人に、主人は「お忘れでございますか。久七でございます」、「おぉ、久七かえ、・・・たとへ江戸でも誉田屋の名を継いでくれたのはありがたい」、久七「是非とも女房にお会いください」で、出てきたのが娘のお花。
親子三人、嬉し涙の対面となった。
その晩は積もる話をして両親は綺麗な部屋で、結構な夜具にくるまった。
「ばあさん、わしら夢見てるのやないやろか。
昨日に変わる今日の身の上。これも観音さまのご利益やろうな」
「昨夜の宿は汚くてえらいシラミに攻められて寝られませなんだな」
「けど、あれも観音さまのご利益じゃ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 誉田屋(こんだや) – 京都の呉服商の屋号。「誉田」は大阪府羽曳野市の地名で、応神天皇を祀る誉田八幡宮があることで知られます。呉服商の屋号として格式高い名前です。
- 三条室町(さんじょうむろまち) – 京都市中京区の地名。江戸時代から続く商業地区で、呉服問屋が多く集まっていた地域です。
- 糝粉屋(しんこや) – 米粉を使った団子や餅を作る店。「糝粉」は米を粉にしたもので、団子の材料として使われました。江戸時代は甘味処として人気がありました。
- 三百両 – 江戸時代の大金。現代の価値で約3000万円~4500万円に相当します。娘と一緒に埋葬するほどの大金を用意できたことから、誉田屋が大店(おおだな)であったことがわかります。
- 手代(てだい) – 商家の番頭の下で働く雇用人。商売の実務を担当し、将来は番頭や独立を目指す立場でした。久七もこの手代の一人です。
- 墓返し(はかがえし) – 埋葬した墓を掘り返すこと。この噺では、久七が金を取り戻すために墓を掘り返す行為を指します。
- よみがえり者 – 一度死んだ者が生き返った人のこと。江戸時代は迷信深い時代で、蘇生した人は不吉とされることがありました。お花が世間体を気にしたのはこのためです。
- 四国・西国巡礼 – 四国八十八か所と西国三十三所の霊場を巡る巡礼。悲しみを癒すため、あるいは功徳を積むために行われました。江戸時代は庶民の間で広く行われていました。
- 木賃宿(きちんやど) – 江戸時代の最も安い宿。宿賃を払うと部屋だけ貸され、客が自分で薪を買って食事を作る形式でした。貧しい旅人が利用しました。
よくある質問(FAQ)
Q: 「誉田屋」はいつ頃の時代設定ですか?
A: 江戸時代中期から後期が舞台です。京都と江戸の商業が発展し、庶民の巡礼旅行も盛んになった時期で、三百両という大金を埋葬できる豪商が存在したことからも、経済的に安定した時代であることがわかります。
Q: 団子で窒息死することは実際にあったのですか?
A: はい、餅や団子による窒息は江戸時代も現代も起こり得る事故です。特に病気で衰弱していた状態では、飲み込む力が弱く窒息しやすくなります。この噺の設定は現実的な事故を題材にしています。
Q: 娘と一緒に三百両を埋葬するのは実際にあったことですか?
A: 裕福な家では、死者に副葬品を入れる習慣がありましたが、三百両もの大金を埋めることは極めて稀でした。この設定は物語を展開させるための創作ですが、娘への深い愛情を象徴的に表現しています。
Q: お花が蘇生するのは医学的に可能ですか?
A: 窒息による仮死状態から、異物が除去されることで蘇生することは医学的に可能です。完全に死亡する前であれば、団子が取れて気道が確保されれば呼吸が再開する可能性があります。この噺の設定は荒唐無稽ではありません。
Q: 最後の「シラミも観音様のご利益」というオチの意味は?
A: 前夜の木賃宿でシラミに悩まされたことも、結果的には娘との再会に繋がったという意味です。つまり、一見不幸に思えることも、すべては観音様の導きだったという信仰心と、庶民的なユーモアを込めた締めくくりです。感動的な展開から日常に戻る効果があります。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 江戸落語の名人として知られ、人情噺を特に得意としました。この噺でも、娘の死から蘇生、そして再会までの感情の起伏を繊細に表現した名演で知られています。
- 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。長編の人情噺を丁寧に語る技術に定評があり、この噺でも家族の絆と巡り合わせの不思議さを深く描き出します。
- 立川談志 – 独自の解釈で知られる名人。この噺でも、偶然の重なりが生む運命の皮肉を強調した演出で聴衆を魅了しました。
- 春風亭一之輔 – 現代の人気落語家。若い世代にも人情噺の魅力を伝える語り口で、この噺を演じています。
関連する落語演目
同じく「家族の絆」をテーマにした落語
死と蘇生を扱った落語
京都・江戸を舞台にした落語
商人の生活を描いた落語
この噺の魅力と現代への示唆
「誉田屋」の最大の魅力は、偶然と必然が織りなす人生の不思議さを描いている点にあります。久七の金銭的な心配という俗な動機が、結果的にお花の命を救い、さらには家族の再会をもたらす―この連鎖反応は、人生における些細な行動が大きな結果を生むという教訓を含んでいます。
特に注目すべきは、この噺が「死と再生」という普遍的なテーマを扱いながら、荒唐無稽にならず地に足のついた物語として成立している点です。団子の窒息という身近な事故、金の処分を心配する手代の現実的な思考、そして巡礼という当時の社会習慣―すべてが当時の日常生活に根ざしているため、聞き手は物語に没入できます。
また、お花が「よみがえり者」として世間体を気にする場面も興味深い点です。命が助かったにもかかわらず、社会的な目を恐れる―この心理は、現代の「世間体」や「同調圧力」にも通じる問題です。お花と久七が江戸に駆け落ちするという選択は、旧来の価値観からの解放とも読み取れます。
両親の巡礼の旅も、悲しみへの対処法として普遍的な意味を持っています。店を畳んで四国・西国を巡るという選択は、環境を変えることで心の傷を癒そうとする人間の本能的な行動です。現代でも、喪失体験の後に旅に出る人は少なくありません。
最後の「シラミも観音様のご利益」というオチは、それまでの感動的な展開を一気に日常に引き戻す効果があります。崇高な再会劇の後に、木賃宿のシラミという俗な話題で締めくくる―この落差が江戸落語特有のユーモアであり、聞き手に親しみやすさを与えています。人生の大きな出来事も、結局は日常の連続の中にあるという、庶民的な人生観が表現されています。
この噺は、涙と笑いの両方を提供する人情噺の傑作として、現代でも多くの人に感動を与え続けています。










