小倉船
3行でわかるあらすじ
船客が胴巻きを海に落とし、唐物屋の持つフラスコに入って海中へ潜って探しに行く。
海底で竜宮城に行き浦島太郎と間違えられたが、正体がバレて昇子の警察に追われる。
逃走中に猪々の駅籠屋に出会い『駅籠賣安うても酒代が高つくわ』というオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
小倉から下関に渡る船に大坂の唐物屋の若者がフラスコ(ガラス製の容器)を持って乗っている。
船客の一人が謎かけで賭けをしていた時、胴巻きを海に落としてしまう。
五十両の大金が入っていて、金がないと大阪に帰れないと言って飛び込もうとする。
他の客がフラスコを借りて中に入って海に潜って探してはどうかと提案。
男はフラスコに入って海中へ潜り、胴巻きを発見するがフラスコから手が出せず気を失う。
海底で目を覚ますと竜宮城があり、腰元たちに浦島太郎と間違えられて乙姫さまに会いに行く。
しかし本物の浦島太郎が来て偽物と判明し、竜宮警察の漬ポリスに追われることに。
逃走中に珊瑚樹畑で珊瑚樹を抜いて盗もうとするが、さらに追われて逃げ出す。
息が切れた時に猪々の駅籠屋が現れ、天王寺の亀の池まで運んでやると言う。
男が「駅籠賣安うても酒代が高つくわ」と言って、猪々は大酒飲みだから駅籠代より酒代の方が高くつくというオチで終わる。
解説
「小倉船」は船旅から始まり海中冒険、竜宮城での騒動、最後は猪々との出会いで終わる壮大なスケールの長編落語です。
この作品の特徴は、現実と非現実が絶妙に混ざり合った構成で、フラスコという当時としては新奇なガラス製品を導入して海中探査を可能にするという発想から始まっています。
竜宮城の部分では浦島太郎伝説をパロディ化し、偽物が本物と間違えられるというコミカルな状況を描いています。
また、竜宮警察の「漬ポリス」や珊瑚樹畑といった海中世界の描写は、江戸時代の人々にとっては幻想的でエキゾチックな世界でした。
最後のオチは猪々(中国で伝説上の動物で大酒飲みとして知られる)の特性を利用した言葉遊びで、駅籠代が安くても酒代が高くつくという現実的な算盤を表現した秀逸な結びとなっています。
全体を通じて、江戸時代の船旅の様子や当時の人々の新奇なものへの関心、そして伝説や民話への親しみなど、江戸文化の様々な側面を反映した落語でもあります。
あらすじ
小倉から馬関(下関)に渡る船が、大勢の客を乗せてこぎ出した。
中に大きな透き通った壺のような物を脇に置いている男がいる。
船客 「ちょっと、そこの兄さん、あんた珍しいもん持ってなはるな。それはなんや」、「これはフラスコというて、みなギヤマンでできとりまんねん。わたしは大阪の唐物町(からものまち)の唐物屋(とうもつや)の若い者で時々、長崎へ珍しいものを仕入れに行きますのや」
船客 「これ、何しまんねん」、「この中に酒や肴を入れて、人間が入って川や海に沈めて、景色を見ながら一杯やったりすることができると、こう思いまして仕入れて来ました次第で」
船客同士で退屈紛れに、謎かけで賭けをしていた男が船縁りから小便をしている時に、胴巻きを海に落としてしまった。
五十両の大金が入っていて、金がないと大阪に帰れないと言って飛び込もうとする。
船頭らがなんとか止めていると、客の一人が、あのフラスコを借りて中に入って海に沈めて、胴巻きを探してきたらどうかと提案する。
唐物屋の若い者は断ると思いきや、ちょうどいい人体実験ができると、「・・・うん、あんたちょうどいい・・・試しにこれに入ってみなはるか・・・」で、男はフラスコに入って海中へゆっくりと沈んで行った。
海に中はきれいで、色とりどりの魚が泳ぎ、昆布や藻がゆらゆらと揺れている。
するとすぐそばの藻の間に胴巻きがからまっているが見えた。
喜んだ男は手を伸ばすが、フラスコから手は出ない。
足を踏ん張った拍子にフラスコにひびが入っのか水がしみ込んできて、フラスコはスピードを上げて海中へ沈んで行って、男は気を失ってしまった。
海底で気づいて目を開いた男、そばに楼門があり、「大竜王宮」の額が掛かっている。「さては、乙姫さん竜宮城か。
えらいとこへ出て来たで。入って見たろか」と、楼門をくぐると、竜宮の腰元だろうか、団扇(うちわ)を揺らして、
腰元甲 「それへお越しなされしは、丹後の国は与謝の郡」
腰元乙 「水江の里の浦島様、乙姫様のお待ちかね」
腰元甲 「いざまずこれへ」
腰元乙 「お越しあそばされませ」、男は浦島太郎と間違われていると分かったが、浦島になりすまして、乙姫さんとええ事しようと、腰元に案内され竜宮城へ入って行った。
そんなうまく事は運ばずに、すぐに本まもんの浦島さんがやって来て、さっきのは偽物と判明。
腰元は竜宮警察に連絡、追われる身となった男は脱出を図り裏口の水門から抜けるとあたり一面、真っ赤な珊瑚樹畑。
こりゃあ金になる。
五十両の代わりにこいつをいただいて行こうと珊瑚樹を抜き始めた。
そこへ竜宮警察の雑魚ポリスの群れが押し寄せて来て、御用、御用と口先でつつき始めた。
雑魚相手に応戦するも、そこは多勢に無勢、こらぁ、かなわんと男は珊瑚樹を放り出して逃げ出した。
息が切れてきて、「もう、あかん」、するとそこへ現れたのが駕籠屋で、
駕籠屋 「えぇー旦那、駕籠行きまひょか。安くしときまっせ」
男 「駕籠、ありがたい、こんなところに駕籠屋が・・・しかし、わしゃ、大阪まで帰るんよ」
駕籠屋 「そやなあ、大阪だしたら、天王寺の亀の池か天保山の沖か、どっちかそのへんへ」
男 「そな、天王寺の亀の池まで。
けど、ようこんなところに駕籠屋がおったなあ。お前(ま)はんら、顔も髪の毛も赤いが、人間かえ」
駕籠屋(猩々) 「こんなとこに人間なんておりゃせんがな。わてらは珊瑚樹畑に住む猩々(真っ赤で大酒飲み)でっせ」
男 「猩々か、・・・・折角やけどお前はんらの駕籠には乗れんなぁ」
駕籠屋 「何でんねん」
男 「駕籠賃安うても酒代が高つくわ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 小倉(こくら) – 現在の福岡県北九州市。江戸時代は九州への玄関口として栄えた港町でした。
- 馬関(ばかん)・下関(しものせき) – 本州最西端の港町。関門海峡を挟んで小倉と向かい合い、渡船が盛んでした。
- フラスコ – ガラス製の容器。江戸時代にはオランダから輸入された珍しい品で、「ギヤマン」と呼ばれるガラス製品でした。
- 唐物屋(とうもつや) – 中国やオランダなどから輸入した珍しい品々を扱う商人。大阪の唐物町は舶来品の集積地でした。
- 胴巻き(どうまき) – 腹部に巻きつけて金銭を隠し持つための布製の帯。旅の際の貴重品入れとして使われました。
- 両(りょう) – 江戸時代の貨幣単位。五十両は現代価値で約500〜750万円に相当します。
- 竜宮城(りゅうぐうじょう) – 浦島太郎伝説に登場する海底の宮殿。乙姫が住むとされる幻想的な場所です。
- 猩々(しょうじょう) – 中国の伝説上の動物で、真っ赤な姿をした大酒飲みとして知られています。能の演目にもなっています。
- 駕籠(かご) – 人を運ぶ乗り物。棒で担がれて移動する、江戸時代の主要な交通手段でした。
よくある質問(FAQ)
Q: フラスコに人が入るというのは本当にできたのですか?
A: いいえ、これは完全な落語的ファンタジーです。江戸時代のフラスコは実際には小さなガラス瓶で、人が入れるサイズではありませんでした。この噺では、当時珍しかったガラス製品を使って、現代の潜水艦のような想像上の道具として描いています。
Q: 竜宮城での「漬ポリス」とは何ですか?
A: 「漬物」と「ポリス(警察)」を掛けた言葉遊びです。海の中の警察なので魚の仲間、特に漬物にされる魚(雑魚)を警察官に見立てた洒落た表現です。落語ならではのユーモアが光る造語です。
Q: 猩々とはどのような存在ですか?
A: 中国の伝説に登場する想像上の動物で、全身が真っ赤で大酒飲みとして知られています。能楽の「猩々」という演目でも有名で、日本では酒好きの象徴として親しまれてきました。オランウータンの和名「猩々」の由来ともなっています。
Q: 「駕籠賃安うても酒代が高つくわ」というオチの意味は?
A: 猩々は大酒飲みで有名なので、駕籠代がいくら安くても、道中で飲む酒代の方が高くついてしまうという意味です。表面的な安さに騙されないという教訓と、猩々の特性を活かした言葉遊びが効いた秀逸なオチです。
Q: この噺は江戸落語ですか?上方落語ですか?
A: 上方落語(大阪)の演目です。小倉から下関への船旅、大阪の唐物町、天王寺の亀の池など、関西の地名が多く登場することから、上方で生まれた噺と考えられます。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。上方落語の復興に尽力し、この噺でも幻想的な海中世界を巧みに描き出しました。
- 桂枝雀(二代目) – 爆笑王として知られ、竜宮城での騒動を大げさに演じて観客を沸かせました。
- 桂ざこば – 豪快な語り口で、船旅から海中冒険までをダイナミックに表現します。
- 桂南光(三代目) – 「べかこ」の愛称で親しまれ、この噺でも軽妙な語り口で長編を飽きさせずに演じます。
関連する落語演目
同じく「船旅・海」がテーマの古典落語



ファンタジー・冒険がテーマの古典落語



言葉遊び・地口オチが秀逸な古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
「小倉船」は、江戸時代の落語とは思えないほどスケールの大きな冒険譚で、想像力の豊かさが光る作品です。
この噺の最大の魅力は、現実と非現実の絶妙な混在にあります。船旅という日常的な場面から始まり、フラスコという当時の最新技術(実際には実現不可能ですが)を使って海中探索へ、そして竜宮城という完全なファンタジーの世界へ。この段階的な移行が、聞き手を自然と幻想世界へ引き込んでいきます。
竜宮城での浦島太郎との取り違えは、誰もが知っている昔話をパロディ化した楽しさがあります。偽物が本物と間違えられ、本物が登場して正体がバレるという展開は、現代のコメディにも通じる構造です。また、「漬ポリス」という造語は、言葉遊びの妙を示す好例でしょう。
最後のオチ「駕籠賃安うても酒代が高つくわ」は、表面的な安さに騙されないという現代にも通じる教訓を含んでいます。格安航空券でも追加料金が高い、安い商品でも維持費がかかる、といった現代の消費者問題にも通じる智恵です。
また、この噺は江戸時代の人々の新奇なものへの関心を反映しています。ガラス製品(ギヤマン)は当時の最先端技術で、人々の想像力をかき立てました。現代の私たちがVRや宇宙旅行に夢を見るように、江戸の人々はフラスコに潜水艦的な機能を夢見たのです。
長編で複雑な構成ながら、最後まで飽きさせない工夫が随所にあります。実際の高座では、演者によって海中世界の描写や竜宮城での騒動の表現が異なり、それぞれの想像力を楽しむことができます。機会があれば、ぜひ生の落語会でこの壮大な冒険譚をお楽しみください。


