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【古典落語】九日十日・味噌豆 あらすじ・オチ・解説 | 数字のリズムとつまみ食いのダブルコメディ

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話芸の殿堂-古典落語-九日十日味噌豆
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九日十日・味噌豆

3行でわかるあらすじ

小僧の定吉が武士に金比羅神社の縁日を「五日六日」と間違えて答え、番頭に正しく「九日十日」と伝えるよう言われる。
定吉が武士を追いかけて「五日六日の旦那」と呼びかけると、武士が「七日八日(何か用か)」と答える。
その後、番頭と定吉が両方とも味噌豆をつまみ食いし、厠で出くわしたところで鉢合わせしてしまう。

10行でわかるあらすじとオチ

小僧の定吉が店番をしていると、武士が金比羅神社の縁日を尋ねてくる。
定吉は「五日六日」と間違えて答え、番頭に正しくは「九日十日」だと教えられる。
番頭に追いかけて正しい情報を伝えるよう言われた定吉は、武士を探して「五日六日の旦那」と呼びかける。
武士は「七日八日(何か用か)」と答え、定吉が「九日十日」と伝えて数字のリズムが完成する。
後日、番頭が定吉に味噌豆の煮え具合を見てくるよう命じるが、定吉はつまみ食いをしてしまう。
番頭も誘惑に負けて味噌豆を食べ始め、定吉に見つかるのを恐れて厠に隠れて食べる。
使いから帰った定吉も又つまみ食いをしようとし、番頭に見つからないよう味噌豆を持って厠に向かう。
厠の扉を開けると番頭が味噌豆を食べているのを発見し、驚いた番頭に問い詰められる。
定吉は機転を利かせて「お替わりを持ってきました」と答えてオチとなる。

解説

「九日十日・味噌豆」は古典落語の中でも珍しい二本立て構成の作品で、異なるタイプの笑いを組み合わせた作品です。
前半の「九日十日」は「とんとん落ち」と呼ばれるタイプのオチで、数字のリズムを活かした言葉遊びが特徴です。
「五日六日」「七日八日(何か用か)」「九日十日」という連続した数字の交換が、リズミカルで心地よい会話を作り出しています。
「七日八日(ななかようか)」が「何か用か」と同音異義であることを利用した言葉遊びは、江戸落語の言葉の面白さを端的に表した名作です。
後半の「味噌豆」は人間の食欲という素朴な欲望をコミカルに描いた作品で、主人と使用人が同じ穴のムジナで鉢合わせするというシチュエーションコメディの面白さがあります。

最後の「お替わりを持ってきました」という定吉の機転の利いた答えは、民衆の生活知恵を表した絶妙なオチです。

この二つの異なるタイプの笑いを一つの作品に組み合わせることで、二倖の楽しみを味わえる構成になっており、落語の多様性と工夫を示す作品でもあります。

あらすじ

虎ノ門の金刀比羅宮近くの商家での小僧さんのお噺。
定吉が店番をしていると、立派なお武家さんが入って来た。

武士 「ちと物を尋ねるが金比羅さんの縁日は何時であったかの?」

定吉 「へぇ、確か五日六日でございます」

武士 「おおそうか、かたじけない。礼を言うぞ」

番頭 「今のお客さんはどうしたんだ?」

定吉 「今のはお客じゃないんです。金比羅山の縁日は何時かって聞かれました」

番頭 「それでお前は何と答えたんだ」

定吉 「五日、六日と教えました」

番頭 「しっかりしなさい、縁日は九日、十日だ。追いかけて行って教えて来なさい」

定吉 「でもお客じゃないんで・・・、何も買ってないんですよ」

番頭 「間違ったことを言ったから謝って正しいことを教えてくるんだ。それが人の道というものだ」、珍しく落語に出て来るような番頭さんでない。
しぶしぶながら定吉はさっきの侍を追いかけたが、人混みの中、名前も知らなくて弱っていたが大声で、

定吉 「お~い、さっきの五、六日の旦那~、五日、六日の人~・・・」、気が付いた武士が振り向いて、

武士 「七、八日(何か用か)」

定吉 「へい、九日、十日」、見事役目を果たした定吉が店に戻ると、

番頭 「さっきのお方は見つかったのか?」

定吉 「へい、見つけて九日、十日と伝えて来ました」

番頭 「そうか、それはご苦労。店番はいいから台所で味噌豆の煮え加減を見て来なさい」、定吉は喜んで台所へ行っていい匂いの漂ってる大鍋の蓋を取って、

定吉 「煮えてるかどうか、食べて見なけりゃわからない」と、一つつまんで口の中へ。
その美味い事。
こうなるともうやめられない、止まらない。

そこへ様子を見に来た番頭、「だれがつまみ食いしろと言った。ここはもういいから三河屋さんへ使いに行っておくれ」と、追い立てられてしまった。

番頭も味噌豆の香りの誘惑に勝てずに、むしゃむしゃと食べはじめ、
番頭 「こんなところを定吉に見つかれば、何を言われるかわかったもんじゃない」と、味噌豆をごっそりと持って厠(かわや)に隠れて食べ始めた。

使いから帰って来た定吉、番頭の姿が見えないので味噌豆をつまみ食いするチャンス到来だが、また番頭に見つかってはこっぴどく小言を食らっていまう。
定吉も味噌豆を持って厠へ直行だ。
戸を開けると番頭が味噌豆を食べている。

番頭 「定吉、何しに来た!」

定吉 「へえ、お替わりを持ってきました」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 金刀比羅宮(ことひらぐう) – 虎ノ門にあった金刀比羅神社。現在も東京都港区虎ノ門に鎮座しています。香川県の金刀比羅宮の分社で、海上交通の守護神として信仰を集めていました。
  • 縁日(えんにち) – 神社や寺院で特定の日に行われる祭礼。この日は多くの参拝者が訪れ、露店が立ち並びました。金刀比羅神社の縁日は毎月9日と10日でした。
  • 小僧(こぞう) – 商家で働く少年の奉公人。丁稚(でっち)とも呼ばれ、店の雑用や使い走りをしながら商売を学びました。この噺の定吉も小僧です。
  • 番頭(ばんとう) – 商家で主人を補佐し、店の経営や使用人を統括する役職。奉公人の中で最も地位が高く、主人の代理として店を取り仕切りました。
  • 味噌豆(みそまめ) – 大豆を味噌で煮た料理。江戸時代の庶民的な総菜で、保存もきき、栄養価も高いため重宝されました。煮込むほどに味が染みて美味しくなります。
  • 厠(かわや) – トイレのこと。江戸時代の町屋では、建物の外や裏手に設けられていました。この噺では、番頭と小僧がこっそり味噌豆を食べる隠れ場所として登場します。
  • とんとん落ち – 落語のオチの種類の一つ。リズミカルな言葉の掛け合いで終わるタイプのオチです。この噺の前半「五日六日」「七日八日(何か用か)」「九日十日」という数字の連続がその典型例です。
  • 虎ノ門(とらのもん) – 江戸城の門の一つがあった場所。現在の東京都港区虎ノ門にあたり、江戸時代から商業地として栄えていました。

よくある質問(FAQ)

Q: なぜこの噺は「九日十日・味噌豆」という二本立ての構成なのですか?
A: 前半の「九日十日」は数字のリズムを使った言葉遊びの「とんとん落ち」、後半の「味噌豆」は人間の食欲をコミカルに描いたシチュエーションコメディという、異なるタイプの笑いを組み合わせることで、一つの演目で二重の楽しみを提供しています。

Q: 「七日八日(何か用か)」の言葉遊びはどういう意味ですか?
A: 「七日八日」は「ななかようか」と読みますが、これが「何か用か(なにかようか)」という言葉と音が似ていることを利用した言葉遊びです。「五日六日」と呼びかけられた武士が、とっさに「七日八日(何か用か)」と返したことで、数字の連続が完成します。

Q: 番頭も味噌豆を食べてしまうのはなぜですか?
A: これは「人間の本質は地位に関わらず同じ」という落語の普遍的なテーマです。小僧を叱った番頭自身も同じ誘惑に負けてしまうという展開は、権威や立場を笑いに変える落語の特徴的な手法です。

Q: オチの「お替わりを持ってきました」はどういう機転ですか?
A: 本来なら自分もつまみ食いをしていたことがバレてしまう窮地ですが、定吉は「番頭さんが食べているのは知っていて、お替わりを持ってきた」という設定に切り替えることで、自分の立場を守りつつ番頭も救うという機転の利いた答えです。

Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。虎ノ門という江戸の地名が登場し、江戸弁で語られることからも、江戸落語の作品であることがわかります。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 人間国宝。言葉遊びの「とんとん落ち」を絶妙なリズムで表現し、味噌豆をつまみ食いする場面では人間の食欲を愛嬌たっぷりに演じました。
  • 古今亭志ん朝(三代目) – 志ん生の次男。美声と品格ある語り口で、小僧と番頭の心理を細やかに表現しました。特に最後のオチの間が絶妙でした。
  • 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。繊細な心理描写で、定吉の純朴さと番頭の権威と弱さを巧みに演じ分けました。
  • 立川談志 – 独自の解釈で知られ、権威を笑いに変える落語の本質を強調した演出が印象的でした。

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この噺の魅力と現代への示唆

「九日十日・味噌豆」は、言葉の遊びと人間の欲望という二つの側面から笑いを生み出す、落語の多様性を示す作品です。

前半の「九日十日」は、江戸庶民の言葉遊びの文化を象徴しています。「五日六日」「七日八日(何か用か)」「九日十日」という数字の連続は、単なる情報伝達ではなく、リズムと韻を楽しむ言語芸術になっています。現代のラップやダジャレにも通じる、言葉の音とリズムを楽しむ感性は、時代を超えて人々を魅了します。

また、小僧の定吉が間違いに気づいて武士を追いかけるという展開は、「正直であること」「誠実であること」の大切さを示しています。番頭が「それが人の道というものだ」と言う場面は、商売における信用の重要性を教えています。現代のビジネスでも、間違いを認めて訂正することは、長期的な信頼関係を築くために不可欠です。

後半の「味噌豆」は、人間の食欲という普遍的な欲望をコミカルに描いています。特に興味深いのは、小僧を叱った番頭自身が同じ誘惑に負けてしまうという展開です。これは「権威や地位に関わらず、人間の本質は同じ」という平等主義的なメッセージを含んでいます。

現代社会でも、上司が部下に厳しく言っていることを、自分も守れていないケースは少なくありません。「他人には厳しく、自分には甘い」という人間の弱さは、時代を超えた普遍的なテーマです。この噺は、そうした人間の愚かさを笑いに変えることで、誰もが持つ弱さを受け入れる寛容さを教えてくれます。

最後の定吉の「お替わりを持ってきました」という機転は、ピンチをチャンスに変える知恵を示しています。本来なら自分も叱られる立場ですが、「番頭さんのために持ってきた」という設定に切り替えることで、お互いの立場を守る Win-Win の解決を見つけています。これは現代のビジネスや人間関係でも応用できる、対立を回避して協調関係を築く知恵といえるでしょう。

実際の高座では、「五日六日」「七日八日」「九日十日」の数字のリズミカルな掛け合いと、味噌豆をつまみ食いする時の表情や仕草が見どころです。特に厠で鉢合わせする場面は、演者の間と表情が笑いを左右する名場面です。ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。

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