金の大黒
3行でわかるあらすじ
家主の子が金の大黒様を掘り出したため長屋で祝宴を開くことになり、住人達は店賃催促かと恐れていたが一転して喜ぶ。
紋付羽織がないため寄せ集めの古い羽織一着を交代で着回して祝いの席に参加し、普段食べられないご馳走にありつく。
宴会が大騒ぎになると大黒様が出ていこうとするが、家主が理由を聞くと「仲間を呼んでくる」と答える心温まるオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
長屋の住人達に家主から呼び出しがかかり、春の『長屋の花見』の件もあって店賃催促だと戦々恐々としている。
ところが梅さんが情報を仕入れてくると、家主の子が普請場で金の大黒様を掘り出したという吉報だった。
めでたいことなので長屋中で祝って大黒様をお迎えするため、紋付羽織を着て祝いの席に来てほしいとの話。
住人達はご馳走目当てだが紋付羽織がなく、ちゃんちゃんこや印半纏、褞袍しか持たない有様。
甚兵衛さんが火事場で拾った右袖と古着屋からかっぱらった左袖の寄せ集め羽織があるというので、それを交代で着回すことに。
彦兵衛さんを筆頭に羽織を着回して家主宅を訪れ、トンチンカンな口上を述べて祝いの席に着く。
普段食べられない本物の鯛やご馳走が出ると、長屋の連中は目の色を変えてがつがつと飲み食いを始める。
腹が膨れると歌や踊りも飛び出すどんちゃん騒ぎとなり、宴会は大いに盛り上がる。
すると床の間の大黒様が俵を担いだままこっそり表に出ようとするのを家主が発見し、「うるさいから逃げ出すのか」と尋ねる。
大黒様は「なに、あんまり面白いから、仲間を呼んでくるんだ」と答える心温まるオチで締める。
解説
「金の大黒」(「黄金の大黒」とも表記)は「長屋の花見」の続編的な性格を持つ古典落語で、貧乏長屋の住人たちの人間模様を温かく描いた代表的な長屋噺です。桂春団治、立川談志、笑福亭仁鶴、三遊亭兼好、林家正雀などの名人によって演じられ、現在でも多くの落語家に愛され続けています。
この落語の最大の見どころは、現代で言う「ドレスコードとテーブルスピーチ」の問題を江戸時代の庶民の視点で描いている点にあります。紋付羽織という格式ばった服装と、祝いの席での口上という緊張するシチュエーションで、慣れない敬語に戸惑ったり、トンチンカンな話をしたりする住人たちの姿は、現代の私たちにも通じる普遍的な笑いを生み出しています。
特に一着の羽織を順番に着回すという設定は、江戸時代の庶民の貧しさを表現しながらも、それを悲壮感なく描く落語の技巧が光る場面です。火事場で拾った右袖と古着屋からかっぱらった左袖の寄せ集めという羽織の来歴も、貧乏ながらも逞しく生きる長屋の人々の機転を表現しています。
オチには複数のバリエーションがあり、大黒様が「仲間を呼んでくる」と答える他に、「米を売って金に換えて仲間に入れてもらおうと思って」や「恵比寿も連れて来てやろうと思って」などがあります。いずれも宴会の楽しさに神様も参加したくなるという、心温まる結末で観客を和ませる名作です。
あらすじ
長屋の連中に家主から呼び出しが掛かる。
春には『長屋の花見』でこりている連中。
年の暮れだし、今度こそは店賃の催促と思って戦線恐々。
一同、覚悟の上で雁首を揃えて家主の家へ行こうとしている所へ、梅さんが情報を仕入れて来た。
子供たちが家主の普請場で砂遊びをしていた時、家主の子どもが金の大黒さまを掘り出したという。
目出度いことなので、長屋中で祝って大黒様お迎えしなければならないから、みんなで紋付きの羽織を着て祝いの席に来てくれとの話だ。
長屋の連中、祝いの席でご馳走を食いたいのはやまやまだが紋付の羽織がない。
持っているのは、ちゃんちゃんこ、印半纏(しるしばんてん)、褞袍(どてら)と情けない有様だ。
やっと甚兵衛さんが右袖を火事場で拾い、古着屋から左袖をかっぱらった寄せ集めの羽織ならあるという。
ご馳走にありつけるなら、どんな羽織でも構わないと、交代で着ることにし一同揃って家主の所へ。
彦兵衛さんを筆頭に羽織を着回し、トンチンカンな口上を言い回し、やっと祝いの席で普段は食えないご馳走にありついた。
長屋の連中は目の色を変え、がつがつと飲み食いし始めた。
本物の鯛が出て、せり売りにかける奴、寿司をわざと落として、落ちたのは汚いからと全部、自分の口にほうばる奴もいる。
そのうちに腹もふくれて、歌や踊りも飛び出すどんちゃん騒ぎとなった。
すると床の間の大黒さまが、俵を担いだままこっそり表に出ようとするので、見つけた家主が、
「もし、大黒さま、あんまりうるさいから、あなたどっかへ逃げ出すんですか」
大黒 「なに、あんまり面白いから、仲間を呼んでくるんだ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 大黒様(だいこくさま) – 七福神の一柱で、福徳と財宝の神。米俵の上に乗り、打ち出の小槌を持つ姿で描かれます。商家や農家で信仰され、金運をもたらす神として親しまれています。
- 金の大黒 – 金製の大黒天像。江戸時代は縁起物として珍重され、掘り出されることは非常に幸運なこととされました。
- 長屋(ながや) – 江戸時代の庶民向け集合住宅。一棟の建物を複数の区画に仕切り、各家族が一部屋ずつ借りる形式でした。
- 家主(やぬし) – 長屋の所有者または管理者。店賃(家賃)の徴収や住人の世話を行いました。
- 店賃(たなちん) – 長屋の家賃。月単位で支払うのが一般的でしたが、貧しい住人は滞納することも多くありました。
- 紋付羽織(もんつきはおり) – 家紋の入った羽織。正装として着用され、祝いの席などフォーマルな場面で必須の服装でした。
- ちゃんちゃんこ – 袖なしの羽織のような防寒着。庶民の普段着で、正装には相応しくありません。
- 印半纏(しるしばんてん) – 職人の仕事着。背中や胸に屋号や家紋を染め抜いたもので、正装ではありません。
- 褞袍(どてら) – 綿入れの防寒着。完全な部屋着で、外出着としても正装としても不適切です。
- 床の間(とこのま) – 和室の一角に設けられた飾り棚。掛け軸や花、置物などを飾る格式の高い場所で、大黒様もここに安置されています。
- 口上(こうじょう) – 祝いの席などでの挨拶や祝辞。形式ばった言い回しが求められ、慣れない庶民には難しい作法でした。
よくある質問(FAQ)
Q: 「長屋の花見」との関連はどういうものですか?
A: 「金の大黒」は「長屋の花見」の続編的な性格を持っています。春の花見で大家に騙された長屋の住人たちが、今度は本当のご馳走にありつけるという筋書きで、同じ登場人物による対比構造が楽しめます。
Q: なぜ羽織を交代で着回すのですか?
A: 江戸時代の庶民、特に長屋住まいの貧しい人々は、正装である紋付羽織を持っていませんでした。しかし祝いの席では正装が必須だったため、寄せ集めの一着を順番に着回すという苦肉の策を講じたのです。これは貧しくても知恵と工夫で困難を乗り越える庶民の逞しさを表現しています。
Q: オチの「仲間を呼んでくる」の意味は?
A: 宴会があまりに楽しいので、大黒様も神様の仲間(恵比寿、弁天、布袋など七福神の他の神々)を呼んで一緒に楽しもうとしているという意味です。貧しい長屋の人々の心からの喜びが、神様まで動かしたという心温まるオチです。
Q: 実際にご馳走が出てくるのはなぜですか?
A: 「長屋の花見」では大家が住人を騙してニセモノの料理を出しましたが、「金の大黒」では金の大黒様を掘り出した本当のめでたい出来事なので、家主が本物のご馳走を振る舞います。この対比が両作品の関連性を際立たせています。
Q: トンチンカンな口上とはどういうものですか?
A: 慣れない敬語や形式ばった挨拶を述べようとして失敗する場面です。例えば「僭越ながら」を「せんえつかご」と言ってしまったり、祝辞の内容がめちゃくちゃになったりします。現代の結婚式のスピーチで緊張して失敗する様子に似ています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三代目桂春団治 – 上方落語の名人。長屋の人々の人間模様を温かく描き、貧しくても明るく生きる庶民の姿を生き生きと表現しました。
- 立川談志(七代目) – 江戸落語の革新者。貧乏長屋の人々を現代的な視点で描き直し、痛烈な社会風刺を交えた演出が特徴的でした。
- 笑福亭仁鶴(三代目) – 上方落語の重鎮。軽妙な語り口で長屋の宴会の騒々しさを表現し、大黒様のオチを心温まるトーンで締めました。
- 林家正雀 – 江戸落語の実力派。羽織を着回す場面の細かい描写や、口上の失敗を丁寧に演じる技術が評価されています。
関連する落語演目
同じく「長屋噺」の古典落語



貧乏・庶民の知恵がテーマの古典落語


宴会・祝宴がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「金の大黒」の最大の魅力は、貧しくても明るく逞しく生きる江戸庶民の姿を温かく描いている点にあります。「長屋の花見」でニセモノの料理に騙された住人たちが、今度は本物のご馳走にありつけるという筋書きは、貧しい人々への温かい眼差しを感じさせます。
一着の羽織を順番に着回すという設定は、現代の「ドレスコード」問題にも通じる普遍的なテーマです。結婚式や格式ばった場に出席する際、適切な服装を持っていないという経験は、現代でも多くの人が共感できるでしょう。長屋の人々が知恵を絞って一着の羽織を共有する姿は、貧しさを悲壮感なく描く落語の技巧を示しています。
トンチンカンな口上の場面も、現代のスピーチやプレゼンテーションで緊張して失敗する経験に重なります。慣れない敬語や形式ばった言い回しに戸惑う姿は、時代を超えた普遍的な笑いを生み出しています。「僭越ながら」を「せんえつかご」と言い間違えるような失敗は、現代でもよく見られる光景です。
本物の鯛やご馳走が出ると目の色を変えてがつがつと食べる場面は、普段は満足に食べられない長屋の人々の切実さを表現しています。せり売りにかけたり、わざと落として独り占めしたりする行動は、貧しさゆえの必死さと同時に、人間の本能的な欲望をユーモラスに描いています。
オチの「仲間を呼んでくる」は、この噺を単なる貧乏話から人情噺へと昇華させる重要な要素です。貧しい長屋の人々の心からの喜びが、福の神である大黒様まで感動させたという展開は、物質的な豊かさよりも心の豊かさを重視する日本的な価値観を示しています。
現代社会では格差問題や貧困が深刻化していますが、この噺が描くのは貧しさの中にも笑いと温かさを見出す人間の強さです。一着の羽織を共有し、トンチンカンな口上で笑い合い、ご馳走を喜び合う長屋の人々の姿は、物質的な豊かさがすべてではないことを教えてくれます。
実際の高座では、演者によって長屋の人々のキャラクター設定や宴会の騒々しさの表現が異なり、それぞれの個性が楽しめます。特に羽織を着回す場面や口上の失敗は、演者の演技力が試される見どころです。


