稽古屋
3行でわかるあらすじ
女性にモテたい喜六が甚兵衛に相談し、自慢の蛍踊りで大失敗して女性に逃げられた過去を語る。
甚兵衛の紹介で稽古屋に通い、師匠の市松から唄や踊りの稽古を受けることになる。
最後に喜六が「色事ができるようなお稽古」を頼むと、市松は「色事は指南のほか」と断る。
10行でわかるあらすじとオチ
女性にモテずに困った喜六が甚兵衛のもとを訪れ、モテる方法を相談する。
甚兵衛は「一見栄、二男、三金、四芸」など女性に好かれる条件を挙げるが、喜六はどれも該当しない。
唯一「芸」で引っかかった喜六は「宇治の名物蛍踊り」という奇怪な踊りを披露したことがあると語る。
この踊りは全身に墨を塗って裸になり、ロウソクをお尻に挟んで踊り、最後に屁でロウソクを消すもの。
しかし実際にやった時は屁と一緒に糞が出て座敷を汚し、女性たちに逃げられてしまった。
甚兵衛は呆れて小川市松の稽古屋で正式に芸事を習うよう勧め、喜六は「一二三」の芸名をもらって通うことになる。
稽古屋では他の生徒の邪魔をしながらも、ようやく自分の番が回ってくる。
市松が何を習いたいか聞くと、喜六は「色事が仰山できて女子にもてるようなお稽古」を要求する。
しかし市松は「そんなお稽古、うちではようしまへん」と断る。
その理由として「昔から、色事は指南のほか」と答え、恋愛は教えられるものではないという教訓でオチとなる。
解説
「稽古屋」は上方落語の代表的な音曲噺で、初代桂小文治、二代目桂小文治、五代目桂文枝、五代目古今亭志ん生などの名人が得意とした演目です。前半部分は「色事根問」という別の演目名で独立して演じられることも多く、時間の都合に応じて調整される構成となっています。
この噺の最大の特徴は「音曲噺」としての性格にあります。稽古屋での実際の稽古場面では、三味線や太鼓などの楽器を使った「はめもの」が効果的に使われ、踊りの振り付けや邦楽の高度な技術が要求されます。特に市松師匠の女性的な演技は、演者の技量が問われる重要な要素となっています。
オチの「色事は指南のほか」は、江戸時代の恋愛観を表現した名言として知られています。この言葉は「恋愛は技術として教えられるものではなく、自然に生まれる感情である」という意味で、喜六のような技巧に頼ろうとする浅薄な考えを戒める教訓的なメッセージが込められています。現代でも通用する人生の知恵として、多くの人に愛され続けている古典落語の傑作です。
あらすじ
甚兵衛さんのところに喜六が忙しそうにやって来る。
何がそう忙しいのかと聞くと、女子(おなご)で忙しいという。
女子にもて過ぎて忙しいのかと思いきや、全然もてないので女子の尻を追い回すのに忙しいのだ。
喜六は女子に惚れられる方法を教えれくれという。
甚兵衛さん 「昔から、一見栄、二男、三金、四芸、五声(せい)、六未通(おぼこ)、七声詞(せりふ)、八力、九肝(きも)、十評判、てなこと言うたるな」、一から順番に聞いていくが、一、二、三ともアウト。
やっと四の芸で引っかかった。
喜六 「ほな、踊りはどおだす」
甚兵衛さん 「そら大したもんや。芸事でも上 (かみ)八枚に数えられてるぐらいや、どんな踊りができんねん?」
喜六 「わたいの、ちょっと珍しい”宇治の名物ほ~たる踊り”ちゅうねん」
甚兵衛さん 「あんまり聞かん踊りやなあ。どんなんねん」
喜六 「素っ裸にになってフンドシも取って、体中に墨汁塗って真っ黒にし、赤い手ぬぐい頭に被って、蝋燭(ろうそく)に火つけてケツに挟んで踊りまんのや」、「何やそれ」
喜六 「ケツの蝋燭が光って蛍になってまんねん。
踊りの最後に屁で蝋燭の火を消しまんねや。
ここが一番肝心の見せ場でっせ。ほんで、”宇治の名物ほ~たる踊り”」、
甚兵衛さん 「そんなもん、人前でやったんかいな」
喜六 「こないだの清やんの新築祝いでやりましたんや。友達も女たちも面白がって笑うて拍手喝采やったんやが、最後の屁が出やへんで気張ったら、身が一緒に飛び出しよって、座敷中、蛍の糞だらけ、女の子たちはキャーと逃げ出すし、清やんはそれから口聞いてくれまへんのや」
甚兵衛さん 「当たり前や、惚れた女でも逃げ出すわ。
そんな踊りではあけへん。この横町の小川市松さんの稽古屋で、唄か踊りか三味線かお稽古に行ったらどうや」
喜六 「あぁ、そうでっか。ほなちょっと行って来まっさ」
甚兵衛さん 「手ぶらでは行かれへん。
肘付き一円持って行きや。
月謝みたいなもんや。それから俳名、芸名はわしが若いころ使てた一二三(ひふみ)にしてな」、親切な甚兵衛さんは一円を立て替えてくれ、俳名までつけてくれて喜六を送り出した。
稽古屋へ来た喜六、みなと一緒に格子戸から中を見ていると、正面の舞台では小さなお咲ちゃんが「越後獅子」踊りの稽古の真っ最中、師匠の市松ねえさんが手取り足取り、きびしくやさしく教えている。
あまり外がうるさいので見ると喜六が格子を三本も折ってしまってウロウロしている。
市松 「用事があんねやったらこっち入って、ないんやったら、早よ行っとくなはれ」
喜六 「用事があるから来てまんのや」と、入って行く。
市松 「・・・まあ、甚兵衛さんのお世話で・・・そこに座ってお稽古見てもらいまひょ。・・・はい、さっきの続きから・・・ゲラゲラ笑うて、お咲ちゃん、あんた何がそんなに面白いの?・・・ん、”今来はった変なおじさんが鉄瓶の上に草履乗せてはる”、まあ、ほんまや、汚いことせんとくなはれ。
もう、そんなにゲラゲラ笑っていたら稽古になりまへんや。
今日のお稽古ここまでにしときまひょ。・・・ええと次は、お夏ちゃん、「狂乱」の太鼓地やったな。
はぁ~、ト~ンツテン・ト~ンツテン・ツントン・チ~ンテシャン・・・違う、違う、そこは違うがな・・・どうしたのお夏ちゃん、泣いたりして。
叱られたのがそんなに悲しいのかえ・・・」
お夏ちゃん 「今来はったおじさんがあそこでわたいのお芋食べてはる」
市松 「あんた、何しなはんねん」
喜六 「このガキャ~、泣きやがったらえらいでっ!」
市松 「そんな大きな声出してあんた、ほんまに大人気ない。
ああ、声あげて泣き出したわ。
お芋、お師匠はんがまた買うたげるさかいにもう泣くのは止めよな。・・・まぁ、泣きじゃくってるわ、もうしょうない、今日は稽古ここまでにしときまひょ。・・・次は一二三はん。
あんたを済ませてしまいまひょか。
まあ、お芋食べたと思うたらもう居眠りしてやはる。お稽古ですよ、一二三さん、一二三さん!」
喜六 「一二三、一二三ちゅうて・・・あぁ、オレや・・・ほなら、お稽古してもらいまひょ」
市松 「何のお稽古しまんのん?」
喜六 「そうでんなぁ、色事が仰山できて女子にもてるよなお稽古」
市松 「色事ができるようなお稽古?そんなお稽古、うちではようしまへん」
喜六 「何でんがな?」
市松 「昔から、”色事は指南(思案)のほか”でおますがな」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 音曲噺(おんぎょくばなし) – 三味線や太鼓などの楽器演奏や歌、踊りが入る落語のジャンル。演者に高度な音楽的技能が求められる演目です。
- 色事根問(いろごとねどい) – この噺の前半部分の別名。喜六が甚兵衛に女性にモテる方法を相談する場面を指します。単独で演じられることもあります。
- はめもの – 落語に効果音や伴奏として入る三味線や太鼓などの楽器演奏。音曲噺では特に重要な要素です。
- 一見栄、二男、三金、四芸… – 江戸時代に言われた「女性にモテる男の条件」を順に並べた言葉。見栄えの良さ、男らしさ、金持ち、芸事ができること、声が良い、純情、話術、力持ち、肝が据わっている、評判が良いという順番です。
- 肘付き(ひじつき) – 師匠への謝礼や月謝のこと。肘を付いて丁寧に差し出すことから、この名が付きました。
- 芸名・俳名(げいみょう・はいみょう) – 芸事を習う際につけてもらう名前。この噺では喜六が「一二三(ひふみ)」という芸名をもらいます。
- 越後獅子(えちごじし) – 歌舞伎舞踊の演目で、稽古の題材としてよく使われる代表的な踊り。子供の稽古にも適しています。
よくある質問(FAQ)
Q: 「色事は指南のほか」とはどういう意味ですか?
A: 恋愛は技術として教えられるものではなく、自然に生まれる感情であるという意味です。「指南」は教えること、「ほか」は外という意味で、「恋愛は教える範囲の外にある」ということを表しています。
Q: 「稽古屋」は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 上方落語の演目です。喜六と甚兵衛という上方落語の定番コンビが登場し、関西弁で演じられます。江戸落語には類似の演目がありません。
Q: 蛍踊りは実在する踊りですか?
A: いいえ、落語のために創作された架空の踊りです。喜六の愚かさを強調するための滑稽な設定として登場します。
Q: 音曲噺はどのように演じられるのですか?
A: 落語家本人が三味線や踊りを演じる場合と、専門の囃子方(はやしかた)が同席して伴奏する場合があります。特に上方落語では囃子方を伴って演じることが多いです。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。音曲噺の名手として知られ、この噺でも市松師匠の女性的な演技と喜六の愚かさを見事に演じ分けました。
- 桂文枝(五代目) – 上方落語の重鎮として、この噺を十八番の一つとしていました。軽妙な語り口で喜六のキャラクターを際立たせました。
- 桂春団治(三代目) – 伝統的な上方の語り口を守りながら、音曲の要素を効果的に使った演出で知られています。
- 桂吉朝(二代目) – 現代の上方落語を代表する演者の一人。音曲の技術が高く、稽古場面のリアリティが評価されていました。
関連する落語演目
同じく喜六・甚兵衛コンビが登場する上方落語
音曲噺の代表作
芸事を題材にした古典落語
教訓的なオチを持つ人情噺
この噺の魅力と現代への示唆
「稽古屋」の最大の魅力は、「色事は指南のほか」という名言に集約される人生の真理にあります。現代でも「モテるテクニック」や「恋愛マニュアル」が溢れていますが、本当の恋愛は技術だけでは成立しないという教訓は、江戸時代から変わらない普遍的な真実です。
喜六の愚かさは笑いを誘いますが、同時に「楽をして結果を得ようとする」人間の本質を映し出しています。蛍踊りという奇怪な芸で女性を引きつけようとし、稽古屋でも「色事が仰山できるお稽古」を要求する喜六の姿は、現代の私たちにも通じる部分があるのではないでしょうか。
音曲噺としての技術的側面も見逃せません。稽古場面では実際の三味線や踊りが披露され、演者の芸事への造詣の深さが問われます。特に市松師匠の女性的な演技は、男性の落語家が女性を演じる「女形」の技術が光る場面です。子供たちへの優しい指導と、喜六への毅然とした態度の対比も見どころとなっています。
この噺を聴くと、芸事を学ぶ真摯な姿勢の大切さと、恋愛における自然体の重要性という二つのメッセージが伝わってきます。上方落語の代表的な音曲噺として、もし高座で演じられる機会があれば、ぜひ楽器の音色と演者の技量に注目して聴いてみてください。









