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【古典落語】風の神送り あらすじ・オチ・解説 | 夜網にかかった風神の傑作ダジャレ逆襲!町内集金と魚網の奇跡

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話芸の殿堂-古典落語-風の神送り
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風の神送り

3行でわかるあらすじ

風邪が流行した町内で若者たちが風の神送りを企画し、親爺の指導で各家を回って集金に奔走する。
張りぼての風の神人形を作って川に流し、後をも見ずに逃げ帰るが、夜に漁師の網にかかってしまう。
人形が「わしは風の神や」と立ち上がると、漁師が「夜網(弱身)につけ込んだな」とダジャレで返すオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

町内の半分が風邪にかかり、若者たちが相談相手の親爺に風の神送りの企画を持ちかける。
親爺が集金の先頭に立ち、黒田屋では5枚を10枚と帳面に書いて「初筆は仰山に」と集金のコツを教える。
藪医者は風邪が商売なので渋々12文、お妾さんは気前よく一分銀の大金を出してくれる。
町内一のケチ十一屋はたった2文で若者が怒るが、親爺が「お志があればこそ」と巧みに仲裁する。
親爺は「喧嘩もついでに預けとく」と言って若者たちをなだめ、残りの家々も順調に回る。
集まった金で大きな張りぼて人形を作り、祭壇に祭って「どうぞ退散を」と祈りを捧げる。
日暮れに鉦や太鼓、三味線で囃し立てながら「風の神送ろ」と大勢で川まで行進する。
橋の欄干から人形を放り込んで、後をも見ずに逃げ帰った後、夜に漁師が四ツ手網で漁をする。
網に重い物がかかって引き上げると風の神人形で、精が入ったのかズーッと立ち上がって「わしは風の神や」。
漁師が「ああ、それで夜網(弱身)につけ込んだな」と答える絶妙なダジャレオチで締める。

解説

「風の神送り」は元々上方落語の演目で、江戸時代に実際に行われていた疫病退散の風習を題材にした古典落語です。昭和42年(1967年)に三代目桂米朝によって復活上演され、現在では東京でも演じられています。東京では八代目林家正蔵(彦六)などが得意としていました。

この演目の背景となる「風の神送り」は、江戸時代に風邪やインフルエンザのような疫病が流行した際に行われた実際の民俗行事です。町内で疫病神に見立てた藁人形や張りぼて人形を作り、鉦や太鼓で囃し立てながら隣の町内に送り出したり、最終的に川に流して疫病の退散を祈願する風習でした。この風習は江戸末期まで続き、明治初期には完全に廃れたとされています。

この落語の最大の見どころは、最後の「夜網(よあみ)」と「弱身(よわみ)」を掛けた地口オチにあります。冒頭で親爺が語る「弱身につけ込む風の神」という言葉が、最後に漁師の「夜網につけ込んだな」として見事に回収される構造になっており、古典落語の技法である「仕込みオチ」の典型例として評価されています。

演出面では、集金場面での各家庭の個性的な反応や、特にケチな十一屋での親爺の巧妙な仲裁術が見どころとなっています。町内の人情模様を温かく描きながら、最後は超自然的な展開で笑いに転じる、人情噺と滑稽噺の要素を併せ持った名作です。

あらすじ

昔は風邪が流行ると張りぼての人形を作って、それを風の神に見立てて、お供え物をしたりして賑やかに、「風の神送ろ」と囃した立てて、川へ放り込んで後をも見ずに逃げて帰って来るという風習があった。

町内の若い者が揃って何かと相談相手になってくれる親爺のところへやって来る。「町内の半分も風邪にやられてまっしゃろ。ほいで風の神送りをやろうという話が出ましたんで」、
親爺 「昔から”弱身につけ込む風の神”ちゅう言葉がある。普段から風邪がつけ込む隙を与えんことが肝心や」と説教し、「風の神送り、そらええこっちゃが、何ぼかの金が要る。お前らの仲間で積金でもあるのんか」

むろん積金なんて洒落たものはあるはずもなく、親爺は町内を回って金を集める帳面を作る。
親爺は親切にも金集めの先頭に立って町内を回り始める。
最初の黒田屋では天保銭五枚を出してくれた。
親爺は「ありがとさんでございます。おい、帳面方、黒田屋様、天保十枚と」、「えっ、五枚やで、親爺さん」、「初筆(しょふで)が肝心や、さくらで仰山書いとくのやがな」と、金集めのコツを教える。

親爺がいると順調でこのまま進めばよかったが、家に用事があるからと使いが来て、親爺は若い者たちを残し家に戻った。
残された連中は親爺がいないと不安で頼りなく心細いが、金を集めなければ張りぼても作れないので、連中だけで回り続ける。

次はまだ藪にもならない竹の子医者のところだ。
風邪が流行っているお陰で患者にありつけ、やっと親子三人、飯を食えるようになった矢先に、風邪を退散させる風の神送りなどに金など出すはずもないが、順番で回るしかない。
医者はやっぱり「いらざることをなされるな」と、眉をひそめたが意外にも波銭三枚、十二文を出してくれた。

次は町内で有名なお妾(てかけ)さんの家だ。「・・・風の神送りをしたいと・・・どうぞひとつお志をと、町内にお願いに上がっとりまんおで」、「手前どもは女ばっかりで勝手がわかりませんので、・・・これでひとつよろしゅうお頼う申します」と、何と一分銀の大金を差し出してくれた。

次もこんな調子ならいいのだが、町内一のケチの十一屋だ。「・・・悪い風が流行っとりまんので、町内で風の神送りをやろうちゅうことに・・・・」、「うちでは誰も風邪なんかひきまへんで。
だが町内のつき合いじゃしようがない。さあ、これ持って帰んなはれ」と言って差し出したのがたったの二文。
怒った若い者が「馬鹿にしやがって、・・・二文や三文の銭ならこっちからくれてやるわい」と銭をたたき返そうとした。

ちょうどその時、親爺さんが戻って来て若い者をいさめ、十一屋に向かって、「・・・二文でも天下の通用のお宝。お志があればこそ下されます、勿体ないこって。・・・これだけの御身代の十一屋さんから二文の金を頂いたんでは申し分けの立たんお家もございますので、このお金は風の神送りの済むまでこちらさんでお預かり願います」と下でに出て、「・・・こら!、預けとくのは銭だけやないで。喧嘩もついでに預けとくのじゃ。・・・」とケツをまくった。

若い者は拍手喝采、俺にも言わせてくれと前に出るが、頓珍漢なことばかり言って引き下がる始末だ。
中には「火消壺の中にばば(糞)たれしてやった」、「井戸の中に油徳利二本放り込んだ」なんて手荒な連中もいる。

親爺は長居は無用と残りの家々を回った。
けっこうな金が集まり、連中は空き家に集って材料を買って大きな張りぼての人形を作り、祭壇を作って人形を祭り、お供えをして、「どうぞ風の神様、退散をしてください」と祈る。

さて日も暮れてきて連中は鉦(かね)や太鼓、三味線で囃し立てて、人形を川へ流しに行く。「風の神送ろ、風の神送ろ・・・」、大勢で川まで行くと、橋の欄干から放り込んで、後をも見ずに逃げて帰って行った。

その夜、川下で魚を獲っていた男の四ツ手網に、何か重たい物がかかった。
引き上げて見ると、張りぼての風の神送り人形。
大勢の人の思いで、精が入ったものか、網の中からズーッと立ち上がった。
漁師 「何やお前は」

人形 「わしは風の神や」

漁師 「ああ、それで夜網(弱身)につけ込んだな」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 風の神送り(かぜのかみおくり) – 江戸時代に疫病が流行した際に行われた民俗行事。藁人形や張りぼて人形を疫病神に見立て、鉦や太鼓で囃し立てながら川に流して疫病の退散を祈願しました。江戸末期まで続き、明治初期には廃れた風習です。
  • 弱身につけ込む(よわみにつけこむ) – 相手の弱点や隙を狙って攻め込むこと。この噺では風邪が人間の体調が悪い時につけ込んでくることを指し、最後のオチの「夜網」との掛詞の伏線となっています。
  • 夜網(よあみ) – 夜間に行う漁のこと。四ツ手網などを使って川や海で魚を獲ります。この言葉が「弱身(よわみ)」と音が似ていることから、地口オチの仕掛けとなっています。
  • 四ツ手網(よつであみ) – 四隅に竹竿を付けた正方形の網。川や池で魚を獲る際に使用する伝統的な漁具です。
  • 天保銭(てんぽうせん) – 天保年間(1830-1844年)に鋳造された銅貨。一文銭で、庶民の日常的な通貨でした。
  • 一分銀(いちぶぎん) – 江戸時代の銀貨の単位。一両の4分の1に相当し、かなりの高額でした。現在の価値で約1万円程度と言われています。
  • 初筆(しょふで) – 帳簿の最初に書くこと。この噺では集金の最初の記録を大げさに書いて、後に続く人たちに良い印象を与えようとする親爺の知恵が描かれています。
  • 波銭(なみせん) – 小額の銭のこと。「波」は「なみ」と読み、普通の、ありふれたという意味から、少額の銭を指します。

よくある質問(FAQ)

Q: 風の神送りは本当に行われていた行事ですか?
A: はい、江戸時代に実際に行われていた疫病退散の民俗行事です。疫病が流行すると、町内で疫病神に見立てた人形を作り、囃し立てながら隣の町に送り出したり川に流したりしました。この風習は江戸末期まで続き、明治初期には廃れました。

Q: オチの「夜網」と「弱身」の掛詞はどういう意味ですか?
A: 冒頭で親爺が言う「弱身につけ込む風の神」という言葉と、最後に漁師が言う「夜網につけ込んだな」が音が似ていることを利用した地口オチです。「弱身(よわみ)」=体の弱っているところ、「夜網(よあみ)」=夜の漁、という二つの意味を掛け合わせた巧妙な仕掛けです。

Q: なぜ親爺は十一屋の2文を預かることにしたのですか?
A: ケチな十一屋からの2文という少額に若者が怒って喧嘩になりそうだったため、親爺が機転を利かせて「風の神送りが済むまで預かる」ということで、その場を収めたのです。「喧嘩もついでに預けとく」という言葉で、若者をなだめる親爺の知恵が光ります。

Q: 一分銀はどれくらいの価値ですか?
A: 一分銀は一両の4分の1で、現在の価値で約1万円程度と言われています。お妾さんが一分銀を出したのは相当な大金で、町内の人々を驚かせたことでしょう。

Q: この噺は上方落語ですか、江戸落語ですか?
A: 元々は上方落語の演目でした。昭和42年(1967年)に三代目桂米朝によって復活上演され、その後東京でも演じられるようになりました。現在では上方、江戸の両方で親しまれています。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 三代目桂米朝 – 人間国宝。昭和42年(1967年)にこの演目を復活上演し、現代に蘇らせました。丁寧な語り口で、町内の人情模様と最後の地口オチを見事に表現しました。
  • 八代目林家正蔵(彦六) – 江戸落語の名手。東京でこの噺を広めた一人で、親爺の知恵と若者たちの勢いを対比させた演出が特徴でした。
  • 五代目桂文枝 – 上方落語協会会長。軽妙な語り口で、集金場面での各家庭の個性を際立たせる演出が印象的でした。
  • 桂米團治(四代目) – 上方の人間国宝。温かみのある語り口で、町内の人情を丁寧に描きました。

関連する落語演目

同じく「民俗行事・祭り」を題材にした古典落語

同じく「地口オチ・ダジャレオチ」の古典落語

同じく「町内の人情」を描いた古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「風の神送り」は、疫病という深刻な問題を、町内の人々が協力して乗り越えようとする人情と、最後のユーモラスなオチで締めくくる古典落語の傑作です。

この噺が特に現代的な意味を持つのは、2020年以降の新型コロナウイルスのパンデミックを経験した私たちにとって、疫病との戦いが決して過去のものではないことを実感させられたからです。江戸時代の人々も風邪やインフルエンザのような疫病に悩まされ、科学的な対処法がない中で、風の神送りという民俗行事に希望を託しました。現代のマスクやワクチンと同じように、当時の人々なりの対処法だったのです。

また、集金場面での各家庭の反応も興味深いです。藪医者は風邪が商売なので渋る、お妾さんは気前よく大金を出す、ケチな十一屋は2文しか出さない、という多様な人間模様が描かれています。これは現代のクラウドファンディングや寄付金集めでも同じで、人それぞれの事情や性格が反映されます。

特に印象的なのは親爺の役割です。若者たちだけでは喧嘩になりそうな場面で、親爺が機転を利かせて「喧嘩もついでに預けとく」と仲裁する知恵は、コミュニティのリーダーシップの模範といえます。現代社会でも、世代を超えた知恵の伝承や、地域コミュニティの絆の大切さを考えさせられます。

そして最後の「夜網(弱身)につけ込んだな」という地口オチは、冒頭の「弱身につけ込む風の神」という言葉を見事に回収する「仕込みオチ」の典型例です。疫病という深刻なテーマから始まり、人情の温かさを描き、最後はユーモアで締めくくる構成は、落語の多様性と奥深さを感じさせます。

実際の高座では、親爺の貫禄ある語り口、若者たちの元気な様子、集金場面での各家庭の個性的な反応、そして最後に風の神が立ち上がる超自然的な場面の演技が見どころです。ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。

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