寛政力士伝
3行でわかるあらすじ
伊豆下田の悪徳力士・大巌大五郎が江戸相撲を馬鹿にして「俺が恐くて箱根のお山は越しゃあしめえ」と豪語している。
谷風が懲らしめるため小田原で興行を開催し、復讐を頼まれた雷電が代わりに大巌と対戦することになる。
雷電が大巌の両腕を折って土俵外に投げ飛ばし、その身体が箱根山を越えて伊豆半島を縦断して下田まで飛んでいく。
10行でわかるあらすじとオチ
二代目谷風梶之助の時代、伊豆下田の大巌大五郎が江戸相撲を馬鹿にして「俺が恐くて箱根のお山は越しゃあしめえ」と豪語している。
大巌は禁じ手を使う悪徳力士で、土俵で相手を殺したこともある荒くれ者として恐れられている。
谷風が江戸相撲を侮辱された怒りで、大巌を懲らしめるため小田原で三日間の興行を開催することになる。
初日は大巌vs鯱清五郎で、大巌が目つぶし等の反則技で勝利するが観客は静まり返る。
夫を大巌に殺された母親と子供が谷風に復讐を頼み、滋養のため生みたての卵50個を持参する。
雷電が代わりに戦うことになり、卵50個をペロッと飲んで「ああ、いい気味(黄身)だ」と言う。
翌日の雷電vs大巌戦で、雷電は最初わざと両腕をバンザイのように上げて大巌に押させる。
土俵際まで押されたところで雷電が両腕を下げて大巌の両肘をかんぬきで締め付ける。
大巌の両腕がブキッと折れて戦意喪失したところに雷電が張り手を左右に連発する。
雷電が大巌を土俵外に高々と投げ飛ばし、その身体が箱根山を越えて伊豆半島を縦断して下田の港に無事不時着する。
解説
「寛政力士伝」は江戸古典落語の中でも相撲を題材にした代表的な演目の一つです。寛政年間(1789-1801年)は江戸時代の相撲が最も盛んだった時期で、谷風梶之助や雷電爲右エ門などの名力士が活躍していました。
この落語の最大の見どころは、実在の名力士である谷風と雷電を登場させ、悪役の大巌を懲らしめる勧善懲悪の構造にあります。特に雷電の超人的な力強さを誇張して描写することで、聞き手の爽快感を演出しています。
「いい気味(黄身)だ」という雷電のセリフは、卵の黄身と「いい気味」をかけた典型的な落語のダジャレです。また、最後の大巌が箱根山を越えて下田まで飛んでいくという非現実的なオチは、落語ならではの誇張表現の極致と言えるでしょう。
江戸時代の相撲は現在と異なり、各地で行われる勧進相撲が主流でした。小田原での興行という設定も、当時の地方巡業の実情を反映しています。悪徳力士への制裁という筋書きは、江戸の人々の正義感と娯楽性を両立させた巧妙な構成となっています。
あらすじ
「おらが国さで見せたいものは昔谷風、今伊達模様」と歌われた二代目谷風梶之助。
ある時、伊豆の下田の素人相撲の大巌大五郎が、「江戸の相撲と一番取りたいが、俺が恐くて箱根のお山は越しゃあしめえ」と、豪語しているという話を聞いた。
大巌は禁じ手などの汚い取り口で相手を負かし、土俵で殺してしまったこともあるという。
背後には地元のヤクザがついていて手の付けられない荒くれ相撲取りだ。
普段は温厚な人柄で滅多に怒ったことはない谷風だが相撲を侮辱し、江戸相撲を馬鹿にした大巌を懲らしめようと、小田原の勧進元に頼んで三日間の興行を打つことになった。
小田原の宿場は天下の谷風を一目見ようと大賑わい。
下田から勇んで小田原へ乗り込んで来た大巌の初日の相手は鯱(しゃちほこ)清五郎で、頭突き名人。
大巌の胸板目がけて頭で突進だがさすがは大巌、受け止めて行司の見えないところで鯱の目の中に指を突っ込んだ。
たまらずに鯱がのけぞるところを土俵の外へ投げ出して怪勝。
ヤンヤヤンヤの拍手喝采どころか、館内はシーンとしたまま。
これを土俵の近くから見ていた谷風、宿に戻って明日は大巌との一番、大巌の反則、汚い取り口にどう対処しようかと思案していると、母親子連れが訪ねて来た。
母親 「私の亭主は大巌に汚い相撲で殺されました。どうか明日の土俵で亭主の無念と恨みを晴らしてください」、そばから子どもが家から持ってきた生みたての卵五十個を差し出し、これを飲んできっと勝っておくれと置いて帰って行った。
親子が帰ったあと、隣の部屋で聞いていた雷電が、「物の順序として明日はわしが取りましょう」と申し出る。
谷風が承知すると、
雷電 「そうなればこの卵はわしの物ですたい」と、ペロッと五十個の卵を飲んでしまって、「ああ、いい気味(黄身)だ」と、言ったとか。
さあ、翌日、いよいよ雷電と大巌が土俵に上がった。
観客からは「雷電~、雷電~」の声ばかり、大巌は江戸相撲ばかり応援しやがってと思っていると、「大巌~」、と黄色い声が掛って喜んだのも束の間、「~負けろ、死んじまえ~」でがっくり。
行司の軍配が返り、両者立ち上がってガツンとぶつかると思いきや、雷電は両腕をバンザイのように上に上げてしまった。「この野郎、俺を馬鹿にしやがって」と、雷電より一回り大きい大巌は二本を差してグッグッグッと押して行く。
雷電は土俵際までズルズルズル。
すると雷電は両腕を下げて大巌の両肘をギシッ、ギシッ、ギシッ、とかんぬき(閂)で締め付けにかかった。
大巌の腕は内側に曲がってぶらぶらと震え出し、ついには「ブキッ・・・ブキッ」と両腕とも折れてしまった。
戦意喪失の大巌の顔面に、これでも食らえと雷電は張り手を左右に連発。
倒れ掛かる大巌のまわしを鷲掴みにして、土俵下にいる谷風に「どうしましょう。もっと懲らしめてやりましょうか?」と、目で聞くと、谷風も目で「もっと懲らしめておやりなさい」と、黄門様のように合図。
雷電は土俵の外に高々と大巌を放り投げた。
大巌の身体は箱根のお山を越えて伊豆半島を縦断して下田の港に無事に不時着。
「寛政力士伝」、谷風、雷電の小田原相撲の一席。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 谷風梶之助(たにかぜかじのすけ) – 江戸時代の大相撲力士。二代目谷風(1750-1795)は63連勝という驚異的な記録を持ち、「昔谷風、今伊達模様」と謳われた名力士。寛政年間に活躍しました。
- 雷電爲右エ門(らいでんためえもん) – 江戸時代最強と称される力士(1767-1825)。身長197cm、体重169kgの巨漢で、生涯勝率.962という驚異的な成績を残しました。横綱制度がなかった時代の最強力士です。
- 寛政(かんせい) – 1789年から1801年までの元号。この時代は江戸相撲の黄金期で、谷風と小野川が初めて横綱免許を受けました。
- 勧進相撲(かんじんずもう) – 寺社の修繕費用を集めるために開催された興行相撲。江戸時代の相撲の主流で、各地を巡業しながら行われました。
- 小田原(おだわら) – 神奈川県西部の宿場町。箱根の手前に位置し、江戸と伊豆を結ぶ要所でした。相撲興行も盛んに行われていました。
- 箱根山 – 神奈川県と静岡県の境にある山。江戸時代は関所があり、「箱根八里」として難所で知られました。この噺では大巌が箱根山を越えて飛んでいくという誇張表現に使われています。
- 下田(しもだ) – 伊豆半島南端の港町。江戸時代は漁業と海運で栄えた港町でした。
- かんぬき(閂) – 門扉を閉じるための横木。相撲の技で、相手の両腕を挟み込んで締め付ける技法の比喩として使われています。
- 張り手(はりて) – 相撲で手のひらを開いて相手の顔や胸を叩く技。現代でも使われる正式な技です。
よくある質問(FAQ)
Q: 谷風と雷電は実在の力士ですか?
A: はい、両者とも実在の名力士です。二代目谷風梶之助(1750-1795)は63連勝の記録を持ち、雷電爲右エ門(1767-1825)は生涯勝率.962という驚異的な成績を残しました。この噺は実在の力士を題材にしたフィクションです。
Q: 大巌大五郎は実在の力士ですか?
A: いいえ、大巌は架空の人物です。悪役として創作された登場人物で、実在の記録はありません。江戸時代には確かに反則技を使う力士も存在しましたが、この噺のような極端な悪党はフィクションです。
Q: 雷電が卵50個を飲むシーンは何を意味していますか?
A: 力士の怪力と食欲を誇張して描写する演出です。「いい気味(黄身)だ」という言葉遊びのための伏線でもあります。実際には卵50個を一度に飲むことは不可能ですが、落語ならではの誇張表現として楽しむ場面です。
Q: 箱根山を越えて飛んでいくのは現実的ですか?
A: いいえ、完全な誇張表現です。箱根山から下田までは直線距離でも50km以上あり、物理的にあり得ません。これは落語特有の「ホラ話」の要素で、聞き手を笑わせるための非現実的な結末です。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。江戸時代の江戸相撲(現在の大相撲の前身)を題材にした典型的な江戸落語の大ネタです。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、現在も演じられていますが、長講の大ネタのため演者は限られています。相撲の知識や歴史的背景の説明も必要で、中級者向けの演目とされています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。相撲噺を得意とし、この噺でも谷風と雷電の風格ある描写が見事でした。力強い語り口で相撲の迫力を表現しました。
- 古今亭志ん生(五代目) – 独特の崩しとユーモアで知られる名人。この噺でも雷電の豪快さを独自の解釈で演じました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 志ん生の次男。流麗な語り口で、相撲の取組を臨場感たっぷりに表現しました。
- 柳家小さん(五代目) – 江戸っ子気質の語り口で、谷風と雷電の人物像を鮮やかに描き分けました。
関連する落語演目
同じく実在の人物を題材にした古典落語

勧善懲悪をテーマにした古典落語

言葉遊びのオチが秀逸な古典落語




この噺の魅力と現代への示唆
「寛政力士伝」の最大の魅力は、実在の名力士である谷風と雷電を主人公にした勧善懲悪の物語という点にあります。江戸時代の人々にとって、相撲は単なるスポーツではなく、力と正義の象徴でした。この噺は、その象徴である名力士が悪を懲らしめるという、江戸っ子の理想を体現した作品です。
特に注目すべきは、雷電の超人的な力の描写です。卵50個を一気に飲む、相手の両腕を折る、箱根山を越えて投げ飛ばすといった誇張表現は、現実を超越した「理想の強さ」を描いています。これは現代のスーパーヒーロー物語にも通じる普遍的な娯楽性です。
「いい気味(黄身)だ」という言葉遊びも秀逸です。雷電が卵の黄身を飲んで「いい気味だ」と言うことで、これから大巌を懲らしめることへの期待感を高めています。落語ならではの言葉の響きを楽しむ要素が、物語に軽妙さを加えています。
現代的な視点で見ると、この噺は「正義の実現」というテーマを扱っています。大巌のような反則技を使う悪徳力士への制裁は、現代のスポーツにおけるドーピングや八百長への批判にも通じます。また、母子が谷風に復讐を依頼する場面は、弱者が強者に助けを求めるという普遍的な構図でもあります。
実際の高座では、相撲の取組のシーンをどう表現するかが演者の腕の見せ所です。雷電が大巌の両腕を折る音「ブキッ、ブキッ」や、箱根山を越えて飛んでいく描写など、音と身振りで臨場感を出す技術が求められます。
機会があれば、ぜひ実際の高座でこの豪快な噺をお楽しみください。相撲の歴史や江戸文化への理解も深まる、教養と娯楽を兼ね備えた名作です。


