亀佐
3行でわかるあらすじ
中山道の柏原宿でもぐさを売り歩く亀屋佐兵衛が念仏講で坊さんの説教を聞いているうちに退屈して爆睡してしまう。
講中の人たちが起こそうとするが高いびきで起きないので、講中の頭がもぐさ売りの節回しを真似して起こそうとする。
それでも起きないので、坊さんが「今ので一つ、灸を据えなさい」とお仕置きするオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
中山道の伊吹山の麓、柏原宿の亀屋佐京は艾(もぐさ)を節をつけて売り歩いており、商売の歌い文句で有名。
亀屋佐兵衛という老人が念仏講中の人たちとお坊さんの説教を聞いている場に居合わせる。
坊さんは「念仏の数が多ければ良いというものではない」という教えを老婆の逸話で説明している。
老婆が閻魔大王の前で生涯の念仏の功徳を願い出るが、ふるいにかけると死ぬ間際の一回しか残らなかったという話。
ところが佐兵衛は説教が退屈で「グウォー、グウォー」という大いびきをかいて寝入ってしまう。
講中の者が起こそうと揺すってもまったく起きず、高いびきが説教の邪魔になってしまう。
困った講中の頭(かしら)が、もぐさ売りの節回しを真似した歌で起こそうと試みる。
「講中いびきじゃまのあたり、かしら禿げ、あんた本家じゃ、ほんけ亀屋佐兵衛さん、これっ!揺すり起こすえ」と歌う。
それでも佐兵衛は起きないので、講中の頭が坊さんに「まだ起きません」と困った様子で報告する。
すると坊さんが「今ので一つ、灸を据えなさい」と答えるオチで、もぐさ商人に灸のお仕置きという掛け言葉になっている。
解説
「亀佐」は中山道の宿場町・柏原宿の実在のもぐさ商人「亀屋佐京」をモデルにした古典落語で、歴史的背景を持つ珍しい演目です。柏原宿は中山道六十九次のうち六十番目の宿場で、伊吹山麓に位置し、江戸時代から良質なもぐさの産地として知られていました。
この落語の最大の見どころは、亀屋佐京の商売歌「ご~しゅう~伊吹山のほとり~かしわばらほんけ~亀屋ぁ~左京~く~すり~もぐさよろ~し」という節回しにあります。これは日本初の商業ジングルとも言われ、実際に江戸の吉原で芸者たちがこの歌を覚えて広めたことで、全国的に有名になったとされています。
演目の構造は仏教説話と商人の日常を巧みに組み合わせており、念仏講での居眠りという庶民的な光景から、もぐさ売りの節回しを使った起こし方、そして最後の「灸を据える」という言葉遊びまで、一貫してもぐさというテーマで貫かれています。特にオチの「灸を据える」は、文字通りの灸治療の意味と、悪い行いに対するお仕置きの意味を掛けた秀逸な地口オチです。
現在ではあまり演じられることの少ない珍しい演目で、三代目桂米朝などの上方落語の名人によって演じられてきました。仏教説法の雰囲気を表現する技術と、商売歌の独特な節回しを正確に再現する技量が要求される、演者にとって挑戦的な作品でもあります。
あらすじ
中山道は伊吹山の麓、柏原宿の亀屋佐京は艾(もぐさ)を節をつけて売り歩いていた。
「♪ご~しゅう(江州)~ 伊吹山のほとり かしわばらほんけ(柏原本家)~亀屋ぁ~左京~ く~すり(薬) もぐさよろ~し」とこんな調子だ。
ある時、亀屋佐兵衛という爺さんが、念仏講中の人たちとお坊さん説教を聞いていた。
坊さん「ただ南無阿弥陀仏さえ唱えていれば救われると言うのは大きな心得違いじゃ。
毎日朝から晩まで念仏を唱えていた老婆があの世へ行って、閻魔大王の前でお裁きを受けることになった。
老婆は"わたくしは生涯にどれほどのお念仏を唱えたか分かりません。
その念仏の功徳によって、極楽へ送ってくだされ"と願い出た。
閻魔大王が婆さんが生前に唱えた山ような念仏をふるいに掛けると、ことごとく網の目から下へ落ちて、あとに残ったは死ぬ間際に唱えた"南・無・阿・弥・陀・仏"ただ一つであったと言う。数さえ多ければよいというものではないぞ・・・・」、すると「グウォー、グウォー」という大いびきが聞こえてきた。
退屈したのか亀屋佐兵衛がすっかり寝入ってしまったのだ。
講中の者が、お説教の邪魔なるから起きろと揺すっても高いびきだ。
すると講中の頭(かしら)が、
「♪こう~じゅう(講中)~ いびきじゃまのあたり かしら禿(は)げ、あんた本家(本卦)じゃ、ほんけ亀屋ぁ~佐兵衛さん、これっ! ゆ~すりおこすえ~」、
講中の頭 「法主(ほっす)はん、まだ起きまへんがなぁ・・・・」
坊さん 「今ので一つ、(灸を)据えたげなはれ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- もぐさ(艾) – ヨモギの葉を乾燥させて作る灸治療の材料。江戸時代には万能薬として珍重され、特に伊吹山麓の柏原産が高品質で有名でした。
- 中山道(なかせんどう) – 江戸時代の五街道の一つで、江戸と京都を結ぶ内陸ルート。全長約540キロメートル、69の宿場があり、柏原宿は60番目の宿場町でした。
- 柏原宿(かしわばらしゅく) – 現在の滋賀県米原市にある宿場町。伊吹山の麓に位置し、もぐさの産地として江戸時代から全国に知られていました。
- 念仏講(ねんぶつこう) – 江戸時代の庶民の信仰組織。定期的に集まって念仏を唱え、僧侶の説法を聞く活動をしていました。
- 灸を据える(きゅうをすえる) – 文字通りには灸治療をすること。転じて、悪いことをした者にお仕置きをする、教訓を与えるという意味でも使われます。
- 亀屋佐京(かめやさきょう) – 実在したもぐさ商人。独特の節回しの商売歌で知られ、江戸の吉原でも有名になった日本初の商業ジングルとも言われます。
よくある質問(FAQ)
Q: 亀屋佐京は実在の人物ですか?
A: はい、実在のもぐさ商人です。柏原宿で商売をしており、独特の節回しの商売歌「ご~しゅう~伊吹山のほとり~」で知られていました。この歌が江戸の吉原でも歌われるほど有名になったことから、落語の題材になりました。
Q: 現在でも柏原のもぐさは有名ですか?
A: はい、現在も滋賀県米原市(旧柏原宿)は伊吹もぐさの産地として知られています。伊吹山に自生するヨモギから作られるもぐさは、品質が高いことで今でも評価されています。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 上方落語の演目です。舞台が中山道の柏原宿(近江=滋賀県)であり、登場人物の言葉も関西弁です。三代目桂米朝などの上方落語家によって演じられてきました。
Q: 商売歌の節回しはどのように演じられるのですか?
A: 演者によって多少の違いがありますが、独特の抑揚をつけた歌い方をします。この節回しを正確に再現することが、この噺を演じる上での重要なポイントとなっています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。上方落語の復興に尽力し、この噺も得意としていました。商売歌の節回しを格調高く表現し、仏教説話の雰囲気も見事に演じました。
- 桂枝雀(二代目) – 独特のテンポと表現力でこの噺を演じ、いびきの表現や起こそうとする場面の演技が印象的でした。
- 桂ざこば – 関西弁の味わいを活かした語り口で、庶民的な雰囲気を醸し出す演出が特徴です。
関連する落語演目
同じく「居眠り」がテーマの古典落語

坊さんが登場する古典落語


商売歌・言葉遊びが印象的な古典落語


実在の人物や場所をモデルにした古典落語

この噺の魅力と文化的価値
「亀佐」は、実在のもぐさ商人と商売歌をモデルにした、珍しい歴史的背景を持つ落語です。日本初の商業ジングルとも言われる商売歌が全国に広まり、それが落語の題材になるという、江戸時代のマーケティングと口承文化の興味深い例となっています。
この噺の最大の見どころは、もぐさという一つのテーマで全体を貫いている構成の巧みさです。もぐさを売る商人が、もぐさの節回しで起こされ、最後は「灸を据える」というオチで締めくくられる。このような一貫性は、古典落語の中でも秀逸な構成と言えるでしょう。
また、念仏講での居眠りという庶民的な光景を描きながら、仏教説話(老婆と閻魔大王の話)も織り込むことで、単なる笑い話以上の深みを持たせています。説教を聞きながら寝てしまうという、時代を超えて共感できる人間の姿が描かれているのも魅力です。
現代ではあまり演じられることの少ない演目ですが、地域の歴史や文化を題材にした落語として、また商売歌という独特の表現形式を伝える作品として、貴重な文化的価値を持っています。もし高座で演じられる機会があれば、ぜひ商売歌の節回しに注目して聴いてみてください。


