【AI落語】時代はパラっと超えろ(新作落語)
「時代はパラっと超えろ」。最近よく聞くフレーズですよね。
BE:FIRSTの楽曲から生まれたこの言葉、若者を中心に大流行。軽やかに、さらっと既成概念を超えていく。なんとも現代的で前向きなメッセージです。
でも、もしこの言葉が江戸時代にあったらどうなっていたでしょう?「パラっと」なんて軽い感じ、江戸っ子の気質にピッタリかも。
今回は、時代を超えようと奮闘する長屋の住人たちと、それを静かに見守る隠居の物語。最後のオチで、本当に時代を超えているのは誰なのか、きっと驚かれることでしょう。
新しい流行
えー、毎度ばかばかしいお笑いを一席。
時代っちゅうもんは、いつの世も変わりまんなぁ。
新しいもんが出てきては消え、消えては出てくる。
江戸の頃かて、そら色んな流行りもんがありましたわ。
今日はそんな中でも、「時代をパラっと超える」いう妙な流行の話を。
これがまた、とんでもない騒動を巻き起こしましてな…
瓦版屋の触れ込み
江戸は神田の裏長屋。朝っぱらから瓦版屋の威勢のいい声が響く。
瓦版屋「号外!号外!新しい生き方の指南!『時代はパラっと超えろ』やで!」
熊五郎が顔を出す。
熊「なんや、朝から騒々しいな。時代をパラっと?なんやそれ」
瓦版屋「長崎から来た新しい考え方や。古いもんにとらわれんと、サラッと新しいことに挑戦するんやて」
八兵衛も出てくる。
八「パラっとって、なんや天ぷらでも揚げるんか?」
瓦版屋「ちゃうちゃう。軽〜く、簡単に、スイスイっちゅう意味や」
熊「ほー、ほな俺も時代をパラっと超えてみるか」
長屋の時代超え競争
その日から長屋では「時代超え競争」が始まった。
熊「見てみぃ、俺は髷を短く切ったで。これが新しい時代や」
八「なんや、それくらい。俺は箸やのうて、南蛮渡来のフォークっちゅうもん使うで」
そこへ甚兵衛がやってくる。
甚「お前ら、まだまだやな。ワシは着物やのうて、南蛮の服着てみた」
熊「おお、なんや変な格好やな」
八「ズボンっちゅうやつか。歩きにくそうやな」
甚「これが時代を超えるっちゅうことや」
女房連中も参戦
井戸端に女房連中が集まる。
おかみさんA「うちの亭主、時代超えるとか言うて、朝から晩まで新しいことばっかり」
おかみさんB「うちもや。味噌汁に南蛮の香辛料入れよった」
おかみさんC「それで美味しかった?」
おかみさんB「辛すぎて飲めへんかった」
おかみさんA「時代超えるのもええけど、ほどほどにせなあかんわ」
エスカレートする競争
数日後、競争はさらにエスカレート。
熊「俺は寺子屋で蘭学を習い始めたで」
八「ワシは算盤やのうて、西洋の計算法を勉強中や」
甚「ふん、ワシなんか家を西洋風に改築する予定や」
大家がやってきて呆れる。
大家「お前ら、いい加減にせぇ。家賃も払わんと何が改築や」
甚「これも時代を超えるためや」
大家「借金も時代を超えとるがな」
与太郎の挑戦
そこへ与太郎が意気揚々と現れる。
与太「皆の衆!俺が一番時代を超えたで!」
熊「なんや与太、お前何したんや」
与太「俺は…明日から女になる!」
一同「はぁ?」
与太「男とか女とか、そんな古い考えは超えるんや」
八「いや、それは違うやろ」
与太「あ、やっぱり無理か」
謎の隠居
長屋の隅に住む隠居・源助は、この騒動を静かに見ていた。
熊「隠居さんは時代超えへんの?」
源助「ほっほっほ、ワシはもうええ歳や」
八「でも、新しいことに挑戦せな」
源助「ふむ、挑戦ねぇ」
隠居は相変わらず、朝は掃除、昼は将棋、夜は早寝の生活。
甚「隠居さんは時代遅れや」
源助「そうかもしれんのぉ」
疲れ果てる住人たち
一ヶ月後、皆疲れ果てていた。
熊「もう疲れた…蘭学難しすぎる」
八「西洋計算、さっぱりわからん」
甚「改築の金、どこにもない」
おかみさんA「うちの亭主、新しいことに挑戦しすぎて、仕事クビになった」
おかみさんB「うちも似たようなもんや」
隠居の一言
皆が井戸端で愚痴をこぼしていると、隠居がゆっくり歩いてくる。
熊「隠居さん、俺ら時代を超えようと頑張ったけど、失敗ばっかりや」
源助「ほう、それは大変やったな」
八「隠居さんは何も変わらんから、楽でええな」
源助「そうやな、ワシは何も変わっとらん」
甚「やっぱり時代遅れや」
源助がニヤリと笑う。
源助「お前らな、時代を超える超える言うとるけど、考えてみぃ」
熊「なんや?」
源助「お前らが必死に追いかけとる『新しいもん』は、誰かがもう作ったもんやろ?」
八「そら、そうやけど…」
源助「ワシは三十年前から同じ生活しとる。変わらんことを続けとる」
甚「それがどうした」
源助「ワシはもう超えとる。お前らがまだ追いついてへんだけや」
まとめ
いかがでしたでしょうか。現代の流行語「時代はパラっと超えろ」を江戸時代の長屋に持ち込んでみました。
新しいものに飛びつく若者たちと、変わらない生活を続ける隠居。結局、本当に時代を超えているのは誰なのか。隠居の「もう超えている」という逆説的な主張には、深い哲学が隠されているのかもしれません。
自己採点は75点。「時代を超える」という概念を、「変わらないことこそが超越」という逆転の発想でオチをつけました。少し哲学的になりすぎたかもしれませんが、現代の流行を追う私たちへの皮肉も込めています。
これは完全なフィクションであり、創作落語です。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
当サイトでは他にも様々な時事ネタを江戸時代に置き換えた作品を公開しております。現代と江戸、時代は違えど人の本質は変わらない。そんな普遍性を楽しんでいただければ幸いです。


