磯の鮑
3行でわかるあらすじ
町内の若者にからかわれた与太郎が女郎買いの師匠に作法を教わり、特に決め台詞「磯の鮑の片思い」を習う。
いざ廓で実践すると「伊豆のわさびの片思い」と間違えて、おいらんの膝をつねって痛がらせてしまう。
おいらんが涙を流すと与太郎は「わさびが効いたんだろう」と勘違いして大失敗する言葉遊びのオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
町内の若い連中が留さんの女郎からの手紙を読んで盛り上がっていると与太郎が入ってくる。
女郎買い未経験の与太郎をからかうため、留さんが女郎買いの師匠がいると嘘をついてそそのかす。
与太郎は浅草蔵前の八幡様境内にいる鶴本勝太郎という師匠を訪ね、強引に教えを請う。
師匠は仕方なく女郎買いの作法を教え、特に決め台詞「磯の鮑の片思い」を伝授する。
与太郎は教科書通りに身支度を整えて、その晩日本堤から大門をくぐって廓に向かう。
見世に上がっておいらんと対面し、教わった通りお引けとなっておいらんの部屋に通される。
煙草を一服してから「あたしはお前を知ってるよ」と口説き文句を始める。
ところが肝心の決め台詞で「磯の鮑」が思い出せず「伊豆のわさびの片思い」と間違えてしまう。
教わった通りおいらんの膝をつねると痛がって涙を流すおいらん。
与太郎は「それじゃ今のわさびが効いたんだろう」と勘違いして大失敗する言葉遊びのオチとなる。
解説
「磯の鮑」は与太郎噺の代表作の一つで、廓噺(遊郭を舞台にした落語)でもあります。タイトルの「磯の鮑」は、師匠が与太郎に教える口説き文句「磯の鮑の片思い」から来ており、この言葉が物語の核心となっています。
この噺の魅力は、与太郎の天然ぶりと言葉遊びの巧妙さにあります。「磯の鮑」と「伊豆のわさび」の音の似ている部分を利用した言葉の取り違えは、落語の醍醐味である地口(だじゃれ)の典型例です。特に最後のオチで、おいらんが痛さで涙を流すのを見て「わさびが効いた」と解釈する与太郎の発想は、彼らしい純真さと間抜けさを表現した秀逸な仕上がりとなっています。
また、この噺は江戸時代の遊郭文化を詳細に描写した貴重な史料としての価値もあります。大門のくぐり方、座敷での作法、おいらんとの接し方など、当時の吉原の実情が落語を通じて伝えられています。与太郎というキャラクターを通じて、庶民の目線から見た遊郭の姿が描かれているのも興味深い点です。
あらすじ
町内の若い連中が集まって留さんが女郎からもらった手紙を読んで盛り上がっていると、与太郎が入って来る。
まだ女郎買いに行ったことがない与太郎をからかってやろうと、留さん「男と生まれてあんな面白い所を知らないのは情けねぇ。どんな女でも銭を持って行きゃあ自由にできるし、女に惚れさせれば、女の方が勘定を払ってくれる」と、そそのかす。
すっかりその気になった与太郎さんに、留さん「みんな初めは女郎買いの師匠の所で、女郎買いの仕来りやら女にもてる方法やらを教わり、じっくり稽古してから行くんだ」。
与太郎さん「その師匠はどこにいるんだ?」、「浅草蔵前の八幡様の境内にいる鶴本勝太郎という人だ。
今、手紙を書いてやるからそれを持って行け。
師匠は『女郎買いの師匠なんかあるはずがない。お前さん友達からからかわれているんだ』と、しらばっくれるだろうが、そこで『はい、そうですか』と、大人しく帰っちゃ一人前の遊び人にゃあなれねえ。『教えてくれるまでここを動きません』と、覚悟を見せれば、師匠は根負けして教えてくれるだろう」と、言い含める。
早速、与太郎さん、手紙を持って勇んで師匠の家に乗り込む。
手紙を見て呆れて、「お前さん、友達にかつがれて来たね。・・・・速やかにお帰りください」と、にべもないが。
与太郎さん「教えてくれるまでここに居続けます」と強気に出た。
女郎買いの決死隊みたいで、話しても分からない人と察した師匠(鶴本さん)は仕方なく、「世の中に女郎買いの師匠なんてものはありませんが、あたしが若い時に遊びをした寸法ぐらいの所をお話ししましょう」で、手を打った。
師匠は、「明かりがついた頃、小ざっぱりした衣装(なり)、ほろ酔い加減で大門(おおもん)をくぐる。
若い衆(し)と洒落や粋な言葉のやりとりをする。
決めた見世に入って梯子段をトントンと上がって引き付けという座敷に入る。
後尻(あとじり)という所から女をよーく見て、気に入った女(花魁)を見立てる。
女が来て酒・肴が運ばれて来るが初会なのであまり飲み食いしない。
お引けという自分に雪隠に立つ。
それからおいらん(花魁)の部屋に入る。
おいらんが煙管へ煙草をつけてくれる。
一服吸ったらポンとはたく。
ここからが肝心、『あたしはお前を知ってるよ。
この間から上(登楼)ろう、上がろうと思っていたが、いい折がなくて上がれなかった。
今夜という今夜は、やっとの思いが叶った。
これが"磯の鮑(あわび)の片思い"だよ』と、おいらんの膝をつねる。これでおいらんはあなたに、トーンと惚れまさぁ」と、師匠どころか女郎買いの名誉博士のように懇切丁寧に与太郎に伝授した。
喜んだ与太郎さん、早速、身支度を整えてその晩、日本堤から大門をくぐった。
教科書どおりとは行かないがまあ、与太郎さんにしては上首尾で見世に上がっておいらんとご対面、お引けとなっておいらんの部屋に通された。
煙草を一服吸ってはたいて、
与太郎 「おいらん、お前はあたしを知るまいが、あたしはお前を知ってるよ」
おいらん 「あら、そうですか、どこでご存知なの」
与太郎 「この間からこの見世に上がろう、上がろうと思っていたが、いい折がなくて上がれなかったよ」
おいらん 「早く上がってくれればいいのに」
与太郎 「今夜は、やっとの思いで上がったよ。これがほんとの"磯の・・・磯の・・・待って・・・伊豆のわさびの片思い"だよ」と、おいらんの膝をつねったから、
おいらん 「あっ、痛い、まあ痛いこと、涙が出まさあねぇ」
与太郎 「ははぁ、それじゃ今のわさびが効いたんだろう」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 与太郎(よたろう) – 落語に登場する定番のキャラクターで、間抜けで純真な若者。頭が悪いが憎めない人柄で、様々な失敗を繰り返す愛すべき存在として描かれます。
- 廓(くるわ) – 遊郭のこと。江戸時代には公認の遊郭が各地にあり、江戸では吉原が最も有名でした。落語では「廓噺」というジャンルがあります。
- 大門(おおもん) – 吉原遊郭の正門。ここをくぐると遊郭の世界に入ることになり、大門をくぐる作法や心構えが重要視されました。
- 花魁(おいらん) – 位の高い遊女。容姿・芸事・教養を兼ね備えた最高位の遊女で、一般の客は簡単には会えない存在でした。
- 見世(みせ) – 遊女屋のこと。客は見世に上がって遊女を選び、遊興を楽しみました。
- 引き付け(ひきつけ) – 見世の二階にある座敷。客がここで遊女を選ぶための部屋でした。
- お引け(おひけ) – 客が雪隠(トイレ)に立つこと。実は遊女の部屋に行く前の合図でもありました。
- 磯の鮑の片思い(いそのあわびのかたおもい) – 口説き文句。鮑は片方の殻しかない貝なので「片思い」に掛けた洒落た表現。「ずっとあなたに片思いしていた」という意味です。
- 日本堤(にほんづつみ) – 現在の東京都台東区の地名。吉原遊郭への道筋で、遊客が通る道でした。
よくある質問(FAQ)
Q: 「磯の鮑の片思い」とはどういう意味ですか?
A: 鮑(あわび)は二枚貝ではなく巻貝の一種で、片方の殻しかありません。この特徴を「片思い」に掛けた洒落で、「ずっとあなたに片思いしていました」という意味の口説き文句です。江戸時代の遊郭で実際に使われた粋な表現です。
Q: なぜ与太郎は「伊豆のわさび」と間違えたのですか?
A: 「磯の鮑(いそのあわび)」と「伊豆のわさび(いずのわさび)」は音が似ているため、頭の悪い与太郎が取り違えたという設定です。この言葉遊びが落語の醍醐味で、「地口オチ」の典型例です。
Q: 膝をつねるのはどういう意味があるのですか?
A: 口説き文句と共に遊女の膝をつねるのは、親愛の情を示す江戸時代の遊郭での作法の一つだったとされます。軽く愛撫する意味合いがありました。しかし与太郎は加減が分からず強くつねってしまい、痛がらせてしまいます。
Q: この噺は江戸落語ですか?上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。吉原遊郭を舞台にしており、江戸の地名や風俗が詳しく描かれています。与太郎という江戸落語の定番キャラクターが主人公である点も特徴的です。
Q: 現代でも演じられていますか?性的な内容で問題になりませんか?
A: はい、現代でも頻繁に演じられています。確かに遊郭を題材にしていますが、与太郎の失敗談として描かれており、露骨な性描写はありません。むしろ言葉遊びの面白さと与太郎の純真さが強調された健全な笑い話として受け入れられています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 五代目古今亭志ん生 – 与太郎噺の名手として知られ、「磯の鮑」でも与太郎の純真さと間抜けさを絶妙に表現しました。
- 八代目桂文楽 – 緻密な演出で知られ、遊郭の作法を正確に描写しながら、与太郎の失敗を際立たせる名演を見せました。
- 五代目柳家小さん – 軽妙な語り口で、与太郎の天然ぶりと言葉遊びの面白さを際立たせる演出が特徴でした。
関連する落語演目
同じく「与太郎噺」の古典落語


「廓噺(遊郭もの)」の古典落語



「言葉遊び」が秀逸な古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
「磯の鮑」は、与太郎という愛すべきキャラクターと、巧妙な言葉遊びが融合した傑作です。「磯の鮑」と「伊豆のわさび」という音の似た言葉を取り違えるというシンプルな設定ながら、最後の「わさびが効いた」というオチまで一貫した笑いの構造が見事に作られています。
この噺の面白さは、単なる言葉の間違いだけでなく、与太郎の純真さにあります。師匠に教わったことを一生懸命実践しようとする姿勢、間違えても気づかない天然ぶり、そして最後まで自分が失敗していることに気づかない無邪気さが、聴衆の笑いと同時に温かい気持ちを引き出します。
現代的に見れば、この噺は「教わったことを鵜呑みにして実践すると失敗する」という教訓とも取れます。マニュアル通りにやれば良いというものではなく、状況に応じた柔軟な対応が必要だということを、与太郎の失敗を通じて教えてくれます。
また、江戸時代の遊郭文化を詳しく知ることができる貴重な作品でもあります。大門のくぐり方、見世での作法、遊女との接し方など、当時の風俗が落語を通じて生き生きと伝えられています。
実際の高座では、与太郎が師匠の教えを必死に覚えようとする場面、廓で緊張しながら作法を実践する場面、そして「磯の鮑」が出てこなくて困る場面など、演者の表現力が試されます。特に最後の「わさびが効いた」というオチをどう落とすかで、演者の個性が出ます。
機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。与太郎噺は落語初心者にも分かりやすく、笑えて心温まる作品が多いので、落語入門としても最適です。


