池田の猪買い
3行でわかるあらすじ
冷え気に悩む喜ィ公が、丼池の甚兵衛に「新鮮な猪肉が効く」と勧められ、池田の山猟師・六太夫のもとへ向かった。
六太夫と一緒に猟に出て猪を発見し、喜ィ公がメンかオンか決められずにうるさくしている中、六太夫が猪を撃って倒した。
喜ィ公が「本当に新しいか」と疑うので六太夫が怒って猪を叩くと、気絶していただけの猪が起き上がって歩き出し「あの通り新しい」とオチになった。
10行でわかるあらすじとオチ
鼻の頭を真っ黒にした喜ィ公が、ノボセの灸治療の後遺症で体が冷えると丼池の甚兵衛に相談した。
甚兵衛は「猪の肉が効くが、新鮮でないとダメ」と言い、池田の山猟師・六太夫を紹介して道順を詳しく教えた。
喜ィ公は大阪から池田まで長い道のりを歩き、雪が降る中でようやく六太夫の家にたどり着いた。
六太夫は天井に吊るしたおとといの猪を分けようとしたが、喜ィ公は「新しい猪でないとダメ」としつこく要求した。
喜ィ公が「雪の日は猟が立つ」と言うと、六太夫は縁起がいいと猟犬のサンと一緒に猟に出ることにした。
雪山で夫婦らしい猪二頭を発見し、六太夫がどちらを撃つか聞くと、喜ィ公はメンかオンか優柔不断で決められずうるさくした。
しびれを切らした六太夫が引き金を引くと見事に命中し、猪がゴロッと倒れて二人は山を駆け下りた。
倒れた猪を見て喜ィ公が「これ新しいやろか、イノが古いのを持って来てすり替えたのと違うか」とまだ疑った。
怒った六太夫が鉄砲の台尻で猪をドンドンと叩くと、気絶していただけの猪がむっくり起き上がってトコトコ歩き出した。
六太夫は「どぉじゃ客人、トコトコ歩いて行くほど新しい」と言い、生きているほど新鮮だという皮肉なオチで終わった。
解説
「池田の猪買い」は上方落語の代表的な演目の一つで、「北の旅噺」と呼ばれるジャンルに属する古典落語です。原話は初代露の五郎兵衛作『露休置土産 巻四』(1707年)の「野猪の蘇生」で、300年以上の歴史を持つ古い演目として知られています。特に桂枝雀の演じる「池田の猪買い」は名演として非常に有名です。
この作品の構成は三部形式になっており、第一部が大阪での相談場面、第二部が池田への道中、第三部が猟場面という流れで進みます。特に第二部の道中では、主人公が道に迷いながら様々な人に道を尋ねる場面が詳細に描かれ、上方落語特有の地名や方角の細かい描写が楽しめます。実際に大阪から池田までの道順が正確に語られており、当時の地理的な知識も興味深い要素です。
見どころは何といっても最後のオチの絶妙さにあります。「新鮮な猪肉」を求めてはるばる池田まで来た主人公の執拗なまでの要求が、最終的に「生きている猪」という究極の新鮮さで応えられるという逆転の発想は、落語ならではの機知に富んだ表現です。「トコトコ歩いて行くほど新しい」という六太夫の台詞は、怒りと皮肉が込められた名言として親しまれています。
また、この噺は江戸時代の民間療法への言及も興味深く、猪肉が滋養強壮に効くとされていた当時の医療観を反映しています。主人公の病気について「冷え気」と表現されていますが、これは当時の性病の隠語的表現で、落語が扱う庶民の生活の現実的な側面も垣間見ることができます。
演技面では、猟場面での緊張感と主人公のうるささのコントラスト、猪が逃げ出す場面での動きの表現など、落語家の技量が問われる演目でもあります。上方落語の特色である詳細な地理描写と、最後の痛快なオチが見事に組み合わされた、古典落語の傑作といえるでしょう。
あらすじ
丼池(どぶいけ)の甚兵衛さんの所へ、鼻の頭を真っ黒にした喜ィ公がやって来る。
ノボセ止めの灸(やいと)を上へ上へ据えろといわれ、頭の後ろから上へ据えて、頭上から下がって鼻まできて、この先は口で行止まりで据えられず、鼻の頭に据えているうちに真っ黒になったという。
喜ィ公はノボセは治ったが、今度は体が冷えて困るという。
甚兵衛さんは冷えには猪(シシ)の身がよく効く教える。
それも店で売っているような身ではなく、獲れたての新しい猪の身でないとだめだという。
甚兵衛さんは池田の山猟師の六太夫の所へ行って、新しい猪を売ってくれと頼めという。
翌朝、喜ィ公は丼池筋を北へ北浜に突き当り、淀屋橋、大江橋、蜆橋と橋を三つ渡り、お初天神の西門のところの「紅う」という寿司屋の看板を目印に北へ、十三の渡し、三国の渡しを越え、服部の天神さんを後にして岡町から池田へと入る頃には雪がちらついて来た。
なんとか猟師の六太夫さんの家にたどり着いた喜ィ公は、新しい猪の身が欲しいと頼む。
六太夫は天井にぶら下がっているおととい獲った猪を分けてやろうというが、喜ィ公は新しい猪ではないとダメだとしぶとい。
六太夫はたった五百匁ばかりの猪の身のために猟には出られないと渋っている。
すると喜ィ公は、「こんな雪の日は、猟が立つ」とたまにはまともなことを言った。
これを聞いた六兵衛さん、「猟が立つとは験(げん)がいい」と猟に出てくれる運びとなった。
サンという犬を呼び、次に「イノよ、イノよ」と呼ぶと何やら黒い物が飛び出して来た。
喜ィ公は猪かと思ってビックリだが、六太夫の小せがれの「イノ」だった。
何を話かけても「う~ん」のイノに留守番を頼み、二人は猪狩りに向かった。
雪の山道を見晴らしのいい小高い所まで上り、谷を見下ろすと犬がわんわん吠えている。
見ると夫婦らしい猪の二頭連れだ。
メン(雌)の身の方が柔らかく美味いが、オン(雄)の方が大きい。
六太夫さんは喜ィ公にどっちを撃つか聞くが、喜ィ公はメンだ、いやオンだと優柔不断で決められない。
最後にはもうどっちでもいいからと言って、猪の身を食べることを想像して何やかやとそばでうるさい。
いらいらしてきた六太夫さんが、引き金を引くと見事命中し猪がゴロッと倒れた。
素早く山を駈け下りる六太夫に続いて、喜ィ公もよたよたと後を追う。
倒れている猪を見て、
喜ィ公 「これ新しいやろか、イノが家から古いのを持って来てすり替えたのと違うか」、なんてまだ疑っている。
さすがに人のいい六太夫さんも腹が立って、鉄砲を逆手に持ち、猪の体をドン、ド~ンと二つほど食らわした。
すると弾が当たったのではなく、気絶していただけの猪がむっくりを起き上がって、トコトコと歩き出した。
六太夫 「どぉじゃ客人、トコトコ歩いて行くほど新しい」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 丼池(どぶいけ) – 大阪市北区にあった地名。現在の堂島付近で、江戸時代から明治時代にかけて大阪の商業地として栄えました。
- 池田(いけだ) – 大阪府池田市。大阪市の北約15キロに位置し、猪名川の上流域で山が近く、江戸時代には猟師が多く住んでいました。現在はインスタントラーメン発明記念館で有名です。
- 匁(もんめ) – 江戸時代の重量単位。一匁は約3.75グラム。五百匁は約1.9キログラムに相当します。
- 冷え気(ひえしょう) – 体が冷える症状。この噺では「ノボセ」(のぼせ)の灸治療の後遺症として描かれていますが、当時は性病の隠語的表現としても使われました。
- 猪(しし) – イノシシのこと。関西では「シシ」と呼びます。江戸時代から滋養強壮に効く食材として珍重され、特に冬場の猪肉は脂がのって美味とされました。
- 北の旅噺(きたのたびばなし) – 大阪から北方面(池田、伊丹、宝塚方面)への旅を題材にした上方落語のジャンル。地理的な描写が詳細なのが特徴です。
- メン・オン – 関西方言で、メンは雌(メス)、オンは雄(オス)のこと。猪の性別を表現しています。
- 験(げん) – 縁起。「験がいい」は縁起が良いという意味で、猟師にとって雪の日は獲物が見つけやすく縁起が良いとされました。
よくある質問(FAQ)
Q: 池田の猪買いは実話ですか?
A: 実話ではなく創作ですが、江戸時代の池田周辺に猟師が多く住んでいたことは事実です。原話は初代露の五郎兵衛作『露休置土産』(1707年)の「野猪の蘇生」で、300年以上前から演じられている古典演目です。
Q: なぜ猪肉が冷え気に効くとされたのですか?
A: 江戸時代の民間療法では、猪肉は体を温め滋養強壮に効果があるとされていました。現代の栄養学でも、猪肉は高タンパク・低カロリーで、ビタミンB群が豊富に含まれており、疲労回復に効果的な食材です。
Q: 大阪から池田まではどのくらいの距離ですか?
A: 約15キロメートルです。噺の中では淀屋橋、大江橋、蜆橋を渡り、十三の渡し、三国の渡しを越え、服部天神、岡町を経由するルートが詳細に語られており、実際の地理に基づいています。徒歩で半日程度の道のりです。
Q: 最後のオチ「トコトコ歩いて行くほど新しい」の意味は?
A: 「新鮮な猪肉が欲しい」としつこく要求する主人公に対して、六太夫が皮肉を込めて「生きているんだから究極に新鮮だろう」と言っているわけです。撃った猪が気絶していただけで生きていたという予想外の展開が、「新鮮さ」の概念を逆手に取った絶妙なオチになっています。
Q: この噺は江戸落語にもありますか?
A: いいえ、「池田の猪買い」は上方落語独自の演目です。大阪から池田への道中の詳細な地理描写は上方落語ならではの特徴で、江戸落語には同様の演目はありません。
Q: 桂枝雀の「池田の猪買い」が有名ですが、どこが見どころですか?
A: 枝雀師匠の演じる喜ィ公のキャラクター造形と、猟場面での臨場感あふれる演技が圧巻です。特に「メンかオンか」で優柔不断にうるさく言う場面や、猪が逃げ出す場面での動きの表現は、枝雀師匠ならではの身体を使った爆笑演技として知られています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂枝雀(二代目) – この噺の代名詞的存在。喜ィ公の間の抜けた性格と、猟場面での臨場感あふれる演技が圧巻。「トコトコ歩いて行くほど新しい」の台詞回しは枝雀の名演として語り継がれています。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。上方落語の復興に尽力し、この噺でも格調高い語り口で演じました。地理描写の正確さと、登場人物の性格描写の丁寧さが際立っています。
- 桂南光(三代目) – 「べかこ」の愛称で親しまれる名手。軽妙な語り口で、喜ィ公の愚かさと愛嬌を絶妙に表現しています。
- 桂ざこば(二代目) – 豪快な芸風で知られ、この噺でも六太夫の猟師らしい荒々しさと、喜ィ公へのいらだちを力強く演じます。
- 桂吉朝 – 枝雀の弟子。師匠の芸を受け継ぎながら、独自の解釈を加えた演出で評価されました。
関連する落語演目
同じく「北の旅噺」の上方落語

「道中もの」の古典落語



「間抜けな主人公」が活躍する落語


「食べ物」がテーマの上方落語

この噺の魅力と現代への示唆
「池田の猪買い」の最大の魅力は、その痛快なオチにあります。執拗に「新鮮な猪肉」を求める主人公に対して、最終的に「生きている猪」という究極の新鮮さで応えるという逆転の発想は、落語ならではの機知に富んだ表現です。
現代社会でも、私たちは「本物」「新鮮」「オーガニック」といった言葉に過剰にこだわることがあります。しかし、この噺は「新鮮さ」への執着を笑いに変えることで、本当に大切なものは何かを考えさせてくれます。猪が逃げてしまっては元も子もないように、形式や表面的な条件にこだわりすぎて本質を見失うことへの警鐘とも読み取れるでしょう。
また、喜ィ公の優柔不断で間の抜けた性格は、誰もが持っている弱点を大げさに描いたもので、観客は自分自身を重ねて笑うことができます。六太夫の「トコトコ歩いて行くほど新しい」という台詞には、怒りと諦めと皮肉が込められており、人間関係の妙を描いた名言として親しまれています。
上方落語特有の詳細な地理描写も見どころの一つです。大阪から池田までの道のりを具体的に語ることで、当時の大阪の街並みや交通事情が浮かび上がってきます。これは単なる装飾ではなく、主人公が苦労して遠くまで来たという状況を強調し、オチの可笑しさを際立たせる効果があります。
実際の高座では、演者によって喜ィ公のキャラクター造形や、猟場面での臨場感の出し方が異なり、それぞれの個性が光る噺です。特に桂枝雀師匠の身体を使った演技は圧巻で、映像で見ることをお勧めします。生の落語会や動画配信で、ぜひこの古典の傑作をお楽しみください。


