一文惜しみ
3行でわかるあらすじ
賭場の四文使いの初五郎が堅気になって八百屋をやりたいと資金集めで質屋の徳力屋万右衛門を訪ねるが、わずか一文の寄付に激怒して奉加帳を投げつけ、煙管で額を叩かれて負傷する。
大岡越前の裁きで五貫文を毎日一文ずつ約13年8ヶ月かけて返済することになり、徳力屋が名主・五人組と共に毎日奉行所へ届ける羽目になる。
結果的にケチな質屋が毎日の手間と費用で身代が半分になりそうになり、百両の示談金を払って解決する「一文惜しみの百両損」の教訓を描いた痛快な話。
10行でわかるあらすじとオチ
神田三河町で賭場の四文使いをしていた初五郎が、ヤクザな稼業から足を洗って堅気になり八百屋をやりたいと大家の太郎兵衛に相談する。
大家が奉加帳を作って資金集めをすることになり、初五郎が最初に神田三河町の徳力屋万右衛門という名代のしみったれの質屋を訪ねる。
番頭が三文と書き、主人の万右衛門が一文と書いたため、初五郎が「乞食じゃねぇんだ、一文ばかりならいらねぇや」と奉加帳を畳に叩きつける。
奉加帳が跳ね返って万右衛門の顔にぶつかり、万右衛門が煙管で初五郎の額をピシリと叩いて眉間から血がだらだらと流れ出る。
大家の勧めで奉行所に訴え出ると、三度目でようやく取り調べとなり、大岡越前が裁きを行う。
奉行は初五郎を叱りつつも商売の元手として五貫文を貸し与え、毎日一文ずつきっちりと返済する約束をさせる。
ただし徳力屋に預けて、徳力屋が名主・五人組と一緒に毎日奉行所へ届けることになり、約13年8ヶ月続く計算となる。
徳力屋は毎日大勢でお白洲に行って丸一日待たされる羽目になり、身代が半分なくなりそうになって親戚中が寄り合う。
最初は十両の示談を申し出るが、大家が交渉して最終的に百両の示談金で手打ちとなる。
「強欲は無欲に似たり、一文惜しみの百両損」というオチで、ケチな質屋が結果的に大損をする痛快な勧善懲悪の結末となる。
解説
「一文惜しみ」は別名「五貫裁き」とも呼ばれる古典落語の代表的な演目で、お白洲ものの典型的な作品である。この噺は講釈の「五貫裁き」から取られたとされ、特に六代目三遊亭圓生の独壇場として知られ、圓生以外にこの題名で演じる噺家はほとんどいないほど圓生の当たり芸であった。圓生は一時間以上の大ネタとしてこの演目を演じ、その詳細な人物描写と巧妙な展開で聴衆を魅了した。
物語の核となるのは大岡越前の巧妙な裁きである。表面上は初五郎の暴力行為を罰するように見えて、実際にはケチな質屋に対する痛烈な制裁となっている構造が見事である。五貫文を一文ずつ返済するということは、一文×5000枚で約13年8ヶ月という長期間を意味し、この間毎日徳力屋が名主・五人組と共に奉行所に通わなければならないという仕組みは、当時の身分制度と行政システムを巧みに利用した処罰方法であった。
この演目の最大の魅力は勧善懲悪の痛快さにある。強欲でケチな金持ちが、自分の小さな意地悪が原因で結果的に大損をするという展開は、庶民の溜飲を下げる効果があり、江戸時代の聴衆にとって非常に痛快な内容であった。「一文惜しみの百両損」という教訓は、目先の小さな利益にこだわることの愚かさを説いており、現代においても通用する普遍的なメッセージを含んでいる。また、大岡越前という実在の名奉行を登場させることで、物語に権威性と説得力を与えている点も特筆すべき要素である。
あらすじ
大家の太郎兵衛の所へ、神田三河町で賭場の四文使いという、勝負に負けた者の着物を質屋へ行って換金して、使い賃に四文貰っていた初五郎が、そんなヤクザな稼業から足を洗って堅気になって八百屋でもやって稼ぎたいと相談に来た。
元手でも貸してやりたいが、太郎兵衛にもまとまった金はない。
そこで奉加帳を作って初五郎に知り合いの金のありそうな所を回らせ資金集めをさせることにする。
そんな面倒なことは御免といやがる初五郎を説得し、初めに回るの家が肝心と送り出す。
初さんが最初に思いついたのが神田三河町の徳力屋万右衛門という質屋。
確かに金はあるが名代のしみったれ。
店へ入り奉加帳を見せると番頭が三文と書いた。「初筆に三文、ふざけやがって・・・」と、怒る初さんの声を聞きつけて主人(あるじ)の万右衛門が出てきた。
話を聞いて万右衛門が奉加帳に書いたのが”一文”。
帳面を見た初さん、「乞食じゃねぇんだ、一文ばかりならいらねぇや」と畳へ叩きつけたのが跳ね返って、万右衛門の顔へぶつかった。
万右衛門が、「何をするんだ!」と、そばの煙管(きせる)で初さんの額をピシリと叩くと眉間から血がだらだらと流れ出た。
泣きながら大家の家に駆けこんだ初さん、事の顛末を話すと大家は、「相手が徳力屋では掛け合っても膏薬(こうやく)代も出すまい。もう駆けっ込むよりしょうがあるめぇ」で、恐れながらと奉行所へ訴え出た。
やっと三度目の訴えで奉行所の取り調べることとなり、一同がお白洲に出る。
奉行の調べに初さんは、「・・・二朱や一分はあたぼうだ。たった一文ばかりだから、こんな物いらねぇと叩き返してやった」と正直だが、奉行は、「・・・一文といえども天下の通用金を叩き返すとは不埒千万・・・おのれの膏薬代をむさぼろうなどという野卑な了見により上(かみ)の手数をわずらわせるとは言語道断・・・」と、初五郎を厳しく叱り、徳力屋万右衛門は何のお咎(とが)めもなく無罪放免。
これじゃこの噺は面白くもなんともない。
むろん奉行は徳力屋の商売のこと、初五郎の改心のことなどをすっかり下調べしている。
奉行は初さんに商売の元手の五貫文を貸し与えると言い出した。
それを毎日、一文づつきっちりと返すという約束だ。
毎日奉行所へ届けに来るのは商売に差し障るので、近くの徳力屋に預け、徳力屋が毎日奉行所へ届けることにしたらどうかと、奉行は双方に問うた。
膏薬代ぐらいは払わされると腹をくくっていた徳力屋だから、自分の懐(ふところ)が痛まない話に文句があるはずもなく、初さんの方もむろんOKで、奉行の「これにて一件落着、一同の者立ちませい!」」となった。
翌朝から初さんの徳力屋通いが始まる。
一文渡して立派な受け取りを貰って来る。
その一文を徳力屋は奉行所へ届けるのだが、使いの者ではだめで、徳力屋、名主、五人組一同で行かないと受け取ってくれない。
それもお白洲で丸一日待たされるからたまらない。
やっと一文づつ返済のカラクリが分かってきた初さん、面白くてしょうがない。
だんだんと徳力屋へ行く時間が早くなってきた。
まだ夜中のうちから徳力屋へ向かう初さんは見廻りの役人に怪しまれ、一緒に徳力屋へ向かう。
店の戸をドンドンと叩くと、店の者がうるさがって、「だめだ、だめだ、明日の朝にしろ!」、初さん「お奉行所へ納めるんですから受け取ってくださいよ」、すると店の中から「奉行所なんぞ恐かねぇ、奉行も糸瓜(へちま)もあるか」で、踏み込んだ役人にこっぴどく油を絞られる羽目となった。
徳力屋もやっと五貫文を一文づつ毎日、名主・五人組連れ立って奉行所へ届けるという事の重大さに気づいた。
これでは徳力屋の身代が半分なくなってしまう。
親戚中が寄り合い、初五郎に十両やって示談で手打ちにしようとする。
初さんから相談を受けた大家の金兵衛は、番頭と直談判して示談金を吊り上げる。
ついには「千両でどうでしょう」と吹っ掛けた。
番頭は主人の万右衛門へこの話をすると、千両と聞いて目を回してしまった。
まあ、千両は法外、百両でやっと示談成立となった。
「強欲は無欲に似たり、一文惜しみの百両損というお噺でございます」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 四文使い – 賭場で勝負に負けた者の着物を質屋に持って行き、換金して手数料として四文を受け取る仕事。江戸時代の賭博の周辺で働く下っ端の職業で、ヤクザな稼業の一種とされていました。
- 奉加帳(ほうがちょう) – 寺社の修繕や困窮者の救済などのために寄付金を募る際に使う帳面。江戸時代には現在のクラウドファンディングのような役割を果たしていました。
- 五貫文(ごかんもん) – 一貫文は銭1000枚(1000文)で、五貫文は5000文。江戸時代の1文は現代の20〜30円程度とされるため、五貫文は約10万〜15万円相当です。
- お白洲(おしらす) – 奉行所の裁きが行われる場所。白い砂利が敷かれていたことからこの名がつきました。犯罪者や訴訟当事者はここで座らされて取り調べを受けました。
- 名主(なぬし) – 江戸時代の町村の長。徴税や治安維持などの行政事務を担当しました。五人組と共に連帯責任を負う制度でした。
- 五人組 – 江戸時代の相互監視・連帯責任制度。5軒程度の家が一組となり、犯罪の防止や年貢の納入などを相互に監視・保証しました。
- 煙管(きせる) – 刻み煙草を吸うための喫煙具。江戸時代の必需品で、金属製の雁首(火皿)と吸い口の間に竹の羅宇(らお)を挟んだ構造でした。
よくある質問(FAQ)
Q: この噺は実話ですか?大岡越前は実在の人物ですか?
A: 大岡忠相(越前守)は実在した江戸時代の名奉行です(1677-1751年)。ただし、この噺は講釈「五貫裁き」から取られた創作であり、史実ではありません。大岡裁きを題材にした落語は多数存在し、その機転と公平さが庶民に人気を博しました。
Q: 五貫文を一文ずつ返すと本当に13年8ヶ月かかるのですか?
A: はい、計算すると5000日になります。5000日÷365日≒13.7年で、約13年8ヶ月です。この長期間、毎日質屋が名主・五人組と共に奉行所に通う必要があるため、実質的な懲罰となっています。
Q: なぜ質屋は毎日奉行所に行かなければならなかったのですか?
A: 江戸時代の身分制度と連帯責任制度を巧みに利用した裁きです。金銭の受け渡しには証人が必要で、特に奉行所への納金には名主と五人組全員の立ち会いが求められました。これにより質屋は毎日仕事を休まざるを得ず、経済的損失が膨大になる仕組みです。
Q: この噺から学べる教訓は何ですか?
A: 「一文惜しみの百両損」という諺が示すように、目先の小さな利益にこだわることの愚かさを説いています。また、強欲で人情に欠ける態度は結果的に大きな損失を招くという勧善懲悪の教えも含まれています。
Q: 六代目三遊亭圓生以外でこの噺を演じる落語家はいますか?
A: 圓生が「一文惜しみ」の題名で独壇場を築いたため、他の落語家は「五貫裁き」の題名で演じることが多いです。現代でも圓生の録音が最も有名で、落語ファンの間では圓生の当たり芸として知られています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 六代目三遊亭圓生 – この噺の第一人者。「一文惜しみ」の題名で一時間以上の大ネタとして演じ、他の追随を許さない完成度を誇りました。人物描写と展開の巧みさで、この噺を自身の当たり芸として確立しました。
- 八代目桂文楽 – 「五貫裁き」の題名で演じた名手。緻密な構成と正確な語り口で知られる文楽の芸風が、この噺の裁判場面を引き立てました。
- 五代目古今亭志ん生 – 破天荒な芸風ながら、この噺では大岡越前の裁きの妙を軽妙に描きました。
関連する落語演目
同じく「大岡裁き」を題材にした古典落語
強欲・ケチを描いた古典落語
お白洲ものの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「一文惜しみの百両損」という教訓は、現代のビジネスや人間関係にも通じる普遍的なメッセージです。目先の小さな利益や意地にこだわることで、結果的に大きな損失を被るという構造は、現代でも頻繁に見られる現象ではないでしょうか。
また、大岡越前の裁きの妙は、表面的には公平に見えながら、実は弱者を救済し強者を懲らしめるという巧妙な仕組みになっています。法の条文だけでなく、その精神や実質的な正義を重視する姿勢は、現代の法治主義にも通じる理念です。
この噺は単なる勧善懲悪の痛快話ではなく、人間の強欲さと、それに対する知恵ある制裁を描いた深い作品として、今なお多くの人に愛されています。
実際の高座では、初五郎の粗暴さ、質屋万右衛門のケチぶり、大岡越前の威厳ある語り口など、演者によって様々な演出が楽しめます。特に六代目圓生の録音は必聴です。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。











