百本杭
3行でわかるあらすじ
スリの金蔵が鳥鍋屋で金を持った武士を見つけ、百本杭で仕事を仕掛けるが見破られて峰打ちを食わされる。
気絶から目覚めると傍らに腕が落ちており、自分の腕が斬られたと思ったが実は辻斬り被害者の腕だった。
岡引きの伝七に「その腕を持って番所に来い」と言われ、「手がいっぱい」「十手を持ってる」の言葉遊びオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
本所両国界隈でスリをしている金蔵が、仕事帰りに鳥鍋屋「ぼうず志ゃも」で一杯飲む。
客は人品卑しからぬ老体の武士と目つきの悪い浪人風の侍だけで、辻斬りが出るため客足が遠のいている。
かなり酔った老体の武士が勘定をして店を出ると、金蔵は随分と金を持っていることに気づく。
金蔵は「鳥鍋屋でいい鴨を見つけた」と洒落て、武士の後を追って百本杭まで来る。
武士に肩をぶつけてスリを仕掛けるが見破られ、刀を抜かれて峰打ちを食わされて気絶する。
気を失った金蔵が目覚めると傍らに腕が落ちており、自分の右腕が斬り落とされたと思い込む。
実際は峰打ちで肩を打たれただけで、落ちていた腕は辻斬りに殺された穀屋の若い者の腕だった。
金蔵は腕を持ち帰って女房のお光と利用法を相談していると、岡引きの伝七が現れる。
伝七は腕の豆だらけの指先と爪の間の糠を見て、穀屋の若い者の腕だと見破る。
伝七が「その腕を持って番所に来い」と言うと、金蔵は「手がいっぱい」、伝七は「十手を持ってる」のオチ。
解説
「百本杭」は江戸の本所両国界隈を舞台にした落語で、スリと岡引きの攻防を描いた作品です。百本杭とは隅田川の両国近辺にあった護岸用の杭場で、当時は人通りも多く辻斬りなどの事件が起こりやすい場所として知られていました。
この噺の最大の見どころは、最後の「手」を巡る言葉遊びのオチにあります。金蔵が「峰打ちで右腕がきかない」と言い訳すると、伝七が「俺は手がいっぱいだ」と応答し、金蔵が「手は二本でしょ」と文字通りに解釈したところで、伝七が「俺は十手を持ってる」と切り返す地口オチです。「手がいっぱい(忙しい)」という慣用句と「手(腕)」の物理的な意味、そして岡引きの捕り物道具である「十手」という三つの「手」の意味を重ねた巧妙な言葉遊びとなっています。
登場人物の描写も秀逸で、スリの金蔵は欲深く図々しい一方で間抜けな面もある典型的な江戸の悪党として、岡引きの伝七は経験豊富で機転の利く捕り手として対比的に描かれています。特に伝七が腕の豆だらけの指先と爪の間の糠を見ただけで穀屋の若い者の腕だと見破る場面は、岡引きの観察力と経験の深さを表現した名場面です。
また、この作品は江戸時代の社会情勢を反映した社会性も持っています。辻斬りの横行により鳥鍋屋の客足が遠のく様子や、スリと岡引きの日常的な攻防など、当時の治安状況と庶民の生活実態を垣間見ることができる貴重な文化的資料でもあります。
あらすじ
本所両国界隈を仕事場にしているスリの金蔵。
仕事帰りに鳥鍋で一杯やろうと「ぼうず志ゃも」の暖簾をくぐると、客は人品卑しからぬ老体の武士と、目つきの悪い辻斬りでもしそうな浪人風の侍だけで閑古鳥が鳴いている有様だ。
店の女将はこのところ百本杭あたりで辻斬りが出て、夜は開店休業のようだと嘆く。
金蔵が鍋をつついていると、かなり酔った老体の武士が勘定をして店を出て行く。
随分と金を持っているようだ。
金蔵は鳥鍋屋でいい鴨を見つけたと洒落ながら、もう一仕事、一稼ぎとよせばいいのに武士の後を追う。
百本杭あたりまで来たとき金蔵は武士を追い抜きざまに、肩にぶつかり仕事に取り掛かるが、スリと見破った武士はよけながらサ-ッと刀を抜き金蔵に峰打ちをくわす。
気を失った金蔵を尻目に、武士は鞍馬を謡いながら平然と立ち去って行った。
しばらくして息を吹き返した金蔵は右肩の激しい痛みに、右腕を切り落とされたと思い、これでスリ稼業もできなくなったと悔しがる。
そばには無残にも切り落とされた右腕が転がっている。
金蔵はそれを無念そうに手に取って気づく。
叩き切られたと思った右腕はある。
肩に峰打ちを食わされただけだったのだ。
欲の皮の突っ張った金蔵は肩の痛みも忘れて、この右腕の上手い使い道はないかと考え始める。
いい考えも浮かばず、女房のお光の知恵を借りようと腕を拾って長屋へ帰る。
お光とあれこれと腕の利用法について算段しているところに、相生町の岡引き(御用聞き)の伝七が、蝋燭(ろうそく)を2.3本貸してくれと入って来る。
伝七は金蔵のスリの現場を押さえようと、後を付け回しているのだ。
金蔵はこのとおり辻斬りに右腕を叩き切られてもう仕事はできないと拾ってきた腕を差し出す。
そんな子供だましは伝七には通じない。
伝七は腕を取り上げ、豆だらけの指先と爪の間に糠(ぬか)が詰まっているのを見せ、これは遊び人の手ではない、今夜辻斬りにやられた穀屋の若い者の右腕だと金蔵に詰め寄る。
金蔵も観念し、「もう指先の仕事から足を洗って、まともな仕事につきますからどうかご勘弁を」と泣き落としにかかる。
伝七 「番所で調べるからその腕を持ってついて来い」
金蔵 「峰打ちを食わされて右腕はききません、とてもその手は持てません。親分の方で持ってください」
伝七 「俺はとうから手はいっぱい持っているんだ」
金蔵 「そんなこたぁ ないでしょ。手は二本でしょ」
伝七 「俺の稼業は御用聞きだ。このとおり十手を持ってる」
落語用語解説
江戸落語(えどらくご)
江戸(東京)を中心に発展した落語のスタイル。江戸っ子の気質や言葉遣いが特徴で、テンポの良い会話と洒落た言葉遊びが魅力である。
言葉遊び(ことばあそび)
言葉の音や意味を利用した遊び。落語の重要な要素の一つで、同音異義語や掛け言葉を巧みに使って笑いを生み出す伝統的な技法である。
オチ(おち)
落語の結末部分。聴衆を笑わせたり驚かせたりする仕掛けで、地口オチ、考えオチ、仕込みオチなど様々な種類がある。
古典落語(こてんらくご)
江戸時代から伝わる伝統的な落語演目。長い歴史の中で洗練されてきた話芸として、現代でも多くの落語家によって演じ続けられている。
江戸時代(えどじだい)
1603年から1868年までの約260年間。落語が庶民の娯楽として発展した時代で、多くの古典落語がこの時代を舞台にしている。
庶民(しょみん)
一般の民衆。江戸時代の町人や農民など、武士階級ではない人々を指す。落語は庶民の生活や人情を描いた話芸として親しまれてきた。
人情噺(にんじょうばなし)
人間の情愛や優しさを描いた落語のジャンル。笑いだけでなく感動も与える演目として、古典落語の重要なカテゴリーの一つである。
よくある質問(FAQ)
この噺の見どころは何ですか?
この噺の見どころは、江戸時代の庶民生活を生き生きと描いた点にあります。登場人物たちの会話や行動から、当時の人々の暮らしぶりや価値観を知ることができます。
なぜこの噺は人気があるのですか?
この噺が人気なのは、時代を超えて共感できる人間ドラマが描かれているからです。笑いとともに人間の本質を突いた内容が、現代の観客にも響きます。
オチの意味は何ですか?
オチには言葉遊びや意外性が込められており、それまでの展開を一気に笑いに変える効果があります。江戸時代の言葉の豊かさと遊び心が表現されています。
この噺の社会風刺的な意味は何ですか?
この噺は江戸時代の社会や人間関係を風刺的に描いています。庶民の生活、身分制度、商売の知恵など、当時の社会状況を反映した内容となっています。
名演者による口演
五代目古今亭志ん生
志ん生の口演は、登場人物のキャラクターを生き生きと描き出すスタイルが特徴です。軽妙な語り口で聴衆を引き込み、笑いの中に人情味を織り込む技術が光ります。
八代目桂文楽
文楽の口演は細部まで計算された緻密な演出で知られています。一つ一つの場面を丁寧に描き、オチへの伏線を効果的に張る技術が高く評価されています。
十代目柳家小三治
小三治の口演は、登場人物の心情を深く掘り下げる演出が特徴です。単なる笑い話ではなく、人間ドラマとして立体的に表現する技術が評価されています。
三代目桂米朝
米朝の口演は、江戸時代の文化や風俗を豊かに描き出すことで知られます。当時の社会状況を詳細に説明し、聴衆に歴史的背景を伝える技術に長けています。
関連する落語演目
この噺の魅力と現代への示唆
この噺は江戸時代の庶民生活を生き生きと描いた古典落語の傑作です。登場人物たちの会話や行動から、当時の人々の暮らしぶりや価値観を知ることができます。現代でも通じる人間の本質や社会の仕組みが描かれており、時代を超えて楽しめる作品として評価されています。


