堀川
堀川(ほりかわ) は、朝起きの悪い職人・源さんを母親が知恵を絞って起こす騒動と、酒好きの道楽息子を対比させた上方落語の人情噺。「うちのせがれ見てみぃ、毎晩、虎んなりよるわ」という猿と虎の対比で落とすオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 堀川(ほりかわ) |
| ジャンル | 古典落語・人情噺 |
| 主人公 | 源さん(職人)・酒極道の息子 |
| 舞台 | 大阪の棟割長屋 |
| オチ | 「うちのせがれ見てみぃ、毎晩、虎んなりよるわ」 |
| 見どころ | 母親の知恵と愛情、猿回しの場面、猿と虎の対比 |
3行でわかるあらすじ
長屋に住む二つの家庭で、一方は酒好きの道楽息子、もう一方は極道者だが働く源さんがいる。
源さんの母親が朝起きない息子を起こすために心中騒ぎや火事の嘘をつき、最後は猿回しを頼んで起こしてもらう。
猿回しで「キッキッキ」と言って仕事に行く源さんを見て「猿になったみたい」と笑う母親に、父親が「うちの息子は毎晩虎になって帰ってくる」と答えるオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
もとは立派な商家だったが、酒好きの道楽息子が店を飲みつぶし、今では長屋で親子三人の侘び住まい。
向かいの家には極道者だが働き者の源さんと母親が住んでいて、源さんは朝起きが悪いのが悩みの種。
源さんの母親が「心中騒ぎがあった」と嘘をついて起こすと、源さんは飛び起きて出て行く。
翌朝は隣の佐助さんに頼んで「火事だ」と叫んでもらい、源さんは隣の松さんの家に乗り込んで大騒ぎする。
三日目の朝、猿回しの与兵衛さんが通りかかったので、源さんを起こしてもらうよう頼む。
与兵衛さんが源さんの寝ているそばで猿回しの芸を始め、「起きたり起きたり」と囃し立てる。
源さんが起き上がって「キッキッキ~、こぉらおもろいわ。毎朝こないして起こしてくれるか」と機嫌よく言う。
朝飯を食って仕事に出かけた源さんを見て、向かいの酒極道の母親が「猿になったような気持ちで出て行った」と笑う。
父親が「人の息子を笑うことはない。お猿さんになって仕事に行くなら結構じゃないか」と言う。
そして「うちのせがれ見てみい、毎晩、虎んなりよるわ」と酒で虎になって帰る息子と対比させるオチで終わる。
解説
「堀川」は長屋に住む二つの家庭の対比を通して、江戸時代の庶民の生活と親子関係を描いた上方落語の人情噺です。一方は酒に溺れて身を持ち崩した道楽息子、もう一方は性格は荒いが真面目に働く職人という対照的な設定が物語の骨格となっています。
この演目の見どころは、源さんの母親の知恵と工夫です。朝起きない息子を起こすために、心中騒ぎの嘘では「十六の時の話」とごまかし、火事の嘘では隣の松さんの家を大混乱に陥れてしまいます。これらの失敗を経て、最終的に猿回しという芸能を利用して息子を機嫌よく起こすという解決策に辿り着く過程が巧妙に描かれています。
猿回しの場面は特に印象的で、与兵衛さんが「日天さんがお照らしじゃ」「近所の俥屋も関東煮屋も皆々銭を儲けに行ってる」と囃し立てる歌詞は、当時の長屋の朝の風景と職人たちの生活を生き生きと表現しています。この猿回しの囃し歌は、上方落語独特のリズム感と音楽性を示す好例であり、演者の歌唱力が試される見せ場でもあります。
最大の見どころは最後のオチです。猿回しで起こされた源さんが「キッキッキ」と猿の真似をして仕事に行く様子を「猿になったみたい」と笑う場面から、「うちの息子は毎晩虎になって帰ってくる」という対比への展開は見事な落としです。酒に酔って虎のように荒々しくなる息子と、猿の芸で機嫌よく働きに出る息子という対比は、同じ動物でも全く違う意味合いを持たせた秀逸な言葉遊びとなっています。「虎になる」は酔っ払いの慣用表現として広く知られており、観客が即座に理解できる仕掛けになっています。
また、この噺には上方落語特有の「地口オチ」と「考えオチ」の二重構造があります。「猿と虎」の動物の対比が表面的な面白さを生みつつ、その背景にある「働く喜び」と「酒に溺れる悲哀」という人情の対比が深い余韻を残す構成は、上方の人情噺の真骨頂といえるでしょう。
成り立ちと歴史
「堀川」は上方落語の古典的な演目で、江戸時代後期から明治にかけて成立したとされています。タイトルの「堀川」は大阪市内を南北に流れる堀川に由来し、堀川沿いには職人や商人が多く住む棟割長屋が立ち並んでいたことから、庶民の生活を描く噺の舞台として選ばれました。
この噺の原型は、上方の噺家たちによって口伝えで伝承されてきたもので、猿回しという大道芸を噺に取り入れた点が独創的です。猿回しは平安時代から続く日本の伝統芸能で、特に正月や祭りの際に長屋を回って芸を見せる猿回し師は、江戸時代の庶民にとって身近な存在でした。この身近な芸能を噺の核心に据えたことで、当時の観客に強い親近感を持たせることに成功しています。
三代目桂米朝が上方落語の復興に尽力する中で、この「堀川」を丁寧に掘り起こし、現代の高座でも演じられる形に整えたことが、この演目が今日まで伝わる大きな要因となっています。米朝以降、桂枝雀や桂ざこばといった個性派の噺家たちがそれぞれの解釈を加え、演じ継いできました。
あらすじ
もとは立派な商家だったが、酒好きの道楽息子が店の身上を飲みつぶし、今では九尺二間の棟割長屋で、親子三人侘び住まいだ。
毎夜、大虎になって帰って来る息子だが、そこは甘い母親、二度と家に入れるなと怒る父親をいつも「まぁまぁ」となだめるので息子の道楽は止まらない。
一方、向いの家の職人の源さんは「飲む、打つ、買う」は一切やらずで、品行方正、親孝行息子と思いきや、喧嘩好き、火事好きの極道者で年老いたお母はんと二人暮らしだ。
今日も、屋台のうどん屋の湯で足を洗い、布巾で拭かせ、うどんも食わずに唄いながら帰って来た。
疲れてうたた寝しているお母はんの頭を蹴って、「文句があるなら立って勝負に来い」なんて言いようだ。
それから晩飯の給仕をさせ、「肩揉め、腰撫で、足さすれ・・・」と、二十四孝の連中が見たら、真っ青になる光景だ。
すぐに高いびきで寝入ってしまった源さんだが朝起きが悪い。
無理やり起こすと、「うるさい、くそ婆あ」とパンチが飛んでくるので、一計を案じたお母はん、表を眺めながら、「まぁまぁ、人がたんと走りますが何ぞございましたんで?
はぁ、坐摩(ざま)さんの前で心中が、男が二十で女ごが十九」と、源さんに聞こえるように独り言だ。
「心中」の声が耳に入った源さんは飛び起きて出て行った。
お母はんが朝飯の支度を終えた頃、源さんは戻って来た。
心中騒ぎなんかなかったと怒る源さんに、「あれは、わしが十六の時の話や」と、とぼけて一件落着、源さんは朝飯を食って仕事に出かけた。
次の朝も源さんは起きて来ない。
お母はん、昨日の手は使えないと隣の佐助さんの所へ行き、「火事だ」と騒いでくれと頼む。
一度、頼まれて源さんを起してこっぴどい目に会っているが、気の毒なお母はんのためと、佐助さんは「火事だ、火事だ」と叫ぶ。
案の定、源さんは飛び起き、お母はんの胸倉を捕まえ、「火事はどこじゃ」、お母はんが思わず、「隣り裏だ」で、脱兎のごとく隣り裏の大工の松さんの家に乗り込んだ源さん、爺さんを遠くへ避難させるやら、大工道具を運び出すやらの大奮闘だ。
朝飯時のてんてこ舞いの忙しい時に踏み込まれた松さん、何が何やら分からず茫然としている。
源さんもやっとお母はんの仕業と分かり、散々引っ掻き回した松さんの家のことなど放ったらかして仕事へ行ってしまった。
さて、翌朝は一休みと、お母はんは源さんを起さず、井戸端で洗い物をしていると、猿回しの与兵衛さんが通りかかった。
今日も、「牛に引かれて善光寺参り」ならぬ、猿に引かれて稼ぎに行くと言う。
せがれはまだ寝ていると言うと、与兵衛さんが猿回しで起してやると家に行き、源さんの寝ているそばで唄で囃しながら猿回しを始めた。「♪起きたり、起きたり ・・・・♪日天さんがお照らしじゃ・・・・♪時間何時や知らぬんか・・・・♪近所の俥屋(くるまや)も、関東煮(かんとだき)、コンニャク屋も、飴売り、豊年屋も、皆々銭を儲けに行ってるのに、ふんぞり返って寝てるとわ ・・・♪金銭儲けるのが手柄じゃ、稼がんせ、職人の朝寝はコロリとやめ、コロリとやめ、源さん ・・・・」
あまりのおかしさに起き上がった源さんは、「キッキッキ~、こぉらおもろいわ。毎朝こないして起こしてくれるか」とすっかりご機嫌。
朝飯を食って仕事に出掛けた。
この様子を見ていた向かいの酒極道のお母はん、「アッハッハ、お爺さん見ましたか、向かいのせがれ、猿回しのえて公に起されて「キッキ~」やなんて、猿になったような気持ちで出て行きよった。
おもしろい、おもしろい」
父親 「これっ、人さんの息子はん笑うことありゃせん。
お猿さんになって仕事行きゃぁ結構じゃないかい。うちのせがれ見てみぃ、毎晩、虎んなりよるわ」
さらに詳しく知りたい方へ
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 九尺二間(くしゃくにけん) – 長屋の最小単位の間取り。間口九尺(約2.7m)、奥行二間(約3.6m)の狭い住居で、貧しい庶民の住まいでした。
- 棟割長屋(むねわりながや) – 一つの棟を複数の住戸に分割した集合住宅。江戸時代の庶民の典型的な住居形態でした。
- 極道者(ごくどうもん) – 道を外れた者、荒くれ者のこと。ここでは喧嘩好きで乱暴だが働き者の源さんを指します。
- 二十四孝(にじゅうしこう) – 中国の故事にある親孝行の模範とされる24人の人物。ここでは皮肉を込めて使われています。
- 坐摩さん(ざまさん) – 大阪にある坐摩神社のこと。地元では「ざまさん」「いかすりさん」と呼ばれていました。
- 関東煮(かんとだき) – 関西風のおでんのこと。屋台で提供される庶民的な料理でした。
- 猿回し(さるまわし) – 猿に芸を仕込んで見せる大道芸。江戸時代から庶民の娯楽として親しまれていました。
よくある質問(FAQ)
Q: 「堀川」というタイトルの由来は何ですか?
A: 大阪の堀川という地名が舞台となっています。堀川は江戸時代から職人や商人が多く住む下町として知られていました。
Q: 源さんはなぜ朝起きられないのですか?
A: 職人として日中は激しく働き、夜は疲れ果てて深い眠りに落ちるため、翌朝起きられないという設定です。江戸時代の職人の生活を反映しています。
Q: 「虎になる」とはどういう意味ですか?
A: 酒に酔って乱暴になることを「虎になる」と表現します。「酔っ払いは虎になる」という慣用句から来ています。
Q: この噺は江戸落語ですか?上方落語ですか?
A: 「堀川」は上方(大阪)落語の演目です。大阪の地名や関西弁の会話から上方の噺であることがわかります。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、現在も上方落語の定席や落語会で定期的に演じられています。親子関係や職人の生活を描いた古典的な名作として人気があります。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。この噺でも上方落語の温かみと人情味を丁寧に表現し、源さんの母親の愛情深さを見事に演じました。
- 桂枝雀(二代目) – エネルギッシュな語り口で、源さんの暴れっぷりと猿回しの場面を臨場感たっぷりに演じました。
- 桂文枝(六代目) – 現代的な解釈を加えながらも、古典の良さを残した演出で若い世代にも人気です。
- 桂ざこば – 豪快な語り口で知られ、この噺でも登場人物の個性を活かした演技を見せます。
長屋を舞台にした古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「堀川」は、対照的な二つの家庭を通じて、親子関係の多様性を描いた作品です。酒に溺れる息子を甘やかす親と、乱暴だが働き者の息子を愛情深く起こす母親という対比が、現代にも通じる親子の姿を浮き彫りにしています。
特に印象的なのは、源さんの母親の知恵と愛情です。暴力的な息子に対して真っ向から対抗するのではなく、心中騒ぎや火事といった嘘、そして最終的には猿回しという娯楽を使って息子を機嫌よく起こすという工夫は、厳しい時代を生き抜く母親の知恵を感じさせます。
「猿になって仕事に行く」と「虎になって帰ってくる」の対比は、単なる言葉遊びを超えて、働くことの喜びと酒に溺れる悲しさを鮮やかに対比させた名オチです。現代社会でも、アルコール依存症や生活習慣の乱れは深刻な問題となっていますが、この噺は江戸時代から変わらない人間の姿を描いています。
実際の高座では、演者によって源さんの乱暴さの表現や、猿回しの場面の演出が異なり、それぞれの個性が光る噺でもあります。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でこの温かい人情噺をお楽しみください。





