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【古典落語】本能寺 あらすじ・オチ・解説 | 芝居中にイナゴ大量発生、青田客パニック劇場、本能寺の変がイナゴの変に

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話芸の殿堂-古典落語-本能寺
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本能寺

3行でわかるあらすじ

芝居小屋で本能寺の変を演じている最中に、客席のお婆さんの袋からイナゴが逃げ出して舞台中に広がる。
役者たちはイナゴを追い払いながら大立ち回りを演じる羽目になり、芝居が台無しになってしまう。
「なんでこんなにイナゴが出てくるねん」「おおかた前の客が青田やからやろ」という青田(無料客)とイナゴの言葉遊びのオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

芝居小屋で歴史劇「三日太平記」が上演され、本能寺の変の場面が演じられている。
織田信長(小田春長)が明智光秀(武智光秀)と対峙し、まさにクライマックスの大立ち回りが始まる。
光秀が「時は今 天がした知る五月かな」と手裏剣を投げ、軍勢が押し寄せる緊迫した場面だった。
ところが客席最前列にいた田舎のお婆さんが孫へのみやげにイナゴを袋に入れて持参していた。
芝居に夢中になって袋の口がゆるみ、生きたイナゴが這い出してきてしまう。
イナゴが舞台中にピョンピョンと飛び跳ねて役者の顔や体に飛びつく。
役者たちはイナゴを追い払いながらの大立ち回りを演じることになり、芝居どころではなくなる。
「ちょっと待て、舞台じゅうイナゴだらけやがな。なんでこんなにイナゴが出てきたんやろ」と困惑する役者。
「おおかた、前のお客が青田らしいわい」というオチ。
青田は芝居用語で無料客を指すが、文字通り青い田んぼ(イナゴがいる場所)との言葉遊びになっている。

解説

「本能寺」は桂米朝(3代目)が1981年に復活させた古典落語で、江戸時代から明治時代にかけて親しまれていた芝居咄の傑作である。一度は廃れた演目だったが、米朝師匠の努力により現代に蘇った貴重な作品として知られている。

この落語の最大の特徴は、芝居のパロディではなく芝居そのものを本格的に演じる点にある。実際の歌舞伎「三日太平記」(近松半二作)をモデルとして、本能寺の変という日本史上最も有名な事件の一つを落語の舞台で再現する。落語家には相当な演技力と歴史知識が要求される高度な演目である。

見どころは「青田」という芝居用語を使った巧妙な言葉遊びのオチにある。「青田」は無料で芝居を見る客を指す業界用語だが、文字通りの意味では「青い田んぼ」であり、イナゴが生息する場所でもある。この二重の意味を効かせることで、思わぬハプニングを見事に落語的笑いに昇華させている。

演目の構成も秀逸で、前半の緊迫した歴史劇と後半のドタバタ喜劇という落差が笑いを倍増させる効果を生んでいる。

あらすじ

ごく古風な芝居咄です。
芝居小屋に無料入場する客のことを青田といいます。
青い田んぼは銭にならん、黄色く実らないとお金にならないからです。

舞台は本能寺、小田春長(織田信長)が奥書院の間で森蘭丸や家来たちと、北国や中国の毛利勢のことなどを話している。

そこへ武智光秀(明智光秀)が願の儀があって春長に目通りしたいとやって来る。
奥へ通された光秀、中国討手の人数に加えて欲しいと願い出るが、春長に罵倒される。

光秀は春長に「猛きばかりが武夫(もののふ)ならず」など諌めるが、春長は激怒して、蘭丸に命じ光秀を打つ。

光秀 「いかほどお願い申しても」

春長 「くどいことだ」

光秀 「ぜひに及ばぬ・・・時は今 天がした知る五月かな」と、手裏剣を「忠孝」と書かれた額へ投げる。
これを合図に光秀の軍勢が押し寄せ大立ち回り。
まさに光秀謀反、本能寺の変のクライマックスだ。

するとぎょうさんのイナゴが舞台へピョンピョンと上がって来た。
客席の一番前で見ていた、田舎から出てきたお婆さん、孫へのみやげで捕ったイナゴを紙袋に入れて持っていたのが、芝居に夢中になり紙袋の口がゆるんでイナゴが這い出してきたのだ。

役者は顔や体に飛びつくイナゴを追い払い、つかみ捨ての大立ち回りだ。

役者1 「ちょっと待て、ちょっと待て、舞台じゅうイナゴだらけやがな。なんでこんなにイナゴが出てきたんやろ」

役者2 「おおかた、前のお客が青田らしいわい」


落語用語解説

本能寺の変(ほんのうじのへん)

天正10年(1582)6月2日に明智光秀が主君織田信長を京都本能寺で討った事件。日本史上最も有名な謀反の一つ。この噺では歌舞伎「三日太平記」としてそのクライマックス場面が演じられる。

三日太平記(みっかたいへいき)

近松半二作の歌舞伎演目で、本能寺の変を題材にした歴史劇。この噺では芝居小屋で上演中の場面が舞台となり、本格的な歴史劇の一場面が落語の中で再現される。

青田(あおた)

芝居用語で無料客を指す業界用語。文字通りの意味では青い田んぼ(イナゴが生息する場所)を指す。この噺のオチでは両方の意味が掛け合わされた巧妙な言葉遊びとなっている。

時は今(ときはいま)

「時は今 天がした知る五月かな」という明智光秀の有名な発句。連歌会で詠まれたとされ、謀反の意志を暗示した句として知られる。歌舞伎ではクライマックスの名台詞として使われる。

芝居咄(しばいばなし)

歌舞伎や芝居を題材にした落語のジャンル。この噺は芝居咄の代表作で、実際の歌舞伎の場面を本格的に演じる高度な演目として知られる。

桂米朝復活演目(かつらべいちょうふっかつえんもく)

三代目桂米朝が1981年に復活させた古典落語。一度廃れた演目を現代に蘇らせた貴重な作品として評価されている。

言葉遊びオチ(ことばあそびおち)

同音異義語や掛け言葉を利用したオチの手法。この噺では「青田」という業界用語と文字通りの意味を掛け合わせた言葉遊びでオチとなる。

よくある質問(FAQ)

なぜイナゴが舞台に出てきたのですか?

客席最前列にいた田舎のお婆さんが孫へのみやげにイナゴを袋に入れて持参していました。芝居に夢中になって袋の口がゆるみ、生きたイナゴが這い出してしまったのです。

オチの「青田」の意味は何ですか?

「青田」は芝居用語で無料客を指す業界用語ですが、文字通りの意味では青い田んぼ(イナゴが生息する場所)も指します。この二重の意味を掛け合わせた言葉遊びがオチとなっています。

なぜ桂米朝が復活させたのですか?

「本能寺」は江戸時代から明治時代にかけて親しまれていましたが、一度廃れてしまいました。三代目桂米朝が1981年に復活させ、現代に蘇らせた貴重な作品として評価されています。

この噺の見どころは何ですか?

前半の緊迫した歴史劇と後半のドタバタ喜劇という落差が最大の見どころです。本能寺の変というシリアスな場面にイナゴが登場するという意外性が笑いを倍増させています。

名演者による口演

三代目桂米朝

米朝の「本能寺」は、歌舞伎「三日太平記」を本格的に演じる技量が特徴です。織田信長と明智光秀の対決場面を緊迫感たっぷりに描き、イナゴの登場で一気に笑いに転じる演出が見事です。

五代目桂米団治

米団治は師匠米朝から受け継いだ「本能寺」を、独自の演出で演じることで知られます。歴史劇の部分を丁寧に描き、イナゴとの戦いという滑稽な展開への転換が巧みです。

四代目桂春団治

春団治の「本能寺」は、芝居咄としての完成度が高いことで評価されています。本能寺の変の場面を詳細に演じ、オチの「青田」の言葉遊びを明確に表現しています。

桂雀三郎

雀三郎の「本能寺」は、米朝一門の伝統を継承しつつ、現代の観客にも分かりやすい演出が特徴です。イナゴとの戦いを視覚的に描き、笑いを最大限に引き出しています。

関連する落語演目

  • 芝浜 – 夫婦の絆を描いた人情噺
  • 粗忽長屋 – 勘違いから生まれる滑稽な展開
  • 転失気 – 言葉遊びのオチが共通
  • 寿限無 – 言葉遊びの要素が共通する名作
  • 初天神 – 庶民の生活を描いた噺

この噺の魅力と現代への示唆

「本能寺」は歌舞伎と落語の融合という独特の魅力を持つ芝居咄の傑作です。本能寺の変という日本史上最も有名な事件を題材に、緊迫した歴史劇とドタバタ喜劇の落差が笑いを生み出しています。三代目桂米朝が1981年に復活させた貴重な演目であり、芝居咄の伝統を現代に伝える重要な作品として評価されています。


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