引越しの夢
3行でわかるあらすじ
大店に美人女中がやってきて番頭たちが夜這いを企むも、奥さんが梯子を外して中二階への侵入を阻止する。
番頭たちが吊戸棚にぶら下がって中二階に上ろうとするが縄が切れて、二人で戸棚を担ぐ羽目になってしまう。
奥さんに見つかって「何の夢を見ていた」と聞かれ、「引越しの夢を見ていた」と苦しい言い訳をして落とされる。
10行でわかるあらすじとオチ
小僧の定吉が美人女中を店に連れてきて、番頭たちが女中に夜這いを仕掛けようと企む。
奥さんは危険を察知して女中を中二階に寝かせ、梯子を外して侵入を阻止する。
店の男たちは早く寝かされるが狸寝入りで機会を窺い、久七が夜中に台所に向かう。
梯子がないため久七は吊戸棚にぶら下がって中二階に上ろうとするが、縄が切れて戸棚を担ぐ羽目になる。
醤油の瓶が割れて醤油まみれになりながらも戸棚を手放せない状況に陥る。
番頭も同様に吊戸棚にぶら下がって縄が切れ、二人で仲良く戸棚を担ぐことになる。
台所の物音を聞きつけた奥さんがやってきて、二人は慌てていびきをかき始める。
奥さんが「何をしてんだよ、戸棚なんか担いで」と呆れて問い詰める。
番頭が「今、夢を見ておりました」と言い訳し、「何の夢か」と聞かれる。
「引越しの夢を見ておりました」と答えて、戸棚を担いでいる状況を引越しに見立てて落とす。
解説
「引越しの夢」は江戸時代の大店を舞台にした滑稽噺で、男性の欲望とその失敗を描いた代表的な色恋噺です。この噺の見どころは、夜這いという不道徳な行為が物理的な災難に転じる因果応報の構造と、最後の苦し紛れの言い訳にあります。
オチの「引越しの夢」は「仕立てオチ」の典型で、戸棚を担いでいる状況を引越しの荷物運びに見立てた見事な言葉遊びです。番頭たちの情けない姿と、それに対する苦しい言い訳が聞き手の笑いを誘います。
この噺は江戸時代の大店の内情も描いており、奥さんの賢明さと男性陣の愚かしさの対比も効果的です。また、吊戸棚という当時の台所設備を使った物理的なコメディは、落語特有の庶民的な笑いを提供しています。現代でも通じる男性の浅はかさを描いた、時代を超えて楽しめる作品です。
あらすじ
大店の小僧の定吉が葭町の桂庵の千束屋(ちづかや)から、美人の女中さんを店に連れてきた。
店の奥さんは番頭を筆頭に男どもがよからぬことを仕掛けるので、なるべく不器量な女を連れて来るように言っておいたのだが、定吉は小遣いをやるからいい女を連れ来いという番頭の誘いに乗ったのだ。
女中を見ようと店の男連中はざわざわと落ち着かず、仕事もそっちのけだ。
女中が奥へ通る前に番頭は自分の前へ座らせ、自分の言う通りにすれば、帳面は筆の先でドガチャガさせて得なことばかりだからとごちゃごちゃと喋り始める。
そして夜中には寝ぼけて人の部屋に入り込む癖があるが、声を出さないでくれと夜這いを納得させようと一生懸命だ。
定吉の声で前を見るともう女中は居ず、小僧の彦どんが風呂敷を被って一部始終を聞いてしまって笑っている。
奥さんは女中が器量良しなので危ぶんで、奥の用事をするようにさせ、台所の中二階の部屋で寝るように言いつける。
これを聞いていた定吉はまた小遣いをせしめようと番頭に御注進だ。
このマル秘情報に喜んだ番頭は早速、店を早仕舞いにして、店の者にすぐに寝るように言いつける。
まだ明るい内から無理やり寝かされた店の男どもだが、美人の女中が中二階の部屋で寝ることはもうちゃんとご存じだ。
狸寝入りの作りいびきであたりを偵察して、忍び込むチャンスを窺(うかが)うが、そのうちに夜になって疲れて本当に寝入ってしまう。
寝相の悪い小僧から蹴られて目を醒ましたのが二番番頭の久七だ。
中途半端な時間に起こされてしまってぼやいていたが、念願の計画達成のチャンスが到来したと気づき、そろりそろりと台所へ。
まっ暗の中を中二階への梯子を手探りするがない。
奥さんが女中の身を案じてはずしてしまったのだ。
幸いに天井から吊戸棚が吊ってある。
久七はここにぶら下がって中二階によじ上ろうとするが、途端に吊ってある縄がぷつんと切れて戸棚を担ぐ羽目となった。
中の醤油の瓶から流れ出した醤油が首筋から背中へ伝わって、できものに滲みてヒリヒリと痛いが手を離すことが出来ない状態に陥った。
そこへ二番目に起きた番頭がやって来て考えることは同じ、反対側から吊戸棚にぶら下がり縄が切れてアウト。
二人で暗闇の中を仲良く戸棚を担ぐ有様だ。
そこへ台所の物音を聞きつけた奥さんがやって来た。
灯りで照らされた二人はグゥグゥといびきをかき始めた。
奥さん 「何をしてんだよ、二人で吊戸棚なんか担いでいびきなんぞかいたりして」
番頭 「今、夢を見ておりました」
奥さん 「何の夢を見ていたんだい」
番頭 「引越しの夢を見ておりました」
落語用語解説
大店(おおだな)
江戸時代の大規模商店のこと。多くの従業員を抱え、番頭、手代、小僧などの階層的な組織を持つ商家。この噺では大店の内部構造が描かれており、番頭が最も地位の高い従業員で、小僧が最も下の立場という江戸時代の商家の人間関係が反映されている。住み込みで働く従業員が多く、店の奥や中二階などが生活空間として使われていた。
中二階(ちゅうにかい)
天井が低く作られた二階のこと。江戸時代の町家では、幕府の規制により二階建ての高さが制限されていたため、中途半端な高さの二階が作られた。主に物置や使用人の居室として使われ、この噺では女中が寝る部屋として設定されている。梯子で上り下りする構造で、プライバシーを保つのに適していた。
夜這い(よばい)
夜中に密かに異性の寝室に忍び込む行為。江戸時代には一部地域で風習として残っていたが、都市部では不道徳な行為とされた。この噺では大店の番頭たちが新しく来た美人女中に夜這いを仕掛けようとするが、奥さんに阻止されて失敗する。色恋噺の定番テーマとして多くの落語で扱われている。
吊戸棚(つりとだな)
天井から縄や鎖で吊り下げられた戸棚。江戸時代の台所でよく使われた収納家具で、食器や調味料などを入れておく。床に置かないため衛生的で、ネズミなどの被害を防ぐ効果もあった。この噺では番頭たちが吊戸棚にぶら下がって中二階に上ろうとするが、縄が切れて戸棚を担ぐ羽目になるという滑稽な展開の道具として使われている。
狸寝入り(たぬきねいり)
寝たふりをすること。狸が死んだふりをして敵をやり過ごすという言い伝えから来た表現。この噺では店の男たちが早く寝かされるが、実は美人女中が中二階に寝ていることを知っており、狸寝入りで機会を窺っている。作りいびきをかいてあたりを偵察するという描写が面白い。
仕立てオチ(したておち)
ある状況や物事を別のものに見立ててオチをつける落語の技法。この噺の「引越しの夢」は典型的な仕立てオチで、戸棚を担いでいる状況を引越しの荷物運びに見立てた言葉遊び。物理的な状況と言葉の意味を巧みに結びつけることで、笑いを生み出している。
番頭(ばんとう)
大店における最高位の従業員。店主に代わって店の経営を取り仕切る立場で、手代や小僧を監督する。この噺では番頭が女中に夜這いを仕掛けようとする主犯格として描かれており、地位の高さと行動の愚かしさのギャップが笑いを生んでいる。江戸時代の商家では番頭は信頼される重要な存在だったが、この噺では人間的な弱さが描かれている。
よくある質問(FAQ)
なぜ奥さんは梯子を外したのですか?
奥さんは番頭を筆頭に男たちが美人女中に夜這いを仕掛けることを予測していたため、中二階への梯子を外して侵入を阻止しました。最初から「不器量な女を連れて来るように」と小僧に言っておいたのも、男たちのよからぬ行動を防ぐためです。しかし定吉が番頭の小遣いに釣られて美人女中を連れてきてしまったため、奥さんは女中を奥の用事に使い、中二階に寝かせて梯子を外すという対策を講じました。江戸時代の大店における女将の賢明さと管理能力が描かれています。
なぜ番頭たちは吊戸棚にぶら下がったのですか?
中二階に上るための梯子が外されていたため、番頭たちは吊戸棚にぶら下がってそこから中二階によじ上ろうとしました。天井から吊り下げられた戸棚にぶら下がれば、中二階の高さに近づけると考えたのです。しかし戸棚を吊っていた縄が古くなっていたか、重さに耐えられずに切れてしまい、久七も番頭も二人とも戸棚を担ぐ羽目になってしまいます。欲望に駆られた愚かな行動の結果として、滑稽な状況に陥る展開が笑いを誘います。
なぜ戸棚を手放せなくなったのですか?
縄が切れた瞬間、戸棚を手放すと大きな音がして奥さんに気づかれてしまうからです。静かに戸棚を下ろすこともできない状況で、二人は仕方なく戸棚を担いだまま固まってしまいます。さらに久七は中の醤油の瓶が割れて醤油まみれになり、「できものに滲みてヒリヒリと痛い」状態でしたが、それでも音を立てないために戸棚を持ち続けなければなりませんでした。この進退窮まった状況が、この噺の最大の見せ場となっています。
「引越しの夢」というオチの意味は?
奥さんに「何の夢を見ていた」と問い詰められた番頭が、戸棚を担いでいる状況を「引越しの荷物運び」に見立てて苦し紛れに答えた言い訳です。「夢の中で引越しをしていて、荷物(戸棚)を運んでいた」という設定にすることで、現実の滑稽な状況を説明しようとしています。これは「仕立てオチ」と呼ばれる落語の技法で、物理的な状況と言葉の意味を巧みに結びつけた見事な言葉遊びです。しかし誰が見ても苦しい言い訳であり、その必死さが笑いを生んでいます。
名演者による口演
五代目古今亭志ん生
志ん生の「引越しの夢」は、番頭たちの欲望と失敗を軽妙に描き出すスタイルが特徴です。特に吊戸棚にぶら下がって縄が切れる場面では、音や動作の描写が生き生きとしており、観客を物語の世界に引き込みます。オチの「引越しの夢」も、志ん生独特の間合いで笑いを引き出しています。
八代目桂文楽
文楽の口演は細部まで緻密に計算されており、「引越しの夢」でも番頭が女中を説得しようとする場面や、狸寝入りの描写など、一つ一つの動作が丁寧に表現されています。吊戸棚の縄が切れる瞬間の緊張感と、その後の滑稽な展開のコントラストが見事です。
十代目柳家小三治
小三治の「引越しの夢」は、登場人物それぞれの心情を深く描き出す演出が特徴です。番頭たちの欲望、奥さんの賢明さ、女中の立場など、それぞれの視点を丁寧に描くことで、物語に深みを与えています。オチの「引越しの夢」も、単なる言い訳ではなく、追い詰められた人間の必死さとして表現されています。
三代目桂米朝
米朝の口演は、江戸時代の大店の雰囲気を豊かに描き出すことで知られます。「引越しの夢」でも、番頭と小僧の関係性や、店の内部構造の描写が詳細で、観客は当時の商家の生活を追体験できます。吊戸棚の扱いや醤油まみれになる場面も、リアリティを持って演じられています。
関連する落語演目
- 寝床 – 大店の主人と番頭たちの関係を描いた滑稽噺
- 粗忽長屋 – 勘違いから生まれる滑稽な展開が共通
- 時そば – 計画と実行の落差が笑いを生む構造が類似
- 転失気 – 苦しい言い訳のオチが秀逸な噺
- 青菜 – 大店の奥さんと従業員の関係を描く
この噺の魅力と現代への示唆
「引越しの夢」の最大の魅力は、男性の欲望とその失敗を描いた因果応報の構造にあります。番頭たちは地位の高さを利用して女中に夜這いを仕掛けようとしますが、奥さんの賢明な対策によって阻止され、さらに吊戸棚の縄が切れるという物理的な災難に見舞われます。計画は完全に失敗し、最後には戸棚を担いで醤油まみれという情けない姿を晒すことになります。
この噺は江戸時代の大店の内情も巧みに描いています。番頭、手代、小僧という階層構造、住み込みで働く従業員の生活、そして中二階という当時の建築様式など、細かな描写が物語にリアリティを与えています。特に奥さんの存在は重要で、店を取り仕切る女将としての賢さと、男たちの愚かさを見抜く洞察力が際立っています。
吊戸棚という道具立ても効果的です。当時の台所に実際にあった収納家具を使った物理的なコメディは、落語特有の庶民的な笑いを提供しています。縄が切れて戸棚を担ぐという視覚的な滑稽さと、醤油まみれになるという感覚的な不快感が重なり、観客は番頭たちの苦境を想像して笑うことができます。
最後のオチ「引越しの夢」は、仕立てオチの典型的な例です。戸棚を担いでいる状況を引越しの荷物運びに見立てた苦し紛れの言い訳は、誰が見ても無理があり、その必死さが笑いを誘います。夢という逃げ道を使いながらも、現実の状況を説明せざるを得ない番頭の追い詰められた心情が、オチの面白さを支えています。
現代社会においても、この噺は多くの示唆を与えてくれます。まず、権力の濫用の危険性です。番頭たちは自分の地位を利用して女中に不適切な行動を取ろうとしますが、これは現代のハラスメント問題にも通じます。地位や立場を利用した不正な行為は、最終的には自分自身を窮地に追い込むことになります。
また、計画と実行の落差も重要なテーマです。番頭たちは緻密に計画を立てたつもりでしたが、奥さんの対策や吊戸棚の縄が切れるという予期せぬ事態によって、すべてが台無しになってしまいます。どんなに計画を練っても、予測できない要因によって失敗することがあるという教訓は、現代のビジネスや人生にも当てはまります。
奥さんの賢明さも見逃せません。危険を察知して事前に対策を講じる能力は、現代のリスク管理にも通じるものがあります。また、最後に番頭たちを問い詰める場面では、怒りではなく呆れた口調で対応しており、相手を完全に制圧する冷静さが描かれています。
「引越しの夢」は、人間の欲望と愚かさを笑いに変えた傑作です。色恋噺としての面白さだけでなく、江戸時代の商家の生活や人間関係を描いた社会風俗的な価値もあります。因果応報の構造、物理的なコメディ、そして仕立てオチという多層的な笑いが織り重なった、時代を超えて楽しめる名作として、今も多くの落語家によって演じ続けられています。


