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【古典落語】初夢・宝来 あらすじ・オチ・解説 | 破れた蚊帳とかんたんの枕の言葉遊び

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話芸の殿堂-古典落語-初夢・宝来
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初夢・宝来

3行でわかるあらすじ

芝居好きの商家の旦那が初夢で役者になる夢を見たくて、番頭の勧めで南天の葉や宝船の絵を枕の下に敷いて寝る。
七福神が役者になって出て来る芝居の夢を見、つる平、亀平が宝来という宝物を取り合う展開が繰り広げられる。
旦那が聞かれた宝来の正体は「破れた蚊帳」で、「吊る(つる)と蚊め(かめ)が舞い込んだ」という言葉遊びのオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

芝居好きの商家の旦那が、初夢で舞台で役者になった夢を見る工夫はないかと番頭に相談する。
番頭はかんたんの枝(邯鄲の枝)の元になった南天の葉を枕の下に敷いて寝ることを勧める。
旦那が南天の葉で寝てみると、一晩中赤飯の夢を見てしまい、次は宝船の絵を枕の下に敷くことを勧められる。
宝船の絵をごっそり布団の下に敷いて寝ると、「高島屋」と叫んで目が覚める。
旦那は七福神が役者になって出て来る夢を見たと番頭に報告する。
夢の中では、つる平、亀平が宝来という宝物を取り合い、海に落としてしまう。
舞台に宝船が押し出され、弁天が大磯の虎、恵比寿と大黒が曾我十郎五郎などの役で出て来る。
旦那は寿老人が頼朝で自分の役だったが、いつものように芝居を見物している気になって「高島屋」と叫んで起きてしまう。
番頭が宝来の正体を尋ねると、旦那は「破れた蚊帳」と答え、「吊る(つる)と蚊め(かめ)が舞い込んだ」という言葉遊びのオチで終わる。

解説

「初夢・宝来」は芝居好きの商家の旦那と番頭のやりとりを描いた店噺で、最後に秀逸な言葉遊びのオチで結ばれる古典落語の作品である。この演目の最大の特徴は、中国の古典「邯鄲の枝」や日本の伝統的な初夢信仰、そして江戸時代の芝居文化を組み合わせた文化的な幅の広さにある。

物語の中で登場する「邯鄲の枕」は、中国の古典「邯鄲の夢」に由来する有名な故事で、人生のはかなさを象徴する説話である。この枕で寝ると美しい夢を見ることができるという伝説があり、日本の文学や演劇にも幅広く影響を与えた。番頭がこの故事を引き合いに出して南天の葉を勧めるのは、民間信仰と古典教養を組み合わせた機知である。

また、宝船の絵を枕の下に敷くというアイデアは、江戸時代の初夢信仰と直接的に関連している。宝船の絵を枕の下に敷いて寝ると縁起の良い初夢を見ることができるという信仰は、現代にも残る日本の伝統的な風習である。このような文化的背景を背景にして、物語は現実と夢の境界を曖昧にしながら展開していく。

この演目の最大の見どころは、最後のオチにある「吊る(つる)と蚊め(かめ)が舞い込んだ」という言葉遊びである。「つる平」と「亀平」という登場人物の名前、「宝来」という宝物の名前、そして「破れた蚊帳」という答えのすべてが、「つる(鶴・吊る)」と「かめ(亀・蚊)」という同音異義語を用いた精巧な言葉遊びで結びついている。これは古典落語特有の地口オチの優れた例であり、話の全体を通じて張られた伏線が、最後に鮮やかに光る構成となっている。

あらすじ

芝居好きの商家の旦那、初夢に舞台で役者となった夢を見る工夫はないかと番頭に相談する。

番頭 「昔、秦の始皇帝が不老不死の薬を求めて、沢山の宝物を船に積んで徐福を東方へ使いにやりました。その中に邯鄲(かんたん)の枕があって、なんでも二千年経った南天の幹で作ったものだそうで、この枕をして寝るといい夢を見られるといいます」

旦那 「そりゃあ、いい事を聞いたが、そんな枕なんぞ手に入りやしないよ」

番頭 「どうでしょう。邯鄲の枕の元になった南天の葉を枕の下にして寝たら・・・」、なるほどと旦那は番頭の勧めに従ったが、翌朝、

番頭 「おやようございます。どうです芝居の夢を見ましたか?」

旦那 「どうですもこうですもないよ。
お前さんはとんだことを教えてくれた。南天の葉を枕の下に敷いて寝たら、一晩中、赤飯の夢を見たよ」

番頭 「それでは、昨晩店の者がいい初夢を見るために枕の下に敷いた宝船の絵を集めて、全部枕の下に敷いて寝たらどうでしょう」

旦那 「そんな使い古しの宝船の絵では効き目があるとも思えないが、まあ試しにやってみるか」、と宝船の絵をごっそり枕から布団の下に敷いて寝てしまった。
しばらくすると、”高島屋”と、叫んだとたんに目が覚めた。
番頭を呼んで、

旦那 「七福神が役者になって出て来る夢を見たよ」

番頭 「へえ、そりゃあよかったですね。どんな夢で?」

旦那 「まず幕が開くと、鶴平、亀平というやつが、宝来という宝物を取り合って舞い込んできて立ち回りだ。
取り合っているうちに宝物は海に落ちてしまった。
すると舞台に宝船が押し出されて来る。
そこには今、海に落ちた宝物がちゃんと飾ってあって、まず弁天様が出て来て、これが大磯の虎だ。恵比寿と大黒が曾我十郎五郎、福禄寿が工藤、毘沙門が梶原、布袋が愛甲、寿老人が頼朝でおれの役だったんだが、いつものように芝居を見物している気になって思わず、”高島屋”と叫んで起きてしまった」

番頭 「それは惜しいことをなさいました。
でもおめでたい夢でけっこうでした。そしてその宝物の宝来とはどんなものでしたんで?」

旦那 「破れた蚊帳(かや)だ」

番頭 「なんですか、それは?」

旦那 「吊(鶴)ると蚊(亀)めが舞い込んだ」

さらに詳しく知りたい方へ

落語用語解説

初夢(はつゆめ)
新年に初めて見る夢のこと。江戸時代から縁起物として重視され、一富士二鷹三茄子などの吉夢を見ることが良いとされました。宝船の絵を枕の下に敷いて寝る風習は、良い初夢を見るための民間信仰として広く行われていました。

邯鄲の枕(かんたんのまくら)
中国の古典「邯鄲の夢」に登場する伝説の枕。唐の盧生という青年がこの枕で寝て、一生の栄華を夢に見たが、目覚めると炊いていた粟がまだ炊けていなかったという故事。人生のはかなさを象徴する説話として有名です。

南天(なんてん)
常緑低木の植物で、「難を転じる」という語呂合わせから縁起物とされます。この噺では、番頭が「邯鄲の枕は二千年経った南天の幹で作られた」と説明し、南天の葉を枕の下に敷くことを勧めますが、「南天(なんてん)」と「赤飯」の語呂合わせで笑いを生みます。

宝船(たからぶね)
七福神が乗る船。初夢に見ると縁起が良いとされ、宝船の絵を枕の下に敷いて寝る風習がありました。この噺では店の者たちが使った宝船の絵をまとめて旦那が使うという設定で、庶民の初夢信仰が描かれています。

七福神(しちふくじん)
日本の福をもたらす七柱の神々。恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の七神です。この噺では七福神が歌舞伎の役者として登場する夢が描かれ、それぞれが有名な演目の役を演じます。

高島屋(たかしまや)
歌舞伎役者の屋号の一つ。観客が役者を応援する際に屋号を叫ぶ「大向こう」という風習があり、旦那が夢の中で役者として出演しながらも、つい観客気分で「高島屋」と叫んでしまう場面が描かれています。

破れた蚊帳(やぶれたかや)
蚊を防ぐために吊るす網状の布が破れたもの。この噺の最大のオチで、「宝来」の正体が「破れた蚊帳」であり、「吊る(つる=鶴)と蚊め(かめ=亀)が舞い込んだ」という言葉遊びが使われています。鶴と亀という縁起物と、破れた蚊帳という実用品の対比が秀逸です。

よくある質問(FAQ)

Q: なぜ南天の葉で赤飯の夢を見たのですか?
A: 「南天(なんてん)」の音が「赤飯」を連想させるという語呂合わせです。南天の実は赤い色をしており、赤飯と視覚的にも関連があります。番頭の機転を利かせた提案が裏目に出るという笑いの構造になっています。

Q: 七福神が歌舞伎の役者になる夢とはどういう意味ですか?
A: 旦那が芝居好きであるため、初夢で役者になりたいという願望と、宝船の絵を枕に敷いたことで七福神が登場するという二つの要素が組み合わさった夢です。弁天が大磯の虎、恵比寿と大黒が曽我兄弟など、七福神がそれぞれ有名な演目の役を演じる設定になっています。

Q: なぜ旦那は「高島屋」と叫んで起きてしまったのですか?
A: 夢の中で寿老人(頼朝)の役を演じるはずだった旦那ですが、芝居好きの習慣で観客気分になってしまい、役者を応援する「大向こう」として「高島屋」という屋号を叫んでしまったからです。役者になる夢を見ていたのに、つい観客の立場に戻ってしまうという皮肉な展開です。

Q: 「吊ると蚊めが舞い込んだ」とはどういう意味ですか?
A: この噺の秀逸な言葉遊びのオチです。「吊る」は「鶴(つる)」と「蚊帳を吊る」の掛詞、「蚊め」は「亀(かめ)」と「蚊」の掛詞になっています。つまり、「鶴平と亀平が宝来を取り合った」という夢の内容と、「破れた蚊帳を吊ると蚊が入ってくる」という現実が、同音異義語で結びついているのです。

名演者による口演

五代目 古今亭志ん生
言葉遊びを得意とした志ん生は、この噺の「吊ると蚊めが舞い込んだ」というオチを絶妙な間で演じました。旦那の芝居好きの性格を生き生きと表現し、夢の中で役者になったのについ観客になってしまう滑稽さを巧みに描きました。

三代目 桂米朝
上方落語の人間国宝として、邯鄲の枕の故事や初夢信仰の背景を丁寧に説明しながら演じました。七福神が歌舞伎の役者になる夢の場面では、それぞれの神様と演目の関係を分かりやすく解説し、教養と笑いを両立させました。

六代目 三遊亭圓生
格調高い語り口で、古典の教養を感じさせる演出が特徴でした。番頭の機知と旦那の芝居好きの対比を見事に表現し、最後の言葉遊びのオチへの持っていき方が自然で説得力がありました。

柳家小三治
間の取り方が絶妙で、特に旦那が夢の内容を語る場面のテンポが印象的です。「高島屋」と叫んで目覚める瞬間の表現が見事で、夢と現実の境界を巧みに演じ分けました。

関連する落語演目

粗忽長屋
勘違いと言葉遊びから生まれる笑いという点で共通しています。「初夢・宝来」では同音異義語を使った地口オチが、「粗忽長屋」では人物の取り違えという勘違いが笑いを生みます。

時そば
庶民の知恵と言葉の使い方を描いた噺です。「初夢・宝来」の番頭が南天の葉を勧める機転と、「時そば」で時刻を利用する知恵は、どちらも庶民の生活の知恵を示しています。

芝浜
夢と現実を扱った人情噺として関連があります。「初夢・宝来」では軽妙な夢の話が展開され、「芝浜」では夢が人生を変える重いテーマが描かれています。どちらも夢の持つ意味を探る作品です。

橋場の雪
夢を題材にした噺として共通点があります。「初夢・宝来」では初夢で役者になる夢、「橋場の雪」では艶やかな夢が描かれ、どちらも夢と現実の境界を巧みに描いています。

蒟蒻問答
勘違いと偶然から生まれる笑いという構造が似ています。「初夢・宝来」では言葉遊びが、「蒟蒻問答」では身振り手振りの勘違いが笑いを生む点で共通しています。

この噺の魅力と現代への示唆

「初夢・宝来」の最大の魅力は、古典教養、民間信仰、芝居文化、そして言葉遊びを見事に融合させた構成の巧みさにあります。邯鄲の枕という中国の故事、宝船の絵という日本の初夢信仰、七福神という神話、歌舞伎という演劇文化が一つの物語に織り込まれ、最後は「吊ると蚊めが舞い込んだ」という言葉遊びで結ばれます。

現代社会においても、この噺のテーマは示唆的です。良い夢を見るために様々な工夫をする旦那の姿は、現代の「引き寄せの法則」や「ポジティブ思考」といった自己啓発的な発想に通じます。願望実現のために縁起物を使うという行動は、古今東西に共通する人間の心理です。

番頭の機転も興味深いポイントです。邯鄲の枕という高級品を手に入れられない旦那に、南天の葉という身近な代用品を提案する知恵は、現代の「ライフハック」や「代替案思考」に通じます。ただし、南天で赤飯の夢を見てしまうという失敗は、安易な代用品では本来の効果が得られないという教訓も含んでいます。

旦那が夢の中で役者として出演しながら、つい観客気分で「高島屋」と叫んでしまう場面は、人間の習慣や癖の強さを示しています。普段の行動パターンは夢の中でも変わらないという心理は、現代の行動科学でも研究されているテーマです。自分を変えることの難しさを、笑いを交えて表現しています。

最後の言葉遊びのオチは、古典落語の言語芸術の粋を示しています。「つる(鶴・吊る)」と「かめ(亀・蚊)」という同音異義語を使い、縁起物である鶴亀と、実用品である破れた蚊帳を結びつける技法は、日本語の豊かさと言葉遊びの面白さを示す好例です。

また、宝来という宝物の正体が「破れた蚊帳」という落差も重要です。縁起の良い初夢を見ようとした結果、実は日常的な不便(破れた蚊帳)を示唆していたという皮肉は、期待と現実のギャップを象徴しています。現代でも、理想と現実の乖離は多くの人が経験する問題です。

「初夢・宝来」は、古典教養、民間信仰、芸能文化、そして言葉遊びの技術を一つの物語に凝縮した、古典落語の傑作と言えるでしょう。笑いの中に文化的な深みと言語芸術の美しさを織り込んだ名作です。

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