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【古典落語】鼻ねじ あらすじ・オチ・解説 | 隣人トラブル復讐劇

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話芸の殿堂-古典落語-鼻ねじ
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鼻ねじ

3行でわかるあらすじ

隣の学者が桜の枝を勝手に折ったので、主人が定吉に抗議の使いを頼む。
学者は狂歌で反論し、主人は番頭と相談して花見の宴会で仕返しを企む。
覗き見した学者の鼻を釘抜きで捻り「塀越しに隣の庭へ出た鼻は捻じよが手折ろが こちら任せじゃ」でオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

丹波屋の主人が庭の桜を眺めていると、隣の学者が勝手に枝を折っているのを発見する。
主人は使用人の定吉に、学者への抗議の使いを命じる。
主人は定吉に格式高い抗議の口上を教えるが、定吉は覚えられない。
定吉は間違いだらけの口上で学者の元へ行き、「悋気様の事ゆえ、値引きにしても差し上げます」などと言う。
学者は「塀を越えて出た枝を折っただけ」と反論し、狂歌を書いて持たせる。
狂歌の内容は「塀越しに隣りの庭へ出た花は 捻(ね)じよが手折(たお)ろがこちら任せじゃ」。
主人は怒って番頭に仕返しを相談し、番頭は花見の宴会を企画する。
当日は芸者を呼んで大騒ぎし、学者は塀の節穴から芸者の踊りを覗き見する。
学者が塀の上に顔を出したところを番頭が釘抜きで鼻を捻る。
オチ:「塀越しに隣の庭へ出た鼻は 捻じよが手折ろが こちら任せじゃ」という返歌で仕返し完了。

解説

「鼻ねじ」は隣人トラブルをテーマにした古典落語で、典型的な「仕込みオチ」の構造を持つ演目です。学者が詠んだ狂歌「塀越しに隣りの庭へ出た花は 捻(ね)じよが手折(たお)ろがこちら任せじゃ」が、後半でそのまま復讐の台詞として使われる巧妙な構成になっています。

この噺の見どころは、まず定吉の口上の間違いぶりです。主人が教えた格式高い抗議文「隣家様の事ゆえ、根引きにでもして差し上げます」「日頃から書に眼を曝して、子曰く(しのたわまく)の一つも心得てござる先生」などが、定吉の口では「悋気様の事ゆえ、値引きにしても差し上げます」「日頃から障子に海鼠(なまこ)を曝して」という具合に滅茶苦茶になり、聞き手の笑いを誘います。

最大の特徴は「花」と「鼻」の言葉遊びにあります。学者の狂歌では桜の「花」を詠んでいたものが、復讐の場面では学者の「鼻」に置き換えられ、文字通り釘抜きで鼻を捻るという物理的なオチになります。これは古典落語特有の地口オチの技法で、言葉の音の類似性を利用した秀逸な落としです。

また、復讐の手段として花見の宴会を利用し、学者の覗き見という人間の欲望を逆手に取った番頭の知恵も見どころの一つです。隣人同士の些細な揉め事が最終的に痛快な復讐劇へと発展する構成は、江戸時代の町人社会の人間関係をユーモラスに描いた作品として楽しめます。

あらすじ

丹波屋の主人が庭の見頃の桜を眺めていると、隣の学者の家の塀沿いの花がバラバラと落ちて来た。
よく見ると学者が枝を折っているのだ。
主人は定吉を呼ぶ。
主人 「定吉、定吉、・・・・」

定吉 「何ですか?」

主人 「呼んだらすぐ来なさい。百辺も呼んだんだぞ」

定吉 「嘘つきは泥棒の始まりです」

主人 「何だ主人に向かって泥棒とは」

定吉 「百辺呼んだなんて嘘です。六辺です、ちゃんと数えてました」

主人 「人の揚げ足ばかり取るんじゃない。お隣にお使いに行きなさい」

定吉 「朝から晩までお使い、お使いって。雑巾ならとうにボロボロになってますよ」

主人 「使いに行くから使用人だ。今、口上を教えるから隣に行って談判して来なさい」

定吉 「隣ってどっちの隣ですか?」

主人 「学者の家へ行ってこう言いなさい。”今日も結構な、お天気でござります。
主人が縁先で桜を眺めておりますと、急に花が落ちて参りました。
見ると先生が私どもの桜の枝を無断で手折っておられます。
もし御入用なれば隣家様の事ゆえ、根引きにでもして差し上げます。
日頃から書に眼を曝して、子曰く(しのたわまわく)の一つも心得てござる先生に似合わざる儀かと心得ます。
言語同断、落花狼藉の所業というものです。その御返答を承って帰ります”と、言って来なさい」

定吉 「誰がそれを言うんですか?」

主人 「お前に決まってるだろ」

定吉 「そんな長い口上なんかとても覚えられません」

主人 「情けない奴っちゃ。私が口移しで教えてあげるから」

定吉 「それだけはご勘弁を。お嬢様に代わってください」、まあ、いくら教えても口上をちゃんと覚えるような定吉ではないし、覚える気もなく混ぜっ返してばかりいる。
ほどほどに切り上げて、定吉は学者との談判の全権大使として隣家へ乗り込んだ。

定吉 「お頼み申します」

学者 「どーれ、・・・何だ隣の小僧か。何か用か」

定吉 「今日は結構なお天気でござります。・・・先生が私どもの桜の枝を無断で手折っておられます・・・悋気様の事ゆえ、値引きにしても差し上げます。・・・日頃から障子に海鼠(なまこ)を曝して・・・言語道断、らっぱ蠟石(ろうせき)の将棋というものです。御返答を承って帰ります」

学者 「何を訳の分らんことをごちゃごちゃと言っておる。
わしの家の庭先へ塀を越えて無断で侵入した無遠慮な枝を折ったまでのこと。
塀は国境、領土侵犯の自衛策を取ったまでのことよ。帰ってハイスベリの逆蛍にそう言え」

定吉 「ハイスベリの逆蛍って何ですか?」

学者 「頭がつるつるで蠅も滑って、尻でなく頭が光っているからだ。・・・どうせ帰っても先程わしが言ったことなど覚えてはしまい。今紙に書いてやるからそれを持ってハイスベリに渡せ」、学者先生がスラスラと書いた紙を持って定吉は店に戻った。

主人 「おお、ご苦労だった。返答はどうだった?謝っていたか?」

定吉「これをハイスベリに渡せって預かって来ました」

主人 「なになに、”塀越しに隣りの庭へ出た花は 捻(ね)じよが手折(たお)ろがこちら任せじゃ”」で、怒り心頭に発し、主人の逆蛍頭は昼間というのに爛々と輝きを増した。

主人は知恵者の番頭を呼んで学者に仕返しする方法を考えてくれと頼む。
一計を案じた番頭、すぐに親類縁者、長屋の連中、出入りの職人にお花見開催の手紙を出す。

さて当日は昼間から大勢が飲めや歌えの大騒ぎ。
芸者連も加わっての裸踊り、もう花見なんかはどうでもいい大盛り上がり。

隣の学者先生、あまりのうるささに読書どころではない。
塀の節穴から覗くと芸者たちが肌もあらわに踊っている。
よだれが出そうになって食い入るように見ていると、節穴がパッと塞がれた。

学者先生 見たい見たいで塀へよじ登って塀の上から顔を出すと、待ち構えていた番頭が大きな釘抜きで、学者先生の鼻をグイッと捻じった。

学者 「痛っ、痛い!何をするか!」

番頭 「何も糞もあるかい。これがこないだの返歌じゃ。”塀越しに隣の庭へ出た鼻は 捻じよが手折ろが こちら任せじゃ”」

さらに詳しく知りたい方へ

落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 狂歌(きょうか) – 五七五七七の和歌形式を使った風刺や滑稽の歌。江戸時代に庶民の間で流行し、学者や文人の教養を示すものでもありました。この噺では学者が自分の正当性を主張する手段として使っています。
  • 根引き(ねびき) – 植物を根ごと引き抜くこと。贈答用に桜の木を丸ごと差し上げるという意味で、主人が学者への皮肉として使った言葉です。定吉は「値引き」と間違えます。
  • 子曰く(しのたまわく) – 「孔子がおっしゃるには」という意味。儒教の経典『論語』の冒頭の言葉で、学者の教養を表す常套句です。定吉は全く違う言葉に変えてしまいます。
  • 言語同断(ごんごどうだん) – 言葉では表現できないほどひどい、許しがたいこと。主人が怒りを表現する言葉ですが、定吉は「言語道断」とほぼ正しく言えています。
  • 落花狼藉(らっかろうぜき) – 「落花」と「乱暴狼藉」を組み合わせた造語。桜の花を散らす乱暴な行為という意味の言葉遊びです。定吉は「らっぱ蠟石の将棋」と意味不明に変えます。
  • ハイスベリの逆蛍 – 学者が主人をからかった造語。頭が禿げてつるつるで蠅も滑り、尻ではなく頭が光っている(蛍の逆)という意味の悪口です。
  • 釘抜き(くぎぬき) – 釘を抜くための工具。二股に分かれた形状で、この噺では学者の鼻を挟んで捻るための道具として使われます。

よくある質問(FAQ)

Q: なぜ学者は桜の枝を折ったのですか?
A: 塀を越えて学者の庭に伸びてきた桜の枝を、学者は「領土侵犯」として自衛策だと主張しています。法的には塀を越えた枝は切ることができますが、隣人への配慮を欠いた行動として問題になりました。江戸時代の隣人トラブルの典型例です。

Q: 定吉の間違った口上の面白さはどこにありますか?
A: 主人が教えた格式高い言葉を、定吉が全く別の言葉に変えてしまう点が面白さです。「隣家様」→「悋気様」、「根引き」→「値引き」、「書に眼を曝して」→「障子に海鼠を曝して」など、音は似ているが意味が全く違う言葉に置き換わり、滑稽さを生んでいます。

Q: オチの「花」と「鼻」の言葉遊びについて教えてください
A: 学者の狂歌「塀越しに隣りの庭へ出た花は 捻じよが手折ろがこちら任せじゃ」の「花」を「鼻」に置き換えた返歌がオチです。学者が塀を越えて顔を出した時、その鼻を釘抜きで捻ることで、文字通り狂歌を実行したという地口オチです。

Q: この噺は江戸落語ですか?上方落語ですか?
A: 「鼻ねじ」は江戸落語の演目です。江戸の町人社会における隣人トラブルと、仕込みオチという江戸落語特有の技法を用いた作品です。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん朝(三代目) – 定吉の間違いぶりを軽妙に演じ、学者との対比を明確に表現する名演で知られます。狂歌を詠む場面での格調高さと、鼻を捻る場面の痛快さの対比が見事です。
  • 柳家小三治 – 定吉のとぼけた性格を丁寧に描き、主人との掛け合いに時間をかける演出が特徴です。学者の尊大さと番頭の知恵の対比を細やかに表現します。
  • 春風亭一朝 – テンポの良い語り口で、定吉の滑稽さを強調した演出が人気です。花見の宴会場面を賑やかに描き、オチの爽快感が際立ちます。
  • 柳家喬太郎 – 現代的な感覚を加えながらも、言葉遊びの面白さを前面に出した演出です。定吉の間違いを一つ一つ丁寧に笑いに変えていく技術が光ります。

関連する落語演目

同じく「隣人トラブル」を描いた古典落語

「言葉遊び・地口オチ」が秀逸な古典落語

江戸落語の他の名作

この噺の魅力と現代への示唆

「鼻ねじ」の最大の魅力は、隣人トラブルという普遍的なテーマを扱いながら、言葉遊びと仕込みオチという落語の技法を巧みに組み合わせた点にあります。現代のマンション住民トラブルや境界線問題と本質的に変わらない構造を持っています。

学者の「塀を越えて出た枝を折っただけ」という主張は、法的には正しい可能性があります。現代の民法でも、隣地から越境してきた枝は切除を請求できます。しかし、法的な正しさと道義的な正しさは別物です。事前の相談もなく勝手に切ったことが問題なのです。現代の隣人関係でも、「法的には問題ない」という態度がトラブルを深刻化させる例は少なくありません。

定吉の口上の間違いは、コミュニケーションの難しさを表現しています。主人が伝えたい格式高いメッセージが、伝言者を通すことで全く別の意味に変わってしまう様子は、現代の組織内コミュニケーションでも起こる「伝言ゲーム」の失敗そのものです。重要な交渉は本人が直接行うべきという教訓を、この噺は示しています。

番頭の仕返しの知恵も見どころです。直接対決ではなく、花見という楽しい場を設定し、学者の覗き見という欲望を利用して罠にかける計画性は、「敵の弱点を突く」という戦略の基本を示しています。現代のビジネスや交渉でも、相手の心理を読んで対策を立てる重要性は変わりません。

「花」と「鼻」の言葉遊びは、単なるダジャレではなく、学者の狂歌を逆手に取った痛快な仕返しです。相手の言葉をそのまま使って反撃する手法は、ディベートや交渉の技術としても有効です。「あなたの言った通りにしただけです」という論法の威力を、この噺は教えてくれます。

また、この噺は江戸時代の文化的素養の差も描いています。狂歌を詠める学者と、口上も覚えられない定吉という対比は、教育格差の問題でもあります。しかし最終的には、文化的素養よりも実行力のある番頭の知恵が勝つという構造は、学問だけでは世の中渡れないという教訓を示しています。

実際の高座では、定吉の間違いを一つ一つ丁寧に演じる技術、学者の尊大な態度、番頭の冷静な知恵者ぶり、そして鼻を捻る瞬間の痛快さなど、演者の表現力が試される場面が多数あります。ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。

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