鼻利き源兵衛
3行でわかるあらすじ
八百屋の源兵衛が偽の嗅覚能力で白木屋から布を発見し、200両の報酬を獲得する。
京都では偶然にも色紙泥棒を発見して近衛公から褒美をもらい、吉野山に鼻利御殿を建ててもらう。
最後は「そないに鼻(花)が見たけりゃ吉野へござれ」という洒落でオチをつける痛快な出世物語。
10行でわかるあらすじとオチ
下谷長者町の八百屋源兵衛が商売をやめて古道具屋を始めるが、売るものは何もない。
向かいの白木屋で武士の錦の布が鑑定できずに困っていたところ、風で布が店蔵と奥蔵の間の折れ釘に引っかかるのを源兵衛だけが目撃する。
源兵衛は「先祖伝来の秘法で何でも嗅ぎ出せる」と嘘をついて白木屋に乗り込み、偶然知っていた布の在り処を「嗅ぎ当てた」として200両の報酬を得る。
次に白木屋から京都の近衛公の色紙紛失事件の解決を依頼され、源兵衛は京見物を兼ねて京都へ向かう。
金閣寺や銀閣寺、祇園、島原と遊び回った後、御所内を嗅ぎ回らせてもらうため「左近尉近江屋三河屋松坂屋守鼻利源兵衛」に任官される。
御所内の大木の根元で休んでいると、空洞から色紙泥棒が飛び出してきて、源兵衛の鼻で見つけられたと勘違いして色紙を差し出す。
近衛公は大喜びで源兵衛に褒美を尋ね、源兵衛は「お金と美女百人と吉野山に結構な家を」と要求する。
すぐに吉野山に立派な鼻利御殿が建ち、この話が洛中洛外の大評判となる。
「源兵衛様の鼻が見たい」という人に対して「そないに鼻(花)が見たけりゃ吉野へござれ」とオチをつける。
偶然が重なって大成功を収めた源兵衛の痛快な一代サクセスストーリー。
解説
「鼻利き源兵衛」は偶然を重ねて大成功を収める痛快な出世物語として構成された古典落語である。この演目の最大の特徴は、主人公の源兵衛が実際には何の特殊能力も持たないにも関わらず、偶然と機転だけで次々と難事件を解決してしまうという、現実離れした展開にある。八百屋から古道具屋への転身、白木屋での布発見、京都での色紙事件解決、そして最終的な鼻利御殿の建立まで、全て偶然が重なった結果である。
この噺は典型的な「与太郎噺」の要素を含んでおり、主人公の図々しさと機転の良さが際立って描かれている。特に白木屋での「先祖伝来の秘法で十里四方まで嗅ぎ出せる」という大胆な嘘や、京都での「左近尉近江屋三河屋松坂屋守鼻利源兵衛」という長大な官位名など、誇張された表現が笑いを誘う構成となっている。
最後のオチ「そないに鼻(花)が見たけりゃ吉野へござれ」は、「鼻」と「花」の語呂合わせによる地口オチで、吉野山の桜の名所としての名声と源兵衛の「鼻利き」という設定を巧妙に結びつけた秀逸な落としとなっている。これは古典落語特有の言葉遊びの技法を活用したもので、聞き手に「なるほど」という納得感を与える効果的なオチである。
あらすじ
狂歌に「貧乏をしても下谷の長者町 上野の鐘の唸るのを聞く」と歌われた下谷長者町に棒手振りの八百屋の源兵衛という変わり者が住んでいた。
ある時、商売の帰りに八百屋が嫌になり、世帯を始末し、日本橋白木屋の向かいに空き店を借りて古道具屋から買って来た、近江屋、三河屋、松坂屋の暖簾を掛けて店開きをしたが、売るものなどはなにもない。
ある日、向かいの白木屋に立派な武士が訪れた。
先祖代々から伝わる錦の布を鑑定してもらいたいという。
店の目利きの者が総出でその布を調べたがどういう物か分からない。
番頭 「ただ今の所ではちょっと分かり兼ねますが、とにかく三日の間、御猶予を願いとう存じます。とくと取り調べましてご返答いたします」
白木屋では布は預かったものの分かりようもなく、この布を軒先へぶら下げて、「この布の名、由来等を教えてくださった方には、御礼として金百両差し上げます」、という札を下げた。
そのうちに風が吹いてきてこの布を巻き上げ、店蔵と奥蔵の間に落ちて折れ釘に引っ掛かってしまった。
これを見ていたのは源兵衛一人だ。
白木屋では預かり物の布が無くなって大騒ぎ、祈祷師、易者なども呼んで探すが見つからない。
絶好のチャンス到来と源兵衛は白木屋に乗り込む。
源兵衛 「私は先祖から伝わりました秘法で、何でも嗅ぎ出す事が出来ます。一丁四方位は朝飯前、ちょっと気を入れて嗅げば一里位、よくよく念を入れて嗅けば十里四方は嗅げ出せます」、番頭は胡散臭い、怪しげな話とは思ったが、藁にでもすがる思い、ダメ元で源兵衛に布のありかを嗅いでもらった。
源兵衛 「台所の方から土蔵の方へ匂いますな。・・・庭の方・・・」、なんて鼻をクンクンさせながら適当なこと言いながら、折れ釘に掛かった布を見つける。
白木屋は大喜びで二百両のお礼を差し出した。
調子に乗って、
源兵衛 「また何か失せ物がありましたらいつでも嗅いで差し上げますから・・・」なんて得意顔だ。
二十日ばかり経って白木屋の番頭がやって来た。
番頭 「京都の本店にお出入り先の近衛関白家でお預かりになっている定家卿の色紙が紛失をして、どこを探しても見つからないとのこと。どうかあなた様に京都までお出でを願って、色紙の行方を嗅ぎ出していただきとう存知ます」、ちと困った源兵衛だが、京見物でもしながらあちこち嗅ぎ回っているふりでもすればいいと腹をくくって京へと旅立った。
京へ着いた源兵衛、早速色紙の行方を、金閣、銀閣、南禅寺、嵐山、三十三間堂、・・・と嗅ぎ回ると言っての物見遊山を始めた。
まだあき足らずに、祇園、島原を隅から隅まで嗅ぎまわっての大豪遊となった。
もう、嗅ぐところがなくなったと思ったらまだ御所があった。
源兵衛、一度は御所の中を見たいものだと思い、
「どうも御所の中から匂いがいたします。御所内を嗅いで見とうございます」、平民を御所に入れるわけにもいかずに、源兵衛を左近尉近江屋三河屋松坂屋守鼻利源兵衛と任官させ、衣冠束帯で御所内を嗅ぎ回らせた。
いい加減疲れ、アホらしくなってきた源兵衛、庭の大きな木の下で休もうとすると、根元の空洞から何か飛び出て来た。
これが色紙泥棒で、御所内に隠れたはいいが警護が厳重で外へ出られなくなってずっとここへ潜んでいるという。
てっきり源兵衛の鼻でここを嗅ぎつけられたと思って観念して、色紙を差し出して命乞いをしている。
源兵衛 「この空洞から匂いが漂い出ておった。
もう二、三日この空洞の中へ入っておれ。色紙さえ出れば自然と警護の囲みも解けるだろうから・・・」、色紙が出て来て近衛公は大喜びで、
近衛公 「まことにそなたの鼻はえらいものじゃ、何なりと褒美をつかわすから申してみよ」
源兵衛 「それでは遠慮なく、お金を沢山と、美女を百人ほど・・・それと吉野山という所は桜の名所で景色のいい所と聞いております。あそこに結構な家をこしらえていただきとうございます」、すぐに吉野に立派な御殿、鼻利御殿が出来上がった。
さあ、この事がたちまち洛中洛外の大評判になって、
甲 「なんでも近江守藤原の鼻利源兵衛ちゅう御方の御殿だそうじゃ。源兵衛さまは十里以内なら何でも嗅ぎ出すという事じゃが、一度でいいからその鼻が見たいものじゃな」
乙 「そないに鼻(花)が見たけりゃ吉野へござれ」
さらに詳しく知りたい方へ
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 棒手振り(ぼてふり) – 天秤棒で荷物を担いで売り歩く行商人。八百屋や魚屋などが多く、江戸の庶民に親しまれていました。
- 白木屋(しろきや) – 江戸時代から続いた日本橋の老舗呉服店。実在の大店で、明治以降は百貨店となりました。
- 近衛公(このえこう) – 五摂家の一つである近衛家の当主。朝廷における最高位の公卿で、関白を務めることが多い名門です。
- 定家卿の色紙 – 藤原定家は鎌倉時代の歌人で、その書は非常に高い価値を持ちます。色紙は短冊より大きい和紙に和歌などを書いたものです。
- 左近尉(さこんのじょう) – 左近衛府の武官の官位。実際には源兵衛が適当につけた架空の官位名です。
- 衣冠束帯(いかんそくたい) – 公家の正装。朝廷の儀式などで着用される格式高い装束です。
- 吉野山 – 奈良県の桜の名所。古くから和歌に詠まれ、「花」といえば吉野の桜を指すほど有名でした。
よくある質問(FAQ)
Q: 源兵衛は本当に鼻が利くのですか?
A: いいえ、源兵衛には特殊な能力はありません。すべて偶然です。白木屋の布は風で飛ぶのを見ていただけ、色紙泥棒は木の下で休んでいたら勝手に出てきただけです。しかし周囲は源兵衛の鼻の力だと信じてしまいます。
Q: 「そないに鼻(花)が見たけりゃ吉野へござれ」というオチの意味を教えてください
A: これは「鼻」と「花」の語呂合わせによる地口オチです。源兵衛の鼻を見たいという人に対して、吉野山は桜の「花」の名所だから「花が見たければ吉野へ来い」と掛けています。
Q: なぜ源兵衛は京都で遊び回ったのですか?
A: 源兵衛には本当の能力がないので、色紙を見つけることができません。そこで「嗅ぎ回る」という口実で京都観光を楽しんでいました。金閣寺、銀閣寺、祇園、島原など、京都の名所を巡ったのです。
Q: この噺は実話ですか?
A: 完全な創作です。ただし、白木屋や近衛家など実在の名前を使うことで、リアリティを持たせています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 源兵衛の図々しさと機転の良さを軽妙に演じ、痛快な語り口で知られます。
- 柳家小三治 – じっくりとした語り口で、源兵衛の心の動きを丁寧に描き出す演出が特徴です。
- 春風亭一朝 – テンポの良い語り口で、源兵衛の出世物語を楽しく演じる演出が人気です。
- 柳家喬太郎 – 現代的な感覚を加えながらも、古典の良さを残した演出で若い世代にも親しまれています。
関連する落語演目
同じく「偶然」で成功する古典落語
「出世物語」がテーマの古典落語
「言葉遊び」が秀逸な古典落語
江戸落語の他の名作
この噺の魅力と現代への示唆
「鼻利き源兵衛」の最大の魅力は、何の能力もない普通の人間が、偶然だけで大成功を収めるという痛快さです。現代で言えば「運だけで成り上がった人」の物語ですが、源兵衛の図々しさと機転の良さが、単なるラッキーな話を面白い物語に変えています。
源兵衛は嘘をついて白木屋に乗り込みますが、実際には布の在り処を知っていたので結果的に役に立ちました。これは「嘘も方便」という教訓にも見えますが、むしろ「チャンスを逃さない」という積極性が重要だと教えてくれます。現代のビジネスでも、チャンスを掴む勇気が成功の鍵となることがあります。
京都での源兵衛の行動も面白いです。色紙を見つける能力がないのに、堂々と京都観光を楽しんでしまう。この図々しさは現代人が失いつつある逞しさかもしれません。「できないこともやってみる」という姿勢が、意外な結果を生むこともあるのです。
色紙泥棒が勝手に出てくるという展開は、まさに棚からぼた餅です。しかし源兵衛は動揺せず、すぐに状況を把握して泥棒を逃がしてやります。この冷静さと優しさも、源兵衛の魅力の一つです。
最後の「そないに鼻(花)が見たけりゃ吉野へござれ」というオチは、言葉遊びの妙を示すと同時に、源兵衛が完全に成功者として認められたことを表しています。偶然から始まった嘘が、最後には本当の栄光になる。これは現代の「フェイク・イット・ティル・ユー・メイク・イット(できるふりをしているうちに本当にできるようになる)」という考え方にも通じます。
実際の高座では、源兵衛が鼻を利かせるふりをする仕草や、京都で遊び回る場面など、演者の個性が光る場面が多数あります。ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。







