派手彦
3行でわかるあらすじ
42歳女嫌いの番頭佐兵衛が22歳美人踊り師匠お彦に一目惚れし、病気になるほどの恋煩いとなる。
男嫌いのお彦も意外に承諾して結婚し、佐兵衛は幸せな新婚生活を送るが愛妻家ぶりは異常なほど。
お彦が木更津の祭りで踊るため出発すると、佐兵衛は悲しみで石のように固まり、「女房孝行で重石になった」と落とされる。
10行でわかるあらすじとオチ
長谷川町新道の踊り師匠坂東お彦は派手で美人だが22歳で大の男嫌い、42歳番頭佐兵衛は女嫌いの堅物だった。
佐兵衛が格子越しにお彦を見て一目惚れし、恋煩いで寝込んでしまい医者に「心の病い」と診断される。
小僧の定吉が佐兵衛の恋心を暴露し、旦那が心配して鳶の頭に相談すると、頭はお彦の兄貴分だった。
意外にもお彦が結婚を承諾し、二人は簡単な祝言を挙げてお彦の家で新婚生活を始める。
佐兵衛は朝早く起きて掃除と朝飯の支度をし、「お彦や、お彦や」と片時も離れない愛妻家ぶりを発揮する。
ある日お彦が木更津の祭りで踊ってくれと頼まれ、出発の日に小網町の鎧の渡しで船に乗る。
佐兵衛は船着き場でお彦の姿が見えなくなるまで羽織を振って泣きながら見送りを続ける。
見送り人が帰っても佐兵衛は一人残り、石のように固まってしまい松浦佐用姫の故事が引き合いに出される。
見送り人が「まだ泣いているよ、石が何か言っているよ、なんの石だい?」と聞く。
佐兵衛が「女房孝行(香こう)で、重石になった」と答え、香の重石と妻への孝行で重い石になったことを掛けて落とす。
解説
「派手彦」は江戸時代の男女の恋愛と夫婦愛を描いた人情噺で、中年の独身男女が結ばれる珍しい設定の古典落語です。女嫌い・男嫌い同士という正反対の性格が一目惚れで180度変わる展開と、結婚後の佐兵衛の異常なまでの愛妻家ぶりが笑いを誘います。
このオチは「地口落ち」の典型で、「女房孝行(香こう)」と「香の重石」を掛けた見事な言葉遊びです。さらに松浦佐用姫の故事(夫の大伴狭手彦を見送って石になった伝説)をパロディ化することで、古典的な悲恋の物語を滑稽に転化させています。
佐兵衛の愛妻家ぶりは現代の「愛妻家」の概念に通じるものがあり、時代を超えて共感できる夫婦愛の在り方を描いています。また、42歳と22歳という年の差、職業の違い(商人と芸能者)を超えた恋愛として、江戸時代の社会背景も反映した作品といえるでしょう。
あらすじ
長谷川町新道の踊りの師匠の坂東お彦。
芸風から身なり、立ち居振舞いまでが派手で、派手彦と呼ばれている。
年は二十二でたいそうな美人だが、なぜか大の男嫌いで、弟子は女ばかり。
間口は二間半、奥行き六間、突き当たりが舞台で、今日も近所の女の子たちを、「はい、おさらいも近いですからね、はい、ひい、ふう、みい、ちゃちゃちゃちゃ・・・」なんて言いながら上手に教えている。
表は格子になっていて、格子前には派手で、美人で、華やかなお彦さんを見たいと、黒山の見物人が押し寄せている。
そこへ通りかかったのが近くの乗物町の酒屋松浦屋の番頭の佐兵衛だ。
この男、四十二で大の女嫌いで仕事一筋の堅物、いや変物か。
人だかりを見て何だろうと格子から覗くと、派手彦の美しさにびっくり。
そのまま顔を格子に押し付けて、夕方に稽古が終わるまでじっと見続けた。
おかげでおでこには格子の跡がくっきり。
お彦さんに一目惚れ、いい年をして目覚めてしまった佐兵衛さん、店に帰っても仕事が手につかずにふさぎ込んで寝込んでしまった。
心配した旦那は甘井洋漢先生を呼ぶ。
佐兵衛を診た洋漢先生、「番頭さんは身体の病気というより、心の病いの気うつですな。胸の中にある徳利の栓を抜いてやらなければ治りますまい」という見立て。
旦那は手代などを佐兵衛さんの寝ているところへ行かせて探らせるがらちが明かない。
すると小僧の定吉が、「あたくし、知っていますよ。佐兵衛さんは”お釈迦様でも草津の湯でも・・・こりゃこりゃ”の恋患いです」
旦那 「そんな馬鹿な、佐兵衛は子どもの時に店に勤めてこの方仕事一筋、女なんかには目もくれず、雌猫一匹だって近づけたことのない女嫌いだよ。それが、四十を越えた今になって・・・」
定吉 「それが素人の赤坂見附、あたくしは番頭さんがいつも踊りの師匠の稽古場を格子の間からずぅ~と見ているのを何度も見ていますから」、これで旦那も納得。
働き者で安心して店を任せている佐兵衛の望みを叶えてやりたいくてどうしたものかと思案するが、いい手立てが浮かばない。
困った旦那は鳶の頭(かしら)を呼んで相談すると、
頭 「へぇ~、あの女嫌いの番頭さんが、あの派手彦に惚れた、・・・結構なことじゃありませんか。実はお彦はあっしの妹分なんですが、みなが知ってのとおりの男嫌いで・・・、よっしゃ、あっしに任せていただきやしょう」と出て行った。
兄の頭からこれを聞いたお彦さん、「そこまで思ってくれるお人でしたら・・・」と意外にもすんなり承諾した。
簡単な祝言を挙げた二人はお彦さんの家で暮らし始めた。
佐兵衛さんは朝早く起きて掃除、朝飯の支度をしてからお彦さんを起こして、差し向かいで飯を食って店に出掛ける、馬車馬のような働きぶり。
当人はこれで大満足で幸せ一杯。
店から帰ればいつも、「お彦や、お彦や」と片時も離れることはない。
はたから見ても羨ましいのやらアホらしいのやらの夫婦仲だ。
そんなある日、お彦は木更津の祭りで是非とも踊ってくれと頼まれた。
いよいよ木更津へ出発の日、佐兵衛は小網町の鎧の渡しの船着き場でお彦の姿が見えなくなるまで、泣きながら着ている羽織を振って見送った。
見送りの連中が帰り始めても佐兵衛はまだ一人ぽつんと残っている。
誰かが後ろを振り返ると、佐兵衛は石のように固まっている。
見送り人➀ 「どうしたんだ、佐兵衛さん、こんなに固くなってしまって・・・」
見送り人➁ 「そう言えば、昔、新羅に出征する夫の大伴狭手彦を領巾を振って見送った松浦の佐用姫が悲しみのあまり、ついには石になってしまったという伝えがある。
浄瑠璃の朝顔の宿屋の段にも”夫の後を恋ひ慕い、石になりたる松浦潟。ひれふる山の悲しみも・・・”・・・佐兵衛さんは石になってしまったようだ」
見送り人➀ 「おい、佐兵衛さん、石になってしまったのか・・・ああ、まだ泣いているよ・・・”松浦姫涙はみんな砂利になり”、だよこりゃあ」
見送り人➁ 「おや、石が何か言っているよ・・・なんの石だい?」
佐兵衛 「女房孝行(香こう)で、重石になった」
さらに詳しく知りたい方へ
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 番頭(ばんとう) – 江戸時代の商家において、主人に次ぐ地位にあり店の経営を任された使用人。長年勤めて信頼を得た者が昇格しました。
- 踊り師匠 – 日本舞踊を教える女性教師。江戸時代には芸事を教える職業として尊敬される一方、芸能者として町人とは別の社会階層とされることもありました。
- 松浦佐用姫(まつらさよひめ) – 古事記や万葉集に登場する伝説上の女性。夫の大伴狭手彦が新羅出征する際、悲しみのあまり石になったという伝説があります。
- 領巾(ひれ) – 古代の女性が首から肩にかけて掛けた布。別れの際に振って見送る風習がありました。
- 鎧の渡し(よろいのわたし) – 江戸の小網町にあった渡し船の発着場。木更津など房総方面への船が出ていました。
- 香の重石(こうのおもし) – お香を焚く際、香炉の蓋を押さえるために使う重り。「女房孝行(こう)」と掛詞になっています。
- 鳶の頭(とびのかしら) – 鳶職人の集団を統率する親方。江戸の町では顔が広く、様々な仲介役を務めました。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ42歳と22歳という年の差設定なのですか?
A: 江戸時代には珍しくない年の差でしたが、この噺では中年の独身男性が初めて恋をするという設定を際立たせるために、あえて年齢差を強調しています。佐兵衛の一途さがより滑稽に感じられる効果があります。
Q: 「女房孝行で重石になった」というオチの意味を教えてください
A: これは二重の意味を持つ地口落ちです。一つは「女房への孝行(こう)」、もう一つは「香(こう)の重石」で、お香を焚く際に使う重りのことです。妻への愛が深すぎて本当に石のように固まってしまったという意味と、香の重石という具体的な物を掛け合わせています。
Q: 松浦佐用姫の故事はなぜ引用されているのですか?
A: 夫を見送って石になった伝説の女性と、妻を見送って石になった佐兵衛を対比させることで、古典的な悲恋物語を滑稽にパロディ化しています。男女が逆転している点が笑いのポイントです。
Q: この噺は江戸落語ですか?上方落語ですか?
A: 「派手彦」は江戸落語の演目です。江戸の地名や商家の風俗が詳しく描かれており、江戸の庶民生活を反映した作品です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 佐兵衛の一途な愛情を温かく描き、笑いと共感を両立させた名演で知られます。
- 柳家小三治 – じっくりとした語り口で、佐兵衛とお彦の心情を丁寧に描き出す演出が特徴です。
- 春風亭一朝 – テンポの良い江戸っ子らしい語り口で、佐兵衛の滑稽さを強調した演出が人気です。
- 柳家喬太郎 – 現代的な感覚を加えながらも、古典の良さを残した演出で若い世代にも親しまれています。
関連する落語演目
同じく「夫婦愛」を描いた古典落語
「一目惚れ」がテーマの古典落語
「言葉遊び」が秀逸な古典落語
江戸落語の他の名作
この噺の魅力と現代への示唆
「派手彦」の最大の魅力は、中年男性の初恋を温かく描いている点です。42歳まで女性に興味を持たなかった佐兵衛が、一目惚れで人生が一変する。この純粋さは、現代の恋愛観にも通じる普遍的なテーマです。
また、結婚後の佐兵衛の愛妻家ぶりは、現代で言う「イクメン」や「家事分担」の先駆けとも言えます。朝早く起きて掃除と朝食の支度をする佐兵衛の姿は、江戸時代としては珍しい「主夫」的な存在です。
「お彦や、お彦や」と片時も離れない様子は、依存的な関係にも見えますが、それを温かく見守る周囲の人々の存在も描かれています。現代のパートナーシップのあり方を考える上でも示唆に富んだ作品です。
松浦佐用姫の故事を引用することで、古典的な教養と庶民の笑いを融合させている点も見事です。高尚な故事を滑稽な現実に置き換えることで、落語ならではの知的なユーモアが生まれています。
最後の「女房孝行で重石になった」という地口落ちは、言葉遊びの妙を示すと同時に、佐兵衛の愛情の深さを象徴的に表現しています。石になるほどの愛とは、現代の私たちが忘れかけている純粋な感情なのかもしれません。
実際の高座では、佐兵衛が格子に顔を押し付けて見続ける仕草や、お彦を見送って泣きながら羽織を振る場面など、演者の個性が光る場面が多数あります。ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。






