御膳汁粉
御膳汁粉(ごぜんしるこ) は、明治維新で没落した武家が汁粉屋を開業するも、格式ばった接客と法外な料金で大失敗する士族の商法を描いた社会風刺落語。「お天気続きで雨っ気(甘っ気)なし」という地口オチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 御膳汁粉(ごぜんしるこ) |
| ジャンル | 古典落語・滑稽噺 |
| 主人公 | 没落武家の一家・熊さん(客) |
| 舞台 | 没落武家の屋敷(汁粉屋) |
| オチ | 「お天気続きで雨っ気(甘っ気)なし」 |
| 見どころ | 武士のプライドと商売の常識のギャップ、格式ばった接客の滑稽さ |
3行でわかるあらすじ
明治維新で没落した武家が夫婦で相談して汁粉屋を開業することに決めた。
客の熊さんが来ると格式ばった接客で住所姓名を聞き、一杯一分の高額料金で十杯注文を強要された。
出来上がった汁粉は生煮えで甘くなく、砂糖二勺に対して塩八合五勺という驚愕の配合だった。
10行でわかるあらすじとオチ
明治維新で没落した武家の夫婦が何の商売を始めるか相談し、料理屋や西洋料理は反対され汁粉屋に決定した。
「御膳汁粉」の看板を掲げると、熊さんという客が来店し話の種にしようと入ってきた。
取次ぎ、お嬢様、御用人と次々に格式ばった接客で対応され、住所姓名まで聞かれる始末。
御膳汁粉を注文すると一杯一分という高額料金で、しかも二杯では利益が出ないと十杯注文を強要される。
台所では奥方、お嬢さん、隠居の婆さんが「町人が食べるから生煮えでも」と戦場の炊き出しのような汁粉作りを開始。
お嬢様が礼儀正しく汁粉を運んできて「町人遠慮なく食べるがよい」と見守る中、熊さんが食べ始める。
汁粉は餅も小豆も硬い生煮えで、全然甘くないので配合を尋ねると小豆一升に砂糖二勺という少なさ。
さらに塩の量を聞くと八合五勺という驚愕の大量投入で、熊さんは呆れ果てる。
「お天気続きで雨っ気(甘っ気)なし」という地口で、甘みのない汁粉の理由が判明した。
こうして士族の商法第一弾「御膳汁粉」は商売の常識を無視した大失敗に終わったのだった。
解説
「御膳汁粉」は、三遊亭圓朝が創作した古典落語の名作で、「士族の商法」「汁粉屋」「素人汁粉」などの別名でも知られています。明治維新という時代の転換点を背景に、没落した武士階級の商売への挑戦とその失敗を描いた社会風刺の傑作です。
この作品の最大の見どころは、武士としてのプライドと商売の現実との乖離を笑いに昇華している点にあります。格式ばった接客、住所姓名の聞き取り、一杯一分という法外な料金設定など、すべてが商売の常識から外れており、聴き手は武士の商売音痴ぶりに爆笑させられます。
「御膳汁粉」とは、関東地方で使われる高級汁粉の呼び名で、こし餡と餅を使った上品な甘味です。それに対して「田舎汁粉」は庶民向けの粒餡汁粉を指します。武家がこの高級感にこだわったのも、彼らのプライドの表れでしょう。
オチの「お天気続きで雨っ気(甘っ気)なし」は秀逸な地口(言葉遊び)で、砂糖をけちって塩を大量に入れた汁粉の味を、天候に例えて表現しています。この一言で、士族の商法がいかに現実離れしているかを見事に表現した、圓朝の巧みな話術が光る名作落語です。
成り立ちと歴史
「御膳汁粉」は三遊亭圓朝(1839-1900)の創作落語で、明治維新直後の社会混乱を題材にしています。慶応4年(1868年)の王政復古から明治初期にかけて、約260年続いた幕藩体制が崩壊し、旗本や御家人など江戸に住む武士たちは一挙に生活基盤を失いました。
明治政府は「秩禄処分」として武士への俸禄を段階的に廃止し、代わりに一時金を支給しましたが、商売の経験がない士族たちは次々と事業に失敗しました。この社会現象は「士族の商法」という言葉として定着し、圓朝はこれを題材に「御膳汁粉」「素人鰻(鰻屋)」などの連作シリーズを創作しました。
汁粉屋という題材が選ばれたのは、当時の東京で汁粉屋が庶民の身近な甘味処として繁盛していたためです。甘味を提供する簡素な商売は、初期投資が少なく始めやすいと思われましたが、実際には原価管理や接客技術など、武士には馴染みのない知識が必要でした。この噺は、そうした時代の「ミスマッチ」を笑いに変えた傑作として、明治から現代まで長く愛されています。
あらすじ
徳川幕府から明治維新となり、今まで禄をはみ扶持米で生活していた武家も生計が成り立たなくなる。
そこで始めたのがいわゆる士族の商法だ。
もとは武家の一家。
何か商売を始めようと相談。
主人 「料理屋を始めようと思うがどうじゃ」
奥方 「お魚の仕入れが大層むずかしく、夜更けまでの商売で身体によくありません」
主人 「それでは小間物屋はどうじゃな。綺麗でよかろう」
奥方 「数が多いので売る時に値段が覚えきれませぬ」
主人 「焼き芋屋はどうかな」
奥方 「食べるだけなら結構でございます」
主人 「風呂屋は・・・」
奥方 「どうも番台は旦那様にはお目の毒かと存じます」
主人 「西洋料理なんかはどうじゃ」
奥方 「めっそうもござりませぬ。
異国の毛唐の料理の商売で今日を凌(しの)ごうなどという不心得は誠に情けのうございます。どうしてもというお考えであれば、私は自害いたします」と、だんだんと商売からは遠ざかって行くようだが、
主人 「そうだな、汁粉屋はどうだ」
奥方 「あれまあ、それは結構、家族全員が大好物で・・・」
主人 「我々で食べるのではない。商法にするのだ」
奥方 「それでもあなたちょいちょい・・・」、それでも何とか汁粉屋に決定。
旦那は「御膳汁粉」と書いた大きな看板を屋敷の門へ堂々と掲げた。
幸か不幸か、ちょうど通り掛かった熊さん、この看板を見て、「おやおや変われば変わるもんだ。”時世時節とあきらめしゃんせ 馬に乗る殿 汁粉売る”か」、御膳汁粉とやらを食べて話の種にでもしようと、看板だけであとは暖簾も掛かっていない門を入って、
熊さん 「お頼み申します」
取次ぎ 「どーれ、何じゃ」
熊さん 「お汁粉の看板を見て・・・」
取次ぎ 「その方、汁粉を食(しょく)しに参ったのか?」
熊さん 「いやぁ、食べに参ったので・・・」
取次ぎ 「暫時、そこに控えていろ」、するとそこへ現れたのが当家のお嬢様。
お嬢様 「お汁粉を食べに参ったのはお前かえ」
熊さん 「うへぇー、あっしでございます」
お嬢様 「こちらへ上がれや。
履物を持って上がらんと犬がくわえて行くぞよ。さあ、謹んで通るがよい」
熊さん草履を懐に入れて、「へぇーっ、謹んで通ります」
お嬢様 「この座敷でしばし待たれよ」と、また待たされる。
次に来たのが強面のおっさん。
御用人 「ああ、汁粉が食したいと申すはその方か。住所姓名を尋ねる」
熊さん 「汁粉食べるのに一々、所と名前を言うんですかい?」
御用人 「ご当家の家法だから仕方ない。不届き者が参って盗みを働かんとも限らぬ」
熊さん 「どうも驚いたね。へえ、神田小川町の熊五郎・・・」
御用人 「あい分かった。当家には御膳汁粉と田舎汁粉があるがいずれを食すか?」
熊さん「へえー、それでは御膳の方を二杯ばかり・・・」
御用人 「二杯、それは駄目だ。
二杯でも十杯でも作る手間は同じだ。二杯ぐらいの商いでは当家に利益は出ない」
熊さん 「それではどれくらい食べたらよろしいんで?」
御用人 「十杯食え」
熊さん 「十杯!・・・一杯いくらで?」
御用人 「一杯一分じゃ」
熊さん 「えっ、お椀一杯ですよ、手桶じゃござんせんよ。高過ぎますよ」
御用人 「なに!高いと申すか。
もっと前へ出ろ!・・・王政復古の御代となり・・・我々旗本八万騎は士族と言う称号を賜り・・・高いなどとは不届き千万なやつだ。今一言申して見ろ、ここままには捨て置かんぞ」
熊さん 「分かった、分りましたよ」
御用人 「よおし、汁粉の値段が承知とあらば、これから汁粉の製造に取り掛かるから、しばしここに控えおろう」と、まるでお白洲で待っているような心持だ。
さあ、台所では奥方、お嬢さん、隠居の婆さんで汁粉作りが始まった。「・・・粉をかき回して・・・丸めて・・・そんな大きいのは・・・町人が食べるのだから少しぐらい生煮えでも・・・」なんて、まるで戦場の炊き出しのようだ。
何もできない主人は高見の見物だ。
ようやく出来上がった汁粉のお盆を、さすが武家のお嬢さん、礼儀正しく目八分に畳の縁を踏まないように、しずしずと持って来た。
お嬢様 「さあ、町人遠慮なく食べるがよい」
熊さん 「ははぁーっ」
お嬢様 「わらわはここで見届けております」と、両手をついて見守っている。
それでもいい加減待たされ熊さんは汁粉にぱくついたが、
熊さん 「・・・お嬢様、どうもこれはまだ餅も小豆も硬くて・・・生でございますが」
お嬢様 「半熟の方が身体によい」
熊さん 「・・・このお汁粉全然甘くございませんが、小豆と砂糖と塩はどんな割合で・・・」
お嬢様 「小豆が一升、お砂糖が二勺・・・」
熊さん 「それじゃあ、お天気続きで雨っ気(甘っ気)なしで・・・塩はどの位?・・・」
お嬢様 「八合五勺」
こんな調子で士族の商法の第一弾、「御前汁粉」はあえなく失敗。
でも懲りずに士族家族は今度は鰻屋に挑戦だ。『鰻屋』・『素人鰻』
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 士族の商法 – 明治維新後、禄を失った旧武士階級が不慣れな商売を始めて失敗すること。商売の常識を知らず、プライドが邪魔をして失敗する様を表す言葉です。
- 御膳汁粉 – 関東で使われる高級汁粉の呼び名。こし餡と餅を使った上品な甘味で、田舎汁粉(粒餡汁粉)より格上とされました。
- 一分(いちぶ) – 江戸時代の通貨単位。一分は現代の価値で約2万5千円~3万円程度。汁粉一杯でこの金額は法外な高値です。
- 御用人(ごようにん) – 大名家や旗本家で、主人の命令を伝えたり取り次いだりする役職の武士。威厳があり格式ばった態度が特徴です。
- 王政復古 – 明治維新のこと。徳川幕府が倒れ、天皇中心の新政府が誕生した1868年の政治変革を指します。
- 旗本八万騎 – 江戸幕府に直接仕える武士団。実際の人数は3万人程度でしたが、誇張して八万騎と呼ばれました。
- 地口(じぐち) – 落語のオチでよく使われる言葉遊びの一種。音が似た言葉を掛け合わせて笑いを生み出す技法です。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ武士は商売に不向きだったのですか?
A: 武士は「士農工商」の身分制度で最上位にあり、金銭を直接扱うことを卑しいと考える文化がありました。また、実際の商取引の経験がなく、利益計算や顧客対応など商売の基本を知らなかったため、失敗するケースが多かったのです。
Q: 汁粉一杯一分は本当に高額ですか?
A: はい、非常に高額です。当時の庶民的な汁粉屋では一杯4文~8文程度が相場でした。一分は256文に相当するので、相場の30倍以上という法外な価格設定です。
Q: 砂糖二勺と塩八合五勺というのは本当に作れますか?
A: これは誇張表現です。一勺は約18ml、一合は約180mlなので、砂糖36mlに対して塩1530ml以上という極端な配合で、とても食べられる味にはなりません。武士の商売音痴を笑いに変えた落語的な表現です。
Q: この噺は実話に基づいていますか?
A: 直接的な実話ではありませんが、明治維新後に多くの士族が不慣れな商売を始めて失敗した「士族の商法」は実際に多発した社会現象でした。圓朝はその現実を見事に落語化したのです。
Q: 「御膳汁粉」と「田舎汁粉」の違いは何ですか?
A: 御膳汁粉はこし餡を使い、餅を入れた上品な汁粉です。一方、田舎汁粉は粒餡を使った庶民的な汁粉で、白玉団子を入れることもあります。この噺では武家のプライドから「御膳」を選ぶ点が笑いのポイントになっています。
Q: この噺の続編はありますか?
A: はい、圓朝は「士族の商法シリーズ」として、汁粉屋に失敗した一家が次に鰻屋に挑戦する「素人鰻(鰻屋)」も創作しています。鰻屋でもまた珍騒動が起こる展開で、シリーズで楽しめます。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三遊亭圓朝 – この噺の創作者。明治時代を代表する大名人で、時代の変化を鋭く観察し、社会風刺を落語に昇華しました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。圓朝直系の芸を継承し、格式ばった武士と庶民的な熊さんの対比を見事に演じ分けました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 美しい語り口で、武家の格式と商売の現実のギャップを鮮やかに表現しました。
関連する落語演目
同じく「明治維新と士族」を扱った古典落語
格式ばった武家と庶民の対比を描いた古典落語
食べ物にまつわる古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「御膳汁粉」は、時代の大転換期における人々の戸惑いと適応の難しさを描いた作品として、現代にも通じる普遍的なテーマを持っています。
最大の魅力は、プライドと現実のギャップから生まれる笑いです。武士としての格式や自尊心にこだわるあまり、商売の基本である「顧客満足」という視点が完全に欠落しています。現代のビジネスシーンでも、過去の成功体験や組織のプライドが足かせになって変化に対応できない企業は少なくありません。
特に印象的なのは、「二杯では利益が出ない」と十杯を強要する場面です。現代でいえば、顧客ニーズを無視した押し売りや最低注文数の設定に相当します。しかし、この武家は「商売とは買いたい人に売ること」という基本原則を理解していません。
また、砂糖をけちって塩を大量に入れるという原価管理の失敗は、コスト削減が顧客価値を損なう典型例です。現代のサービス業でも、過度なコスト削減が品質低下を招き、顧客離れにつながるケースは珍しくありません。
この噺が現代に示唆するのは、「変化への適応には謙虚さが必要」ということです。過去の地位や成功にこだわり、新しい環境のルールを学ぼうとしない姿勢は、個人でも組織でも失敗を招きます。武士から商人への転身には、単なる職業変更以上の価値観の転換が必要だったのです。
圓朝がこの噺を創作した明治初期は、まさに日本全体が近代化という大変革の只中にありました。この噺は、変化の時代を生きるすべての人への教訓として、今なお輝きを失わない作品といえるでしょう。







