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【古典落語】五銭の遊び あらすじ・オチ・解説 | 極貧遊郭体験記

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話芸の殿堂-古典落語-五銭の遊び
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五銭の遊び

3行でわかるあらすじ

町内の若い連中が女郎買いの話をしていると、辰公が五銭で女郎買いをしたと言い出す。
女郎が五銭を二十銭銀貨と見間違えて上げてくれたが、勘定の時にバレて大騒ぎになった。
最後に源公の女郎の話になり、「馬の糞みたいな顔してる」という痛烈な一言でオチとなる。

10行でわかるあらすじとオチ

町内の若い連中が集まって女郎買いの自慢話をしている。
辰公が五銭の白銅一枚と五厘で女郎買いをしたという驚きの話を始める。
五厘でコンニャクを食べ、吉原で冷やかしをしていたら女郎に声をかけられた。
五銭しかないと正直に言ったが、女郎が二十銭銀貨と見間違えて部屋に上げてくれた。
女郎は二晩もお茶を挽いていたので喜び、辰公は残り飯をもらって腹を満たした。
お引けになって勘定の時、五銭だとバレて女郎は目を回しそうになった。
辰公は留公に女郎からのメッセージを伝える。
源公が自分の女郎のことを聞くと、辰公は源公がガタ馬車の馬の掃除係をしていると嘘をついたと答える。
女郎が源公の職業を聞いて、馬の掃除係だと答えたところ。
女郎は「そうだろ、どおりで馬の糞みたいな顔してるもんね」と言ったというオチで落ちる。

解説

「五銭の遊び」は江戸時代の庶民の遊郭体験を描いた廓噺の代表作です。当時の貨幣価値で五銭は非常に少額で、まともな遊郭遊びは到底できない金額でした。辰公の話は貧乏人の知恵と運、そして正直さが招いた珍体験として描かれています。

見どころは女郎が五銭を二十銭銀貨と見間違えるという設定の妙と、最後の源公への痛烈な一言オチです。「馬の糞みたいな顔」という直接的な表現は、当時の庶民の率直な物言いを表現した典型的な落語のオチの手法です。

廓噺は遊郭を舞台にした落語のジャンルで、江戸時代の風俗や庶民の生活を知る上で貴重な資料でもあります。この演目は貧乏人の遊郭体験という珍しい視点から、当時の社会情勢や人情を描いた名作として親しまれています。

あらすじ

町内の若い連中が集まって女郎買いの話をしている。
女にもてたとか景気のいい遊びをしたという話はなく、振られた、ぼられた、金が足らなくて居残った、なんて話ばっかりを自慢げに話している。

すると辰公が、「おれは五銭の白銅一枚と五厘で女郎買いをした」と言い出した。
辰公 「五厘でおでんのコンニャクを食べて、吉原へ行って一回り冷やかしたら大引け過ぎ。
三味線の音がするので、投節を唄ったところ、”ちょいと色男、いい声だね。
上がっておいでよ”と声ががかった。
白銅を見せて、これっきりしかねえんだって言ったら、どう見間違えたんだか”あとはあたしが引き受けるから大丈夫だよ”って言うから上がったんだ。
女は二晩もお茶を挽いていたんで喜んだが、こっちはコンニャクしか食ってなかったんで腹が空いてたまんねえ。
女は廊下にあった残り飯を持ってきてくれたんで、梅干しを頭に浮かべながら飯をかっこんだ。
お引けになって若い衆が勘定を取りに来たから白銅を投げ出すと、”ご冗談を・・・”とあきれ顔。
女も”二十銭銀貨と思ったから上げたんだ”と、目を回しそうになっちまった。”また埋め合わせに来るからよ”って外へ出ちまった。
知った見世の前まで来たら、ちょうど女たちが客を送り出していた。その中の女から、留公、お前に、”たまには顔を見せておくれよ”って言ってくれと頼まれた」、熱心に話を聞いていた留公はすっかり色男気分だ。

すると源公が身を乗り出してきて、
源公 「おれの女もなにか言ってなかったかい」

辰公 「ああ、”うちの源さんはどうしたんだよ”って聞くから、火の番をしているとはぐらかしたら、”ほんとのことをお言いよ”ってしつけえんだ。
近頃、あいつは勤め人になって夜も忙しいんだって言ってやった。
女が”どこの会社だい”ってえから、千住から草加までのガタ馬車に勤めていると言ってやった。
女が”馭者(ぎょしゃ)かい、それとも車掌かい?”って聞くから、馬の掃除係だと言ってやったんだ。そしたら女が”そうだろ、どおりで馬の糞みたいな顔してるもんね”だとさ」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 五銭(ごせん) – 明治時代の貨幣単位。五銭は現代の価値で約100円程度。遊郭遊びには到底足りない少額です。
  • 白銅(はくどう) – 銅とニッケルの合金で作られた貨幣。この噺では五銭白銅のことで、二十銭銀貨と見間違えられるという設定です。
  • 二十銭銀貨 – 明治時代の銀貨。五銭白銅の4倍の価値があり、遊郭では最低限必要な金額とされました。
  • 廓噺(くるわばなし) – 遊郭を舞台にした落語のジャンル。江戸時代から明治にかけての風俗を描いた作品群を指します。
  • お茶を挽く – 遊女が客がつかず暇を持て余すこと。茶臼でお茶を挽く動作が客待ちの時間潰しに似ていることから生まれた表現です。
  • 大引け(おおびけ) – 遊郭の営業時間終了のこと。夜明け頃に鐘を鳴らして営業終了を告げました。
  • ガタ馬車 – 明治時代に千住から草加まで運行していた乗合馬車。揺れが激しかったので「ガタ馬車」と呼ばれました。
  • 馭者(ぎょしゃ) – 馬車や人力車を操る人。当時は比較的尊敬される職業でした。

よくある質問(FAQ)

Q: 五銭で本当に遊郭に入れたのですか?
A: いいえ、通常は入れません。この噺のポイントは、女郎が五銭を二十銭銀貨と見間違えたという設定にあります。実際の遊郭では二十銭でも最低ランクで、通常はもっと高額でした。

Q: なぜ女郎は五銭を二十銭銀貨と見間違えたのですか?
A: これは落語的な誇張表現ですが、当時の白銅貨と銀貨は似た形状で、暗がりでは見間違える可能性もありました。また、二晩も客がつかなかった女郎の焦りも理由として描かれています。

Q: 「お茶を挽く」とはどういう意味ですか?
A: 遊女が客がつかず暇を持て余すことを指します。実際にお茶を挽くわけではなく、客待ちの退屈な時間を表現した慣用句です。

Q: 最後のオチの「馬の糞みたいな顔」は失礼ではないですか?
A: これは江戸落語特有の率直な物言いで、当時の庶民文化を反映しています。遊郭の女郎たちは客に対して率直な物言いをすることで知られており、それが笑いを生む要素となっています。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 廓噺を得意とした昭和の大名人。貧乏人の遊郭体験を軽妙に演じました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 江戸情緒豊かな語り口で、当時の遊郭の雰囲気を見事に再現しました。
  • 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。辰公の正直さと女郎のしたたかさを丁寧に描き分けます。

関連する落語演目

同じく「廓噺」の古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「五銭の遊び」は、貧しさの中でも人生を楽しもうとする庶民のたくましさと、階級社会の中での人間模様を描いた作品です。

最大の魅力は、辰公の正直さと図々しさの絶妙なバランスです。五銭しかないと正直に言いながら、それでも女郎に上げてもらい、残り飯まで食べる。この厚かましさは、現代の感覚では非常識かもしれませんが、当時の貧しい庶民の生き抜く知恵として描かれています。

興味深いのは、女郎側の事情も描かれている点です。二晩もお茶を挽いていた女郎は、五銭と気づいても怒るより呆れる。これは遊郭という場所の現実を示しています。女郎たちも生きるために必死で、客がつかない苦しさは辰公の貧しさに通じるものがあります。

現代への示唆として注目すべきは、見栄と現実のギャップです。辰公は正直に五銭と言いましたが、源公や留公は自分を良く見せようとします。しかし最後の「馬の糞みたいな顔」という言葉で、見栄は簡単に崩れ去ります。SNS時代の現代でも、他人からどう見られているかと、実際の自分との間にはギャップがあるものです。

また、この噺は経済格差の問題も描いています。五銭という少額で遊郭遊びをしようとする辰公の姿は、当時の貧困層の実態を反映しています。現代でも、経済的余裕がなくても楽しみたいという欲求は誰にでもあり、その葛藤は今も変わりません。

最後のオチは「仕返しオチ」とも言える構造です。源公が調子に乗って自分の女郎のことを聞いたために、痛烈な一言を浴びせられる。これは「出る杭は打たれる」という教訓にも通じます。

実際の高座では、辰公の図々しくも愛嬌のある語り口と、最後の痛烈な一言の対比が見どころです。ぜひ実際の高座や動画でお楽しみください。

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