五人裁き
3行でわかるあらすじ
娘を売った50両の金を酒屋で落とし、番頭に拾われて隠される。
船仲士の幸兵衛と共に奉行所に訴え出る。
奉行の機転で真相が明らかになり、5人それぞれに適切な裁きが下される。
10行でわかるあらすじとオチ
天王寺村の百姓久兵衛の女房が病気になり、朝鮮人参が必要となる。
治療費のため、娘を遊郭に50両で売る。
帰り道、酒屋で一杯飲んでいる際に胴巻きを落とす。
番頭がそれを拾って隠してしまう。
久兵衛が問い詰めるが番頭は知らぬ存ぜぬで突っぱねる。
自殺を考えた久兵衛を船仲士の幸兵衛が救う。
幸兵衛が証人となって御番所に訴え出る。
奉行が策略を使い、大盗人の金が落ちたと酒屋に告げる。
番頭が隠していた胴巻きが見つかり、真相が明らかになる。
奉行が5人に裁きを申し渡し、「正直の幸兵衛に神宿るじゃ」でオチとなる。
解説
「五人裁き」は江戸時代の町人社会を背景とした人情噺の代表作の一つです。娘を売ってまで妻の治療費を捻出しようとする親の愛情、正直者の船仲士が見ず知らずの人を助ける義理人情、そして名奉行の機転と公正な裁きが描かれています。
この演目の見どころは、奉行の策略にあります。「大盗人が捕まって、盗んだ金を酒屋に落とした」という嘘の情報を流すことで、番頭に胴巻きを隠し場所から出させるという心理的な駆け引きが巧妙に描かれています。
最後のオチは「正直の幸兵衛(頭)に神宿るじゃ」という言葉遊びです。「正直者の頭に神が宿る」という諺と「幸兵衛(こうべえ)」の「こうべ(頭)」をかけたダジャレになっており、厳格な奉行所の場面を温かく締めくくる古典落語らしい技法です。
五人それぞれに適切な処分を下す奉行の裁きは、江戸時代の理想的な統治者像を表現しており、庶民の憧れと願望が込められた名作といえるでしょう。
あらすじ
天王寺村の百姓の久兵衛、女房が病気になって寝込んでしまった。
医者は朝鮮人参を飲ませれば治るだろう言う。
とても久兵衛が買えるような代物ではなく、思案にくれていると、娘が遊郭に身を沈めて金を作ると言う。
久兵衛は他に金ができるあてもなく、知り合いを介して新町の播磨屋金兵衛に娘を売って五十両の金を手に入れる。
うしろめたい金を懐にして、とぼとぼと安堂寺橋あたりまでやって来ると、船着場の近くに菊屋治兵衛という酒屋がある。
店の前を通ると、ぷ~んといい匂いがして、酒好きな久兵衛はフラフラと入って、
久兵衛 「すんまへんが一合だけここで飲ませてもらえまへんか」
番頭 「うちは居酒はやりまへんのでな」
久兵衛 「よう存じておりますが、ちょっと今、ええ匂いを嗅ぎましたら、たまらんようになりましたんで」と諦めかけて帰ろうとすると、
番頭 「さよか、そなら一合だけ」と、樽から升に注いで差し出すと、久兵衛は美味そうに一息で飲み干して、
久兵衛 「いいお酒でんなあ、ほんに結構でございました」
番頭 「なかなか見事な飲み口でんなぁ」
久兵衛 「へぇ・・・すんまへんが、もう一杯・・・」
番頭 「まあ、よろしやろ」と二杯目を注ぐ。
今度は久兵衛はゆっくり味わって飲んで、またお代わりする。
少し酔いが回ってきたのか愚痴っぽくなり、クダクダと喋り出してきた。
それでも三杯でケリをつけ勘定を払って酒屋を出た。
ほろ酔い加減でしばらく歩いて懐に胴巻きがないのに気づく。
いっぺんに酔いもさめて、勘定を払うと時に下に落としたと思い酒屋へ取って返す。
一方、酒屋では番頭が久兵衛が飲んでいた足元に胴巻きが落ちているのを見つけて、とっさに懐に入れてしまった。
そこへ血相変えた久兵衛が駆け込んで来る。
久兵衛 「ど、胴巻き落ちてましたやろ」
番頭 「そんなもん落ちてえしまへんで」
久兵衛 「そんなはずおまへん。ここに落ちてましたやろ!」
番頭 「なにかい、わしが盗んだとでも言いなはんのか!」
久兵衛 「そやないが、あれは娘を売った金でおます。あれがなかったら親子みなで首吊らんなりまへんのや」
番頭 「しつこいおやじやな、無い物は無いんや、出て行け!」と、引きずり出してしまった。
もうどうしようもなく、久兵衛は安堂寺橋から飛び込もうとするのを抱き止めたのが、船仲士の櫓浜の幸兵衛。
久兵衛から話を聞いて、
久兵衛 「わしはあの番頭が何か拾うて懐に入れるのを見たんや。
よっしゃ、わしが証人になるよって西の御番所へ駆け込み訴えせえや。一ぺん、二へんは突っ返されるが、三べん目には受け取ってくれるで」と、二人で御番所へ駆け込んだ。
翌日、奉行所から酒屋へ、「昨日、手配中の大盗人が捕まった。
その男が白状するに、盗んだ五十両の金をその方の店で飲んでいる時に落としたと言う。
その金にはしるしがついておる。
その金がお前の店から出たとなると店も巻き添えをくう。よくよく調べて返事をせい」とのお達し。
酒屋の亭主はびっくりして、店の者を総動員して家中を捜しまわる。
番頭は隙を見て布を火鉢の灰の中に隠した。
丁稚がそれを見つけて御番所へ届け出る。
お奉行は、久兵衛、幸兵衛、酒屋の菊屋治兵衛、その番頭清兵衛、播磨屋金兵衛を呼び出す。
そして五人へ裁きを申し渡す。
その裁きとは、五十両の財布は久兵衛に返す。
久兵衛の娘は菊屋治兵衛が五十両で身請けして久兵衛に返し、番頭清兵衛は十年間無給で奉公、幸兵衛には青緡(あおざし)十貫文のほうびを与えるというもの。
幸兵衛 「銭欲しさにお上に願い出たのではございません」
奉行 「そう申すな。
その方の正直なること、上においては明白である。正直の幸兵衛(頭)に神宿るじゃ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 朝鮮人参 – 高麗人参とも呼ばれる高価な漢方薬。江戸時代は庶民には手の届かない高級品で、病気治療の最後の手段とされました。
- 胴巻き – 腰に巻いて金銭を保管する帯状の袋。江戸時代の貴重品の持ち運び方法で、盗難防止のため肌身離さず身につけました。
- 五十両 – 江戸時代の大金。現代の価値で約500万円~1000万円程度。娘の身売り代金としては一般的な額でした。
- 船仲士(ふななかし) – 船の荷役や渡し船の漕ぎ手をする人。江戸時代の港町では重要な職業で、櫓浜は大阪の船着場の地名です。
- 駆け込み訴え – 直接奉行所に駆け込んで訴えること。通常は町役人を通すべきですが、緊急時には認められました。
- 青緡(あおざし) – 青い紐で束ねた銭のこと。十貫文は現代の価値で約100万円程度の褒美となります。
- 無給奉公 – 給金なしで働くこと。番頭の罪に対する処罰として、盗んだ金の償いをさせる意味があります。
- 身請け(みうけ) – 遊郭に売られた女性を金銭を支払って引き取ること。この噺では酒屋の主人が娘を救う形になります。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ奉行は嘘の情報を流したのですか?
A: 番頭が胴巻きを隠しているという確証はあっても証拠がないため、心理的に追い詰めて自ら隠し場所から出させる策略です。直接捜索するより効果的な方法として描かれています。
Q: 五十両で娘を売るのは当時普通だったのですか?
A: 江戸時代、貧しい農家が病気や借金で娘を遊郭に売ることは珍しくありませんでした。五十両は一般的な身売り代金で、年季奉公の契約でした。
Q: なぜ幸兵衛は証人になったのですか?
A: 江戸時代の義理人情の精神を体現しています。見ず知らずの人でも困っている人を助ける、正義のために立ち上がるという当時の理想的な人物像として描かれています。
Q: 最後のオチの意味は?
A: 「正直者の頭(こうべ)に神が宿る」という諺と、幸兵衛の名前の「こうべえ」をかけたダジャレです。厳格な奉行所の場面を温かく締めくくる古典落語らしい技法です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。人情味あふれる語り口で、久兵衛や幸兵衛の心情を丁寧に描きました。
- 桂文枝(五代目) – 奉行の策略と裁きの場面を見事に演じ、正義と人情のバランスを表現しました。
- 桂春団治(二代目) – 上方落語の名人。船仲士の幸兵衛の義理堅さを力強く演じました。
関連する落語演目
同じく「名奉行の裁き」を描いた古典落語
親子の情愛を描いた古典落語
正直者が報われる古典落語
人情噺の古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「五人裁き」は、正義と人情、そして智恵が織りなす人情噺の傑作として、現代にも通じる普遍的なテーマを持っています。
最大の魅力は、登場人物それぞれの人間性が丁寧に描かれている点です。娘を売ってまで妻を救おうとする久兵衛の愛情、見ず知らずの人を助ける幸兵衛の義理人情、欲に目がくらむ番頭の弱さ、そして公正な裁きを下す奉行の智恵。5人の人物像が鮮やかに描かれています。
特に興味深いのは、奉行の策略です。直接的な取り調べではなく、心理的な駆け引きで真相を明らかにする。これは現代の捜査手法にも通じる智恵であり、証拠に基づく公正な裁きの重要性を示しています。
幸兵衛の存在は、この噺の核心です。見返りを求めず、正義のために立ち上がる姿は、現代社会でも必要とされる勇気です。SNSで不正を告発する内部告発者や、困っている人を助ける善意の人々に、幸兵衛の姿が重なります。
一方で、番頭の姿も見逃せません。つい出来心で胴巻きを拾ってしまう。これは誰にでも起こりうる誘惑です。正直に届ければ何の問題もなかったのに、欲に目がくらんで人生を棒に振る。この教訓は、現代の横領事件や不正行為にも当てはまります。
奉行の裁きも秀逸です。久兵衛に金を返すだけでなく、酒屋の主人に娘を身請けさせることで、久兵衛の家族を元通りにする。幸兵衛には褒美を与え、番頭には償いをさせる。関係者全員に適切な処分を下す公正さは、理想的な裁判の姿です。
現代への示唆として特に重要なのは、「正直者が馬鹿を見ない社会」の実現です。幸兵衛のような正直者が正当に評価され、不正を働いた者が適切に罰せられる。この当たり前のことが、現代社会では必ずしも機能していません。この噺は、公正な社会への憧れと願望を表現しています。
最後のダジャレのオチは、緊張した裁きの場面を温かく締めくくります。正義と人情だけでなく、ユーモアも忘れない。これが古典落語の素晴らしさです。
実際の高座では、久兵衛の苦悩、幸兵衛の義理堅さ、奉行の威厳ある裁きなど、演者の表現力が見どころです。ぜひ実際の高座や動画でお楽しみください。







