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後家殺し 落語|あらすじ・オチ「後家殺し!」の意味を完全解説【浄瑠璃が縁の悲劇】

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話芸の殿堂-古典落語-後家殺し
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後家殺し

3行でわかるあらすじ

浄瑠璃好きの職人・常吉が質屋の後家と付き合っているが、友人の嘘で浮気を疑われる。
疵心暗鬼が高じてついに後家を出刃包丁で殺してしまい、後に無実の罪と判明する。
打ち首直前に浄瑠璃で辞世を詠い、奉行から「よっ、後家殺し」と褐められるオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

浄瑠璃好きの職人・常吉が質屋の伊勢屋の後家の前で「三十三間堂由来」を語ったことが縁で付き合い始める。
今年で三年目となり、女房も後家との仲を認めて万事順調だった。
しかし友達の中にはやっかむ者もいて、いたずら半分で「後家には喜助といういい男ができた」と吹き込む。
常吉は最初は笑い飛ばしていたが、だんだんと不安になってきて後家の様子が気になるようになる。
疵心暗鬼が高じてついには思い余って「よくもてめえは俺の顔に泥を塗りゃあがったな」と出刃包丁で殺してしまう。
すぐに友人の言ったことは根も葉もない絵空事とわかって後悔するが、もう後の祭り。
召し取られて奉行所のお白洲に引き出され、打ち首と決まった。
奉行が「何か言い残したいことはないか」と尋ねると、常吉は浄瑠璃の節で辞世を詠い始める。
「後に残りし女房子が、打ち首とー聞くーなーらーばーさこそ嘆かんーん」と語ると、奉行が膝を叩いて「後家殺し!」。

解説

『後家殺し』は、上方落語の音曲噂で、浄瑠璃(義太夫)の素養が不可欠な高度な芸術作品です。
六代目三遊亭円生が上方から東京に持ち込んだことで知られ、円生在世中もほとんど他に演じる落語家はいませんでした。

この演目の絶妙なオチは、「後家殺し」という犯罪名と、上方で浄瑠璃を上手に語る人への褐め言葉である「後家殺し」が同じ音であることを利用したものです。
悲惨な犯罪者への褐め言葉という皮肉な構成が、この落語の最大の魅力であり、円生は「流し目では相当な義太夫の素養がないと、節の場合とちがって自然に出てこない」と述べています。
高座で浄瑠璃を語る音曲噂として、「やはり耳で聞いていただくのがいちばん」と円生自身も語っています。

あらすじ

浄瑠璃好きの職人の常吉、質屋の伊勢屋の後家の前で「三十三間堂由来、平太郎住家の段」を語ったことが縁でいい仲になり、今年で三年目。

女房も後家との仲を認めて万事順調だが、友達の中にはやっかむ奴もいる。
いたずら半分に「後家にはこの頃、お前のほかに荒井屋の板前で喜助といういい男ができた」と吹き込んだ。

始めはそんなことあるはずはないと笑い飛ばしていた常吉だが、だんだんと不安になって来る。
後家の最近の様子や、細かい事柄が気になって来て疑心暗鬼がつのるばかり。

ついには思い余って後家を、「よくもてめえは俺の顔に泥を塗りゃあがったな」と、出刃包丁でめった刺しで殺してしまった。

すぐに友達の言ったことは根も葉もない絵空事と分かって後悔したがもう後の祭り。
すぐに召し捕られて奉行所のお白洲に引き出され打ち首と決まった。

奉行 「何か言い残したいことはないか」

常吉 「へい、お慈悲のお言葉ありがとう存じます。私の心残りはたった一つ、あとに残りし女房子が、(浄瑠璃の節となって)打ち首とぉー聞くぅーなぁらぁばぁーさこそ嘆かんーん・・・不憫やぁ・・・とぉ・・・」

奉行が膝を叩いて、「後家殺し!」(上方での浄瑠璃の褒め言葉)


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 後家殺し – 二重の意味を持つ言葉。一つは文字通り後家を殺すこと、もう一つは上方で浄瑠璃を上手に語る人への褒め言葉です。
  • 音曲噺(おんぎょくばなし) – 落語の分類の一つで、浄瑠璃や長唄などの音曲を演じることを含む演目。高度な音楽的素養が必要です。
  • 浄瑠璃(じょうるり) – 三味線の伴奏で物語を語る伝統芸能。この噺では義太夫節のことを指します。
  • 義太夫(ぎだゆう) – 浄瑠璃の一派。人形浄瑠璃(文楽)で使われる語り物で、江戸時代から庶民に親しまれました。
  • 三十三間堂由来 – 義太夫の演目の一つ。「平太郎住家の段」は特に有名な場面で、常吉が後家の前で語った縁の曲です。
  • 流し目 – 浄瑠璃を語るときの目の動かし方の技法。相当な素養がないと自然には出ないと円生は述べています。
  • お白洲(おしらす) – 江戸時代の裁判所。奉行所の庭に白砂を敷いた場所で、罪人を裁く場所でした。
  • 疑心暗鬼 – 疑いの心があると何でもないことでも恐ろしく思えること。この噺の核心となる心理状態です。

よくある質問(FAQ)

Q: なぜ「後家殺し」が浄瑠璃の褒め言葉なのですか?
A: 上方では、浄瑠璃を聞いた後家さんたちが感動して失神するほど上手い、という意味で「後家殺し」と褒めたそうです。つまり「後家を殺す(感動させる)ほど上手い」という賛辞です。

Q: なぜ常吉は友人の嘘を信じてしまったのですか?
A: 疑心暗鬼の心理を描いています。最初は笑い飛ばしていても、一度疑いを持つと些細なことが気になり、確証もないのに思い込んでしまう。人間の弱さを表現しています。

Q: なぜ奉行は常吉の浄瑠璃を褒めたのですか?
A: これがこの噺の皮肉な構造です。常吉は打ち首という極刑を受ける犯罪者ですが、奉行は浄瑠璃の腕前を褒めている。犯罪と芸術の対比が、この噺の深いメッセージです。

Q: この噺は誰でも演じられますか?
A: いいえ、非常に難しい演目です。浄瑠璃の素養が不可欠で、六代目三遊亭円生の在世中もほとんど他に演じる落語家はいませんでした。現在でも演じられる落語家は限られています。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 三遊亭圓生(六代目) – この噺を上方から東京に持ち込んだ名人。浄瑠璃の素養を生かし、「流し目」の技法を駆使して見事に演じました。
  • 桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。義太夫の伝統を踏まえた格調高い演出で知られました。
  • 桂枝雀(二代目) – 独特の表現力で、常吉の疑心暗鬼の心理変化を鮮やかに描きました。

関連する落語演目

同じく「音曲噺」の古典落語

疑心暗鬼を描いた古典落語

犯罪と裁判を扱った古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「後家殺し」は、浄瑠璃という伝統芸能と、疑心暗鬼という人間の心理、そして言葉遊びが絶妙に組み合わさった作品として、現代にも通じる深いメッセージを持っています。

最大の魅力は、「後家殺し」という言葉の二重性です。犯罪名と褒め言葉が同じ音であるという偶然を利用し、悲劇を皮肉なオチで締めくくる。この構成は、人生の不条理さを表現しています。常吉は犯罪者として処刑されるが、芸術家としては褒められる。人間は一面的には評価できないという真実を示しています。

疑心暗鬼の心理描写も秀逸です。友人の何気ない嘘が、常吉の心に疑いの種を植え、やがて殺人という取り返しのつかない結果を招く。現代でも、SNSでのデマや噂話が人間関係を破壊することは珍しくありません。一度疑いを持つと、確証がなくても思い込んでしまう。この人間の弱さは、今も昔も変わりません。

友人の悪意のない冗談も問題です。軽い気持ちで嘘をついたことが、殺人という悲劇を招く。現代でも、冗談のつもりが相手を傷つけたり、深刻な結果を招くことがあります。言葉の重さと責任を考えさせられます。

興味深いのは、奉行の反応です。常吉は打ち首という極刑を受ける犯罪者ですが、奉行は浄瑠璃の腕前を素直に褒める。これは「罪を憎んで人を憎まず」という思想にも通じます。犯罪者でも芸術的才能は認める。人間を多面的に見る視点の重要性を示しています。

浄瑠璃という伝統芸能の描写も見事です。常吉は浄瑠璃を愛し、それが縁で後家と知り合い、最後の辞世も浄瑠璃で詠う。芸術が人生を彩り、最後まで支えになる。現代でも、音楽や芸術が人生の支えになることは多く、その普遍性を感じさせます。

また、この噺は「確認の重要性」も教えています。常吉は後家に直接確認すれば済む話でしたが、疑心暗鬼に陥って確認せずに思い込んでしまった。現代でも、誤解やすれ違いの多くは、直接確認しないことから生まれます。

最後のオチの皮肉さは、人生の不条理を表現しています。常吉の浄瑠璃は素晴らしいが、それゆえに「後家殺し」と褒められる。しかし彼は文字通りの後家殺しとして処刑される。人生は皮肉に満ちている、というメッセージが込められています。

この噺の高度な芸術性は、落語が単なる笑い話ではなく、深い人間洞察と伝統芸能の融合であることを示しています。円生が「耳で聞いていただくのがいちばん」と語ったように、実際の浄瑠璃の節回しを聞いてこそ真価がわかる作品です。

実際の高座では、浄瑠璃の節回しと、常吉の心理変化の演技が見どころです。ぜひ実際の高座や動画でお楽しみください。

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