五月幟
3行でわかるあらすじ
端午の節句の人形代をおじさんからもらった熊さんだが、途中で若い者の手打ちに巻き込まれて酒を飲み、その金を勘定代に使ってしまう。
帰宅後、おじさんに説教されそうになった熊さんが、端午の節句用語を使った言葉遊びで言い逃れを図る。
「初幟(上り)」「金太郎」「鐘駗(正気)」「菖蒲太刀(勝負断ち)」「柏餅」「鯉の吹き流し」などの語呂合わせで巻き返す。
10行でわかるあらすじとオチ
熊さん夫婦の男の子の初節句だが、大酒飲みの熊さんには祝い事をする金がない。
見かねたおじさんが人形代をかみさんにこっそり渡し、熊さんが人形を買いに行くことになる。
途中で寿司屋の二階から声をかけられ、若い者の喧嘩の手打ちを仲裁してほしいと頼まれる。
断り切れずに二階に上がった熊さんは、「今日は飲まない」が「一杯だけ」になり、どんどん酒を飲み続ける。
べれべれに酔った熊さんは、人形代の金を勘定の足しにしてくれと気前よく出して帰宅する。
かみさんは涙ながらに子どもを連れて出て行くと言い、熊さんはばつが悪くなって二階で寝てしまう。
しばらくしておじさんが様子を見に来て、今度こそ懲らしめてやると二階に上がって熊さんを起こす。
熊さんは「人形や幟がちゃんと買ってあります」と答え、おじさんが梯子を上ってきたのを「初幟(上り)」とし、自分が酔って真っ赤になったのを「金太郎」、酔いがさめたら「鐘駗(正気)」とし、勝負事は断つを「菖蒲太刀(勝負断ち)」とする。
さらに五布(いつぬの)布団にくるまった姿を「柏餅」、おじさんの大きな声を「鯉の吹き流し」として、端午の節句用語を駆使した言葉遊びで巻き返す機転の効いた名作。
解説
「五月幟」は端午の節句を題材にした落語で、特に端午の節句に関連する用語を使った言葉遊びが中心となっている作品です。季節的な演目として五月頃によく演じられることが多く、聞き手も節句の意味を理解しているため、言葉遊びの面白さがより伝わりやすい構成になっています。
この落語の最大の特徴は、熊さんが次から次へと繰り出す語呂合わせの絶妙さです。「初幟(上り)」はおじさんが梯子を上ってきたこと、「金太郎」は酔って真っ赤になったこと、「鐘駗(正気)」は酔いがさめたこと、「菖蒲太刀(勝負断ち)」は勝負事を断つこと、「柏餅」は布団にくるまった姿、「鯉の吹き流し」は大きな声を指しています。
これらの言葉遊びは単なるダジャレではなく、状況と端午の節句用語を絶妙に組み合わせた高度な言葉の技巧であり、聞き手は熊さんの機転の効きっぷりと、それに対するおじさんの呢れた気持ちを同時に楽しむことができます。物語の背景にある家族の絆や、酒飲みへの批判と同情も絡めて、落語としての完成度の高い作品となっています。
あらすじ
熊さん夫婦の男の子の初節句だが、熊さんは大酒飲みで祝い事をする金もない。
見かねた叔父さんが人形でも買って祝ってやれとかみさんにこっそりと金を渡した。
これを横目で見ていた熊さんが、「おれが人形を買って来る」と言い出す。
かみさんは金を渡せば飲んじまうので駄目だと言うが、熊さんは「叔父さんから人形を買えと預かった金だから、絶対に飲んだりはしない」と言って人形を買いに行く。
途中、寿司屋の二階から「熊兄ィ」と声が掛かる。
通り過ぎようとするが若い者の喧嘩の手打ちでどうしても中に入って手打ちを仕切り、説教の一つでも言ってくれと離さない。
熊さんは断り切れずに二階に上がる。
そうなれば先は見えてる。「今日は飲まない」が、「じゃあ、一杯だけ」になり、「まあ兄ィ、そう言わずに駆けつけ三杯と言うから」で、さらに飲み続けべれべれに酔って、懐(ふところ)から人形を買うはずの金を出して気前よく、「勘定の足しにしてくれ」と見栄を張り、若い者たちに見送られて家に帰って来た。
かみさんはいつもの熊さんのていたらくに涙ながらに、子どもを連れて出て行くなんて言い始めた。
ばつが悪くなった熊さんはすごすごと二階へ上がって寝てしまった。
しばらくしておじさんが様子を見に来る。
かみさんから人形を買うはずの金で飲んでしまったと聞いたおじさんは、今日こそは懲らしめてやると二階へ上がる。
おじさん 「こら、熊、起きろ、何だって人形を買う金で飲んじまうんだ」
熊さん 「いえ、おじさん、人形や幟(のぼり)がちゃんと買ってあります」
おじさん 「どこにある?」
熊さん 「おじさんが、梯子をトントンと上っておいでなすった。これが初幟(上り)だ」
おじさん 「人を馬鹿にするな」
熊さん 「あっしが酒に酔って真っ赤になった金太郎で、酔いがさめたら鍾馗(正気)になりまさぁねえ。
この通り人形がございましょ。
もう、決して酒、博打はいたしません。
勝負事は断ちます。菖蒲太刀(勝負断ちで」
おじさん 「呆れた野郎だ」
熊さん 「おじさん、柏餅を御馳走しましょう」
おじさん 「そんな物、どこにある」
熊さん 「この五布(いつぬの)布団にくるまったところが柏餅、”まろび寝の 我は布団の柏餅 かわいと言うて さすり手もなし”、頭の出ているのはあんこがはみ出したところ、おじさんなめてごらんなさい」
おじさん 「てめえがそう言うなら、俺も一つ祝ってやろう」
熊さん 「大きな声だな、おじさん」
おじさん 「この声(鯉)を吹き流しにしろ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 端午の節句 – 五月五日の男の子の成長を祝う行事。鯉のぼりや武者人形を飾り、柏餅や粽を食べる習慣があります。
- 初節句 – 生まれて初めて迎える節句。この噺では熊さんの息子の初めての端午の節句です。
- 五月幟(さつきのぼり) – 端午の節句に立てる幟(のぼり)。武者絵や家紋が描かれた旗状の飾りです。
- 金太郎 – 端午の節句の人形としてよく飾られる童話の主人公。赤い腹掛けをした元気な男の子の姿で知られます。
- 鍾馗(しょうき) – 中国の魔除けの神。端午の節句に飾る人形の一つで、この噺では「正気」と掛けています。
- 菖蒲太刀(しょうぶだち) – 菖蒲の葉で作った刀の飾り。「勝負断ち」と音が似ていることを利用した言葉遊びです。
- 柏餅(かしわもち) – 端午の節句に食べる餅。柏の葉で包んだ餡入りの餅で、「五布(いつぬの)」と掛けています。
- 鯉の吹き流し – 鯉のぼりの一部。「声(こえ)」と「鯉(こい)」を掛けた言葉遊びです。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ熊さんは人形代を飲んでしまったのですか?
A: 大酒飲みの熊さんが、若い者の手打ちに呼ばれて断り切れず、「一杯だけ」のつもりがどんどん飲んでしまったためです。酒飲みの意志の弱さを描いています。
Q: 言葉遊びはすべて即興ですか?
A: 落語としては台本がありますが、熊さんが窮地を脱するために即興で考えたという設定です。端午の節句用語を次々と駆使する機転の良さが見どころです。
Q: おじさんは最後に納得したのですか?
A: 最後の「この声(鯉)を吹き流しにしろ」は、おじさんも言葉遊びに乗って熊さんを叱る場面です。呆れながらも、熊さんの機転に負けた形になっています。
Q: この噺の教訓は何ですか?
A: 酒飲みの悪習と家族への影響を描く一方で、窮地を言葉遊びで切り抜ける機転も描いています。教訓というより、酒飲みの滑稽さと人間味を楽しむ噺です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の大名人。酒飲みの熊さんを愛嬌たっぷりに演じ、言葉遊びの絶妙さを表現しました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 端午の節句用語の説明を丁寧にしながら、熊さんの機転の良さを際立たせました。
- 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。熊さんの困った性格と、それでも憎めない人柄を見事に演じ分けます。
関連する落語演目
同じく「酒飲み」を描いた古典落語
言葉遊びのオチの古典落語
夫婦の掛け合いを描いた古典落語
季節の行事を扱った古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「五月幟」は、酒飲みの滑稽さと家族への愛情、そして機転を利かせた言葉遊びが絶妙に組み合わさった作品として、現代にも通じるメッセージを持っています。
最大の魅力は、熊さんの言葉遊びの連続技です。「初幟(上り)」から始まり、「金太郎」「鍾馗(正気)」「菖蒲太刀(勝負断ち)」「柏餅」「鯉の吹き流し」と、端午の節句用語を次々と状況に当てはめていく。この即興的な機転は、落語の醍醐味を凝縮しています。
熊さんの酒飲みぶりは、現代のアルコール依存症にも通じます。「今日は飲まない」と決めても、「一杯だけ」からどんどんエスカレートする。家族のための大切なお金を使ってしまう。この意志の弱さは、今も昔も変わらない人間の弱さです。
興味深いのは、おじさんの対応です。怒って説教しに来たのに、熊さんの言葉遊びに付き合ってしまう。最後は「この声(鯉)を吹き流しにしろ」と自分も言葉遊びをする。これは、怒りながらも熊さんの機転を認めた形です。完全に突き放すのではなく、どこかで許してしまう。この優しさが日本的な人情です。
かみさんの涙も深いものがあります。初節句という大切な日に、夫が人形代を飲んでしまう。子どもを連れて出て行くと言うほどの怒りと悲しみ。現代でも、家族のために使うべきお金をギャンブルや酒に使ってしまう問題は深刻です。
しかし、この噺は単なる酒飲み批判ではありません。熊さんの言葉遊びの巧みさは、彼の知性と機転を示しています。ダメな人間だけど、どこか憎めない。この複雑な人物像が、熊さんを魅力的にしています。
端午の節句という季節行事を題材にしているのも重要です。節句は家族の絆を確認する行事であり、その大切さを踏みにじる熊さんの行為は、家族の意味を問い直します。現代でも、家族行事を軽視する風潮がありますが、この噺は行事の大切さを逆説的に示しています。
言葉遊びの高度さも見逃せません。「五布(いつぬの)」を「柏餅」に見立てる発想は、相当な言語感覚が必要です。現代人は実用的な言葉使いに慣れていますが、この噺のような遊び心のある言葉の使い方は、言語の豊かさを再認識させてくれます。
また、この噺は「許し」のテーマも含んでいます。熊さんは確かに悪いことをしましたが、言葉遊びで場を和ませる。おじさんも最後は付き合ってしまう。完璧な人間などいない、失敗しても許される関係が大切だという、温かいメッセージが込められています。
現代への示唆として重要なのは、「機転の力」です。窮地に立たされた時、言葉の力で切り抜ける。熊さんの機転は、現代のコミュニケーション能力にも通じます。ただし、それが本当の解決にはならないことも、この噺は示唆しています。
実際の高座では、熊さんの酔いっぷりと言葉遊びの連続技、おじさんの呆れた反応など、演者の表現力が見どころです。ぜひ実際の高座や動画でお楽しみください。






