義眼
3行でわかるあらすじ
熊さんが義眼を入れ、夜は茶わんの水につけて保管するよう医者に指示される。
吉原で隣の客が酔って熊さんの部屋に忍び込み、酔い覚めの水と間違えて義眼入りの茶わんの水を飲み干してしまう。
便秘になった男を医者が肛門から診察すると「向こうからも誰かが覗いている」という衝撃のオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
片目を患った熊さんが眼医者で義眼を入れてもらい、夜は茶わんの水につけて保管するよう指示される。
男前が上がった熊さんは早速吉原に遊びに行き、馴染みの女から大もてされる。
隣の部屋の客は合い方の女が手水に行ったまま戻らず、一人で酒を飲んで酔ってしまう。
静かになった隣の部屋を覗こうと、酔った客が熊さんの部屋に忍び込む。
枕元の茶わんを酔い覚めの水だと思い込み、義眼の入った水を飲み干してしまう。
翌朝から便秘になり、腹がどんどん膨らんで布袋様のようになり歩くのもままならない。
我慢できずに医者を呼び、肛門に何かが詰まっていると診断される。
医者がドイツ製のメガネで肛門から覗いて診察すると、突然大声を出して飛び出してしまう。
追いかけてきた女房に医者が説明する「ご主人の肛門を覗いていると、向こうからも誰かが覗いておりました」。
義眼が肛門から覗いているというビジュアル的な衝撃オチで、観客の想像力に委ねる巧妙な構成の名作。
解説
「義眼」は江戸時代後期から明治時代にかけて成立した落語で、医療技術の発達とともに生まれた比較的新しい演目です。義眼という当時としては最新の医療技術を題材に、誤解と偶然が重なって起こる騒動を描いています。
この落語の最大の特徴は、最後のオチが完全にビジュアル的な笑いに依存していることです。医者が肛門から覗くと義眼が逆に覗き返しているという状況は、聞き手の想像力に完全に委ねられており、落語の「間」と「想像力」を最大限に活用した構成となっています。
物語の展開も巧妙で、熊さんの義眼装着から吉原での遊興、隣の客の勘違いによる誤飲、そして便秘騒動と医者の診察まで、すべてが最後のオチに向けて計算された構成になっています。特に酔った客が「水に芯がある」「生臭い」「大きな塊りがのどを通った」と描写する部分は、聞き手に義眼を飲み込んだことを気づかせる巧妙な伏線となっています。
あらすじ
片方の目を患った熊さんが義眼を入れてもらう。
鏡を見ると男っぷりが上がり大満足だ。
眼医者から夜寝る前は眼をはずして、湯飲み茶わんの水の中につけておくように言われる。
さもないと縮んで小さくなり顔から目が落ちて、「落ち目」になってしまうという。
熊さんは早速、吉原に遊びに行く。
馴染みの女からちょっと会わないうちに男前が上がったと大もてだ。
一方、隣の部屋の客は、合い方の女が手水に行って来ると出て行ったまま帰ってこない。
回りの部屋には女がついて盛り上がっているのに、自分だけが一人にさせられ面白くない。
この部屋の留守番に来たみたいだなんてぼやきながら一人で酒ばかり飲んで酔ってしまう。
その内に隣も寝てしまったようで静かになる。
隣の客はどんな男か見てやろうと、そっと熊さんの部屋に忍び込む。
枕元に茶わんが置いてある。
男は酔い覚めの水だと思って目玉の入っている茶わんの水を飲み干す。
この水には芯があるようで、ちょっと生臭くて何か大きな塊りがのどを通っていったなんて呑気なことを言っている。
翌朝、男は家に帰ると便秘になり、腹がどんどんふくらみ始め10日位すると腹が布袋様みたいに膨らんでもう歩くのもままならない。
とうとう我慢ができなくなり女房に頼んで医者を呼んでもらう。
医者は何かが肛門のあたりに詰まっていて、流しに置いたたわしが水の流れを塞ぐように肛門を塞いでいるようだという。
そしてドイツ製だというメガネを取り出し、男の尻の穴から覗いて見ることにする。
いざ尻をまくった男の尻の穴をメガネで覗いた医者の先生、「うわぁ~」と大声を出して表へ下駄もはかず飛び出してしまった。
男の女房があわてて追いかけてきてどうしたのかと聞くと、
医者 「ああ~、実に驚きました。ご主人の肛門をこう見ていると、向こうからも誰かが覗いておりました」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 義眼(ぎがん) – 失った眼球の代わりに入れる人工の目。江戸時代後期から明治時代にかけて普及しました。
- 落ち目 – 運勢が衰えること。この噺では義眼が縮んで顔から落ちることと掛けています。
- 合い方(あいかた) – 遊郭で馴染みの客につく遊女。この噺では隣の客の馴染みの女です。
- 手水(ちょうず) – トイレのこと。江戸時代の婉曲表現です。
- 布袋様 – 七福神の一人。大きな腹が特徴で、この噺では便秘で膨らんだ腹の比喩に使われます。
- 肛門 – 消化管の出口。この噺の重要な舞台となる部位です。
- ドイツ製のメガネ – 当時の最新医療器具。実際には検査用の拡大鏡のようなものと思われます。
- ビジュアルオチ – 視覚的なイメージで笑いを取るオチの手法。この噺の最大の特徴です。
よくある質問(FAQ)
Q: 義眼を飲み込んでも大丈夫なのですか?
A: これは落語的な誇張です。実際には義眼は比較的大きく、飲み込むのは困難です。また飲み込んでも通常は排泄されるはずですが、落語では面白さのために肛門に詰まる設定になっています。
Q: なぜ隣の客は水を飲んでしまったのですか?
A: 酔っていたため、枕元の茶わんを酔い覚めの水だと勘違いしたからです。暗い中での出来事なので、義眼が入っているとは気づきませんでした。
Q: 「向こうからも誰かが覗いている」とはどういう意味ですか?
A: 医者が肛門から中を覗くと、飲み込まれた義眼が逆にこちらを見ているという、ビジュアル的な笑いのオチです。まるで向こうから誰かが覗いているように見えたということです。
Q: この噺はいつ頃できたのですか?
A: 義眼という医療技術が普及した江戸時代後期から明治時代にかけて成立したと考えられています。比較的新しい演目です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の大名人。この噺の軽妙な語り口と、最後のビジュアルオチの間が絶妙でした。
- 三遊亭圓生(六代目) – 医者の驚きと、義眼誤飲の経緯を丁寧に描きました。
- 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。登場人物それぞれの心情を繊細に表現します。
関連する落語演目
吉原を舞台にした古典落語
誤解が生む笑いの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「義眼」は、医療技術と人間の不注意が織りなすブラックユーモアの傑作として、現代にも通じる笑いと教訓を持っています。
最大の魅力は、最後のビジュアルオチです。「向こうからも誰かが覗いている」という一言で、聴衆は肛門の中に義眼がある状況を想像します。この視覚的なインパクトは、言葉だけで強烈なイメージを喚起する落語の力を示しています。
酔った客の軽率な行動も現代的です。人の部屋に勝手に入り、枕元の水を飲んでしまう。酔っているからと許される範囲を超えています。現代でも、酔った勢いでの軽率な行動が問題を引き起こすことは多く、この噺はその警鐘となっています。
義眼という当時の最新医療技術を題材にしている点も興味深いものです。新しい技術は便利ですが、予想外の問題も生みます。現代でも、コンタクトレンズや義歯など、体に装着する医療器具は日常的ですが、それらの誤用や紛失の可能性は常にあります。
「水に芯がある」「生臭い」「大きな塊りがのどを通った」という描写は、義眼を飲み込んだことを示唆する巧妙な伏線です。しかし客本人は気づかない。現代でも、異常を感じながらも深刻に考えず、後で大問題になることはよくあります。
便秘の描写も詳細です。10日間で布袋様のような腹になる。これは落語的誇張ですが、便秘の苦しさは現代人にも理解できます。現代の医療では義眼を飲み込むことは稀ですが、異物による消化器トラブルは実際に起こり得ます。
医者の驚きの描写も見事です。プロの医者が「うわぁ~」と叫んで逃げ出す。これは義眼が肛門から覗いている光景がいかに異常かを示しています。現代の医者も、予想外の診察結果に驚くことはあるでしょう。
吉原の場面も重要です。馴染みの女に会いたい熊さんと、女に放置された隣の客の対比。遊郭という場所の悲哀と人間模様が描かれています。現代の風俗産業でも、客の扱いの差は存在します。
この噺は「不注意の連鎖」も描いています。熊さんが義眼を茶わんに入れたまま寝る、隣の客が酔って忍び込む、暗闇で水を飲んでしまう。一つ一つは小さな不注意ですが、重なると大事故になります。現代の事故やトラブルも、同様の不注意の連鎖で起こることが多いのです。
また、この噺は「想像力の笑い」の極致です。実際に肛門から義眼が覗いている映像は示されません。聴衆がそれぞれ想像する。この想像の自由さが、落語の面白さです。現代のビジュアル文化では、すべてが映像で示されますが、想像力に委ねる余白の大切さを、この噺は教えてくれます。
実際の高座では、医者の驚きの演技、義眼誤飲の経緯、そして最後の一言の間が見どころです。ぜひ実際の高座や動画でお楽しみください。




