源九郎狐
源九郎狐(げんくろうぎつね) は、大和郡山の源九郎狐が江戸見物で吉原に繰り出し、初音の鼓で狐忠信の調子になって謡い出す廓噺。「花魁、そのお客を振(降)っておやんなさいまし」というオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 源九郎狐(げんくろうぎつね) |
| ジャンル | 古典落語・廓噺 |
| 主人公 | 源九郎狐(大和郡山の狐) |
| 舞台 | 江戸・吉原遊廓 |
| オチ | 「花魁、そのお客を振(降)っておやんなさいまし」 |
| 見どころ | 神田川から吉原への道中描写と「振る」「降る」の掛け詞 |
3行でわかるあらすじ
大和郡山の源九郎狐が江戸見物にやってきて、他の稲荷たちに誘われて吉原へ遊びに行く。
吉野楼で静香花魁と遊んでいると、床の間の初音の鼓を見て懐かしがり打ってもらう。
すると狐忠信の調子になって謡い始め、新造に「そのお客を振(降)っておやんなさい」と言われるオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
大和郡山の源九郎狐が江戸見物にやってきて、湯島の妻恋稲荷が関東一円の稲荷を集めて歓迎会を開く。
源九郎狐は大和郡山の遊郭での人気を自慢たらたらで、笠間の紋三郎稲荷と王子稲荷に吉原に誘われる。
駕籠に疲れたというので、神田川をお茶の水の茗渓を楽しみながら下り、船で吉原に向かう。
隠田川から猪牙舟で山谷堀に入り、日本堤の八丁土手から衣紋坂を下り、見返り柳から吉原大門をくぐる。
華やかさと賑わいにびっくりして、うっかり尻尾を出してしまいそうになるほどだ。
源九郎狐は吉野楼という見世に上がって、静香花魁を敵娼にし、床の間の初音の鼓を見つける。
懐かしくなって静香に鼓を打ってもらうと、狐忠信の調子になって謡い始める。
「雨乞い故に殺されしと、思へば照る日がええ恨めしく、曇らぬ雨はわが涙・・・」と詠う。
すると新造が障子を開けて「花魁、そのお客を振(降)っておやんなさいまし」と言う。
狐忠信が雨乞いの話をしているので、「振る(客を断る)」と「降る(雨が降る)」を掛けた言葉遊びでオチ。
解説
「源九郎狐」は、上方落語でありながら江戸の風俗や地名を詳細に描いた、地理的な明確さと文学的な美しさを備えた作品です。神田川から吉原までの道筋を詳細に描写し、江戸の地理や交通手段を紹介している点が特徴的です。お茶の水の茗渓、猪牙舟、山谷堀、日本堤の八丁土手など、当時の江戸の名所が次々と登場します。
この演目の最大の見どころは、歌舞伎「義経千本桜」の「狐忠信」との関連性です。初音の鼓は、狐忠信が母狐の皮で作られた鼓を慧う場面で使われる小道具であり、源九郎狐がこの鼓を見て懐かしがるのは、同じ狐としての哀惆を抱いているからです。狐忠信が謡う「雨乞い故に・・・」の一節は、母狐への想いを歌ったものです。
オチの「振る」と「降る」の掛け詞は、狐忠信が雨乞いの話を謡っていることから生まれた絶妙な言葉遊びです。遊郭での「客を振る(断る)」と雨乞いの「雨が降る」を掛けており、噺全体の流れの中で自然に成立する計算された構成が見事です。
成り立ちと歴史
「源九郎狐」の背景には、歌舞伎「義経千本桜」の「狐忠信(きつねただのぶ)」の物語があります。「義経千本桜」は竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作で、延享4年(1747年)に人形浄瑠璃として初演された後、歌舞伎にも移されて大人気となりました。四段目「道行初音旅」「河連法眼館の段」に登場する狐忠信は、母狐の皮で作られた初音の鼓を慕い、佐藤忠信に化けて義経に仕えるという親子の情愛を描いた感動的な物語です。
この落語は、歌舞伎で人気を博した狐忠信の設定を落語に取り込み、吉原遊郭という全く別の舞台に置くことで滑稽味を生み出しています。江戸時代の庶民は歌舞伎の内容を熟知していたため、源九郎狐が鼓を見て感動するくだりや、雨乞いの謡を理解できたのです。
また、噺の前半で描かれる神田川からお茶の水、隅田川、山谷堀を経て吉原に至る水路は、実際に江戸時代に「船遊山」として人気のあったコースで、当時の江戸の水運交通を今に伝える貴重な描写でもあります。
あらすじ
大和郡山の源九郎狐が江戸見物にやって来た。
湯島の妻恋稲荷が関東一円の稲荷を集めて歓迎会を開いた。
源九郎狐は自分は大和郡山の遊郭の中に祀られ、遊女たちからの信仰も篤く、モテモテだと自慢たらたらだ。
笠間の紋三郎稲荷と王子稲荷は源九郎狐を、二次会で吉原に行こうと誘う。
源九郎狐は大乗気だが、駕籠に乗り疲れているというので、のんびりと舟で神田川をお茶の水の茗渓を楽しみながら下り、隅田川から猪牙舟で山谷堀に入り、日本堤の八丁土手から衣紋坂を下り、見返り柳から吉原大門をくぐった。
大和郡山の遊郭とは比べようもない、その華やかさと賑わいに源九郎狐はびっくりして、うっかり尻尾を出してしまいそうだ。
源九郎狐は吉野楼という見世に上がって、静香花魁を敵娼にする。
見ると座敷の床の間に初音の鼓が置いてあるので懐かしくて、静香に打ってもらう。
とたんに源九郎狐は狐忠信の調子になり、「雨乞い故に殺されしと、思へば照る日がええ恨めしく、曇らぬ雨はわが涙・・・・・」、
すると新造が襖を開けて、「花魁、そのお客を振(降)っておやんなさいまし」
さらに詳しく知りたい方へ
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 源九郎狐(げんくろうぎつね) – 歌舞伎「義経千本桜」に登場する狐忠信のこと。本名は源九郎狐で、母狐の皮で作られた初音の鼓を慕って義経に仕えます。
- 初音の鼓(はつねのつづみ) – 歌舞伎「義経千本桜」に登場する鼓。狐忠信の母狐の皮で作られており、その音を聞くと狐忠信が現れるという設定です。
- 吉原(よしわら) – 江戸時代の公認遊郭。現在の東京都台東区千束付近に位置し、華やかな遊興の場として知られました。
- 花魁(おいらん) – 吉原の遊女の最高位。位の高い遊女を指す言葉で、教養も美貌も兼ね備えた存在でした。
- 猪牙舟(ちょきぶね) – 吉原へ行くための小舟。隅田川から山谷堀を通って吉原に向かう際に使われました。
- 山谷堀(さんやぼり) – 隅田川から吉原方面へ通じる運河。吉原通いの重要な水路でした。
- 見返り柳(みかえりやなぎ) – 吉原大門の手前にあった柳の木。遊客が名残惜しく振り返ることから名付けられました。
- 新造(しんぞう) – 花魁に付き従う若い遊女見習い。花魁の身の回りの世話をしました。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ狐が吉原に遊びに行くのですか?
A: この噺では狐を擬人化して、江戸の名所や吉原の風俗を紹介する枠組みとして使われています。また、歌舞伎「義経千本桜」の狐忠信との関連で、文化的な深みも加わっています。
Q: 「義経千本桜」の狐忠信とはどういう関係ですか?
A: 源九郎狐は狐忠信の別名です。歌舞伎では、母狐の皮で作られた初音の鼓を慕って佐藤忠信に化けた狐が、義経に仕える物語です。この噺ではその鼓を見て感動する場面が描かれています。
Q: 「振る」と「降る」の掛け詞の意味は?
A: 「振る」は遊郭で客を断ること。「降る」は雨が降ること。狐忠信が雨乞いの話を謡っているので、「そのお客を降ってください(雨を降らせて追い出してください)」という二重の意味になっています。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 主に江戸落語の演目です。江戸の地理や吉原の風俗を詳細に描いており、江戸の文化を反映した作品です。
Q: 大和郡山に源九郎稲荷神社は実在しますか?
A: はい、奈良県大和郡山市に源九郎稲荷神社が実在します。日本三大稲荷の一つとされ、義経千本桜の狐忠信に由来する伝承があります。歌舞伎役者の参拝も多い由緒ある神社です。
Q: 噺に登場する妻恋稲荷や王子稲荷も実在しますか?
A: はい、いずれも実在する稲荷神社です。妻恋稲荷は文京区湯島に、王子稲荷は北区岸町にあります。王子稲荷は特に「王子の狐」の伝承でも知られ、落語の世界でもよく登場します。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 八代目桂文楽 – 江戸落語の大名人として、この噺の文学的な美しさと吉原の風情を見事に表現しました。
- 五代目古今亭志ん生 – 狐のキャラクターを生き生きと演じ、歌舞伎の謡の部分も味わい深く表現しました。
- 三代目古今亭志ん朝 – 父・志ん生の芸風を受け継ぎながら、洗練された語り口でこの噺を演じました。特に吉原の描写に定評がありました。
- 柳家小三治 – 独特の間とテンポで、この噺の情緒的な側面を引き出しています。
関連する落語演目
同じく「狐」が登場する古典落語

「吉原」が舞台の古典落語
「言葉遊び」が秀逸な古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「源九郎狐」は、江戸の地理や吉原の風俗を楽しみながら、歌舞伎という伝統芸能との繋がりも味わえる作品です。
神田川から吉原までの道筋を詳細に描くことで、江戸の地理や水路交通の様子を知ることができます。現代の東京とは全く異なる、水の都としての江戸の姿が浮かび上がってきます。
また、歌舞伎「義経千本桜」の狐忠信という文学的な要素を取り入れることで、単なる遊郭噺ではなく、母を慕う狐の哀愁というテーマが加わります。狐が初音の鼓を見て謡い始める場面は、落語でありながら歌舞伎の世界を感じさせる美しいシーンです。
最後の「振る」と「降る」の掛け詞も、狐忠信の雨乞いの謡があってこそ生きるオチで、全体の構成が緻密に計算されています。
実際の高座では、吉原の華やかさの描写、狐のキャラクター、歌舞伎の謡の部分など、演者の技量が問われる大ネタです。








