富士詣り
3行でわかるあらすじ
長屋の連中が富士山登山中に天候が悪化し、先達が「五戒を犯した者がいるから山が荒れる」と言い出し懺悔大会が始まる。
盗みから間男までみんなが悪事を白状する中、熱心に聞いていた先達が間男相手を聞くと「先達さんのだ」。
最後に二日酔いで気分が悪い辰さんが「ちょうど五合目」で「酔い」と「五合目」をかけたオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
長屋の連中が講を組んで大家を先達にして富士山登山を始める。
「六根清浄、お山は晴天」と唱えながら五合目まで登るが、急に天候が悪化する。
先達が「五戒を犯した者がいるから山の神が怒っている」と言い、懺悔しないと天狗に股を裂かれると脅す。
次々と盗みの告白が始まり、下駄の取り違え、湯銭の失敬、てんぷら代のごまかしなどが白状される。
震えている熊さんに先達が聞くと「色事、それも人のかみさん」と答える。
五戒の中でも一番重い邪淫戒で、それも間男なら大変だと先達が言う。
熊さんの告白が始まり、湯屋で知り合いのおかみさんと一緒になって家に上がり茶を飲む。
熊さんが洗濯や掃除などの家事を手伝っていい雰囲気になり、先達が熱心に聞く。
「どこのかみさんだ」と聞かれた熊さんが「先達さんのだ」と答える。
最後は二日酔いの辰さんが「五合目で酔った」とオチがつく。
解説
「富士詣り」は江戸時代の富士山信仰を背景にした落語で、富士講(富士山登山の組合)という実際の民俗を素材にしている。
「六根清浄」は人間の六つの根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を清めるという仏教用語で、実際の富士登山でも唱えられる。
五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒)は仏教の基本的な戒律で、この落語ではこれらを犯した者が懺悔するという設定になっている。
特に熊さんの間男の話は、先達が熱心に聞き入っているのに、相手が自分の妻だったという意外性が笑いを誘う。
最後の「五合目」と「酔い」をかけた地口オチも、山登りという設定を最大限に活かした洒落た仕上がり。
宗教的な要素を取り入れながらも、庶民の人情や欲望をユーモアたっぷりに描いた江戸落語の優作。
あらすじ
長屋の連中が講を組んで大家を先達にして富士登山だ。
晴天の下を「はっ、はっ!六根清浄、お山は晴天」と、唱えながら登って五合目で休憩だ。
すると急に雲行きが怪しくなり暗くなって来た。
先達さんはこの中に、お山に登る前の水垢離を取らなかった者、五戒を犯した者がいて、山の神様の怒りに触れ山が荒れるのだ。
懺悔して許しを乞わないと、天狗に股を裂かれると言う。
身に覚えのある連中は、天狗が怖くて進んで悪事を白状し始めた。
八さんは湯の帰りに、自分の汚い下駄の代りに、隣の新しい下駄をはき、ついでに番台から湯銭を失敬したと偸盗戒を告白。
てんぷら屋で食ったてんぷらの数をごまかした奴、屋台のそば屋で刻(とき)を数えてそば代を一文かすめ取った奴など偸盗戒が続出だ。
見ると熊さんが端の方でぶるぶる震えている。
先達さんがお前も何か盗んだのかと聞くと、「色事、それも人のかみさん」という。
五戒の中でも一番罪の重い、邪淫戒でそれも間男なら、天狗の股裂き、八つ裂きは必定だ。
先達さんにせかされて、熊さんの告白が始まった。
ある日湯から出たら、ちょうど女湯から出てきた知り合いのおかみさんに出くわした。
家の前まで来ると、上がってお茶でも飲んでと言う。
旦那は用事で遅くなり、女中は田舎に帰っていると言う。
家に入ると洗濯物がどっさり、台所に洗い物がぎっしりだ。
熊さんは気をきかせて洗濯、台所の片づけ、ついでに座敷の掃除、手水場の金隠しを拭いて、その手で糠味噌を掻き回してから猫の餌やりまで働いた。
おかみさんはすっかり喜んで、ぴたっと熊さんのそばに座って、お茶を飲んだりかき餅をかじったりのいい雰囲気になった。
これはチャンス到来と熊さんはおかみさんの膝をつねった。「あら、何にすんのよ」とぽんと腕を払われたが、しぶとくまたつねって、・・・・・。
興味津々(しんしん)、すっかり聞き入っていた先達さん、「この野郎うまくやりゃあがって、どこのかみさんだ」、熊さん「すまねえ、先達さんのだ」と、とんだ落ちがついた。
こんな悪事、懺悔ばかり聞いていては日が暮れてしまいそうで、そろそろ出発と見回すと辰さんが青い顔でうずくまっている。
お前も五戒を犯したのかと聞くと、二日酔いみたいに気持ちが悪く吐きそうだという。
先達さん 「あぁ、お前は初山で酔ったのだ」
辰さん 「酔ったかも知れねえ、ちょうど五合目だ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 富士詣り(ふじまいり) – 富士山に登って参拝すること。江戸時代には富士講という講組織があり、庶民も富士登山をしていました。
- 先達(せんだつ) – 富士講や伊勢参りなどの集団参拝の際、経験者として一行を先導し世話をする役割の人。案内役兼責任者です。
- 六根清浄(ろっこんしょうじょう) – 人間の六つの感覚器官(眼・耳・鼻・舌・身・意)を清めるという仏教用語。富士登山で実際に唱えられる掛け声です。
- 五戒(ごかい) – 仏教の基本的な戒律。不殺生(殺さない)、不偸盗(盗まない)、不邪淫(不倫しない)、不妄語(嘘つかない)、不飲酒(酒飲まない)の五つです。
- 水垢離(みずごり) – 冷水を浴びて身を清める修行。富士登山前には水垢離を取って身を清めることが求められました。
- 天狗(てんぐ) – 山の神として信仰された超自然的存在。富士山にも天狗の伝説があり、戒律を破った者を罰すると信じられていました。
- 邪淫戒(じゃいんかい) – 五戒の一つで、不倫や婚外性行為を禁じる戒律。五戒の中でも特に重い罪とされました。
- 間男(まおとこ) – 人妻と不倫関係を持つ男性のこと。江戸時代は姦通罪として厳しく罰せられる犯罪でした。
- 五合目(ごごうめ) – 富士山の登山口から頂上までを十段階に分けた五番目の地点。標高約2,300メートルで、現在も登山の休憩地点です。
よくある質問(FAQ)
Q: 富士講とは何ですか?
A: 江戸時代に富士山信仰を基盤に作られた民衆宗教組織です。庶民が講を組んで金を積み立て、代表者が富士登山する仕組みでした。
Q: 「六根清浄、お山は晴天」は実際に使われていた掛け声ですか?
A: はい、実際の富士登山でも唱えられていた掛け声です。現代でも富士講の伝統を守る人々が使っています。
Q: オチの「五合目で酔った」の意味を教えてください
A: 「五合目」と「五合(ごごう)=半分」をかけた言葉遊びです。二日酔いで気分が悪い辰さんが、酔いが「ちょうど半分(五合)」残っていると言っているのです。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。富士山は江戸から見える信仰の対象で、江戸庶民の富士講文化を反映しています。
Q: 実際に江戸時代の庶民も富士登山をしたのですか?
A: はい、富士講が盛んで、庶民も富士登山をしていました。白装束を着て「六根清浄」と唱えながら登るのが正式な作法でした。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人で、懺悔場面の人間臭さと間男のくだりを絶妙に演じました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 志ん生の息子で、美声と洗練された語り口で懺悔大会の臨場感を見事に表現しました。
- 柳家小三治 – 人間国宝。熊さんの間男告白を熱心に聞く先達の変化を巧みに演じ分けます。
- 春風亭一之輔 – 現代の若手実力派。エネルギッシュな語り口で、長屋連中の個性を際立たせます。
関連する落語演目
同じく「長屋・庶民」がテーマの古典落語
「宗教・参拝」がテーマの古典落語
「不倫・色恋」がテーマの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「富士詣り」のオチは二段構えになっています。一つ目は、先達が熱心に聞いていた間男話の相手が自分の妻だったという衝撃の展開。そして二つ目は、辰さんの二日酔いを「五合目で酔った」と表現する言葉遊びです。
この噺の最大の魅力は、富士山という神聖な信仰の場で繰り広げられる俗世間の欲望や悪事の告白です。宗教的な厳粛さと庶民の生々しい人間臭さのギャップが笑いを生んでいます。懺悔という真面目な行為が、結局は下世話な話の暴露大会になってしまう様子は、人間の本性をユーモラスに描いています。
特に熊さんの間男告白は、最初は洗濯や掃除など家事を手伝う善意から始まるのに、徐々に下心が見え隠れし、最後は先達の妻だったという三段落ちになっています。先達が熱心に聞き入る様子も、「人の不幸は蜜の味」という人間心理を見事に表現しています。
現代的な視点で見ると、この噺は「告白の場の二面性」を描いています。懺悔という真摯な行為が、結局は他人の秘密を知りたいという好奇心や、自分の罪を軽く見せるための比較対象探しになってしまう。SNSでの告白や炎上騒動にも通じる、人間の本質的な心理が描かれています。
また、「五合目」という地点が、登山の中間点であると同時に、「半分酔っている」という言葉遊びの舞台にもなる巧みな構成は、江戸落語の洒落た言葉遊びの伝統を示しています。
実際の高座では、次々と悪事を告白する長屋連中の個性、熱心に聞き入る先達の表情の変化、そして最後の衝撃のオチを演じ分ける演者の技量が見どころです。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。










