江島屋騒動
3行でわかるあらすじ
江島屋のイカモノ婚礼衣装(糊付けだけ)が婚礼中に着崩れし、恥をかかされた娘お里が利根川に身を投げた。
娘を失った母親が五寸釘で江島屋への歒いの儀式を行い、次々と店の人間が不幸に見舞われる。
番頭の金兵衛が歒いの話をすると店主の目が見えなくなり、最後に老婆が現れて江島屋が破滅する。
10行でわかるあらすじとオチ
深川小町と呼ばれた美女お里が、母の郷里の大貫村で名主の息子源太郎に見初められ、婚約が成立する。
支度金五十両で江戸の江島屋で四十五両の婚礼衣装を購入するが、実は縫っていない糊付けだけのイカモノだった。
婚礼当日、花嫁道中で雨に濺れたため、婚礼の席で衣装が腰から下だけ落ちてしまう。
客たちに嘲笑され、名主は恥をかかされたと怒って婚約破棄、支度金の返還を要求する。
絶望したお里は花嫁衣装の半袖を木に結び、利根川に身を投げて自殺してしまう。
一方、江島屋の番頭金兵衛が商用で过った道中、雪の夜に一軒家で宅を頑む。
そこにいたのは、娘を失ったお里の母親で、歒いの儀式で江島屋を呦い殺そうとしていた。
金兵衛が江戸に帰ってその話をすると、店では既に不可解な事件が続発していた。
金兵衛が歒いの儀式の真似をして話すと、店主の治右衛門の目が見えなくなってしまう。
最後に庭からあの歒いの老婆が現れ、江島屋の破滅が暗示されて終わる。
解説
『江島屋騒動』は、江戸時代の商売の悪質さを告発し、その報いを描く本格的なホラー落語です。縫い付けをせず糊付けだけで作ったイカモノの婚礼衣装という、実際にあったであろう悪徳商法を批判しています。「芸州道中記」などの古典文学をベースにした落語で、江戸文化の成熟期に作られた高度な作品です。
この噺の特徴は、人情器と恐怖要素が絶妙に組み合わされていることです。お里さんの悲劇や母親の悲しみは听衆の同情を誘いますが、一方で歒いの儀式や幽霊の出現は純粋な恐怖を喚起します。特に、母親が五寸釘で江島屋の受取証を釘打ちし、「目」の字を火箸で突く呦いの儀式は、民俗信仰に基づいたリアルな恐怖を描写しています。
演出面では、最初の美しい恋愛話から婚礼の惨事、そして最後の超自然的な報復まで、気分の起伏が非常に大きい作品です。最後の「庭でガサッと音がした」からの老婆の登場は、听衆に強烈なインパクトを与える結末で、これまでの悪徳商人への心理的制裁として機能していたことが稺われます。
あらすじ
深川佐賀町の医者の倉岡元庵は医者の不養生、ちょっとした風邪がもとであっけなく死んでしまった。
残された女房お松は、深川小町と呼ばれた、今年十七になる娘のお里を連れて自分の郷里、下総の大貫村に帰った。
鄙(ひな)にはまれな美人のお里を村の若者たちは放っておかずに大騒ぎとなる。
名主の源左衛門のせがれ、源太郎は盆踊りの夜にお里を見初め、嫁にもらってくれなければ死ぬと言い出した。
ある日、仲立ち役を頼まれた権次がやって来て、名主家は支度金五十両を出し、お松の面倒も見るということで縁談がまとまった。
早速、母と娘はその金を持って江戸へ出て、ちょうど芝神明宮のお祭りの日に、芝日陰町の江島屋という大きな古着屋で四十五両という大金をはたき、婚礼衣装を整えた。
いよいよ婚礼の当日の天保三年十月四日。
仲人の権次が日暮れに迎えに来て、お里は馬に乗り掛けで名主宅まで花嫁道中だ。
だが途中でにわかに降りだした雨で、馬上のお里はずぶ濡れになってしまう。
婚礼の席は盛り上がってお里が客にかいがいしく給仕しているうちに、婚礼衣装がふいに腰から下が取れて落っこちてしまった。
婚礼衣装は縫ってなく糊付けしただけのイカモノ、まやかし物だったのだ。
酔った客たちは遠慮会釈なく花嫁の不様な腰巻姿を卑猥に嘲笑して面白がっている。
お里はその場に泣き崩れ、名主の源左衛門は恥をかかされたとカンカンで、一方的に婚約を破棄し、支度金の五十両までも耳を揃えて返せという薄情、鬼親父ぶりだ。
せがれの源太郎はなにも言えない情けないぼんくら息子だ。
お里さんもこんなところへは嫁入りしなくてよかったのだが、そこはうら若い娘心、世をはかなんだお里は、花嫁衣装の半袖をちぎって木に結び、利根川の土手から身を投げてしまった。
流れた死骸は未だに上がらない。
一方の江島屋はあくどい商売を続けて大儲けしている。
ある日、商用で下総の佐原まで行った帰りの番頭の金兵衛は佐原から成田街道へ出て、船橋から江戸に向かうはずだったが、大きく道からそれてしまい、迷って夜になり、雪まで降って来た。
田んぼの中の灯を頼りに一軒家にたどりついて宿を頼むと地獄に仏で、「入りなさい」。
がたついた戸を開けて入ると、そこには七十前後の黒髪まじりの白髪をおどろに振り乱した、やせ細った老婆が一人っきり。
この寒い夜に破れたボロ一枚しか着てないからあばら骨まで見え、目はギョロギョロしているがよく見えないらしい。
その形相たるや安達ケ原の鬼婆そのものだ。
恐さと寒さでぞっとする金兵衛に、老婆は疲れているだろうから次の間でお休みという。
金兵衛は疲れでうとうとしたが、しばらくして寒さと空腹さと、きな臭い匂いで目がさめた。
障子の破れからのぞくと、婆さんが着物の切れ端を裂いて囲炉裏にくべ、灰の中に何か書いて火箸で突き、柱に貼った紙に長い釘を打っている。
老婆は金兵衛の気配に気づいて囲炉裏端へ呼んで語り始めた。”江戸日陰町の江島屋で花嫁衣装のまやかし物を買わされたため、娘は自害に追い込まれ、自分も目がよく見えなくなった。
娘の形見の片袖をちぎって、囲炉裏にくべて灰の中に「目」の字を書いて、それを突き、花嫁衣裳の代金の受取証に五寸釘を打って、江島屋を呪いつぶす、店の者みんな呪い殺す”と、鬼気迫る形相で金兵衛をにらみつけた。
驚きと恐ろしさで腰が抜けそうになりながらも、金兵衛は老婆が夢中で五寸釘を打っている隙にあばら家から逃げ出し、なんとか街道へ出て江戸へ帰って来た。
店に帰ってみるとおかみさんが階段から落ちてそのまま死んでしまい、その日に小僧が井戸へ落ちて死んだという。
そのあとも異様のことが続いて店は商売どころではないという。
ある夜、金兵衛が店の用で蔵に入ると、うず高く積まれた女物の着物の前に若い島田に結った娘が恨めしそうにス~ッと立っている。
全身ぐっしょりと濡れ、長く伸びたざんばら髪からぽたぽたと雫が垂れている。
そして腰から下がない。
金兵衛、「うわ~っ」と蔵から飛び出して、主人の治右衛門のところへ行って、あの老婆のことを身ぶり手ぶりで話し始める。
金兵衛 「・・・老婆が片袖をこうして囲炉裏にくべ、灰の中に目という字を書きまして、火箸で”おのれ!、江島屋!”と、こう突いて・・・」、治右衛門が「痛い!痛い、やめてくれ!」と、目を押さえてうずくまる。
それっきり両目は見えなくなってしまった。
庭でガサッと音がした。
見ると植え込みの間から、あの婆さんが不気味に笑いながら縁側へヒョイッ。
凶事が続き、呪われた江島屋がつぶれるという一席。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- イカモノ – まやかし物、偽物のこと。この噺では縫わずに糊付けしただけの婚礼衣装を指します。
- 糊付け(のりづけ) – 本来は縫い合わせるべきところを、糊で貼り付けただけの粗悪な仕立て方。水に濡れると剥がれてしまいます。
- 支度金(したくきん) – 婚礼の準備金。花嫁の婚礼衣装や嫁入り道具を揃えるために渡される金銭です。
- 五十両 – 江戸時代の高額な金額。現代の価値で約500万円から1000万円相当。庶民にとっては大金でした。
- 名主(なぬし) – 江戸時代の村の長。村政の責任者で、村民の中でも特に裕福な家柄が務めました。
- 花嫁道中 – 花嫁が婚家へ向かう行列のこと。馬に乗って華やかに移動するのが習わしでした。
- 五寸釘 – 約15cmの長い釘。呪いの儀式で使われることが多く、丑の刻参りなどで知られています。
- 呪い(のろい) – 相手に災いをもたらすための呪術的な儀式。江戸時代は民間信仰として広く信じられていました。
- 古着屋 – 中古の着物を売買する商売。新品より古着の方が流通量が多く、江戸時代の庶民の生活に密着していました。
よくある質問(FAQ)
Q: 江島屋騒動は実話ですか?
A: 創作落語ですが、「芸州道中記」などの古典文学をベースにしており、江戸時代に実際にあったであろう悪徳商法を題材にしています。
Q: 糊付けだけの婚礼衣装は本当にあったのですか?
A: 江戸時代には実際に存在したと考えられています。縫う手間を省いて糊で貼り付けるだけの粗悪品を高値で売る悪徳商法がありました。水に濡れると剥がれてしまうため、非常に悪質です。
Q: 五十両は現代のいくらくらいですか?
A: 時代や換算方法により異なりますが、概ね500万円から1000万円程度と言われています。農村部の名主が出せる大金でした。
Q: 呪いの儀式は実際に効果があったのですか?
A: 科学的根拠はありませんが、江戸時代は呪いや祟りが広く信じられていました。この噺では、悪徳商人への心理的・道徳的制裁として機能していたと考えられます。
Q: この噺は怪談落語ですか、人情噺ですか?
A: 両方の要素を持つ珍しい演目です。前半はお里の悲劇という人情噺、後半は母親の呪いという怪談要素が組み合わされています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。怪談場面の恐怖と人情場面の哀切さを見事に演じ分けました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。格調高い語り口で、悲劇と恐怖を品格を保ちながら表現しました。
- 柳家小三治 – 現代の名人。お里の悲しみと母親の怒りを丁寧に描写し、深い感情移入を促します。
- 春風亭一朝 – 怪談部分の演出に定評があり、呪いの儀式の恐ろしさを効果的に表現します。
関連する落語演目
同じく「怪談・ホラー」要素を含む古典落語
「悪徳商人・商売」がテーマの古典落語
「人情噺」の古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「江島屋騒動」は、単なる怪談話ではなく、江戸時代の消費者問題を告発する社会派落語と言えます。縫わずに糊付けしただけの婚礼衣装を高値で売りつける悪徳商法は、現代の欠陥商品や詐欺商法にも通じる問題です。
この噺の最大の魅力は、人情と恐怖の絶妙なバランスです。前半のお里の悲劇は聴衆の同情を誘い、後半の母親の呪いは純粋な恐怖を喚起します。特に、五寸釘で受取証を打ち、「目」の字を火箸で突く呪いの儀式は、民俗信仰に基づいたリアルな恐怖を描写しています。
現代的な視点で見ると、この噺は「悪徳商法への報復」という普遍的なテーマを扱っています。法的な救済が得られない時代、人々は超自然的な力に頼らざるを得ませんでした。母親の呪いは、被害者の怒りと悲しみの象徴であり、悪を許さないという江戸庶民の正義感の表れでもあります。
オチの「庭でガサッと音がした」からの老婆の登場は、聴衆に強烈なインパクトを与える演出です。これは単なる恐怖演出ではなく、悪徳商人への道徳的制裁として機能しており、江戸時代の人々の倫理観を反映しています。
実際の高座では、お里の悲劇、母親の怒りと悲しみ、呪いの儀式の恐ろしさを演じ分ける演者の技量が見どころです。特に怪談部分の演出は、演者によって大きく異なり、それぞれの個性が光ります。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。










