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【AI落語】映画こわい(新作落語)

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【AI落語】映画こわい(新作落語)
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【AI落語】映画こわい(新作落語)

江戸時代に映画はありませんでしたが、芝居や見世物はありました。人々の娯楽として親しまれていた芝居見物ですが、中には苦手な人もいたようです。

今回は、そんな芝居見物を嫌がる男の話を現代風にアレンジして、「映画こわい」として仕立ててみました。果たして、その男の本当の気持ちとは。

まくら

昔から芝居や見世物は庶民の楽しみでした。歌舞伎、人形浄瑠璃、軽業、曲芸など、様々な演目で人々を楽しませていたものです。

現代でいえば映画館やテレビ、動画サイトでしょうか。娯楽の形は変わっても、人を楽しませるという本質は変わりません。

ただし、中には人込みが苦手で、そういった場所を避ける人もいるようで…

あらすじ

芝居見物の相談

ある春の日、長屋の連中が集まって、近頃評判の芝居の話をしていた。

鶴吉「聞いたか?隣町の芝居小屋で、すげぇ面白い狂言をやってるってよ」

亀次「ああ、あの話題の座長の一座だろ?俺も見に行きたいと思ってたんだ」

松蔵「今度の休みに、みんなで見に行かねえか?」

鶴吉「いいねえ。久しぶりに芝居見物といこうじゃねえか」

そこへ、ぼんやりした顔の善公がやってきた。

亀次「おう、善公。いいところに来た。今度みんなで芝居を見に行くんだが、一緒に来ないか?」

善公「え?芝居?」

善公の顔が急に青ざめる。

善公「と、とんでもねえ!俺は芝居が大の苦手なんだ」

松蔵「芝居が苦手?なんでだよ?」

善公「あの暗い小屋の中で、大勢の人がひしめき合ってるのを見ると、もうだめなんだ。息が苦しくなって、めまいがしてくる」

善公は大げさに手で顔を覆う。

善公「それに、あの大きな声で喋る役者の声を聞くと、耳がキンキンして頭が痛くなる。芝居ほど恐ろしいものはねえよ」

鶴吉「そんなに嫌なのか?」

善公「ああ、考えただけでも寒気がする。俺は絶対に芝居小屋には近づかねえ。今日はもう帰らせてもらうぜ」

善公は慌てたように逃げるように帰っていった。

仲間たちの企み

亀次「あいつ、本当に芝居が嫌いなんだな」

松蔵「人込みが苦手なやつもいるからな」

鶴吉「よし、善公をからかってやろうじゃねえか」

亀次「どうやって?」

鶴吉「簡単さ。芝居の道具を借りてきて、善公の部屋の前で芝居をやるんだ」

松蔵「面白そうだな。きっと善公は腰を抜かすぜ」

亀次「でも、俺たち芝居なんてできるのか?」

鶴吉「適当にやればいいさ。大きな声を出して、派手に動き回れば芝居に見えるだろ」

三人は早速、近所の小道具屋に向かった。

道具の調達

小道具屋の親方「いらっしゃい。芝居の道具が欲しいって?」

松蔵「ええ、友達を驚かせたくて、ちょっと芝居の真似事をしたいんです」

小道具屋の親方「なるほど、面白いことを考えるねえ。何か特別な道具がいるかい?」

亀次「派手な衣装と、扇子、それに太鼓があれば十分です」

小道具屋の親方「それなら、この辺りの道具を貸してやろう。古いものばかりだが、十分派手に見えるぞ」

三人は色とりどりの衣装と小道具を抱えて、長屋に戻った。

素人芝居の開演

翌朝、三人は善公の部屋の前で派手な衣装に身を包み、芝居を始めた。

鶴吉「見よ!これぞ天下の英雄、源義経なり!」

亀次「待て待て!我こそは平家の武将、平知盛!」

松蔵「ドンドンドン!」(太鼓)

三人の下手くそな芝居が始まった。

善公「うわあああああ!」

善公が部屋から飛び出してきた。

善公「や、やめてくれ!芝居は勘弁してくれ!」

鶴吉「どうだ、善公!名優の演技を見ろ!」

亀次「これでも嫌いか?」

松蔵「参ったか?」

三人は下手くそな演技を続ける。すると突然、善公の目つきが変わった。

善公「もうだめだ!見てられねえ!」

善公は衣装を奪い取ると、見事な演技で義経を演じ始めた。その立ち回り、その台詞回し、まさにプロの役者顔負けの見事さだった。

鶴吉「え?」

亀次「うまい…」

松蔵「本物じゃねえか」

演技が終わると、善公は深いため息をついた。

善公「実は俺、芝居が大好きでたまらねえんだ。でも、おめえらみたいな下手くそな芝居を見せられるのが一番つらいんだよ。あまりにひどくて、つい本気になっちまった」

まとめ

芝居嫌いを装った善公の正体は、実は芝居の達人だったという展開でした。「芝居が怖い」のではなく「下手な芝居が怖い」というのは、芸能好きならではの悩みかもしれませんね。

真の芸能愛好家にとって、中途半端な演技ほど見ていられないものはないのでしょう。結果的に仲間たちは、善公の素晴らしい演技を見ることができて、思わぬ収穫でした。

現代でも、映画評論家や演劇ファンの中には、こんな完璧主義者がいそうです。愛が深すぎるゆえの苦悩というやつですね。

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