出来心
3行でわかるあらすじ
ドジな新米泥棒が親分から空き巣の手ほどきを受けて実践に出かける。
何も盗るものがない八五郎の家に忍び込み、縁の下に隠れていると、八五郎が大家に「泥棒に盗られた」と嘘をつき始める。
嘘に我慢できなくなった泥棒が飛び出してきて、二人とも「出来心」で言い訳する。
10行でわかるあらすじとオチ
親分から「お前は泥棒の素質がない」と言われた新米泥棒が、必死に頼み込んで空き巣の手ほどきを受ける。
親分は「イタチサイゴ兵衛」という名前で誤魔化す方法や、見つかったら「貧の盗みの出来心」と泣き落とす技を教える。
早速実践に出た泥棒だが、「イタチサイゴ兵衛」の名前を間違えたり、本人が出てきたりと失敗続き。
やっと見つけた空き家同然の八五郎の家に忍び込むが、何も盗るものがなくお粥を食べていると家主が帰ってくる。
慌てて縁の下に隠れた泥棒が聞いていると、八五郎は大家を呼んで「泥棒に入られた」と嘘をつき始める。
八五郎は店賃を払えない言い訳にしようと、ありもしない品物を「盗られた」と言い、すべて「裏が花色木綿」だと苦し紛れの説明。
あまりの嘘に我慢できなくなった泥棒が縁の下から飛び出し「何も盗るものなんかねえじゃねえか」と文句を言う。
泥棒は親分の教え通り「十三のお袋が長患いで八十を頭に五人の子どもが…」と数字を間違えて謝る。
嘘がバレた八五郎も縁の下にもぐり込み、大家に問い詰められる。
最後に八五郎も「これもほんの出来心でございます」と、泥棒と同じ言い訳でオチとなる。
解説
『出来心』は、泥棒と貧乏人という「盗む側」と「盗まれる側」の立場が逆転する構造が見事な古典落語です。通常なら被害者であるはずの八五郎が、泥棒騒ぎを利用して大家への店賃の言い訳にしようとする逆転の発想が秀逸です。
見どころは、親分から教わった「イタチサイゴ兵衛」という偽名や「貧の盗みの出来心」という言い訳を間違えて使う泥棒の間抜けさと、「裏が花色木綿」という苦し紛れの嘘を重ねる八五郎の掛け合いです。特に「十三のお袋が長患いで八十を頭に五人の子ども」という数字の逆転は、緊張のあまりの間違いをよく表現しています。
オチは「出来心」という言葉を泥棒と八五郎の両方が使うことで、盗みも嘘も同じ「出来心」という人間の弱さを描いています。悪事を働く者同士が同じ穴の狢であることを、軽妙に笑い飛ばす江戸っ子らしい洒落た落語です。
あらすじ
親分から呼ばれたドジで間抜けな新米泥棒。
親分はお前は泥棒の素質がなく見込みがないから、この稼業から足を洗って堅気になれと言う。
泥棒は「心を入れ替えて悪事に励む」と頼むので、親分は空き巣から出直せと、空き巣のイロハから細かいテクニック、秘伝のノウハウまでを叩きこむ。
手頃な家を見つけたら声を掛けて返事がなかったら忍び込むが、返事があれば「何の何兵衛さんはどちらで?」と、ゴマかして立ち去ればいい。
もし忍び込んで見つかったら、「失業しておりまして、八十のお袋が長患いで、十三を頭に五人の子どもがいます。貧の盗みの出来心でございます」と、泣き落とせばいいと伝授する。
早速、泥棒は仕事に出掛ける。
ある家で、「ええ、何の何兵衛さんはどちらで?」とやって、「何の誰だ?」に、「いえその、イタチサイゴ兵衛さんは・・・」と、しどろもどろで逃げだした。
次の家では「イタチサイゴ兵衛さんは・・・」に、「俺だよ」とまさかの展開となって慌てて飛び出す始末だ。
やっと空き巣にぴったしの家を見つけ忍び込むが、何も盗る物がない。
残っていたお粥なんか食っていると、そこへ帰って来たのがこの家のあるじの八五郎だ。
泥棒は慌てて縁の下に隠れる。
八五郎は足跡だらけの家の中を見て空き巣に入られたとすぐに気づくが、それを溜っている店賃の言い訳にしようと悪智恵を働かす。
急いで大家を呼んで元々何もない家の中を見せ盗難にあったから店賃は待ってくれと懇願する。
家の中を見た大家は確かに何も無いので店賃の日延べをOKする。
大家は盗品届を出すから、盗られた物を言って見ろと言う。
八五郎、苦し紛れに「布団をやられた」、「どんな布団だ」、「大家さんとこと同じ布団だ」、「表は唐草で、裏は花色木綿だ」、「その花色木綿の布団で」、その後で八五郎の言う盗品は羽二重の紋付も博多の帯も蚊帳(かや)も桐の箪笥も刀も南部の鉄瓶もお札(さつ)も全部”裏が花色木綿”だ。
これを縁の下で聞いていた泥棒、我慢できずに下から飛び出して来て、「冗談じゃねえやい、さっきから聞いてりゃいい気になりゃがって、てめえの家には何も盗るもんなんかねえじゃねえか」
八五郎 「おやっ、そんなとこから飛び出しゃあがって。てめえは泥棒だな」
泥棒 「この家には何も盗めるものなんぞねぇ」
八五郎 「盗らなくたって、人の家にだまって入りゃ泥棒だ」で、親分から教わったとおり、
泥棒 「失業しておりまして、・・・・・十三のお袋が長患いで八十を頭に五人の子どもがいます。これもほんの貧の出来心で・・・・」と哀れっぽく謝った。
泥棒に嘘をすっぱ抜かれた八五郎はバツ悪そうに、縁の下にもぐり込んだ。
大家 「おい八五郎、何も盗られてねえそうじゃねえか。どうしてあんな嘘ばかり並べたんだ?」
八五郎 「これもほんの出来心でございます」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 店賃(たなちん) – 長屋の家賃のこと。江戸時代の長屋は大家(地主の代理人)が管理し、店賃の取り立ても大家の役目でした。
- 縁の下(えんのした) – 長屋の床下スペース。隠れ場所として落語によく登場します。実際の江戸の長屋は床が高く、人が隠れられる空間がありました。
- 花色木綿(はないろもめん) – 藍染めの木綿布で、薄い青色から紫がかった色合いのもの。庶民の普段着や布団の裏地に使われました。
- 裏が花色木綿 – この噺では八五郎がすべての盗品を「裏が花色木綿」と苦し紛れに説明する繰り返しが笑いのポイント。実際には刀や鉄瓶に「裏」はありません。
- 貧の盗み(ひんのぬすみ) – 貧困ゆえの盗み。江戸時代、飢えによる盗みは情状酌量の余地がありました。
- イタチサイゴ兵衛 – 架空の人名。親分が新米泥棒に教えた偽名ですが、実在する人名のようにもっともらしく聞こえます。
よくある質問(FAQ)
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。江戸の長屋を舞台に、江戸っ子の軽妙な掛け合いが特徴的です。
Q: 泥棒が主人公の落語は他にもありますか?
A: はい、多数あります。『抜け雀』『二十四孝』『居残り佐平次』など、泥棒や盗人が登場する噺は落語の定番ジャンルです。江戸庶民にとって泥棒は身近な存在であり、笑いの対象でもありました。
Q: 「十三のお袋が長患いで八十を頭に五人の子ども」の数字が逆なのはなぜ?
A: 泥棒が緊張のあまり親分から教わった文句を間違えたという設定です。本来は「八十のお袋」と「十三を頭に」ですが、数字が入れ替わってしまい、ありえない家族構成になっています。これも笑いのポイントです。
Q: 実際に店賃を払えない場合、江戸時代はどうなったのですか?
A: 長屋の大家は店子の身元保証人でもあり、すぐに追い出すことはせず、ある程度の猶予を与えるのが一般的でした。ただし、あまりに悪質な場合は退去を求められることもありました。
Q: 現代でもこの噺は演じられていますか?
A: はい、今でも人気演目として多くの落語家が演じています。泥棒と八五郎の掛け合いが面白く、初心者にもわかりやすい構成のため、定席でも頻繁に演じられています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 軽妙な語り口と絶妙な間で、泥棒と八五郎の掛け合いを見事に演じ分け。特に「裏が花色木綿」の繰り返しのテンポが秀逸。
- 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。泥棒の間抜けさと八五郎の必死さを細やかに表現し、笑いの中に人情を感じさせる高座。
- 立川談志 – 独特の解釈で八五郎のキャラクターを際立たせ、現代的な笑いに昇華。毒のある語り口が魅力。
- 春風亭昇太 – テンポの良い語り口で若い世代にも人気。親分の教えを間違える泥棒の描写が印象的。
関連する落語演目
同じく「泥棒」が登場する古典落語
「嘘と言い訳」がテーマの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
『出来心』は、泥棒と八五郎という二人の「出来心」を対比させることで、人間の弱さを笑い飛ばす名作です。泥棒は貧しさから盗みを働き、八五郎は店賃を払えない苦しさから嘘をつく。どちらも追い詰められた人間の「出来心」であり、悪と善の境界線が曖昧であることを示唆しています。
現代でも、経済的困窮や社会的プレッシャーから「出来心」で過ちを犯してしまう人は後を絶ちません。この噺は、そうした人間の弱さを非難するのではなく、むしろ笑いに変えることで、江戸っ子らしい寛容さと人情を感じさせます。
「裏が花色木綿」という苦し紛れの嘘の繰り返しは、現代のコントにも通じるテンポの良さがあり、落語の普遍性を感じさせます。実際の高座では、演者によって泥棒のキャラクター設定や八五郎の嘘のつき方が異なり、同じ噺でも全く違う味わいが楽しめます。
機会があれば、ぜひ生の落語会やYouTubeなどで複数の演者の『出来心』を聴き比べてみてください。きっと新たな発見があるはずです。






