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【古典落語】だくだく あらすじ・オチ・解説 | 泥棒のつもり芝居と血だくだくの騒動記

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話芸の殿堂-古典落語-だくだく
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だくだく

3行でわかるあらすじ

ドジな泥棒が家に忍び込むと、豪華な家財道具があるように見えたが実は全て壁に描かれた絵だった。
泥棒は盗むものがないので「つもり」芝居を始め、絵の着物や時計を盗んだつもりで一人芝居を熱演する。
家主の八五郎が目を覚まして「槍で脇腹を突いたつもり」と応戦すると、泥棒が「血がだくだく出たつもり」と答えるオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

いつもドジばかりの泥棒が今夜も空き巣に入る手頃な家を物色し、明かりがついて戸が半開きの家を発見する。
忍び込むと南画の掛け軸、金庫の一万円札、結城の着物、博多の帯、銀の置時計など豪華な家財道具がずらり。
しかし暗さに慣れてよく見ると、全て壁に描かれた絵だと気づいて愕然とする。
盗むものがないので、せめて盗んだ気になろうと「つもり芝居」を始める泥棒。
「箪笥を開けて風呂敷を広げ、結城の着物と博多の帯を包んだつもり、銀の置時計も包んだつもり」と実演。
「風呂敷を背負ったつもり、重すぎて立ち上がれないつもり」と一人芝居を熱演中。
家主の八五郎が泥棒の芝居で目を覚まし、面白く見ていたが我慢できなくなる。
八五郎が「それなら俺もやってやろう」と布団をはねのけて参戦する。
「長押に掛けたる槍をりゅうとしごいて、泥棒の脇腹をプツーと突いたつもり」と八五郎。
泥棒が「うーん、血がだくだく出たつもり」と応じて、全て「つもり」の滑稽な攻防戦で締めくくる。

解説

「だくだく」は古典落語の中でも特にナンセンスなユーモアが際立つ作品で、「つもり芝居」という独特の設定が笑いを生む傑作です。この落語の面白さは、現実と虚構の境界を曖昧にした「つもり」の世界で展開される滑稽な攻防戦にあります。

物語の前半では、泥棒が豪華な家財道具に目を奪われながら、それが全て壁に描かれた絵だと気づく落差が笑いのポイントとなっています。江戸時代には実際に壁に家財道具を描いて部屋を飾る風習があり、この落語はそうした庶民の生活の知恵を背景にしています。

この作品の真の魅力は、泥棒が「つもり芝居」を始めることで生まれる独特の世界観です。何もないのに「重すぎて立ち上がれないつもり」という表現は、現実には存在しないものに対する想像力の豊かさを表現しており、落語ならではの言葉遊びの技法が光っています。

最後の八五郎との「つもり」の攻防は、両者が同じレベルでナンセンスな世界を共有することで成立する絶妙なオチです。「血がだくだく出たつもり」という台詞は、痛みも出血も実際にはないのに、想像の世界では確かに存在するという矛盾した状況を表現しており、落語的な論理の転倒を見事に示した名オチとして評価されています。

あらすじ

いつもドジばかる踏んでいる泥棒、今夜もキョロキョロと空き巣に入る手頃な家を物色している。
運よく明かりがぼんやりついて、戸が半分開きかかった家がある。

しめたとばかり、そろりと忍び込んでみると、家中に豪華な家財道具がずらり。
床の間に南画の山水の掛け軸、金庫が半開きで中に一万円札の束、総桐の箪笥の引き出しには結城の着物に博多の帯、茶箪笥の上に銀の置時計、長火鉢には南部の鉄瓶がかかって湯気が出ている。
寝そべっている猫、長押(なげし)には槍・・・・、と壮観だ。
だが、暗さになれてよく見るとみんな壁に貼った紙に描かれた絵だ。

すぐに家から出ればいいものを泥棒、洒落ているのか、芝居っ気があるのか、根っからの馬鹿なのか、盗むものが何もなければ、せめて盗んだ気にでもなろうと、「まず箪笥(たんす)の引き出しを開けて風呂敷を出して広げ、結城の着物、博多の帯を包んだつもり。茶箪笥の上の銀の置時計を包んだつもり・・・・風呂敷を結んで背負ったつもり、重すぎて立ち上がれないつもり」と、実演し出した。

泥棒の「つもり芝居」の途中で目を覚ましたこの家のあるじの八五郎。
前の長屋から家財道具を全部くず屋に売り払って、ここに引っ越して来たばかり、何も家財がないのは殺風景と、知り合いの絵師に絵を描かせたのだ。

何事かと目をこすって見ると泥棒が一人芝居を熱演中だ。
面白いと見ていたが、たとえ絵でも、好き勝手に盗んで行かれるのに我慢が出来なくなって来た。
それなら俺もやってやろうと、布団をぱっとはねのけ、

八五郎 「長押に掛けたる槍をりゅうとしごいて、泥棒の脇腹をプツーと突いたつもり」

泥棒 「うーん、血がだくだく出たつもり」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 長押(なげし) – 和室の壁の上部、鴨居の上に水平に渡された横木のこと。武家屋敷などでは槍や刀などの武具を掛けて飾る場所としても使われました。
  • 総桐の箪笥 – 全て桐材で作られた高級な箪笥。桐は湿気を防ぎ、防虫効果もあるため、着物を保管するのに最適とされました。江戸時代には裕福な家庭の象徴でした。
  • 結城(ゆうき) – 茨城県結城市を産地とする高級絹織物。結城紬として知られ、江戸時代から庶民の憧れの着物でした。
  • 博多の帯 – 福岡県博多の伝統工芸品である絹織物の帯。丈夫で締めやすく、江戸時代から高級品として人気がありました。
  • 南部の鉄瓶 – 岩手県南部地方(盛岡)で作られる鋳鉄製の湯沸かし器。丈夫で美しい装飾が施され、高級品として知られていました。
  • 南画(なんが) – 中国の文人画の様式を取り入れた日本の絵画。山水画が代表的で、床の間に飾る掛け軸として好まれました。
  • 床几(しょうぎ) – この文脈では、長屋の庶民が使う簡易な腰掛けのこと。

よくある質問(FAQ)

Q: 壁に絵を描いて部屋を飾るという風習は実際にあったのですか?
A: はい、江戸時代には実際にありました。家財道具を揃える余裕のない貧しい家庭が、壁に家財道具の絵を描いて部屋を飾ることがありました。また、引っ越しで家財を処分した後、殺風景な部屋を見栄えよくするために絵を描くこともあったようです。

Q: 「つもり芝居」というのは落語独特の表現ですか?
A: この噺で特に際立っているナンセンスな表現ですが、「つもり」で物事を済ませるという発想は江戸庶民の遊び心を反映しています。何もないのに「あるつもり」で演じる虚構の世界は、落語的な想像力の豊かさを示しています。

Q: 八五郎はなぜ最初から泥棒を捕まえなかったのですか?
A: 落語の世界では、論理的な行動よりも面白さが優先されます。八五郎が泥棒の「つもり芝居」を面白がって見ていたという設定は、江戸っ子の洒落っ気と余裕を表現しており、最後に自分も参加することで笑いを生み出しています。

Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 「だくだく」は江戸落語の演目です。長屋を舞台にした庶民の生活を描く点や、ナンセンスな言葉遊びで締めくくる点が江戸落語の特徴を表しています。

Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、現在も多くの落語家が高座にかけています。ナンセンスなユーモアと想像力の世界が楽しめる作品として、初心者にも人気の演目です。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 天衣無縫な語り口で、泥棒の間抜けさと八五郎の飄々とした様子を絶妙に演じ分けた名人。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 格調高い語り口ながら、ナンセンスな世界を品良く表現する技術に定評がありました。
  • 柳家小三治 – 現代の名手。泥棒の「つもり芝居」の描写が非常に細かく、聞き手を虚構の世界に引き込む力があります。
  • 春風亭昇太 – テレビでもおなじみの人気落語家。軽妙な語り口でこの噺の面白さを現代的に表現しています。

関連する落語演目

同じく「泥棒」がテーマの古典落語

ナンセンスな笑いが魅力の古典落語

長屋を舞台にした古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「だくだく」の最大の魅力は、現実と虚構の境界を曖昧にした「つもりの世界」にあります。何もないのに「重すぎて立ち上がれないつもり」という表現は、想像力さえあれば何でも可能になるという、落語的な自由さを象徴しています。

八五郎が泥棒の芝居を面白がって見ていたのに、最後には我慢できずに自分も参加してしまうという展開は、人間の遊び心と想像力への共感を描いています。現代社会では、バーチャルリアリティやメタバースなど、「つもり」の世界が技術的に実現されつつありますが、この噺が描く「想像だけで楽しむ」という姿勢は、むしろ人間本来の創造性を思い起こさせます。

「血がだくだく出たつもり」という最後の台詞は、痛みも苦しみもないのに、想像の中では確かに存在するという矛盾を表現しており、落語的な論理の転倒を見事に示しています。実際の高座では、演者によって泥棒の芝居の演技が大きく異なり、それぞれの個性が光る演目でもあります。


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