大工調べ
3行でわかるあらすじ
大工の与太郎が家賃滞納で道具箱を家主に取り上げられ、棟梁の政五郎が助けようとする。
政五郎が軽率な発言で状況を悪化させ、最終的に奢行所に持ち込まれる。
奥行の巧みな裁きで家主から手間賃を取り返し、「細工は流々仕上げをごろうじろ」で締めくくる。
10行でわかるあらすじとオチ
大工の腕はたいしたものだが頭の回転が遅い与太郎が、家賃を1両800文を滞納し道具箱を家主に取り上げられた。
心配した棟梁の政五郎が1両を渡して1両あれば御の字だ、800ぽっち足りないのはあたぼうだ」と吹き込む。
与太郎が家主に「御の字、あたぼう」を披露して怒らせ、道具箱どころか1両も取り上げられる。
政五郎が謝りに行くと、つい「たかが800」「800ばかり」などと言ってしまい家主を意固地にする。
たまりかねた政五郎は尻をまくって家主に大善場で食ってかかる。
最終的に南町奢行所に願い出て、奢行の如理で800文を支払って道具箱を取り返す。
しかし奥行は質株なしに質を取った家主の不届きを問い、道具箱を押さえていた20日間の手間賃300匁の支払いを命じる。
1両800文のかたに300匁とは、ちと儿かったであろう」と奥行が言うと、政五郎が「さすが大工は棟梁(細工は流々)」。
「へえ、調べ(仕上げ)をごろうじろ」と応じる。
解説
「大工調べ」は古典落語の中でも特に優れた構成と見事なオチで知られる法庭落語の名作です。この作品の最大の魅力は、弱者の味方であるべき棟梁の政五郎が、軽率な発言で状況を悪化させてしまう人間の可笑さと、最終的には奥行の機転で大逆転を果たす痛快さにあります。
物語の前半では、政五郎が与太郎に「御の字、あたぼう」という楽屋話を教えたり、家主に「たかが800」と言ってしまうなど、善意が裏目に出てしまうコミカルな展開が描かれています。これらのエピソードは、江戸時代の人々の素直さと軽率さをユーモラスに表現した秀逸な部分です。
しかし、この落語の真の精彩は奢行所の場面にあります。奥行は800文の支払いを命じた後、家主が質株(質屋の免許証)を持たずに道具箱を質として取ったことを突いて、逆に手間賃300匁の支払いを命じます。この法的な機転で政五郎たちが大勝利を収める展開は、江戸時代の奢行の英明さと正義感を表現した名場面です。
最後の「細工は流々、仕上げをごろうじろ」というオチは、大工の仕事と掛けた言葉遊びであり、この一件での政五郎の「仕事」ぶりを称賛すると同時に、落語全体を綺麗に結ぶ絶妙な結末として評価されています。この落語は江戸時代の法制度や社会情勢を背景に、市井の人々の権利意識と正義感を粒々に描いた作品として、現代においても多くの人に愛され続けています。
あらすじ
大工の腕はたいしたものだが、頭の回転がちょっと遅い与太郎がしばらく仕事に出て来ない。
心配した棟梁の政五郎が長屋に行ってみる。
家賃を1両と800文ため込み、家主の源六に家賃の抵当(かた)に道具箱を押さえられ、持って行かれたという。
政五郎は家主の所から道具箱を返してもらって来いと、持っていた1両を与太郎に渡す。
まだ800足りないと言う与太郎に、
政五郎 「1両あれば御の字だ。800ぽっち足りないのはあたぼうだ」などと吹き込んでしまう。
家主の所へ行った与太郎。800足りないと言われ、楽屋話の「御の字、あたぼう」を披露してしまう。
怒った家主は、道具箱は返さないばかりか持ってきた1両も取上げて与太郎を追い返す。
政五郎は与太郎を連れ、家主に謝りに行き、再度、道具箱を返してやってくれと頼む。
不足の800文を払えば道具箱はすぐ返すという家主に、政五郎は何度も頭を下げ事情を話し頼むが、つい、「たかが800」、「800ばかり」、「800くらいの金はすぐ放り込む」などと言ってしまう。
これを聞いた家主も意固地になり道具箱は返さない。
ついにたまりかねた政五郎、尻(けつ)をまくって威勢のいい啖呵で家主に食ってかかる。
政五郎 「やい!大家さんとかなんとか言ってやりゃつけ上りやがって、なにをぬかしやがるだ、この丸太ん棒め!てめえなんぞ血も涙もねえ、目も鼻も口もねえ、のっぺらぼうの野郎だから丸太ん棒てんだ。
てめえなんざあ人間の皮被った畜生だ。・・・てめえの氏素性を並べ立てて聞かしてやるから、びっくりして坐り小便して馬鹿になるなよ。
どこの馬の骨だか牛の骨だかわからねえ野郎が、この町内に転がり込んで来やがって・・・てめえの運が向いたのはここの六兵衛さんが死んだからじゃねえか。
そこに隠れている婆あは、六兵衛さんのかかあじゃねえか。婆あが一人でさびしがって、人手も足りなくて困ってるところにつけ込みやがって、水汲みましょ、芋を洗いましょ、薪割りましょ、てめえ、ずるずるべったり、その婆あとくっついて入夫と入(へえ)り込みやがって・・・」、源六が家主になれた裏話まですっぱ抜きだ。
与太郎も家主に悪口を浴びせかけようとするが、ピントがはずれ迫力がなく、これはどうもいまいちの感じだ。
政五郎は南町奉行所へ願い出る。
こんな些細なことは奉行所では取上げないのだが、与太郎が道具箱を取上げられ仕事の手間賃が入らず、「老母一人養いがたし」という訴状は奉行所でも放っておけない。
奉行は家主に対する政五郎の無礼をいましめ、即刻800文の支払いを命じる。
政五郎が800文を支払うと、再度、お白州に一同集まる。
奉行 「・・・ところで家主、源六、その方1両と800の抵当(かた)に道具箱を預かったのであるな。むろん質株をは持っておろうな」
源六 「おそれいります。ございません」
奉行 「なに、持っておらん。
質株なくして道具箱を質にとるのはなんたる不届き。道具箱を押さえていた20日間の手間賃を与太郎に払いつかわせ。・・・これ政五郎、大工の手間賃は1日いくらほどだ」、
政五郎 「まあ、10匁ぐれえで」
奉行 「なに、15匁か。20日間で300匁とあいなるな。
これ、源六、300匁払いつかわせ、日延べ猶予はあいならんぞ。立ていっ!」、源六が与太郎に300匁を渡し、またお白州へ集合だ。
さあ一件落着、皆がぞろぞろと引き下がり始める。
すると、奉行が政五郎を呼び止める。
奉行 「1両800のかたに300匁とは、ちと儲かったであろう。さすが大工は棟梁(細工は流々)」
政五郎 「へえ、調べ(仕上げ)をごろうじろ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 奉行所(ぶぎょうしょ) – 江戸幕府の行政・司法機関。南町奉行所と北町奉行所があり、月番交代で訴訟を受け付けました。
- お白州(おしらす) – 奉行所の庭に白い砂を敷いた裁判の場。ここで訴訟当事者が対決しました。
- 質株(しちかぶ) – 質屋営業の免許。江戸時代には質屋を営むために幕府の許可が必要で、無許可営業は違法でした。
- 匁(もんめ) – 重さの単位で、江戸時代には銀貨の単位としても使用されました。1匁は約3.75グラムで、300匁は銀の重さとしてかなりの金額でした。
- 1両(いちりょう) – 江戸時代の金貨の単位。現在の価値で約10万円程度。800文は約8,000円相当です。
- 文(もん) – 江戸時代の銭貨の単位。銅銭1枚が1文で、庶民の日常的な買い物に使われました。
- 道具箱 – 大工職人の命とも言える大切な道具一式を入れた箱。これを失えば仕事ができなくなります。
- 棟梁(とうりょう) – 大工職人の親方。技術だけでなく人格的にも職人たちを統率する存在でした。
- 与太郎噺(よたろうばなし) – 落語の一ジャンル。少し頭の回転が遅いが憎めない男・与太郎を主人公とした噺の総称です。
- 細工は流々、仕上げをごろうじろ – 大工職人の決まり文句。「細工(作業)は流れるように進めたから、仕上がりをご覧ください」という意味。ここでは「調べ(裁き)」と「仕上げ」を掛けています。
よくある質問(FAQ)
Q: 実際の江戸時代の奉行所でもこのような逆転判決はあったのですか?
A: はい、江戸時代の奉行は「大岡裁き」に代表されるように、法の条文だけでなく人情や常識を加味した裁きを行うことで知られていました。特に無許可営業や庶民の生活を脅かす行為には厳しく対処したという記録が残っています。
Q: 300匁とはどのくらいの金額ですか?
A: 300匁は銀の重さで約1,125グラム。江戸時代の相場では1両が銀60匁程度だったので、300匁は約5両、現在の価値で50万円程度に相当します。1両800文(約10万8000円)の抵当に対して5倍近い金額です。
Q: 「御の字、あたぼう」とは何ですか?
A: 「御の字」は「それで十分、望外の幸せ」、「あたぼう」は「当たり前だ」の江戸弁です。政五郎は与太郎に「1両払えば十分だ、800文足りないのは当然だ」と教えたつもりでしたが、与太郎が家主にそのまま言ってしまい怒らせてしまいます。
Q: この噺は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。奉行所を舞台にした法廷落語は江戸落語に多く、特に「大工調べ」は江戸っ子の心意気と奉行の英明さを描いた代表作として知られています。
Q: なぜ政五郎は家主に激しく食ってかかったのですか?
A: 江戸時代の棟梁は単なる職人の親方ではなく、職人たちの生活や人生にまで責任を持つ存在でした。与太郎が道具箱を失えば仕事ができず、老母を養えなくなってしまうため、政五郎は自分の責任として戦ったのです。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。政五郎の啖呵場面での迫力と、奉行所での機転の効いた演技が絶品でした。
- 桂文楽(八代目) – 「黒門町の師匠」として知られる完璧主義者。緻密な構成と格調高い語り口で、この噺の法廷劇としての完成度を極めました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 志ん生の次男。父譲りの軽妙さに品格を加えた演出で、現代の名演として評価されています。
- 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。人物の心情を丁寧に描き、政五郎と与太郎の関係性を温かく表現する演出が特徴です。
関連する落語演目
同じく「法廷もの」の古典落語
与太郎が活躍する古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「大工調べ」の真の魅力は、弱者を守るための知恵と機転、そして正義を貫く姿勢にあります。政五郎は最初軽率な発言で状況を悪化させますが、最後まで与太郎を見捨てず、正面から戦いを挑みました。
奉行の裁きも見事です。最初は政五郎の無礼を叱責し800文の支払いを命じることで公平性を示しながら、最後には質株を持たない違法営業を突いて大逆転を演出しました。これは単なる勧善懲悪ではなく、法の精神と人情の両立を描いた名場面です。
「細工は流々、仕上げをごろうじろ」という最後のオチは、この一連の出来事すべてを「大工の仕事」に例えた絶妙な言葉遊びです。政五郎が奉行所という「現場」で見事な「仕事」を成し遂げたことを、大工の決まり文句で表現する粋な締めくくりとなっています。
現代でも、権力に対して弱い立場の人々が不当な扱いを受けることがあります。この噺は、正義を諦めずに戦うこと、そして知恵と機転で道を切り開くことの大切さを教えてくれる作品として、今なお多くの人に愛されています。
実際の高座では、政五郎の啖呵場面での迫力、奉行所での緊張感、そして最後の痛快な逆転劇と、演者の技量が試される場面が続きます。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。






