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【古典落語】提灯屋 あらすじ・オチ・解説 | 判じ紋で提灯をタダ取りする長屋騒動

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話芸の殿堂-古典落語-提灯屋
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提灯屋

3行でわかるあらすじ

書けない紋があったら提灯をタダでくれると広告した提灯屋に、長屋の住人たちが判じ紋で次々とタダ取りしに行く。
「剣片波」「鈴堂崩し」「捉じ梅」「括り猯」などの判じ紋で、次々と提灯をもらいまくる。
最後に簡単な「丸に柏」を注文された提灯屋が、これを「すっぽんに鶏」と勘違いしてしまうオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

長屋の住人たちがチンドン屋の広告をもらうが読めず、米屋の隠居に読んでもらうと提灯屋の開店広告だった。
広告には「書けない紋があったら提灯をタダでくれる」と書いてあり、長屋の連中が目を輝かせる。
最初の男が「鍾馗さまが大蛇を胴切りにした」という判じ紋で「剣片波」と解き、ぶら提灯をもらう。
二人目は「お寺の大地震」で「鈴堂崩し」と解いて、ぶら提灯の二張り目をもらう。
三人目は「髪結床の看板が湯に入って熱い」で「捉じ梅」と解いて、ぶら提灯三張り目をもらう。
四人目は「算盤の掛け声が八十一で商売で大儲けして道楽で離縁」で「括り猯」として馬乗り提灯をもらう。
こうして提灯屋の店にあるぶら提灯がすべてなくなり、提灯屋は戦々恐々としている。
そこへ隠居が埋め合わせのつもりで「高張提灯一対」を注文しに来る。
隠居が「私の紋は丸に柏だ」と言うと、提灯屋はこれをまた判じ紋だと思い込む。
提灯屋が「丸に柏」を必死に考えた末、「すっぽんに鶏」だと勘違いしてオチとなる。

解説

「提灯屋」は古典落語の中でも判じ物(言葉遊び)を中心にした代表的な作品で、江戸庶民の機知とユーモアをよく表した名作です。判じ紋とは、言葉の音や意味を組み合わせて作られた謎かけのような紋のことで、江戸時代の文化として親しまれていました。

この落語の見どころは、長屋の住人たちが発明する様々な判じ紋の面白さです。「剣片波(けんかたは)」「鈴堂崩し(りんどうくずし)」「捉じ梅(ねじうめ)」「括り猯(くくりざる)」など、どれも絶妙な言葉遏びで、江戸庶民の知恵とユーモアがよく表現されています。

最後のオチである「丸に柏」を「すっぽんに鶏」と勘違いする部分は、提灯屋が判じ紋の嫌がらせで被害妄想になってしまい、ごく普通の紋をも判じ物だと思い込んでしまう笑いで、落語らしい絶妙な結末です。この作品は言葉遊びの楽しさと人間の心理を上手く組み合わせた秀作です。

あらすじ

チンドン屋が配った広告をもらった長屋の連中。
読める者はおらず町内に新しい店が開店らしいのだが、何の店か分らずに、寿司屋だ、そば屋だ、天ぷら屋、鰻屋などと勝手なことを言っている。

ちょうど通りかかった米屋の隠居に読んでもらうと、「・・・提灯店開業仕り候・・・七日間は開店祝いとして提灯のご紋は無代にて書き入れ申し候・・・万一書けざる紋これあり節は、お望みの提灯無代にて進上いたすべく候・・・なるほど・・・お前たちに分かるように言えば、書けない紋があったら提灯をただでくれるということだ」

長屋➀ 「生意気な提灯屋じゃねえか。
こんなに字ばかり書きやがって、提灯の絵かなんか描いてくるがいいじゃねえか。よおし、書いたものが証拠だからこの広告持って提灯ただでもらって来るからみんな待ってろ」

長屋➀ 「おい、提灯屋、紋が書けなきゃ提灯ただくれるな」

提灯屋 「へえ、紋と名がつきます紋でしたら、何んなりともお書きいたします」

長屋➀ 「それじゃあ、鍾馗さまが大蛇を胴切りにしたって紋だ」

提灯屋 「ほほう、珍しい紋ですな。大蛇を丸く描いてその中に鍾馗さまを描きますか」

長屋➀ 「そんな紋があるけえ。鍾馗さまが大蛇を胴切り、これは判じ紋だ」

提灯屋 「あなたそりゃあ判じ物でしょう。・・・分かりません、そんなもの書けません」

長屋➀ 「鍾馗さまが剣でうわばみ(大蛇)の胴を切ったんだから、片っ方がうわで、片方がばみだ。剣を持っているから剣片ばみだ」

提灯屋 「ああ、それならお書きします」

長屋➀ 「何言ってやんでえ。
今おめえ書けねえって言ったじゃねえか。このぶら提灯もらって行くぜ」、意気揚々ぶら提灯をぶら下げて長屋の連中の所へ凱旋した。
おれも提灯ただでもらって来るとまた一人が提灯屋へ行く。、

長屋② 「お寺の大地震だ」

提灯屋 「そんなの書けません」

長屋② 「大地震が来りゃあ、堂も九輪も崩れてしまうから、りんどうくずしだ。もらって来よ」、とぶら提灯が二張り目。
すぐに三人目が、

長屋③ 「髪結床の看板が湯に入って熱いてんだ」で、「髪結床の看板はねじれているだろ。
湯に入って熱いからうめろって言うだろ。だからねじ(捻じ)梅だ」、ついにぶら提灯はなくなったが、まだ提灯屋いじめは続く。

長屋➃ 「算盤の掛け声が八十一で、商売を始めたら大儲けして、道楽始めたらかみさんと喧嘩になって離縁したって紋だ」

提灯屋 「何ですかあなた。一体それは・・・」

長屋➃ 九九が八十一、商売で儲かって利があったからくくりだ。
かみさんが離縁して去って行っちゃったからくくりざる(括り猿)だ。
この馬乗提灯もらって行くぜ。
また来るぜ、今日は町内で提灯行列だ」、次はおれが行く、おれだと騒いでいる連中を見かねて、

隠居 「あたしが広告を読んであげたばかりに提灯屋に気の毒な事をした。何とかこの埋め合わせをしてやろう」と提灯屋へ。

提灯屋も、「悪い所へ店出してしまったがおれも男だ、もうこうなりゃ、てこでも動くまい」と、覚悟は決めたものの、”また来る”、”提灯行列”で戦々恐々としている所へ貫禄のありそうな爺さんがやって来る。「あの連中の元締め、親分だな。なんとでも言いやがれ」と、開き直っていると、

隠居 「あの高張提灯を一対欲しいのだが、家まで届けてください」

提灯屋 「店で一番高い高張提灯を届けろだと、さすがに念が行ってやがる」

隠居 「わたしの紋は丸に柏だ」

提灯屋 「マルにカシワ!さすが元締めだけあって解けそうで解けない無理難題を言って来やがった。マルにカシワ、・・・マルにカシワ、ちくしょうマルにカシワだな・・・」

隠居 「どうしたんだい提灯屋さん。
そんなに力んで顔を真っ赤にして。
ありきたりの紋だよ。丸に柏だ」

提灯屋 「マルにカシワ、マルにカシワ・・・あっ!分かった、すっぽんに鶏(にわとり)だろう」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 判じ紋(はんじもん) – 言葉の音や意味を組み合わせて作られた謎かけのような紋。江戸時代に流行した言葉遊びの一種で、実際の家紋をもじったものです。
  • 提灯(ちょうちん) – 和紙を骨組みに張り、中にろうそくを入れて持ち運ぶ照明器具。江戸時代の夜間外出には必需品でした。
  • ぶら提灯 – 手に持って歩く小型の提灯。竹の骨に紙を張った折りたたみ式のものが一般的でした。
  • 高張提灯(たかはりちょうちん) – 長い竿の先につける大型の提灯。祭りや店の看板として使用され、高級品でした。
  • 馬乗提灯 – 馬に乗るときに使用する専用の提灯。両側に一対で使用することが多く、比較的高価な商品でした。
  • 鍾馗(しょうき) – 中国の道教系の神。悪鬼を退治する神として、端午の節句の飾りなどに描かれました。
  • 九九(くく) – 掛け算の九九。「くくはちじゅういち(9×9=81)」という掛け声から判じ紋を作っています。

よくある質問(FAQ)

Q: 判じ紋は実際に存在したものですか?
A: はい、江戸時代には実際に判じ物や判じ紋が流行していました。ただし、この噺に登場する判じ紋は落語のために創作されたもので、実在の家紋ではありません。

Q: なぜ提灯屋は「書けない紋があったらタダ」という広告を出したのですか?
A: 開店セールの宣伝文句として、自信満々に「どんな紋でも書ける」ということをアピールしたかったのです。まさか判じ紋で攻められるとは思っていませんでした。

Q: 「丸に柏」を「すっぽんに鶏」と勘違いした理由は?
A: 「丸(まる)」を「すっぽん(丸い甲羅の亀)」と、「柏(かしわ)」を「鶏(かしわ=鶏肉の別名)」と解釈してしまったのです。判じ紋に翻弄されて疑心暗鬼になった提灯屋の心理を表現しています。

Q: この噺は江戸落語と上方落語の両方で演じられますか?
A: 主に江戸落語の演目として知られていますが、上方でも演じられることがあります。ただし、言葉遊びの部分で若干のアレンジが加えられることがあります。

Q: 現代でもよく演じられる噺ですか?
A: はい、言葉遊びの面白さが分かりやすく、初心者にも楽しめる噺として人気があります。判じ紋の説明を丁寧にする演者が多く、現代の観客にも理解しやすい演目です。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。判じ紋の説明を独特の間とリズムで表現し、聴衆を爆笑の渦に巻き込みました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 端正な語り口で知られ、提灯屋の焦りと長屋の住人たちの得意顔を見事に演じ分けました。
  • 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。淡々とした語り口の中に、言葉遊びの妙味を織り込む名手でした。
  • 春風亭小朝 – 現代の名手。判じ紋の説明を分かりやすく、かつテンポよく演じることで若い世代にも人気があります。

関連する落語演目

同じく「言葉遊び・判じ物」がテーマの古典落語

長屋の住人が主人公の古典落語

商売・店がテーマの古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「提灯屋」は、言葉遊びの楽しさと人間心理の面白さを巧みに組み合わせた作品です。現代でいえば、SNSで話題になった企業の宣伝文句を逆手に取って、消費者が思わぬ形で利用するような状況に似ているかもしれません。

興味深いのは、提灯屋が最後には被害妄想に陥ってしまう点です。度重なる判じ紋攻撃に疲弊し、普通の「丸に柏」さえも判じ物だと思い込んでしまう。これは現代のクレーム対応に疲れた店員が、普通の客まで警戒してしまう心理と重なります。

また、長屋の住人たちの団結力も見逃せません。一人が成功すると、次々と仲間が続いていく。これは江戸時代の長屋コミュニティの結束力を表すと同時に、現代のSNSでの情報拡散にも通じる部分があります。

判じ紋という江戸時代の文化を通じて、言葉の持つ創造性と可能性を教えてくれる作品でもあります。「剣片波」「鈴堂崩し」などの判じ紋は、単なる駄洒落を超えた創造的な言葉遊びで、日本語の豊かさを感じさせます。

実際の高座では、演者によって判じ紋の説明の仕方が異なり、それぞれの個性が光ります。特に提灯屋の焦りと困惑の表現は演者の腕の見せ所で、観客の笑いを誘うポイントとなっています。


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