ちりとてちん 落語|あらすじ・オチ・意味を完全解説
ちりとてちん は、知ったかぶりの竹さんに腐った豆腐を「長崎名産の珍味」と騙して食べさせる古典落語。涙を流しながら食べて「豆腐の腐ったような味」と答えるオチが絶妙です。NHK朝ドラのタイトルにもなった有名演目。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | ちりとてちん |
| 別名 | 酢豆腐(江戸落語版) |
| ジャンル | 滑稽噺 |
| オチ | 「豆腐の腐ったような味」 |
| 主要人物 | 旦那、竹さん(知ったかぶり)、喜ィさん |
| ちりとてちんとは | 腐った豆腐を誤魔化すための架空の珍味名 |
3行でわかるあらすじ
食通ぶっている竹さんに仕返しをしたい旦那が、腐った豆腐を「長崎名産のちりとてちん」と嘘ついて食べさせる。
竹さんは知ったかぶりで「長崎で食べた」と言いながら、涙を流してくさい腐った豆腐を食べる。
旦那が味を聞くと、竹さんは「ちょうど豆腐の腐ったような味ですわ」と答えてオチとなる。
10行でわかるあらすじとオチ
横町の旦那の誕生日に世辞上手の喜ィさんが招かれ、酒や鯛の刺身、茶碗蒸し、鰻の蒲焼きなどを何でも誉めまくる。
一方、裏に住む竹さんは食通ぶっていて、いつも文句ばかり言うので旦那は仕返しをしたいと思っている。
そこで奥さんが水屋に入れ忘れていた腐った豆腐を発見し、これを竹さんに食べさせようと考える。
腐った豆腐を潰して醤油、ワサビ、梅干を混ぜて「長崎名産のちりとてちん」と嘘つく。
竹さんが呼ばれてやってきて、「珍味を用意してくれ」と自分から言い出す。
旦那が「ちりとてちん」を知っているか聞くと、竹さんは「長崎で朝昼晚と食べてた」と嘘をつく。
折に入れた腐った豆腐を出され、竹さんは臭いにも関わらず知ったかぶりで食べ方を説明する。
涙を流しながらくさい腐った豆腐を食べて「美味しい」と無理やり言う。
旦那が「ちりとてちんってどんな味や?」と聞くと、竹さんは「ちょうど豆腐の腐ったような味ですわ」と答える。
解説
「ちりとてちん」は古典落語の中でも特に人気の高い作品で、知ったかぶりや見栄を張る人間の滑稽さを笑いの種にした名作です。「ちりとてちん」という名前は、奥の座敷で娘が弾く三味線の音から来ており、この音を聞きながら腐った豆腐を潰して「珍味」を作るという設定が絶妙です。
この落語の見どころは、竹さんという食通ぶった人物の特徴を絶妙に描いた点です。知ったかぶりで「長崎で食べた」と嘘をつき、くさいものを食べながらも「美味しい」と言い張る姿は、江戸時代の人々にとっても身近な笑いの種でした。
最後のオチ「ちょうど豆腐の腐ったような味ですわ」は、本人が気づかないうちに真実を暴露してしまう皆無の笑いで、落語らしい絶妙な結末です。この作品は、現代でも多くの落語家に愛され続けています。
あらすじ
横町の旦那は今日が誕生日、喜ィさんを呼んで昼間から一杯やる。
世辞の上手い喜ィさんは、まずは旦那は年より若く見えるからに始まり、京都の知り合いからもらった白菊という酒を「幻の名酒」だと誉めて美味そうにグビグビ呑み、鯛の刺身を生まれて初めて食べると言って、ワサビ、醤油も誉め、寿命が延びますなんて調子のよさだ。
次の茶碗蒸しは乗っている柚子(ゆず)から玉子、エビ、百合根、かまぼこ、アナゴ、銀杏(ぎんなん)と入っている具すべてと、ダシまでも忘れずに誉め上げながら、熱い、美味いと平らげていった。
ちょうどそこへ鰻屋に注文してた鰻の蒲焼きが届いた。
旦那はご飯に乗せて食べたらと勧める。
喜ィさんはご飯?初めてでございます。
なんて見え透いたことを言っているが、旦那は悪い気はしない。
それに引き替え裏に住んでいる竹さんは、美味い物は食べ尽くして飽きているなんて食通ぶっている。
そのくせ昼時にやって来ては、何杯も飯を食って行く。
それも「うまい」、「美味しい」とか言った試しがなく、「相変わらず悪い米使っている」、「炊き方が下手くそ」だなんて言い草だから腹が立ってしょうがない。
旦那は一度、ぎゃふんと言わせる仕返しがしたいと思っている。
そこへ奥さんが水屋に入れ忘れていた豆腐を持って来た。
黄色く毛羽立ち、何とも臭い代物だ。
旦那はこれをあの憎っくき竹さんに食わそうと思いつく。「珍味」が手に入ったと言えば知ったかぶりだから、「こんな物食べたことがある」、「こうやって食べるんだ」、なんて言いながらきっと口に入れてもがき苦しむだろうから、それを見ながらちびちびと酒を呑もうという算段だ。
喜ィさんも旦那の誕生日の趣向には打ってつけだと大乗り気だ。
奥の座敷で娘さんが、「♪チリトテチン、チリトテチン」と弾く三味線の音を聞きながら、腐った豆腐ということが分からないように、潰して醤油+ワサビ+梅干=長崎名物の珍味「ちりとてちん」の出来上がりとなった。
折に詰め、綺麗な包装紙でくるみ、「元祖 長崎名産ちりとてちん」と書いて準備万端、哀れな犠牲者となるべき竹さんを呼びにやった。
呼ばれたからしょうがないという顔でやって来た竹さん、早速白菊をガバガバ呑んで、「あぁ甘い、美味いことはない」との言いようだ。
旦那が鯛、茶碗蒸し、鰻を勧めると、「わてを呼ぶんだったら、びっくりするよな珍味を用意しときなはれ」と、自分から釣り針に掛かって来た。
それなら長崎名産の「ちりとてちん」を知っているかと聞くと、案の定「ちょっと前まで遊びで行った長崎で朝、昼、晩と食べてましたがな。酒のあてに良し、ご飯のおかずにたまりまへんで」、さらに偽物が出回っているから、本物かどうか見極めてあげると言うから好都合だ。
早速、折を持って来させ竹さんの目の前へ置くと、漂うその臭さに、「えらい臭い、たまらんなぁ」と言いながらも包みを開けて、「珍味というものは、沢山食べるもんやない。箸にちょっとだけでお酒・・・・」、目にピリピリと来て涙ぐみながら、「これがよろしぃ・・・・長崎の人はいきなり食べませんよ、食べる前に目で味わうのが本場の通の食べ方」と口へ、「エ、エ~ックション!」、「鼻へツンと きた時が食べ頃で、一番美味しい、オェ~、オェ~ ・・・・・あぁ~美味しい」
旦那 「お前、涙にじんでぇるで」
竹さん 「涙出るほど美味しぃですわ」
旦那 「わしら食べたことないけど、ちりとてちんてどんな味や?」
竹さん 「ちょ~ど、豆腐の腐ったよぉな味ですわ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 水屋(みずや) – 台所の食器棚や流し台のある場所。江戸時代は冷蔵庫がなく、食品の保管場所として使われました。
- 白菊(しらぎく) – 架空の銘酒。落語では京都の酒として登場します。実際の日本酒にも同名の銘柄があります。
- 茶碗蒸し – 江戸時代から続く日本料理。卵と出汁を蒸した料理で、当時は高級料理でした。
- 鰻の蒲焼き – 江戸時代中期から庶民に広まった料理。当時は贅沢品で、特別な日に食べるものでした。
- 長崎 – 江戸時代唯一の貿易港・出島があった場所。舶来品や珍味の集まる土地として知られていました。
- 珍味(ちんみ) – 珍しく、味わい深い食べ物。江戸時代は各地の名産品が「珍味」として珍重されました。
- 三味線(しゃみせん) – 日本の伝統楽器。「チリトテチン」という音は実際の三味線の音を表現しています。
よくある質問(FAQ)
Q: 「ちりとてちん」という珍味は実在するのですか?
A: いいえ、「ちりとてちん」は落語の中で作られた架空の珍味です。三味線の音「チリトテチン」から名付けられた創作料理です。
Q: なぜ竹さんは腐った豆腐だと気づきながら食べたのですか?
A: 竹さんは食通ぶって「長崎で食べた」と嘘をついてしまったため、引っ込みがつかなくなりました。見栄とプライドから、涙を流しながらも食べ続けたのです。
Q: この噺のオチ「豆腐の腐ったような味」の面白さは?
A: 実際に腐った豆腐を食べているのに、それを「豆腐の腐ったような味」と例える矛盾が笑いを生みます。本人は気づかずに真実を言い当てているという皮肉なオチです。
Q: この噺は江戸落語と上方落語で違いはありますか?
A: 基本的な筋は同じですが、細かい演出や方言の違いがあります。江戸では「酢豆腐」という題名で演じられることもあります。
Q: 現代でもこの噺は演じられていますか?
A: はい、知ったかぶりを皮肉る普遍的なテーマから、現在も多くの落語家が高座にかけている人気演目です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん朝(三代目) – テンポの良い語り口で、竹さんの知ったかぶりと苦悩を見事に表現。特に腐った豆腐を食べる場面の演技が秀逸でした。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。品格ある語りながら、滑稽な場面も巧みに演じ、この噺の真髄を表現しました。
- 柳家小三治 – 人間国宝。静かな語り口から徐々に盛り上げていく構成で、竹さんの心理描写が見事です。
- 立川志の輔 – 現代の名人。独特の間と表現で、現代人にも通じる見栄っ張りの滑稽さを描きます。
Audibleで落語を聴く
古典落語「ちりとてちん」は、竹さんの苦悶の表情を想像しながら聴くと最高に楽しい演目です。Amazonオーディブルでは、名人の落語が聴き放題で楽しめます。
腐った豆腐を食べる場面の演技は、各演者によって全く異なります。ぜひ聴き比べてお気に入りの「ちりとてちん」を見つけてください。
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同じく「知ったかぶり」がテーマの古典落語
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仕返し・騙し合いがテーマの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「ちりとてちん」は、SNS時代の今こそ響く落語かもしれません。知ったかぶりや見栄を張ることは、現代でも「映え」を意識した投稿や、経験していないことをあたかも経験したかのように語る行為として見られます。
竹さんの姿は、私たち自身の姿の戯画化でもあります。誰しも一度は知ったかぶりをして後に引けなくなった経験があるのではないでしょうか。涙を流しながらも「美味しい」と言い張る竹さんの姿は、滑稽でありながらも、どこか哀愁を感じさせます。
また、この噺は「正直さ」の大切さも教えてくれます。喜ィさんのように素直に美味しいものを美味しいと言える姿勢と、竹さんのように見栄を張る姿勢。どちらが幸せな生き方なのか、考えさせられます。
最後のオチは、嘘をつき続けた人間が最後に真実を語るという皮肉な構造です。これは「嘘つきは泥棒の始まり」という諺を思い起こさせますが、竹さんの場合は「知ったかぶりは恥の始まり」といったところでしょうか。
現代社会でも、グルメサイトのレビューや食べ歩きブログなど、食に関する情報があふれています。その中で本当に価値のある情報とは何か、本物の美味しさとは何か。この古典落語は、そんな問いかけも含んでいるのかもしれません。








