有馬小便
有馬小便(ありましょうべん) は、何をやっても長続きしない男が「二階から小便」という珍商売で有馬温泉に向かい、将棋に熱中する客との会話が噛み合わず、女性客から思わぬ反撃を受ける奇想天外な古典落語です。「じょうご持って来たらよかった」というオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 有馬小便(ありましょうべん) |
| ジャンル | 古典落語・上方落語 |
| 主人公 | 定職につかない男(小便屋) |
| 舞台 | 有馬温泉の旅館 |
| オチ | 「じょうご持って来たらよかった」 |
| 見どころ | 将棋用語と体の話の絶妙な掛け違い、女性客からの予想外の逆襲 |
3行でわかるあらすじ
定職につかない男が甚兵衛さんから教わった「二階から小便」という珍商売で有馬温泉へ向かい、竹の管を使って営業を始める。
将棋に熱中する客との会話が将棋の話と小便の話で完全に噛み合わず、「金が邪魔」「毛があるから無理」など勘違いが続く。
最後は女性客から竹の管に向けて逆襲されて頭から被ってしまい「じょうご持って来たらよかった」というオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
何をやっても長続きしない男が横丁の甚兵衛さんから「有馬温泉の旅館は便所が一階にあるから、二階から小便という商売ができる」と教わる。
男は肥桶と長い竹の管を持って有馬温泉へ行き、「二階から小便さしまひょ」と歩き回って営業を始める。
旅館の二階で将棋を指している清八と喜六が小便をしたがっているところに小便屋がやって来て、四文で商売が成立する。
しかし喜六は将棋に夢中で「金が邪魔」「桂(毛)がある」などと将棋の話をしているのに、小便屋はそれを体の話だと勘違いしてちぐはぐな会話が続く。
隣の部屋では娘さんが恥ずかしがって便所に行けずにいるところへ、女中が小便屋を呼んで「上を見ないように」と注意する。
小便屋は約束通り上を見ずに竹の管を差し出すが、手が濡れ、頭まで濡れてしまい大変な騒ぎになる。
女性客から竹の管に向けて逆襲されていることに気づいた小便屋は大慌てで逃げ回る。
最後に「じょうご持って来たらよかった」という実用的だが間抜けなオチで締めくくられる。
解説
「有馬小便」は古典落語の中でも特にユニークで奇抜なアイデアを扱った作品として知られています。この落語の最大の面白さは、一見もっともらしい商売のアイデアが実際には数々の問題を引き起こすという皮肉な展開にあります。「二階から小便」という発想自体が現代では考えられないほど奇抜ですが、江戸時代の庶民の生活事情を考えると、ある意味で合理的な解決策として提示されているところが興味深い点です。
物語の構造は二つのエピソードから成り立っており、前半の将棋に熱中する男性客とのやり取りでは、言葉の二重性を巧妙に利用した勘違いコメディが展開されます。「金が邪魔」「桂(毛)がある」といった将棋用語が体の話と混同される場面は、江戸時代の言葉遊びの巧妙さを示した秀逸な部分です。
後半の女性客とのエピソードは、より直接的で物理的なコメディとなっており、小便屋の「上を見ない」という約束が逆に災いして、予想外の反撃を受けるという展開は、計算外の出来事に慌てふためく人間の可笑しさを見事に表現しています。最後の「じょうご持って来たらよかった」というオチは、一見実用的なようでいて、根本的な問題解決にはならない間抜けさが絶妙で、この奇想天外な商売の顛末を締めくくるのに相応しい終わり方として評価されています。
あらすじ
何の仕事をしても長続きせずぶらぶらしている男に、横丁の甚兵衛さんがいい仕事があると教える。
甚兵衛 「有馬温泉は土地柄、旅館が道から低く作られている。
便所も二階から一階へ下りて行かなならんで面倒だ。そこでじゃ、”二階から小便さしまひょ”、ちゅうて歩いたら客は一階まで降りる手間がなくなって頼むぜ」
男はなるほどと、肥タゴと長い竹の節をくり抜いたのを持って、有馬温泉へ珍商売に出掛ける。
男(小便屋)が「二階から小便さしまひょ」と歩いていると、旅館の二階では清八と喜六が将棋を指している。
清八 「早よ、指さんかい。
往生ぎわの悪いやっちゃな。もうお前の負けやがな」
喜六 「やいやい言うな、わて最前から小便しとうて、考えがまとまらんねん」
清八 「下の便所でしてくりゃいいがな」
喜六 「降りるの面倒やし、お前、わしが将棋盤離れた隙に駒動かすやろと思うて・・・」、すると下の通りから「えぇ~、二階から小便さしまひょ」
清八 「けったいなんが来たぜ。おい、二階から出来るんか?」
小便屋 「へえ、竿を届くとこやったらどこでも」、「一回いくらだ?」
小便屋 「四文になっとります。この竹の中に入れとくなはれ」、「そうかちょっと頼むぜ」、小便屋は竹を上へ上げ始める。
上ではまだ将棋に夢中で、
清八 「もうおまえの負けや、参ったして小便しいや」
喜六 「う~ん、ちょっと具合悪いかなあ、・・・ちょっと無理か・・・」
小便屋 「具合が悪い?無理な事ないはずやがな」
喜六 「こう打って、こう行って、・・・ああ、金が邪魔しとるか、この金なんとか取れんやろか・・・」
小便屋 「男なら、キン、邪魔にならんようできますやろ・・・キンを取る?・・・」」
喜六 「はたからごじゃごじゃ言うな、・・・はぁ、えらいとこに桂(馬)があるなあ、この桂が無かったらなんとかなる・・・」
小便屋 「・・・毛ぇ?・・・あんた大人やろ・・・そんなこと言うたかて・・・」
喜六 「う~ん、わしの負けじゃ、これでゆっくり小便出来るわい」、なんの商売でも儲けるには苦労がいる。
隣の座敷では妙齢の娘さんにお供の女中が、「とう(嬢)さん、そんな我慢してたら身体に毒で・・・」
娘 「そやかて下の入口には若い男はんが仰山いて恥ずかしい・・・」
女中 「そや言うたかて二階にはお手水あらしまへんねん」、そこへ、「えぇ~二階から小便さしまひょ」
女中 「えらいおもろい人が来ましたで。二階から出来るのん便利でおますなぁ」と、小便屋を呼んで、
女中 「・・・恥ずかしがらんと、早よこっちに来てしなはらなんかいな。ちょっと!お手水屋さん、あんたなぁ、上見たらあかへんで、必ず上見んようにな」
小便屋 「へぇ、上なんか見いしまへん」
女中 「さぁ、早いことこれにやってしまいなはれ」
小便屋 「さ、どうぞ、上なんか見いしまへんて・・・あれれ、何やこれ・・・手が濡れてきたやがな・・・竹から漏れるよなことはない・・・あぁ、頭までかかってきた・・・どないしてんねやろ・・・上見るな言うたかて・・・わわわぁ!・・・じょうご持って来たらよかった」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 肥タゴ(こえたご) – 肥料や汚物を運ぶための木製の桶。天秤棒で担いで運搬しました。この噺では小便を受ける容器として使用されています。
- 四文(しもん) – 江戸時代の小銭。現在の価値で約100円程度。当時の安価な商売の代金として設定されています。
- 桂馬(けいま) – 将棋の駒の一つ。特殊な動きをする駒で、この噺では「毛(け)」と音が似ていることから言葉遊びに使われています。
- 金将(きんしょう) – 将棋の駒の一つ。略して「金(きん)」と呼ばれ、男性器を暗示する隠語として掛け言葉になっています。
- 有馬温泉 – 兵庫県神戸市北区にある日本最古の温泉の一つ。江戸時代から湯治場として栄えていました。
- じょうご(漏斗) – 液体を注ぐ際に使う道具。口の広い円錐形で、狭い口に液体を注ぎやすくします。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ「二階から小便」という商売が成立すると考えたのですか?
A: 江戸時代の旅館は階下に便所があることが多く、実際に二階から降りる手間を嫌う客がいました。また、病気や足腰の弱い人にとっては実際に需要があったと考えられます。ただし、この噺では実際には成立しない珍商売として描かれています。
Q: 将棋の場面での言葉の掛け合いは実際に起こりうることですか?
A: 将棋用語と体の話が偶然噛み合うという設定は、落語特有の言葉遊びです。「金」「桂(毛)」など、実際の将棋用語を巧みに利用した洒落になっています。
Q: 最後のオチ「じょうご持って来たらよかった」の意味は?
A: 女性客から逆襲を受けた際、じょうごがあれば受けられたという実用的だが根本的に間違った発想を示しています。問題の本質を理解せず、表面的な解決策を考える愚かさを表現した秀逸なオチです。
Q: この噺は江戸落語にもありますか?
A: 「有馬小便」は主に上方落語で演じられる演目です。江戸落語では同じ題材を扱った噺はほとんど見られません。
Q: 現代でもこの噺は演じられていますか?
A: はい、現在も寄席や落語会で演じられることがあります。ただし、下ネタ要素があるため、演者や会場によっては演じられない場合もあります。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。この噺でも品格を保ちながら、下品にならない絶妙な語り口で演じました。
- 桂春團治(三代目) – 爆笑王の異名を持ち、この噺でも豪快な笑いを誘う演出で知られました。
- 桂文枝(六代目) – 現代的な解釈を加えながら、古典の良さを残した演じ方で人気があります。
- 月亭八方 – 軽妙な語り口で、特に将棋の場面での掛け合いを巧みに演じることで定評があります。
関連する落語演目
同じく「珍商売」がテーマの古典落語
勘違いが笑いを生む古典落語
上方落語の他の名作
この噺の魅力と現代への示唆
「有馬小便」は、一見もっともらしいビジネスアイデアが実際には様々な問題を引き起こすという、現代のスタートアップ失敗談にも通じる普遍的なテーマを扱っています。
特に面白いのは、男が真面目に商売として取り組んでいる点です。悪意はなく、純粋にサービスを提供しようとしているのに、次々と予想外の事態が起きる。これは現代のビジネスでも「顧客ニーズの読み違い」「想定外のクレーム」として起こりうることです。
将棋の場面での言葉の掛け違いは、コミュニケーションの齟齬を象徴的に表現しています。同じ言葉でも文脈によって全く違う意味になるという、言語の面白さと危うさを同時に示しています。
最後の女性客とのエピソードは、男性視点でサービスを設計したために起きた失敗とも読めます。現代のダイバーシティの観点からも示唆に富む内容と言えるでしょう。
この奇想天外な噺を通じて、江戸時代の人々のユーモアセンスと、現代にも通じる人間の愚かさと愛おしさを感じ取ることができます。機会があれば、ぜひ生の高座でこの珍騒動をお楽しみください。










