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【古典落語】安産 あらすじ・オチ・解説 | 八五郎の天然パパぶりが最高に愛おしい出産ドタバタ劇

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話芸の殿堂-古典落語-安産
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安産

安産(あんざん) は、妊娠を理解できない八五郎が、出産時にドタバタしながらも無事男の子が生まれるおめでたい古典落語です。「ちょいと歩かせろい!」というオチが秀逸で、生まれたばかりの赤ちゃんを歩かせようとする天然パパの喜びが微笑ましい名作です。

項目内容
演目名安産(あんざん)
ジャンル古典落語・江戸落語
主人公八五郎
舞台八五郎の家・産婆のところ
オチ「ちょいと歩かせろい!」
見どころ八五郎の天然ボケと、新米パパの喜びが溢れるハッピーエンド

3行でわかるあらすじ

女房が八五郎に妊娠を告白するが、八五郎は「おでき」や「映画を見に行け」など的外れな反応を繰り返す。
いよいよ出産の時、八五郎は薪と間違えてゴボウを火にくべたり、神様に「金無垢の鳥居」を約束したり大騒し。
無事男の子が生まれ、八五郎が「ちょいと歩かせろい!」という記念すべきセリフでおめでたい落語の代表作。

10行でわかるあらすじとオチ

女房が八五郎に「小さいのが出来た」と告白するが、八五郎は「おできか」と勘違いし、吸い出しで治そうと提案する。
「赤ちゃんが出来た」と説明されても「誰の子か」と間の抜けた質問をし、「男か女か」と聞いても「二、三日で生まれるのか」とチンプンな質問を繰り返す。
月が経って女房のお腹がふくらみ、いよいよ産気づいて「虫がかぶって来た」と女房が言うと、八五郎は産婆を呼びに走る。
八十一歳のベテラン産婆は慕時を見て落ち着いているが、八五郎は「初産に亭主まごつく釜の前」で薪と間違えてゴボウを火にくべて煙だらけ。
産婆が様々なお札を持ち出してくると、八五郎は苦しい時の神頼みで一生懸命に拝んでいる。
八五郎は「安産いたしましたらお礼として金無垢の鳥居を一対づつ差し上げます」と無茶な約束をする。
女房が「貧乏世帯で金無垢なんて」と心配すると、八五郎は「ハッタリかまさなきゃいけねえ」と答える。
無事男の子が生まれた時、八五郎が産婆の鳥上げを見て「でけえなあ!鉢巻してうなってら」と驚いたのは大きなお母さんだった。
そして八五郎が「ちょいと歩かせろい!」と言って、おめでたい落語で終わる。

解説

「安産」は古典落語の中でも特に心温まるおめでたい話として愛されている作品です。この落語の魅力は、主人公八五郎の天然ボケぶりと、それでいて最後はちゃんと子どもが生まれるというハッピーエンドにあります。妊娠を「おでき」や「赤ちゃんができたのは誰の?」という理解不能な反応は、現代から見ても笑える古典的なコミディ要素です。

特に秀逸なのは、八五郎が出産の連帯で異常なまでのドタバタぶりを見せる部分です。「初産に亭主まごつく釜の前」という川柳で表現された状況通り、薪と間違えてゴボウを火にくべて煙だらけになる姿は、新父の心理状態をリアルに表現した名場面です。

また、八五郎が神様に「金無垢の鳥居を一対づつ」という無茶苦茶な約束をし、女房に突っ込まれた時の「ハッタリかまさなきゃいけねえ、上手く生んで、後は尻食らえ観音だ」というセリフは、江戸時代の市人の現実的な人生観を表した名台詞として語り継がれています。最後の「ちょいと歩かせろい!」という八五郎の一言は、新生児であることを理解していない天然ぶりと、それでいて情えない新父の喜びを同時に表現した絶妙なオチであり、この一言だけで被共者を笑顔にさせる力を持った古典落語の代表作です。

あらすじ

女房 「ねぇ、お前さん。こないだから言おうと思ってたんだけど、いい折りが無かったもんだから・・・」

八五郎 「なに?折りが無かったら、竹の皮で間に合わせろ」

女房 「そんな冗談ごとじゃないの。お前さんを喜ばせる事があるんだよ」

八五郎 「へぇ、ありがてぇ、何か拾ったのか?」

女房 「欲張ってんねぇ、そうじゃないやね。この頃、見るものを見ないのよ」

八五郎 「見ないたって、見てくればいいじゃねぇか。映画でも何でも割引なら安いや」

女房 「すっぱいものが食べたいの」 、「それじゃ、梅干し食やいいじゃねえか」

女房 「分かんないかね、この人は。小さいのが出来たんだよ」

八五郎 「小さいのが・・・出来たってどこへ?」

女房 「お腹にだよ」

八五郎 「腹に出来るのはたちがよくねえや。今のうちに吸い出しを張って出しちまえ」

女房 「おできじゃないやね。赤ちゃんが出来たんだよ、子どもが」

八五郎 「えっ!子どもが・・・できた? 誰の?」

女房 「誰のって決まってんだろ、お前さんのだね」 、「そりゃありがてぇ、男か、女か」

女房 「まだ分からないやね」 、「いつ出来るんだ、二、三日うちにか」

女房 「そんなに早く行かないやね。来月が五月(いつつき)だから、お婆さんに頼んで、帯を締めるの」 、犬のお産は軽いから五月の戌の日を選んで腹帯を締める。
月が経つにお腹がふくれてきて、これと反比例にお尻が後ろにせり出してきて、横から見ると英語のS字みたいになっちまって。

いよいよ産気づいてきて、

女房 「虫がかぶって来たよ」

八五郎 「おぉ、生まれそうなのか。すぐ、取り上げ婆さんとこ行って来るから」、産婆のところへ急行して、

八五郎 「うちの嬶(かか)あが生まれそうなんだ、すぐ来てくれ」、今年八十一の大ベテランの取り上げ婆さんは少しも慌てず騒がず、

産婆 「これこれは、八っつぁんでございますか。
まあ、それはそれは、おめでとうございます。こういう事は、急(せ)いては事をし損じると申しますから、今、潮時を見まして・・・」

“初産に亭主まごつく釜の前”で、八五郎湯を湧かそうとして、 薪と間違えて、ゴボウを火にくべて煙だらけの大騒ぎ。

産婆さんの方は落ち着いたもので、ちょっと歩いては腰を伸ばしながら、休み休みやって来る。
産婆 「はい、ごめんなさい。もう、私が来たからは、親船に乗った気で・・・」

八五郎 「あぶねぇ親船だな」

産婆 「これは、今を去ること六十三年前、私が十八の年、奥州松島見物に行った時に頂いた塩釜様安産のお札。
これは水天宮様、戌の年戌の月戌の日のお札。
成田山は身代わりの木札。
これが能勢の黒札。これが寄席の木戸札・・・」、お札ならなんでもご利益があるようで。

普段は不信心の八五郎でも苦しい時の神頼みで、一生懸命拝んでいる。

八五郎 「南無塩釜様、金比羅様、水天宮様、天神様、道陸神様、久米平内濡れ仏様、おさん稲荷様、お地蔵様、何でもかまわねぇ、良い神様、どうぞ嬶あが安産をいたしますように、安産いたしましたらお礼として金無垢の鳥居を一対づつ差し上げます」

女房 「ちょいとお婆さん、止めてくださいよ。こんな貧乏世帯で金無垢の鳥居なんて・・・」

八五郎 「よけいな心配すんな。
こういう時は、いくらかハッタリをかまさなきゃぇいけねぇ。金無垢の鳥居がもらえるとなれば、どんな神さんだってご利益を授けらぁ、上手く生んで、後は尻食らえ観音だ」、そのうちに「おぎゃ~、おぎゃ~」、生まれたのは男の子。

八五郎 「どれどれ、わあ、でけえなあ!鉢巻してうなってら」

産婆 「それは、おっかさんのほうだよ」、そりゃ大きすぎる。

八五郎 「女かい、男かい?」、「男のお子さんだよ」

八五郎 「男かい、ありがてぇなぁ。ちょいと歩かせろい!」 、安産と言うお目出度いお噺でございます。 


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 産婆(さんば) – 江戸時代から昭和初期まで活躍した出産介助の専門職。現在の助産師にあたる。経験豊富な年配の女性が多く、地域の信頼を集めていました。
  • 取り上げ婆さん – 産婆の別称。赤ちゃんを「取り上げる」ことから、この名前で呼ばれました。
  • 産気(さんけ) – 出産が近づいて陣痛が始まること。「産気づく」は陣痛が始まることを意味します。
  • 腹帯(はらおび) – 妊婦が腹部に巻く帯。安産祈願として戌の日に着用を始める風習がありました。
  • 戌の日(いぬのひ) – 十二支の「戌」にあたる日。犬は多産で安産なことから、妊娠5ヶ月目の戌の日に腹帯を巻く風習があります。
  • 塩釜様(しおがまさま) – 宮城県塩釜市の塩竈神社。安産の神様として信仰されています。
  • 水天宮(すいてんぐう) – 東京日本橋にある神社。安産・子授けの神様として有名。
  • 尻食らえ観音(しりくらえかんのん) – 「知らん顔をする」という意味の江戸言葉。約束を反故にすることを表す俗語。
  • 金無垢(きんむく) – 純金製のこと。「金無垢の鳥居」は現実的にありえない高価な奉納品。

よくある質問(FAQ)

Q: 八五郎はなぜ妊娠を理解できなかったのですか?
A: これは落語の誇張表現ですが、江戸時代は現代のような性教育がなく、特に男性は妊娠・出産について詳しく知らないことが多かったのです。八五郎の無知は極端ですが、当時の男性の知識不足を戯画化したものと言えるでしょう。

Q: 「初産に亭主まごつく釜の前」とはどういう意味ですか?
A: これは川柳で、初めての出産時に夫が何をしていいか分からず、お湯を沸かそうとして釜の前でうろうろする様子を表現しています。現代でいう「立ち会い出産でオロオロする夫」のような状況です。

Q: なぜゴボウを薪と間違えたのですか?
A: これは八五郎の慌てぶりを表す極端な例です。ゴボウも薪も細長い形をしていますが、普通は間違えません。極度の緊張と焦りで正常な判断ができなくなっている状態を面白おかしく表現しています。

Q: 江戸時代の出産は実際どのようなものだったのですか?
A: 江戸時代の出産は自宅で行われ、産婆が介助しました。男性は基本的に立ち会わず、お湯を沸かしたり必要なものを用意するくらいしかできませんでした。死亡率も高く、無事に生まれることは本当にめでたいことでした。

Q: 最後の「ちょいと歩かせろい!」はなぜ面白いのですか?
A: 生まれたばかりの赤ちゃんは歩けません。八五郎は赤ちゃんがすぐに歩けると思っているというボケで、彼の無知と同時に新しい父親としての喜びと期待を表現した絶妙なオチです。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。八五郎の天然ぶりを絶妙に表現し、特に「ちょいと歩かせろい!」の言い方が絶品でした。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 端正な語り口で知られ、この噺でも品のある中に八五郎の愚かさを上手く表現。産婆の落ち着いた様子との対比が見事。
  • 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。温かみのある語り口で、八五郎と女房の夫婦愛を感じさせる演出が特徴的でした。
  • 春風亭一朝(初代) – 江戸前の粋な語り口で、特に八五郎の慌てぶりをテンポよく演じることで定評がありました。
  • 立川談志(七代目) – 現代的な解釈を加えながらも、古典の良さを残した演出で若い世代にも人気。

関連する演目

夫婦の情愛を描いた古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「安産」は、単なるドタバタ喜劇ではなく、新しい命の誕生という人生の大事を通して、夫婦の絆と家族の始まりを描いた温かい作品です。

八五郎の無知は現代から見れば信じられないレベルですが、それでも妻を心配し、神様に必死で祈り、生まれた子を喜ぶ姿は、時代を超えた父親の普遍的な姿です。特に「金無垢の鳥居」を約束してしまうエピソードは、「子どものためなら何でもする」という親心の表れとも読み取れます。

現代では立ち会い出産が一般的になり、父親も積極的に育児に参加する時代になりました。しかし、初めての出産でオロオロする父親の姿は今も変わりません。この噺は、そんな新米パパたちに「みんな最初は同じだよ」というメッセージを送っているようにも思えます。

「ちょいと歩かせろい!」という最後のオチは、親の期待と希望の象徴でもあります。生まれたばかりの子どもに、すでに歩くことを期待する八五郎。これは、すべての親が持つ「この子の成長が楽しみ」という気持ちを極端に表現したものでしょう。

実際の高座では、演者によって八五郎のキャラクターが微妙に異なります。ただの間抜けとして演じる人もいれば、愛すべき天然として演じる人もいます。ぜひ複数の演者の「安産」を聴き比べて、それぞれの解釈の違いを楽しんでみてください。

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