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【古典落語】按摩の炬燵 – 人間コタツの結末が笑えない江戸落語

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話芸の殿堂-古典落語-按摩の炬燵
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按摩の炬燵

按摩の炬燵(あんまのこたつ) は、寒さで寝られない小僧たちのために、番頭が酒好きの按摩を人間コタツにしようとする古典落語です。「小僧さんが火を消してしまいました」というオチが秀逸で、寝小便を「火が消えた」と表現した洒落が絶妙な江戸落語の名作です。

項目内容
演目名按摩の炬燵(あんまのこたつ)
ジャンル古典落語・江戸落語
主人公按摩の米市
舞台冬の商家
オチ「小僧さんが火を消してしまいました」
見どころ酒量と炭の質を対応させた比喩と、寝小便で終わる皮肉な結末

3行でわかるあらすじ

冬の寒さで寝られない小僧たちのために、番頭が按摩の米市さんを酒で酔わせて人間コタツにしようと考える。
米市さんは五合の酒で「炭団の二つ、三つ」ほどに温まって皆でコタツを囲んで寝る。
しかし小僧の定吉が寝小便をしてしまい、「小僧さんが火を消してしまいました」というオチで終わる。

10行でわかるあらすじとオチ

冬の空っ風の寒い夜、店の小僧たちが薄い布団で寒くて寝られないと番頭に願い出る。
番頭は「奉公を何と心得ている」と叱っているが、自分も同じように寒い思いをしている。
番頭は一計を思いついて、奥に来ている酒好きの按摩の米市さんを人間コタツにしようと提案する。
米市さんは初めは疑っていたが、酒が飲めることで承諾し、五合の酒で「炭団の二つ、三つ」ほどになることを約束する。
米市さんは酒を美味しそうに飲みながら身の上話をべらべらと話し、酒が回って布団に入る。
店を終わった小僧たちや番頭がコタツに足を入れて暖まっていると、米市さんは痛くても耐えている。
やがて小僧たちは疲れて寝入ってしまい、米市さんは奉公人たちへの同情を感じている。
しかし小僧たちの歯ぎしりや寝言、おならに悩まされていると、定吉が「このドブにしちゃおう」と寝言を言う。
その直後に定吉が寝小便をしてしまい、米市さんは「冷てえ、冷てえ」と叫んでしまう。
番頭が謝ろうとしても「小僧さんが火を消してしまいました」とコタツの終了を告げるオチで終わる。

解説

「按摩の炬燵」は江戸時代の商家の生活と奴隷制度を背景にした古典落語の中でも、特にブラックユーモアと欠落感を合わせ持った異色の作品です。物語の中心にある「人間コタツ」という発想自体が非常にユニークであり、寒さしのぎの解決策として酒で体を温めた按摩を利用するという、今でいえば動物愛護団体からクレームが付きそうなアイデアが描かれています。

特に秀逸なのは、米市さんが酒の量に応じて燃料の種類を説明する部分です。「一合、二合では消し炭ぐらい」「五合なら炭団の二つ、三つ」「一升なら備長」という精巧な比喩は、江戸時代の生活感覚と酒飲みの心理を見事に表現した名文句であり、落語の言葉の美しさを示す代表例として挙げられます。

しかし、この落語の真の面白さは最後のオチにあります。「小僧さんが火を消してしまいました」という最後のセリフは、定吉の寝小便をコタツの「火」が消えることにたとえた洒落な表現であり、ユーモアと哀しみが絶妙に混ざった江戸落語の精高さを物語っています。同時に、理想と現実のギャップ、そして下級民の生活の迫力をリアルに描いた作品としても評価されています。

あらすじ

冷たい冬の空っ風が吹く夜。
店の小僧たちは寒くて寝られないと、番頭に願い出る、「・・・昨晩なんて店の者一同まんじりともいたしませんで・・・布団が薄過ぎますので、・・・大勢の中へ五、六枚でも増やしていただきたいんで・・・」、番頭「おまえさんたちは奉公を何と心得ている。・・・そのくらいのことが辛抱出来なくて奉公先はつとまりゃしないよ」と、つれない返事。

小僧 「・・・番頭さん、煎餅布団ってえのはよくありますが、この店のは餅抜きの煎布団で・・・」、怒って説教したものの番頭も小僧たちと同じような布団で寝ているので、ここ二、三日の寒さは身にしみている。

番頭は何か布団の代わりの寒さ対策はないものかと考えて、一計を思いついた。
奥に来ている酒好きな按摩の米市にたっぷりと酒を飲ませて店に泊まらせ、米市の酔って暖かくなった体を炬燵(こたつ)代わりにして寝るという算段だ。
絶対に火事になる心配はない安全安心炬燵だ。

番頭は奥での揉み療治が終わった米市を引き留め、今日は泊まって人間炬燵になってくれと頼む。「・・・炬燵?」と訝(いぶか)しがり、ためらっていた米市だが、酒は飲めるし、久しぶりに店の小僧たちとも話ができると、
米市 「・・・へえへえ、よろしゅうございます。・・・断っておきますが、酒は一合、二合では消し炭ぐらいで・・・」

番頭 「何だい、消し炭ってえのは?」

米市 「へえ、消し炭はすぐつくけど、すぐに消えちまいますから炬燵にはなりゃしません。せめて五合なら炭団の二つ、三つ、一升なら備長ってところまで・・・」

番頭 「それじゃ、中を取って五合で、それで炬燵になっとくれ」、交渉成立で米市さんは番頭を前にして酒を美味そうに飲み始めた。
話好きな米市は身の上話などをべらべらと話し続けて行く。

約束の五合をたいらげた米市「へえ、それではお先にご免・・・・」と、布団の敷いてある部屋へ行って長々と横になってしまった。
番頭に「それじゃ、炬燵にならない・・・」と言われ、布団の中に丸くなって臥(ふ)せった。

そのうちに店を終わった小僧たちがやって来て、大勢の冷たい足が入って来た。
番頭も炬燵のあんばいはどんなものかと今晩は一緒だ。
小僧たちはお喋りをしながら足を動かすので、あちこちに当たってその痛いこと。

すぐに昼間の疲れからか小僧たちは寝入ってしまった。
米市は「ああ、疲れ切っているんだねえ。綿のごとくってやつだ。・・・奉公ってもんはつらいもんだ。・・・あたしなんか貧乏したって家に帰れば一軒のあるじだ。・・・」、

米市が、炬燵になって少しは奉公人たちの役に立ってよかったなんて思っていると、今度は歯ぎしりやら寝言やらが聞こえて来た。
中には寝ながらおならをするやつもいる。

小僧 「合羽屋の小僧、よくもさっきぶちやがったな・・・」と、ぶたれ返されそうなのはよかったが、

定吉 「・・・もう我慢ができないからこのドブにしちゃおう・・・」

米市 「??、おい変な寝言を言ったねぇ、・・・あああ、冷てえ、冷てえ・・・」

番頭 「・・・これ定吉、おまえたちが寒くて寝られないって言うから、米市さんに炬燵になってもらったのに、寝小便をするやつがありますか。・・・米市さん勘弁してください。
おまえのおかげでやっと暖まってやれやれと思ったら、小僧のせいでまた冷たくなっちまった。今、布団をすっかり取り替えるから、もう一ぺん炬燵になっとくれ」

米市 「いいえ、もう炬燵はだめでござんす。小僧さんがこのとおり、火を消してしまいました」


落語用語解説

この噺をより深く理解するための用語解説です。

  • 按摩(あんま) – 江戸時代の職業的マッサージ師。多くは視覚障害者の職業として定着していました。家庭を訪問して施術を行う出張按摩が一般的でした。
  • 炬燵(こたつ) – 江戸時代の炬燵は、やぐらの中に炭火を入れた火鉢を置き、その上に布団をかけた暖房器具。火事の危険性が常にありました。
  • 消し炭(けしずみ) – 一度火をつけた後、水をかけて消した炭。すぐに着火するが、熱量が少なくすぐに消えてしまいます。
  • 炭団(たどん) – 木炭の粉を固めて作った安価な燃料。消し炭より長持ちしますが、備長炭には劣ります。
  • 備長炭(びんちょうたん) – 紀州産の高級炭。火持ちが良く、高温を長時間維持できる最高級の炭でした。
  • 煎餅布団(せんべいぶとん) – 長年の使用で薄くなってしまった布団の俗称。煎餅のように薄いことから名付けられました。

よくある質問(FAQ)

Q: 按摩の炬燵は実際にあった風習ですか?
A: いいえ、これは落語の創作です。ただし、江戸時代の商家で奉公人が薄い布団で寒い思いをしていたのは事実で、様々な寒さしのぎの工夫がされていました。

Q: なぜ米市さんは酒の量で温度を表現したのですか?
A: これは酒飲みの心理と体温上昇の関係を巧みに表現した落語の言葉遊びです。酒量と炭の質を対応させることで、聴衆にも分かりやすく面白さを演出しています。

Q: 小僧の寝小便は江戸時代によくあったことですか?
A: はい、寒さや過労、ストレスなどから、奉公人の子供たちが寝小便をすることは珍しくありませんでした。厳しい奉公生活の現実を表しています。

Q: この噺は江戸落語と上方落語で違いはありますか?
A: 「按摩の炬燵」は主に江戸落語で演じられる演目です。上方落語では同様のテーマを扱った別の噺があります。

Q: 最後のオチ「火を消してしまいました」の意味は?
A: 寝小便で濡れてしまったことを、炬燵の火が消えたことにかけた洒落です。人間炬燵という設定を最後まで活かした、落語らしい言葉遊びのオチになっています。

名演者による口演

この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。

  • 古今亭志ん生(五代目) – 飄々とした語り口で、米市さんの人の良さと哀愁を見事に表現。貧乏噺の名手として知られました。
  • 三遊亭圓生(六代目) – 格調高い語り口で、商家の雰囲気と奉公人の悲哀を丁寧に描写。人間国宝として知られる名人。
  • 柳家小三治 – 人間国宝。細やかな人物描写と、温かみのある語り口で、米市さんの優しさと小僧たちの辛さを表現。
  • 古今亭志ん朝 – 軽妙な語り口と絶妙な間で、暗い話を明るく聴かせる技術に長けていました。

関連する落語演目

同じく「商家の奉公人」を描いた古典落語

酒にまつわる古典落語

冬の寒さを題材にした古典落語

この噺の魅力と現代への示唆

「按摩の炬燵」は、一見すると単なる笑い話のように思えますが、江戸時代の階級社会と貧困の現実を鋭く描いた社会風刺の側面も持っています。

番頭も小僧も同じように薄い布団で寒い思いをしているという設定は、下級武士や商家の奉公人たちの厳しい生活を物語っています。その中で、酒で体を温めた按摩を炬燵代わりにするという発想は、貧しさゆえの知恵であると同時に、人間の尊厳を軽視した行為でもあります。

しかし米市さんは、それを承知の上で引き受け、さらに小僧たちに同情を寄せています。この優しさと哀愁が、この噺を単なるドタバタ喜劇ではなく、人情味あふれる作品にしています。

最後の「火を消してしまいました」というオチは、理想と現実のギャップを象徴的に表現しており、どんなに工夫しても貧しさからは逃れられない庶民の悲哀を、笑いに変えて昇華させた江戸落語の真骨頂と言えるでしょう。

現代でも、ブラック企業や過労といった労働問題は存在します。この噺は、そうした問題を笑いで包みながら、人間の尊厳と優しさの大切さを教えてくれる作品として、今なお価値を持ち続けています。

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