網船
網船(あみぶね) は、幇間の悪知恵と親子の駆け引きを描いた江戸落語の痛快な作品です。「あんな拳の舞いなら、わしも乗りたいがな」というオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 網船(あみぶね) |
| ジャンル | 古典落語・江戸落語 |
| 主人公 | チャラキ(幇間の喜三郎) |
| 舞台 | 網船と屋形船が行き交う川 |
| オチ | 「あんな拳の舞いなら、わしも乗りたいがな」 |
| 見どころ | 幇間チャラキの計略と失敗、「剣の舞い」と「拳の舞い」の言葉遊び |
3行でわかるあらすじ
幇間のチャラキが、幽閉状態の道楽息子作次郎を網船で金儲けの話と偽って連れ出す。
親旦那が一緒についてきてしまい、チャラキは様々な計略で親旦那を遠ざけようとする。
最終的に作次郎は屋形船で芸妓たちと拳をして遊び、親旦那は「剣の舞い」と勘違いする。
10行でわかるあらすじとオチ
相模屋の若旦那作次郎はお茶屋遊びが過ぎて、親旦那から二階へ幽閉・軟禁状態にされている。
町内の幇間喜三郎(チャラキ)は、金のありそうな人を見つけてはベンチャラで取り巻く男である。
今日は網船で網打ちをやった後、屋形船で新町の芸妓たちと遊ぶ予定だが、作次郎が来られない。
チャラキは悪知恵を働かせ、「料理屋の若旦那と金儲けの話」と偽って親旦那を騙す。
金儲けの話に目のない親旦那は作次郎の外出を許可するが、自分も一緒に行くと言い出す。
網船に乗った三人だが、料理屋の若店主など来るはずもなく、チャラキは苦しい言い訳をする。
チャラキは船頼に船を揺らして親旦那を船酔いさせようとするが、船酔いしたのはチャラキだった。
屋形船が近づくと、チャラキは網を屋形船に打たせ、「薩摩の荒くれ侍が怒っている」と偽って親旦那を逃がし、作次郎と一緒に屋形船に乗り込む。
作次郎は芸妓たちとバラ拳をして盛り上がり、船頼が親旦那に「剣の舞いです」と言うと、親旦那が「あんな拳の舞いなら、わしも乗りたいがな」と答える。
解説
「網船」は江戸落語の古典作品で、幇間(太鼓持ち)の機知と悪知恵、そして親子の駆け引きを描いた痛快な作品です。江戸時代の商人文化や遊び文化を背景に、人間の欲望と知恵比べをユーモラスに描いた名作です。
この噺の主人公チャラキ(喜三郎)は、幇間という江戸時代の特殊な職業を体現したキャラクターです。幇間は富裕な商人や武士に取り入って接待や娯楽を提供する職業で、そのためには機知と企画力が必要でした。チャラキの名前も「チャラチャラした喜びを言う」という意味から来ており、口先三寸で世渡りをするその性格をよく表しています。
物語の構造として注目すべきは、チャラキの計略が段階的にエスカレートしていく点です。最初の「金儲けの話」で親旦那を騙して作次郎を連れ出すことには成功しますが、親旦那が一緒についてくるという想定外の事態が起きます。次の船酔い作戦では、親旦那ではなく自分が船酔いしてしまうという見事な自爆。そして最終手段の「薩摩の荒くれ侍」という嘘は、当時の薩摩藩士の荒々しい気質を利用したリアルな設定で、ここでようやく親旦那を遠ざけることに成功します。この「失敗の積み重ね」は落語の定番の笑いのパターンであり、客席は回を追うごとに次はどう失敗するのかという期待と共に笑いが大きくなっていきます。
また、この噺には商家の親子関係が生き生きと描かれています。親旦那は息子の道楽を厳しく戒めていながらも、「金儲けの話」と聞けばすぐに乗ってくるあたり、商人の血が騒ぐ人間臭さが出ています。作次郎も「川の中州に上げて水かさが増して流してしまえ」などと物騒なことを言う放蕩息子ですが、根っからの悪人ではなく、若者らしい享楽的な性格として愛嬌があります。
特に秀逸なのが最後のオチです。船頭が「剣の舞いです」と言うのに対して、親旦那が「あんな拳の舞いなら、わしも乗りたいがな」と答える部分は、「剣の舞い」(剣舞)と「拳の舞い」(じゃんけん拳)の音の響きを利用した地口オチ(言葉の音を利用したオチ)の好例です。親旦那が遠目で見て芸妓たちの拳遊びの様子を正しく認識しているにもかかわらず、それを楽しそうだと感じて「わしも乗りたい」と言うところに、厳格な商人の仮面の下にある人間的な欲望が垣間見えます。
この作品は江戸時代の商人文化、特に親子の価値観の違いや、若者の道楽と親の心配といった普遍的なテーマを、ユーモラスに描いた秀作です。また、幇間という特殊な職業の実態や、網船・屋形船による川遊びの風俗を知る上でも貴重な資料としての価値を持っています。
成り立ちと歴史
「網船」は上方落語(大阪・京都の落語)に起源を持つ演目です。舞台設定に新町(大阪の遊郭)や木津川口が登場することから、もともとは上方で生まれた噺であることがわかります。
江戸時代中期から後期にかけて、大阪の商家では若旦那の道楽が社会問題となっており、こうした商家の親子関係を題材にした落語は数多く作られました。「網船」もそうした時代背景の中で成立した作品の一つと考えられています。
幇間(太鼓持ち)を主人公にした落語は上方に多く見られ、「網船」はその中でも筋立ての巧みさで知られています。幇間は江戸時代の遊興文化に欠かせない存在であり、富裕な商人や武士の遊びの場を取り持つプロフェッショナルでした。この噺は、幇間が客を遊びに誘い出すまでの過程を描いた数少ない演目として、遊興文化研究の面からも注目されています。
江戸落語としても演じられるようになりましたが、現在では上方版・江戸版ともに口演の機会が少なくなり、やや珍しい演目となっています。しかし、幇間文化や船遊びの風俗を伝える噺として、落語史における重要な位置を占めています。
あらすじ
相模屋の若旦那の道楽息子の作次郎、お茶屋遊びが過ぎて親旦那から二階へ幽閉、軟禁状態にされている。
町内の幇間の喜三郎、金がありそうなやつと見れば、ベンチャラで取り巻いて離れないので、”チャラキ”と呼ばれている。
今日は網船で網打ちをやった後、屋形船に乗りつけ新町の芸妓連たちと遊ぼうという趣向だが、肝心の作次郎が来られそうもない。
チャラキは何とか作次郎を連れ出そうと、悪知恵を働かせて相模屋へやって来る。
また息子を遊びに誘いに来たと思い、親旦那に素っ気なくあしらわれたチャラキ、「今日は若旦那は網船で江戸堀の料理屋の若旦はんと金儲けの話で会う約束がありますのんや・・・」、
親旦那 「何だって?うちの作次郎と違って稼業一筋の料理屋の若店主と、金儲けとの話だと・・・」、思った通り金儲けの話には目の無い親旦那はチャラキの話に乗って来た。
親旦那 「だが、金儲けの話なら網船などに乗らんともうちの座敷でも出来るじゃろうが」
チャラキ 「網打ちして獲れた魚をを売れば三十両の儲けになりますのや」、三十両と聞いて作次郎の外出を許したまではチャラキの予定通りだが、
親旦那 「わしも網打ちをして三十両儲けてみたい。網船に一緒に乗せてくれ」と、強引について来る。
網船に乗った三人だが料理屋の若店主など来るはずもなく、
チャラキ 「忙しくてどうしても店を離れられず、今日は来られなくなって・・・」と、苦しい言い訳。
でも網船から屋形船に乗り換える前に親旦那を何とかしなければならない。
チャラキは船頭に、「木津川口あたりで船を大きく揺らして、親旦さんを気分悪うさせてしもうて陸(おか)へ上げてしもうてくれ」と頼む。
作次郎 「どうせなら川の中州に上げて、水かさが増して流してしまえば・・・」なんて無茶なことを言っている。
しばらくして船頭は言われた通りに船を大きく揺さぶり始めた。
風も波もなく川の流れは穏やかで、ほかの船はゆったりと進んでいるのに、この船だけが大地震で津波でも来ているかのような揺れ様だ。
ついに、「うぅ~、気持ち悪い、もう吐きそうだ。だめだ、陸に上げてくれ~、うぅ~・・・」と、親旦那が音(ね)を上げたと思いきや、船酔いしたのはチャラキで親旦那はなんともない顔で揺れるのを楽しんでいるようだ。
そうこうしているうちに屋形船が近づいて来て芸妓たちが立ち上がって扇を振っている。
何を思ったかチャラキは船頭に網船を屋形船に接近させて、作次郎に網を打たせた。
チャラキ 「ああ、屋形船に網を打ってしまった。わてが謝って来ますよって・・・」と、屋形船に乗り込み、しばらくして戻って来て、
チャラキ 「あの船には薩摩の荒くれ侍が乗っていて、屋形船に網を打つとは無礼千万、船主を出せ手討ちにしてくれるとカンカンで・・・もう一度、若旦はんと二人で謝りに行きますが、何せ荒っぽい田舎侍のこと、どうなることやら・・・、親旦那はんは一足早く、この船で逃げよっておくれやす」と、まんまと屋形船に乗り込んだ。
うるさい親父をやっと追っ払った作次郎、すぐに芸妓たちとバラ拳を始めて盛り上がっている。
一方の岸へ向かっていく網船では、
船頭 「旦さん、あの屋形船の上は今頃、剣の舞いですがな」
親旦那「あんな拳の舞いなら、わしも乗りたいがな」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 幇間(ほうかん) – 太鼓持ちとも呼ばれ、宴席で座を盛り上げる職業的な遊び人。客の機嫌を取り、場を和ませる役割を担い、江戸時代には重要な娯楽産業の一角を担っていました。
- 網船(あみぶね) – 漁業用の小舟。投網を使って魚を獲る船で、江戸時代には川魚漁も盛んでした。
- 屋形船(やかたぶね) – 屋根付きの大型遊覧船。江戸時代から続く水上の社交場で、現在でも東京や大阪で運行されています。
- 新町(しんまち) – 大阪の代表的な遊郭があった地域。現在の大阪市西区新町付近。江戸時代は吉原と並ぶ大規模な遊郭でした。
- 拳(けん) – じゃんけんの一種。バラ拳は数を当てる遊びで、お座敷遊びの定番でした。
- 三十両 – 江戸時代の貨幣単位。現在の価値で約150万円~300万円に相当。庶民にとっては大金でした。
- 薩摩(さつま) – 現在の鹿児島県。薩摩藩士は剛直で荒々しいイメージがあり、江戸っ子には恐れられていました。
よくある質問(FAQ)
Q: 網船はどのような目的で使われていたのですか?
A: 主に川魚漁に使われていました。隅田川や淀川などの大河川では投網漁が盛んで、獲れた魚はすぐに料理屋に卸されました。この噺では「三十両儲かる」という設定ですが、これは誇張した金額です。
Q: 幇間という職業は実在したのですか?
A: はい、実在しました。太鼓持ちとも呼ばれ、宴席で客を楽しませる専門職でした。歌舞音曲に通じ、話術に長け、客の機嫌を取るプロフェッショナルでした。明治以降も続きましたが、現在では希少な職業となっています。
Q: 「剣の舞い」と「拳の舞い」の言葉遊びはどういう意味ですか?
A: 「剣の舞い」は剣舞(けんぶ)のことで、刀を使った武士の舞踊です。一方「拳の舞い」は拳遊び(じゃんけんや数当て)のことを指します。音が似ているため、船頭が「けんのまい」と言ったのを親旦那が勘違いし、最後に「拳」だと気づくというオチになっています。
Q: この噺は江戸と上方どちらの落語ですか?
A: 「網船」は江戸落語の演目です。ただし、舞台設定に新町(大阪の遊郭)が出てくるなど、上方の要素も含まれています。江戸時代は江戸と上方の文化交流が盛んで、落語にもその影響が見られます。
Q: 現代でもこの噺は演じられていますか?
A: 現在では口演の機会がやや少なくなった珍しい演目の部類に入りますが、寄席や落語会で演じられることはあります。幇間の描写や親子の駆け引きは現代にも通じる普遍的なテーマのため、演じる落語家からは根強い人気があります。
Q: 作次郎が父親を「川の中州に上げて流してしまえ」と言うのは本気ですか?
A: もちろん本気ではなく、道楽息子の無茶な物言いを表現した滑稽な台詞です。落語では、このように非常識なことを平気で口にするキャラクターが笑いを生む定番の手法です。親旦那の目を盗んで遊びたいという焦りが、突拍子もない発言につながっているところにこの噺の可笑しさがあります。
Q: バラ拳とは何ですか?
A: バラ拳は江戸時代のお座敷遊びの一つで、両手で数字を出して合計を当て合う遊びです。数拳(かずけん)とも呼ばれ、主に遊郭や宴席で芸妓や芸者と一緒に楽しまれました。現代のじゃんけんの原型の一つとされ、お酒の席で盛り上がる定番の遊びでした。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。幇間の軽薄さと親旦那の頑固さの演じ分けが腕の見せ所となる演目です。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 昭和の名人として知られた志ん朝は、幇間チャラキの軽妙洒脱な語り口と、親旦那の頑固さ、作次郎の放蕩ぶりを三者三様に演じ分けました。特に船酔い作戦が裏目に出る場面のコミカルな描写と、親子の掛け合いのテンポの良さが聴きどころでした。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝にも認定された小さんは、品格ある語り口の中にも商家の人間模様を温かく描きました。親旦那の「金儲け」に飛びつく人間臭さを愛嬌たっぷりに表現し、厳格な中にも息子を思う親心を滲ませた口演が印象的でした。
- 立川談志 – 独自の落語論で知られた談志は、チャラキの悪知恵と計略が裏目に出る部分を特に膨らませ、幇間という職業が持つ「したたかさ」と「哀しさ」の両面を浮き彫りにする演出で観客を惹きつけました。
- 春風亭一朝 – 江戸前の粋な語り口に定評があった一朝は、特に船上の場面を臨場感たっぷりに演じました。網船と屋形船が行き交う川の情景が目に浮かぶような描写力で、噺の舞台をリアルに感じさせる口演でした。
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の復興に尽力した米朝は、この噺の上方版を大切に継承しました。大阪の新町や木津川口の情景を織り交ぜながら、上方商人の世界を丁寧に描き出す語り口は、この噺の本来の姿を伝える貴重なものでした。
関連する落語演目
同じく「幇間・太鼓持ち」が登場する古典落語
明烏。幇間が若旦那を遊郭に連れ出す噺で、幇間の悪知恵というテーマが共通しています。
親子の駆け引きが描かれる古典落語
富久。商人の世界を描いた噺で、江戸の商家文化という共通の背景があります。
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船が舞台となる古典落語
船徳。船の上でのドタバタを描いた噺で、船遊びの風俗という点で関連性があります。
あなたの感想をお聞かせください
この「網船」のオチについて、どう思われましたか?
「剣の舞い」と「拳の舞い」の言葉遊びは、落語独特の「音の響き」を活かした技法です。親旦那は最後まで息子のことを心配していながら、結局は騙されてしまうという人間味あふれる展開も魅力的です。
幇間チャラキのような「太鼓持ち」は現代では見られなくなりましたが、相手の機嫌を取りながら自分の目的を達成するという構図は、現代のビジネスシーンにも通じるものがありますね。
実際にこの噺を聴いたことがある方は、どの演者の高座が印象的でしたか?また、他にお気に入りの古典落語があれば、ぜひ教えてください。









