あくび指南
あくび指南(あくびしなん) は、あくびの指南所に習いに行った男が苦戦する一方、待っていた友達が自然にあくびをしてしまう江戸落語の古典作品です。「ああ、お連れさんはご器用でいらっしゃる」というオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | あくび指南(あくびしなん) |
| ジャンル | 古典落語・江戸落語 |
| 主人公 | あくびを習いに来た男と友達 |
| 舞台 | 横丁のあくび指南所 |
| オチ | 「ああ、お連れさんはご器用でいらっしゃる」 |
| 見どころ | 習い事を皮肉ったナンセンスな設定と「自然に勝る芸はない」という教訓 |
3行でわかるあらすじ
男が横丁にできたあくびの指南所に、いやがる友達を引っ張って習いに行く。
師匠が春夏秋冬のあくびがあると説明し、夏のあくびを教えることになる。
男が稽古している間に、待っていた友達が退屈して自然にあくびをし、師匠に「ご器用でいらっしゃる」と言われる。
10行でわかるあらすじとオチ
男が横丁にあくびの指南所ができたと聞いて、一人では行きにくいので友達を誘う。
友達は「あくびなんて月謝を払って習うもんじゃねえ」といやがるが、無理やり連れていかれる。
指南所で師匠が「あくびには春夏秋冬がある」と説明し、初心者には夏のあくびから教えると言う。
夏のあくびは、隅田川の首尾の松あたりに舟が繋ってある心持ちで、一日舟に乗っていて退屈したあくびだと説明する。
キセルを持って体を揺らし、「船を上手へやってください。これから堀へ上って一杯飲んで、仲へでも繰り込んで新造でも買って」とセリフを言ってからあくびをする。
男が何度も練習するが、ぎこちなくて上手くできない。
その間、待っていた友達が「教せえてる奴も、覚えてる奴もあきれた野郎だねえ」と文句を言う。
「てめえたちはそんなことを言っていりゃあいいけれど、こうやって待っているもんの身になってみろ」と続ける。
「退屈で退屈で、あ〜ぁ ならねえ」と自然にあくびをしてしまう。
師匠が「ああ、お連れさんはご器用でいらっしゃる」と言う。
解説
「あくび指南」は江戸落語の中でもユニークな設定を持つ作品で、江戸時代の習い事文化を皮肉った滑稽噺です。当時は様々な技芸や作法を教える指南所が流行しており、その中には突拍子もないようなものもあったことを反映しています。
この噺の面白さは、「習う必要のないことを習う」というナンセンスさと、その滑稽さにあります。あくびは誰でも自然にできるものであり、わざわざ月謝を払って習うようなものではありません。しかし、その当たり前のことをあえて「指南」として教えるという設定が、聞き手の笑いを誘います。
特に秀逸なのがオチです。習いに来た男が一生懸命練習しても上手くいかないのに、待っていた友達は退屈して自然に美しいあくびをしてしまいます。これに対して師匠が「ご器用でいらっしゃる」と評価することで、「自然に勝る芸術はない」という教訓を含んだ結末になっています。
また、この噺は江戸時代の文化や風俗を知る上でも資料価値があります。「仲へ繰り込んで新造でも買って」というセリフからは、吉原遊郭(仲の町)への言及や、当時の男性の娯楽文化がうかがえます。
現在でも多くの落語家によって演じられている人気作品で、そのシンプルさと分かりやすさが初心者にも親しみやすい落語として愛されています。
あらすじ
横丁にあくびの指南所ができた。
一人じゃ行きにくいので、「あくびなんて月謝を払って習うもんじゃねえ」といやがる友達を引っ張って教わりに行く。
早速、あくびの稽古が始まる。
師匠は春夏秋冬のあくびがあり、秋は月、冬はこたつの中でのあくびだが、セリフが長過ぎて初心者には難しいので夏のあくびを教えるという。
隅田川の首尾の松あたりに舟が舫ってある心持で、一日舟に乗っていて退屈して出るあくびの指南が始まる。
キセルをこう持って、体を揺れ加減にして、「おい船頭さん船を少し上手へやってください。これから堀へ上って一杯飲んで、晩にゃ、仲(吉原)へでも繰り込んで新造でも買って遊ぼうか。舟もいいが長く乗っていると退屈で退屈で、あ~ぁ(あくび) ならねえ」、こんな調子だ。
男は何度も練習するが、ぎこちなくて上手くできない。
待っていた友達はこれを見て、「教せえてる奴も、覚えてる奴もあきれた野郎だねえ。てめえたちはそんなことを言っていりゃあいいけれど、こうやって待っているもんの身になってみろ。退屈で退屈で、あ~ぁ ならねえ」
師匠 「ああ、お連れさんはご器用でいらっしゃる」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 指南所(しなんじょ) – 江戸時代に様々な技芸や作法を教えた教室。剣術、茶道、花道から、踊り、三味線、書道まで、ありとあらゆる習い事の指南所がありました。
- 首尾の松(しゅびのまつ) – 隅田川の両国橋のたもとにあった有名な松。待ち合わせ場所として利用され、男女の逢引きの場所としても知られていました。
- キセル – 煙管。タバコを吸う道具で、金属製の雁首と吸い口の間に竹の羅宇(らう)を通したもの。江戸時代の男性の必需品でした。
- 仲(なか) – 吉原遊郭のメインストリート「仲の町」の略。江戸時代の代表的な遊里で、現在の台東区千束付近にありました。
- 新造(しんぞう) – 遊郭で振袖新造とも呼ばれる見習い遊女。まだ客を取らない若い女性で、将来の花魁候補でした。
- 堀(ほり) – 吉原への通り道にあった堀御門前町のこと。茶屋や料理屋が立ち並ぶ歓楽街でした。
よくある質問(FAQ)
Q: この噺はいつ頃から演じられているのですか?
A: 江戸時代後期から明治時代にかけて成立したと考えられています。指南所文化が盛んだった時代の風刺として生まれた作品です。
Q: 本当にあくびの指南所はあったのですか?
A: 実際にあくびを教える指南所があったという記録はありません。これは落語の創作で、当時乱立していた様々な指南所を皮肉った架空の設定です。
Q: 「春夏秋冬のあくび」とはどんなものですか?
A: 噺の中では夏のあくびしか詳しく説明されませんが、春は花見での退屈、秋は月見での物思い、冬はこたつでの眠気から生じるあくびという設定があります。
Q: なぜオチで「ご器用でいらっしゃる」と言うのが面白いのですか?
A: 習いに来て一生懸命練習している人より、何もしていない人の方が自然に上手くできてしまうという皮肉が効いています。「技術は自然には勝てない」という教訓も含まれています。
Q: 江戸落語と上方落語で違いはありますか?
A: 「あくび指南」は主に江戸落語として演じられます。上方では演じられることが少ない演目です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。飄々とした語り口で、指南所の馬鹿馬鹿しさを見事に表現。独特の間とリズムで笑いを誘いました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 格調高い語り口でありながら、滑稽噺も得意とした名人。この噺でも品を保ちながら笑いを生む絶妙な演出でした。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。軽妙な語り口で、友達の自然なあくびを見事に演じ分けました。
- 立川談志(七代目) – 現代的な解釈を加えながら、江戸の粋を表現。毒のある語り口でこの噺に新しい魅力を加えました。
関連する落語演目
同じく「習い事」がテーマの古典落語
滑稽噺の名作
言葉遊びが楽しい古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「あくび指南」は、現代でいうところの「資格ビジネス」や「○○検定」の乱立を思い起こさせます。本来自然にできることを、わざわざ体系化して教えようとする滑稽さは、今も昔も変わらない人間の姿を映し出しています。
しかし同時に、この噺は「自然体の大切さ」も教えてくれます。いくら技術を学んでも、自然に生じるものには敵わない。現代の私たちも、時には肩の力を抜いて、自然体でいることの大切さを思い出す必要があるのかもしれません。
実際の高座では、演者によってあくびの表現が大きく異なります。大きく口を開ける人、上品に手で隠す人、本当に眠そうにする人など、それぞれの個性が光ります。また、師匠のもったいぶった指南ぶりと、友達の投げやりな態度の対比も見どころです。
機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でこの噺をお楽しみください。単純な筋書きながら、演者の技量によって全く違う面白さを発見できるはずです。












