明石船
明石船(あかしぶね) は、水死体の幽霊から金を託された船頭が、公卿に届けようとして追いかけっこになる上方落語の古典作品です。「船頭追うて(多くして)公卿(船)山へ登る」というオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 明石船(あかしぶね) |
| ジャンル | 古典落語・上方落語 |
| 主人公 | 正直者の船頭 |
| 舞台 | 明石の浦から大坂、河内の額田 |
| オチ | 「船頭追うて(多くして)公卿(船)山へ登る」 |
| 見どころ | 怪談から滑稽噺への見事な転換と、諺をもじった言葉遊び |
3行でわかるあらすじ
明石から大坂に向かう船で、船頭が水死体を丁寧に弔う。
夜、幽霊が現れて五十両の金を託し、河内の額田の公卿に届けるよう頼む。
船頭が届けに行くが公卿は受け取りを拒否し、追いかけっこの末に山に逃げ込み「船頭追うて公卿山へ登る」。
10行でわかるあらすじとオチ
明石の浦から大坂に向かう船の船足が急に鈍くなり、船頭が調べると水死体が流れ着いていた。
漁師や船乗りには見えない身なりで、船頭は念仏を唱えて筵を被せ、ねんごろに弔って流した。
大坂に着いて宿で寝ていると、枕元に昼間の水死人の幽霊が現れる。
幽霊は高貴な公卿に仕えていた者で、主人は零落して河内の額田で手習い師匠をしていると語る。
旧臣たちから五十両を集めて主人に届ける途中で船が難破し、命を落としたと説明する。
船頭に金を託して主人に届けてほしいと頼み、枕元に金の包みを残して消える。
正直な船頭は猫糞せず、親切に河内の額田まで金を届けに行く。
公卿を見つけて金を差し出すが、幽霊からの金は信じられないと受け取りを拒否される。
押し問答の末、公卿は裏口から逃げ出し、船頭がしつこく追いかける。
とうとう公卿は山の中に逃げ込み、「船頭追うて(多くして)公卿(船)山へ登る」となる。
解説
「明石船」は上方落語の古典作品で、怪談要素と言葉遊びを巧みに組み合わせた珍しい構成の噺です。前半は水死体の幽霊による恩返し話という真面目な内容ですが、後半は滑稽な追いかけっこに転じ、最後は見事な言葉遊びで締めくくられます。
この噺の面白さは、幽霊話という重い話題から一転して軽妙な展開になる構成の妙にあります。船頭の誠実さと公卿の頑固さが対照的に描かれ、両者の押し問答が聞き手を引き込みます。
最大の見どころは最後のオチ「船頭追うて(多くして)公卿(船)山へ登る」です。これは「船頭多くして船山に登る」という諺をもじった言葉遊びで、「指導者が多すぎると物事がうまくいかない」という意味の諺を、この噺の状況に合わせて巧妙に変化させています。文字通りの意味でも、比喩的な意味でも楽しめる秀逸なオチと言えるでしょう。
上方落語らしい洒脱さと、日本人の言葉遊びへの愛着を示す代表的な作品として、現在でも愛され続けています。
あらすじ
明石の浦を大坂に向かう船の船足が急に鈍くなった。
船頭がどうしたのかと調べてみると船に水死体が流れ着いている。
調べて見ると漁師とか船乗りには見えない。
船頭は念仏を唱え、船荷用の筵(むしろ)を被せてねんごろに弔い、水死体をそのまま流した。
船が大坂に着いて船頭は宿で寝ていると、その枕元に立ったのが昼間の水死人。
「先程はご丁寧な供養をしていただき有難うございます。
私はさる高貴なお公卿さんに召し使われていた者でございます。
主人は零落して河内の額田というところで手習いの師匠をしてのその日暮らし。
あまりのお気の毒な日常に見かねまして、私は旧臣たちを回り、やっと五十両の金をを集めました。
その金を主人の元へ届ける途中、乗った船が難破して私は命を落としました。
どうかこのお金を主人の元に届けていただきたい」と言うと、姿が消えてしまった。
変な夢を見たなと枕元を見るとちゃんと金の包がある。
正直者の船頭さん、五十両を猫糞(ねこばば)してしまおうなんて考えは微塵も起こらず、親切にもその金を河内の額田まで届けに行く。
やっと公卿さんの家を探し当てて、金を差し出すと喜ぶどころか、
公卿 「折角やが幽霊から金を預かるなどは信じられぬ事。見も知らぬお方から金の施しを受けようなどとは夢にも思わぬ」と、信じられない返事。
船頭さんも折角持って来てやったのに受け取らないのなら”あぁ、そうですか”と持ち帰ればいいものを、無理に渡そうとして押し問答で、お互い一歩も引かない。
そのうちに公卿が裏口から逃げ出した。
船頭さんはしつこく追いかける。
とうとう公卿さんは山の中に逃げ込んでしまった。
「船頭追うて(多くして)公卿(船)山へ登る」という、馬鹿馬鹿しいお噺。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 明石の浦 – 現在の兵庫県明石市の海岸。瀬戸内海に面し、江戸時代は海運の要衝でした。
- 筵(むしろ) – 藁や菅(すげ)などで編んだ敷物。船では荷物の覆いや敷物として使われました。
- 公卿(くげ) – 朝廷に仕える高位の貴族。江戸時代には経済的に困窮する公家も多くいました。
- 河内の額田(かわちのぬかた) – 現在の大阪府東大阪市額田町付近。大阪から内陸部に入った地域です。
- 手習い師匠 – 読み書きそろばんを教える寺子屋の先生。江戸時代の基礎教育を担いました。
- 五十両 – 江戸時代の貨幣単位。現代の価値で約500万円に相当する大金です。
- 猫糞(ねこばば) – 拾った物を黙って自分のものにすること。猫が糞を砂で隠す様子から。
よくある質問(FAQ)
Q: 明石船は怪談落語ですか?それとも滑稽噺ですか?
A: 両方の要素を含む珍しい構成です。前半は水死体の幽霊が登場する怪談要素がありますが、後半は追いかけっこの滑稽噺となり、最後は言葉遊びのオチで締めくくられます。
Q: 五十両は現在の価値でどのくらいですか?
A: 江戸時代の一両は現代の約10万円相当とされるため、五十両は約500万円になります。公卿の生活を立て直すには十分な金額でした。
Q: 「船頭多くして船山に登る」という諺の意味は?
A: 指導者が多すぎると統制が取れず、かえって物事がうまくいかないという意味です。この噺では文字通り「船頭が追いかけて公卿が山に登る」状況と掛けています。
Q: この噺は江戸落語にもありますか?
A: 「明石船」は主に上方落語で演じられる演目です。江戸落語では類似の怪談噺はありますが、このオチの言葉遊びは上方独特のものです。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、現在も上方落語の定席や落語会で演じられています。ただし、怪談要素と滑稽要素のバランスが難しいため、演者を選ぶ噺とされています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。怪談部分の不気味さと後半の滑稽さの緩急を見事に演じ分け、この噺を代表作の一つとしていました。
- 桂春団治(三代目) – 上方落語四天王の一人。幽霊の登場場面で独特の間を使い、観客を引き込む演出が印象的でした。
- 桂文枝(六代目) – 現代的な解釈を加えながらも、古典の良さを残した演出で若い世代にも人気があります。
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この噺の魅力と現代への示唆
「明石船」の魅力は、怪談から滑稽噺への見事な転換にあります。水死体の幽霊という重いテーマから始まりながら、船頭の正直さと公卿の頑固さが生む追いかけっこで笑いに転じ、最後は「船頭多くして船山に登る」という言葉遊びで締めくくる構成は、落語の持つ「怖さと笑い」の絶妙なバランスを示しています。
現代においても、「良かれと思ってしたことが相手にとっては迷惑」という状況は日常的に起こります。船頭の親切心と公卿の遠慮が噛み合わない様子は、コミュニケーションの難しさを描いているとも言えるでしょう。
また、この噺は「猫糞せずに正直に届ける」という日本人の美徳と、「幽霊からの金は受け取れない」という迷信深さの両面を描いています。合理的な現代人から見れば馬鹿馬鹿しく感じる部分もありますが、そこに江戸時代の人々の価値観や生活感が垣間見えるのが古典落語の面白さです。
実際の高座では、幽霊の登場場面での怪談風の演出と、追いかけっこの場面での動きのある演技が見どころです。演者によって幽霊の不気味さの程度や、追いかけっこのテンポが異なるため、複数の演者で聴き比べるのも楽しみ方の一つです。
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